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第27話 かき氷と震天雷(爆弾ともいう)

 夏が本格的になってきたころ。桃華から、『舟遊びをしましょう』という誘いの手紙が届けられた。舟遊び……すなわち、二人だけの内緒の話がしたいということだ。


 すぐに了承の返事を出した翌日の朝、桃華と庸介は月光池で小舟に乗り込む。


 まだ早朝だというのに、すでにかなりの暑さになっていた。

 ここは大陸の内陸にあるため夏でもからっと乾燥していて、じめじめとした暑さではないのだが、それでも強い日差しに汗が滲んでくる。


 庸介が涼を求めて手を池の水のなかにつけていると、桃華は足元に置いてあったタライを手に取りしごく満悦そうに笑った。


「えへへ。今日はウチ、ええもん持ってきたんやで」


 タライの中は、なにやらもこもことした白いもので満たされている。見覚えのあるそれに、庸介は目を丸くした。


「え、それ雪?」


「惜しい。氷を削ってもらったんや」


 桃華が白いものを手にすくって渡してくれる。氷の粒はひんやりとしてとても気持ちがいいが、すぐに水へと変わってしまった。


 氷なんてどこからもってくるのだろうか。おそらく、寒い地方で冬の間氷室にため込んでいた氷を運ばせてきたのだろう。まさに財力のなせるわざといえた。


「今日は玉琳とかき氷食べよう思て、いろんなの持ってきたんやで」


 桃華は背後からいろいろと出してくる。木のお椀二つに、色とりどりのカットフルーツが載った器、硝子の瓶には何やら透明な液体が入っている。


「これを、こうして、こうやってと」


 桃華はお椀に削った氷を山のように盛ると、そこにカットフルーツを彩りよく載せ、最後に硝子瓶の中の液体をとろりとかけて匙を添えて渡してくれる。


「はい。これ玉琳の分な。食べてみて」

「ありがとう」


 一匙すくって口に入れると、ひんやりとした冷たさと同時にすっきりとした甘さが口の中に広がる。上にかけてあるものは白蜜のようだ。


「うわぁ、つめたっ。でも、美味しい」

(すげぇ、かなり本格的にかき氷だ)


 この時代、この真夏に温暖なこの場所でかき氷が食べられることに驚いた。

 桃華も自分のかき氷をつくって匙で山盛り掬うと、ぱくっと口の中に入れる。


「く~~、つめたぁああああ。なぁ? 美味しいやろ? 暑いときに食べると最高やねん。ウチしょっちゅう氷取り寄せてるから、食べたくなったらいつでも言ってな」


「う、うん……」


 後宮の中でも、そんな頻繁に氷を取り寄せているのは桃華の青龍宮だけだろう。

 上に載っているカットフルーツも、よく見れば高価そうなものばかりだ。


(これはメロンか? それとライチに……これ、なんだ?)


 オレンジ色のフルーツを匙ですくって口に入れると、濃厚な甘みを感じた。


(あ、マンゴーだ。これって、かなり南国の果物なんじゃないか。黄家の財力、ほんとえげつないなぁ)


 この世界に来てから初めて食べたかき氷はとても美味しく、どんどん口に入れたくなる。あっという間にお椀の中は空になったが、


「ほら、まだあるで。どんどん食べな。でも、お腹壊さんよう気を付けてな」


 桃華はタライからお玉で削った氷とフルーツを庸介のお椀によそって、だぼだぼと白蜜をかけてくれる。


 二杯も食べたら、すっかり身体が冷えてきた。若干頭もキーンとする。さっきまでのうだるような暑さが嘘のようだ。


 ひとしきりかき氷を楽しいだあと、


「ああ、美味しかった。ふぅ、満足満足。あ、あかん。ちゃうやん。大事な話せなあかんの忘れてた」


 桃華はくつろいでいた態勢を正すと、改めて座り直した。

 庸介も空になったお椀を脇に置いて、聞く体制になる。


「それでな、前に話してた件やけどな。あちこちの分家に話し聞いてみたら、火薬の材料以外にもこっそり武器も大量に発注してるみたいやわ」


 桃華は主語は言わなかったが、すぐにわかる。軍部だ。


「どんな武器?」

「えっとな、剣に長斧、床弩のほかに、火箭かせん火槍かそうもあったな」


 火箭とは弓の先頭に火薬筒をつけたものをいう。火薬筒の導火線に点火してから弓弩で放つもので、弓の攻撃力と爆発による破壊力を併せ持つ武器といえる。

 火槍は火箭同様、槍の先頭に火薬筒をつけたものだ。飛ばすわけではないのでより大きな火薬筒がつけられる。ようは、火炎放射器と槍の性質を併せ持つ。


「すごい、よくそれだけ把握できたね」


 素直に感嘆の声をあげると、桃華はフフンと胸を張る。


「うちの分家と親しい家に、そういうの作ってる家があるねん。なんや、えらい極秘に注文がきてて、通常の軍部に卸すのとは絶対混ぜるな、運搬も別に行えってしつこく言われてたらしいわ」


