第38話 友
謹慎中の庸介は、白虎宮の屋敷の外に出ることを禁じられていた。
季節はすっかり冬を迎え、庭は雪景色となっている。
庸介は窓辺に椅子を置き、窓枠に肘をついて温かいお茶を飲みながら、静かに雪が舞い落ちる庭の景色を眺めていた。
そこに、白虎門の方より一人の男性が唐傘を挿しながらこちらへ歩いてくるのが見えた。
後宮にある白虎宮を訪れる男性なんて、一人しかいない。龍明だ。
今日はお付きの人間もつけず、一人のようだ。
「よお、龍明。ひさしぶり」
窓から声をかけると、屋敷の入り口の方へ向かおうとしていた龍明は庸介に気づき、庭を突っ切って部屋の前へとやってくる。
「こんな寒い日に、何やってんだ、おまえ」
龍明は庇の下で傘を畳みながら呆れたように言う。
「なにって、雪見てたんだけど。龍明も飲む? 寒い思いしながら飲む熱いお茶は格別だよ」
「……もらおうか」
庸介は室内に戻ると、テーブルに置かれていた陶器のポットから、新しい茶碗にお茶を注いだ。琥珀色のお茶はほかほかと湯気をあげている。
その茶碗を窓の外にいる龍明へと手渡した。
「どうぞ。最近寒いからって、杏梨が淹れておいてくれるんだ。お茶に生姜と砂糖を混ぜてあるんだってさ。あったまるよ」
庸介から茶碗を受け取った龍明は、窓の隣に背を預けると茶碗に口をつけた。
「たしかに、身体が温かくなってくるな」
「だろ? ってか、寒いから部屋の中に入れば? 火鉢もあるし」
そう誘うのだが、龍明は「いや」と応える。
しばらく二人で雪を眺めながらお茶を啜っていたのだが、おもむろに龍明が口を開いた。
「お前の謹慎が正式に解けそうだ」
「お、まじで? よかった」
窓から腕をぶらぶらさせながら、庸介はヘラっと笑った。実際のところ、謹慎が解けたところで後宮の外に出られるわけではないので、若干行動範囲が広がるに過ぎないのだ。
しかし、龍明は庸介が謹慎処分を受けていること自体に納得がいかないようだった。憤りが声音にも滲む。
「そもそも、なんでお前が謹慎になるんだ。お前は叛乱鎮圧の一番の功労者じゃないか」
「ま、まぁ、そこは……」
非常事態だったとはいえ、爆弾作って後宮の壁を吹っ飛ばしたりしているので、庸介的には謹慎程度で済んでよかったと思っているほどだ。
「お前がいなかったら陛下も私の命もなかっただろう。……ありがとう。感謝してる」
しみじみとした声で龍明は感謝を口にした。
「玉琳にも感謝してやってよ。あいつが俺をお前の元まで連れて行ってくれたんだ。俺、馬なんて乗れないし」
「そうか。玉琳が……」
ここからでは龍明の表情までは見えない。だけど声が湿り気を帯びているように思えた。
「それに、助けるなんて当たり前だろ?」
「私が皇太子だからか?」
龍明がそんなこと言うものだから、庸介は強めの口調で言い返した。
「友達だからだよ! 龍明だから、絶対に死なせたりなんかしたくなかったんだ」
「友、か……」
俯き気味に呟く龍明の声はますます湿り気滲ませる。庸介は窓から手を伸ばして彼の袖を引っ張った。
「ほら、身体冷えるから部屋ん中に入れって」
しかし、龍明は俯いたまま目元を押さえて首を横に張った。
「いい。こんな顔見せられない」
すっかり泣き声になっている。彼が部屋に入って来れるようになるまで、庸介はずっと彼の袖を握っていた。
雪はいつまでもしんしんと降り続いていた。
春が来て、事情聴取を終えた香蓮は後宮を去ることになった。叛乱の首謀者であった劉将軍は自害したものの、劉一族自体の処分を主張する声もあったらしい。
しかし、叛乱鎮圧に対する香蓮の功績が認められ、劉家は首都からの追放と今後一切の公務からの排除を条件に、叛乱に関わらなかった劉家の人間たちの処分は見送られた。
香蓮が後宮を去る日。
庸介は杏梨と霜月を連れて、後宮と外朝を繋ぐ門へと見送りに出向いた。
周りを見ると、玲蘭と桃華たちも見送りに来ている姿が見える。
互いに言葉は交わさなかったが、玲蘭や桃華は香蓮のことを戦友のように思っている節がある。
それは陽介も同様だった。誰一人欠けても、うまくはいかなかっただろう。
女官三人だけを連れて門から出て行こうとする香蓮に届くよう、庸介は声を張り上げた。
「香蓮!」
香蓮が足を止めて振り返る。
庸介は彼女に向けて、親指を立ててみせた。彼女の決断と健闘に最大の敬意をこめて。
香蓮も遠慮がちに庸介に向けて親指を立てた。はにかむように笑うその顔にはもう、大人たちに怯えて縮こまっていた少女の面影はなかった。
彼女の行先にはこれからも困難が立ち塞がることだろう。叛乱者を出した一族として後ろ指を刺されることもあるかもしれない。
でも、彼女ならきっと乗り越えていけるにちがいない。庸介はそう信じていた。
〜完〜




