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第37話 任せろ

 鳳凰殿では、式典の真っ最中だった。

 鳳凰殿の中は奥が階段状に数段高くなっており、その上に玉座が置かれている。

 齢六十を超える白髪の皇帝が玉座に座り、外国使節たちから高価な贈り物の数々を送られていた。


 その様子を、大臣をはじめとする高官や隣国の大使など多くの人々が見つめている。


 龍明も皇太子として、玉座の斜め後ろに立っていた。

 しかし、心はここにはなく、一刻も早く鳳凰殿を抜け出して後宮に向かいたい気持ちでいっぱいだった。


 先刻、後宮で任を得ている宦官から、軍部の一部が北門から後宮に侵入しようとしているとの報告を受けた。


 その報を受けて式典は一時中断となり、別室で対応を協議することになる。


 龍明は当然、即刻式典をやめて避難することを主張したが、皇帝は西欧の外国使節団を前にそんな無様なことをすれば鳳国の威信に関わると言って避難を拒否した。


 皇帝が言うことには誰も逆らうことなどできない。

 式典は続行され、終わるまで避難はしないことに決まった。


 そうなると龍明も鳳凰殿に足止めされてしまう。禁軍の中の回せるだけ全ての近衛兵を事態鎮圧のために向かわせたが、それでも安心などできなかった。

 ついさっき、なにやら大きな爆発音まで聞こえ、流石に外国使節の方々も訝しげにしていたが、高官が大規模な軍事訓練中だと説明すれば納得したようだった。


(こんな茶番、一刻も早く終わらせたい。早く終わってくれ)


 その願いのおかげかとどこおりなく式は進み、参列者全員が拱手で頭を下げる中、皇帝が退場することとなった。


(ようやくこれで、式が終わる)


 一瞬ふっと緊張を解きかけたときだった。龍明は、玉座のある雛壇から先に階段を降りる皇帝の斜め後ろについて歩いていた。その二人の前に、一人の男が立ち塞がる。

 これまで雛壇の下で警護にあたっていた禁左軍の将、崔嘉永さいきえいだった。


 彼は護衛のために式典の場でも持つことを許されていた大剣をにぎり、あろうことか皇帝に向かって振り下ろそうとしたのだ。


「陛下!」


 咄嗟に龍明は皇帝を突き飛ばした。崔の剣は、先ほどまで皇帝がいた場所の床に突き刺さる。一撃目はなんとか寸前で避けることができたが、逃げようにも足の悪い皇帝を置いて逃げ出すわけにもいかなかった。


 階段の上に倒れ込むような態勢になった龍明と皇帝に向かって崔は再び剣を振り上げる。龍明はせめて皇帝だけでも守ろうと、体の上に覆い被さった。






 玉琳の操る馬は、大階段なんてものともせず疾風の勢いで駆け上る。

 途中、鳳凰殿を守護する禁軍の近衛兵たちが「止まれ!」と槍を交差して馬の進行を止めようとしたが、馬は脚で強く階段を蹴ると高く跳躍し、障害を飛び越えた。


 そして開かれていた鳳凰殿の入り口から中へと駆けこむ。


 沢山の人の頭が見えた。その奥にある玉座の近くで人が二人倒れているのが見える。すぐにそのうちの一人が龍明だとわかった。龍明に向かって、近衛兵の姿をした男が大剣を振り下ろそうとしている。

 庸介は咄嗟に腰へ下げていた剣を抜くと、叫んだ。


「龍明! 受け取れ!」


 疾走する馬の勢いも載せて、剣をぶん投げる。剣は龍明と兵士の間に突き刺さった。

 龍明がすぐに起き上ってその剣を掴むと、近衛兵に反撃の一太刀を喰らわせる。


 その頃には、庸介の乗る馬は玉座の近くまでたどり着いていた。


「ヨースケ! 陛下を頼む! 叛乱の首謀者は禁左軍の崔大将だ!」


 龍明が相手しているのが、その崔大将なのだろう。禁左軍を率いているだけあって、剣の達人である龍明と互角の戦いをしている。

 いや、龍明は背後に老人を庇うようにして戦っているため若干押され気味だ。

 あの背後に庇っているのが陛下、つまり皇帝にちがいない。


 しかも、鳳凰殿内で護衛にあたっていた近衛兵たちが十人ほど、剣を抜いて庸介たちを囲み、退路を断つようにしてこちらににじりよってきていた。こいつらも崔大将の指示に従う叛乱者だろう。包囲網は次第にせばまりつつある。


 どこかに退路はないかと視線を巡らせると、すぐ近くに玲蘭とよく似た顔立ちの中年男性の姿を見つけた。


(あれは、もしかして玲蘭の父親の楊宰相か?)