 そんなことまで筒抜けらしい。大商家を敵に回したら怖いなと庸介は密かに思う。


「じゃあ、それらは既に軍部に運びこまれてるってわけよね」


 鳳凰城のあるこの都にはいくつも軍の施設が置かれている。その中のどこかの倉庫に運び込まれているのだろう。


「まだ全部ってわけじゃないみたいやで。特に火薬をつかった武器は水に弱いねん。雨が降ると運搬できへんから慎重に天気を見ながら運ばなあかん。うっかり雨にでもあたったらすべておじゃんやもん」


「なるほどなぁ」


 庸介は腕を組んで唸る。


「そういえば、情報あつめてるときに不思議な注文の話も聞いたなぁ」


 桃華は残っていたライチを口に放り込みながら小首をかしげた。


「不思議な注文?」


「そうやねん。それもやっぱり軍部からの注文やってんけど、かなりきつめに極秘にしろっていわれたらしいで」


 桃華がカットフルーツの乗った器を差し出してくれたので、庸介もライチを一つ手に取って口に放り込んだ。

 いかにも軍部の最高機密にあたる話が、後宮の池の上にうかぶ小舟の上でカットフルーツ片手にばらされているのが、なんだかおかしくもある。


「それが注文があったんは武器を作ってる商家じゃなくてな、陶器を扱う商家やってん。両腕をわっかにしたくらいの大きさの巨大な陶器の椀を何個もつくってほしいいう注文やったんやて。不思議なんは、納める器のうち半量は底に穴をあけてほしいて言われたことやねん。何を入れるものなんかさっぱりわからんくて、気持ち悪いやろ。穴開けたら器としては欠陥品になってしまうやん」


「大きな器?」


 半分は穴をあける。ということは二つ一組なのかもしれない。


(あれ……似たようなのを、最近どこかで見たな)


 考え込んでしまった庸介を、桃華は面白そうに見ながらライチを上に投げてぱくっと口で受け取った。なかなか器用なことをするお姫様だ。

 でも、その様子を見ていてひらめいたものがあった。


「あ!」


 思わず庸介は桃華を指さす。正確には桃華が口に入れたライチを指さしたのだが、桃華は突然指を突き付けられ驚いた顔になる。


「な、なんやねん。びっくりしてうっかり喉に詰まらせるとこやったやんか」


「ごめんごめん。わかったんだ、その奇妙な器の使い方。そっか、だから大量の黒色火薬を作成しようとして原材料も集めてたのか」


 頭の中でその二つがくっついたのだ。

 アレを見たのは、龍明が持ってきてくれた開発中の武器兵器の一覧の中だった。

 軍部と禁軍とで共同開発しているとかで、禁軍の保管庫に保存されていた図録を龍明が持ってきてくれたのだ。


 兵器類に興味がある庸介としては、とても楽しく何度も読んだのですっかり暗記してしまっていた。図録の中に書かれていた兵器武器は、これは絶対実用不可能だろうと思われる奇妙なものもたくさんあったのだが、いくつか興味深いものもあった。アレはそんな気になった兵器の一つだ。


「たしか、震天雷とかいったかな。球形の器に火薬を詰め込んで導火線をつけたもので、火をつけると大爆発を起こすんだ」


 つまり簡単に言うと爆弾だ。

 まだ開発途上だったようだが、それだけの火薬の威力があれば城の壁を破壊することもできるだろう。


(かなり本格的に、城ごとぶっこわすつもりで動いてんな)


 想像以上に軍部の攻撃力も高く、クーデターの規模は大きいのかもしれない。

 庸介の説明を聞いて、玉琳は目を丸くした。


「そんなことまでわかってしまうなんて、玉琳はほんますごいなぁ。さすが、騎馬民族のお姫様やわ。騎馬民族いうたら戦闘民族として評判高いもんなぁ。玉琳はかなりおっとりしとる方やと思ってたけど、考え方と知識がうちら平原の民とは全然違うわ」


 桃華は庸介の知識の深さを騎馬民族出身だからだと思っているらしいが、本当のことを話すわけにはいかないので誤解しておいてもらえるのはありがたい。

 それはそれとして、庸介は前々から考えていたことを桃華に提案してみた。


「そんな武器を持った奴らがここを攻めてきたら大変なことになるよね。だから、できる限りの防備を固めたいと思うんだ。桃華。できたらそれらの武器、こっそり後宮用にも購入することはできないかな。もちろん対価は払うから」


 払うのは龍明のポケットマネーである。


「ウチは構へんけど、買ったところで後宮には持ち込まれへんで? 入口のところで荷物検査されてるのは玉琳かて知ってるやろ?」


 後宮と外朝との出口は一つだけ。その門は常に固く閉ざされ、後宮に出入りする人や物資があるときはかなり念入りにチェックがされる。宦官と皇族以外の男が入り込んだりしたら後宮の存立にかかわるからだ。


「もちろん知ってる。私に良い考えがあるの」


 庸介はにやりとした。


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