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第28話 ホタル観賞会

 桃華からホタル観賞会に誘われたのは夏も終わりころのことだった。

 ホタルといえば初夏のイメージがあるが、もう秋の虫の声も聞こえ始めている。

 ただ手紙の中に玲蘭も誘ってあると書いてあったので、庸介も参加してみることにした。玲蘭と会うのは、夜間に不法侵入して以来だ。


 日が落ちてから杏梨と霜月、それに新しい毒見役の女官をつれて青龍宮に向かうと、ちょうど池の反対側からこちらに向かってくる玲蘭一行と出くわした。


 玲蘭は女官を三人連れて、いつものように颯爽と歩いてくる。

 玄武宮は玉琳暗殺未遂事件のあと、女官を一新したらしい。女官たちはまだ後宮に慣れていないのか、どこか緊張した面持ちをしていた。


「玲蘭様、こんばんは」


 庸介が微笑で挨拶すると、玲蘭も、


「ごきげんよう、玉琳様」


 と挨拶を返してきたが、すぐにすすすと真横に寄ってきて小さな声で耳打ちをしてくる。


「この前、あなた、どうやってうちの玄武宮に入ってきたのよ。あのあと確認したけど、誰もあなたの侵入にも出て行ったことにも気づいてなかったわよ」


 庸介は、にっと笑顔で返す。


「フフフ、内緒」


 まさか壁を乗り越え庭を這って侵入し、帰りも同様にして出て行ったなんて言えない。

 玲蘭は呆れた顔で、嘆息した。


「次来るときは、ちゃんと昼間に来なさいよ。こっちだって迎える準備ってものがあるんだから」


「わかってます」


 そんなことを話しながら一緒に派手な青龍宮の門をくぐる。そのとき、玲蘭がボソッと小さな声で呟いた。


「……あの、ありがとう。本当に、龍明様と鳳凰殿に対して私の無罪を訴えてくれたんですってね」


 並んで歩きながら、庸介は肩をすくめる。


「だって、約束したじゃない」


 玉琳暗殺未遂事件の首謀者は玲蘭じゃないと庸介自身も確信していた。だから、約束通り彼女の無実を訴える書をしたためて、しかるべき場所へ送っただけだった。


 被害者である玉琳からの訴えは玲蘭への容疑を晴らすのに功を奏したらしい。おかげで、玲蘭は無期限謹慎から解かれ、こうして後宮内を自由に出歩けるようになっていた。


 しかし、玲蘭は腑に落ちない表情を浮かべている。


「でも、私たちは敵同士でしょ? お互いを陥れあうことはあっても、約束なんて守るはずがないって思ってたのに」


「他の姫たちはどうかはしらないけど、私は約束したことは守るよ。嘘つけるほど、器用じゃないし」


 話ながら歩いていた二人の会話はそこで止まる。


 青龍宮の庭へと続く扉をくぐると、目の前に幻想的な光景が広がっていて思わず二人とも見入ってしまったからだ。


 庭に作られた小さな池の周りに、無数のホタルが飛び交っていた。


 自然の状態ではありえない。明らかに、どこかからホタルを大量にもってきて、庭に一斉に放したのだろう。


 池の上はもちろん、周りの木々にも沢山のホタルが留まって点滅を繰り返している。まるでクリスマスのイルミネーションみたいだ。


 そのホタルの庭の奥の、篝火のそばで元気に手を振る女性の姿が見えた。桃華だ。 庸介も手を振り返してみる。


 今日の桃華の衣装は、上は黒めのさんで、下は黄色いくん。それに白い帔帛ひはくを肩からかけている。


(たぶん、蛍コーディネイトなんだろうな、あれ)


 庸介にはファッションの良しあしはさっぱりわからないけれど、桃華は見るたびに衣装が違う。同じ服を二度と見たことがないから、よほどこだわりがあるのだろう。


 桃華の傍にいくと、庭に出されたテーブルの上には五十センチはありそうな青龍の精巧な模型が勇ましい姿で置かれていた。よく見ると、飾り包丁をいれた野菜で作られている。これ一つ作るのにも料理人がどれだけ時間と手間暇をかけたのだろうか。


「さあさ、座って座って。ホタル見ながら晩御飯もオツでええやろ?」

「お、オツ?」


 高貴な育ちの玲蘭は桃華の言っていることがわからず、素で聞き返す。さりげなく庸介が隣でフォローを入れた。


「素敵、ってことだと思うよ」

「ああ、なるほど」


 玲蘭も納得したようだ。


「さあさ、遠慮せず飲んで食べてや」


 席に着くと、青龍宮の女官が庸介の前に空の茶碗を置いてくれた。そして手際よく茶碗に乾燥した白い花の蕾を入れて湯を注ぐと、花が湯の中でゆるやかに開いた。花茶というやつだ。


 庸介は特に何も考えずに桃華の隣の席に腰を下ろしていたが、玲蘭はまだ立ったまま。


「あなたが私まで呼ぶとは思わなかったわ」


 両腕を抱くように組んで、どこか居心地悪そうにしていた。


(そういえば、桃華と玲蘭って、あんまり仲よくなかったんじゃないんだっけ?)


 いまさらながらそんなことを思い出す。

 桃華もにこにこしながら、


「そうや。ウチ、玲蘭のことはあんま好きちゃうわ。なんやいつもお高くとまってるし」


 毒のある言葉を玲蘭に吐くではないか。玲蘭の表情がぴきっと固まるのが傍から見てもわかった。


「じゃあ、なんで!」


「美しいものは一人占めせんと、みんなで愛でたほうがええやんか。それと……玲蘭ともちゃんと話しといた方がええと思ったんや。ウチと玉琳とでやってることについてな」


(ああ、なるほどなぁ。情報共有したくて、三人で集まる場を設けたのか)


 もちろん傍にはお付きの女官たちも控えているので完全に三人だけというわけではないのだが、ここは青龍宮の中だ。他の人間たちに聞かれる心配はない。


「桃華様と玉琳様とでやっていること?」


 玲欄は怪訝そうに眉をひそめたが、


「まぁ、とりあえず席について一服したらええやん。話はそれからや」


 桃華に促されて、ようやく玲蘭も庸介の隣の席につく。


 お茶の次は、前菜から始まって次々に豪勢な料理が運ばれてきた。

 一応、一度毒殺されかけた身としては同行した毒見役に毒見をしてもらいつつ料理に箸をつけるが、青龍宮の料理は相変わらずどれも味がいい。


 他愛もない話をし、料理を一通り食べ終わって最後の茶菓子が運ばれてきたところで玲蘭が話を切り出した。


「さっき言っていた、二人がやっていることってなんなの? もったぶってないで早く教えなさいよ」


 桃華と庸介は顔を見合わせたあと、桃華が話し出す。


「実はな、軍部のことやねん」

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