 玲蘭の話によると、楊一族は軍部とは真っ向から対立していたはずだ。文官一族の楊家と、武官一族の劉家とは昔からそりがあわないらしい。


(ということは、軍部の仲間であることは絶対にないはずだよな)


 藁にもすがる思いで、楊宰相に声をかけた。


「なぁ! あんた、馬に乗れるか!?」

「え、えっ!? ワシか!? あ、ああ……」


 彼はこくこくと首振り人形のように頷いた。


「じゃあ、あんた、陛下連れてこの馬で逃げろ!」

「ええっ!?」


 突然そんな大役をふられて、楊宰相は目を白黒させる。だが、


「玲蘭も戦ってるんだぞ」


 玲蘭の名を口に出した途端、彼の目つきが変わった。やはり彼女の父親だったようだ。


「娘は無事なのか!?」


「さっき俺が見たときは元気だったよ。さっさとこんなくだらない戦い終わらせて、早く救出に行こうぜ。俺が道をつくる」


 そう言うと、庸介は腰に下げていた鞘からもう一本の剣を抜き、馬から降りる。そのまま間髪いれずに、一番近くにいた近衛兵に斬りかかった。


 何度か打ち合いをするが、庸介の剣の方がはるかに速い。近衛兵は防ぐのが精いっぱいとなり最後は剣を叩き落とされて腕に傷を負った。

 そのままもう一人も同様に戦闘不能にする。


(こいつら大したことないな。いや、龍明の剣の腕が異常なのか。普段あいつに剣の相手をしてもらってるからか、こいつらの剣の動きが遅く見える)


 可憐で華奢な見た目の玉琳から繰り出される素早い剣に、近衛兵たちはたじろいだ。

 そのタイミングを見計らって、庸介は剣先を近衛兵に向け高らかに名乗りを上げる。


「私は攣鞮一族の娘、攣鞮玉琳。私を敵に回すということは、戦闘民族として名高い一万の騎馬民族を敵に回すのと同じことです。それでも、まだ私と戦いますか!?」


 近衛兵たちの間に動揺がはしり、目に怯えの色が生まれはじめていることに庸介は気づいていた。この場でわざわざ名乗ったのは、畳みかけるように彼らの士気を失わせるためだ。


 戦闘において最も大事なことは、士気を失わないことだ。士気を失えば背後に死がせまる。


 その頃には、楊宰相が馬に跨り、皇帝を後ろに乗せていた。


「いまだ、いけ!」


 近衛兵の間に動揺が広まった隙をついて、庸介は楊宰相に向かって声を上げる。


「何をしている! 陛下を逃がすな!」


 龍明と剣を交わしながら、崔大将が叫んだ。


 しかし一回士気を失った兵のやる気を取り戻すには、その程度の檄では足りなかったようだ。


 近衛兵たちは、勢いをつけて走り出した楊宰相の操る馬の進行を伏せぐことはできなかった。その後ろには陛下も乗っている。

 あとを追おうとした兵も、逃げ惑う城内の人々に遮られて前に進めない。そんな混乱に乗じて、あっけなく馬は鳳凰殿の外へと出て行った。


 同時に、ひと際大きな金属音が城内に響き渡った。龍明が崔大将の持つ大剣を弾き飛ばしたのだ。崔大将は態勢を崩して背中から倒れこむ。すぐに間髪入れず、龍明は崔大将の喉元に険を突き付けた。勝負はあったようだ。


 それを確認してから、庸介は周りを取り囲む近衛兵たちに告げた。


「劉将軍は自害した。崔大将も終わりだ。お前らにまだ戦う理由があるか? 降伏しろ。お前らの負けだ」


 近衛兵たちは剣を降ろして、互いに顔を見合わせる。

 そこに鳳凰殿の外を警備していた禁右軍の近衛兵たちも騒ぎをききつけ駆けよってくる。


 彼らの手によって、叛乱を起こした禁左軍の近衛兵たちと崔大将は無事に拘束された。


 その後、後宮に襲撃をかけていた軍部の兵士たちにも劉将軍と崔大将の敗北が知らされ、大半が降伏した。まだ戦闘行為を続けようとした兵士たちは、禁右軍の李正大将の部隊によって鎮圧される。

 こうして、軍部と禁左軍による叛乱は無事に終結したのだった。


 幸いにも、後宮の被害は門と内部建物の一部破損だけで済み、姫や女官にはわずかに軽症者がでたものの全員無事だった。


 ただ、後宮の壁を破壊し、許可なく後宮を抜け出した庸介は謹慎を言い渡され、隠し持っていた震天雷はすべて没収されることとなってしまった。


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