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第21話 玄武宮へ、ほふく前進!

 玉琳暗殺未遂事件からひと月が過ぎ、季節は夏へと向かいつつあった。


 玲蘭への謹慎は無期限のまま、いまだ解けてはいない。宰相の娘ということもあって、慎重に捜査が続けられているらしい。


 もし、玲蘭が関与していることが明らかになれば、父親の楊宰相は失脚し、玲蘭も良くて長期間の投獄、下手すると死刑もありえた。


 それほどの嫌疑をかけられているのだから、現時点ですでに玲蘭は正妃候補争いから外れているといってもいい。再び玉琳が正妃となる未来が濃厚となっていた。


 このまま無事に玉琳が正妃になれれば、庸介も龍明との約束を果たすことができる。


 それは、喜ばしいことのはずだった。それなのに、なぜか庸介の心は晴れない。


 そんなことを考えていたら寝付けなくて、庸介は自室の窓を開けて椅子を置き、窓枠にもたれて、まんまるな月を眺めていた。


(なんだろなぁ、なんか綺麗に上手くいき過ぎてる気がするんだよなぁ)


 あの毒で玉琳が死んでいたら、たしかに玲蘭が正妃になっていたかもしれない。


 お茶会で踊れるほどの健康を取り戻した玉琳が玲蘭、ひいてはそのバックにいる楊一族にとって脅威になっていたことは間違いない。


(でも、母親を人質にとられてた春梅以外の実行犯があっけなく死んでるのがひっかかるんだよなぁ。もしかして口封じに殺された、とかじゃないよな……)


 もし玉琳があの毒で死に、そのうえで玲蘭の女官長の仕業とわかって玲蘭が玉琳暗殺の罪で処罰されたとしたら、残りの正妃候補は桃華と香蓮のふたりになっていた。


 桃華に、正妃になる野望が薄いことは本人から聞いている。


 そうなると、正妃になるのは香蓮だ。年齢的にいままでまったく本命視されていなかった香蓮に正妃の座がまわってくることになる。


 香蓮の無表情な顔が、脳裏に浮かんだ。

 香蓮本人に正妃になりたい意思があるのかどうかは不明だが、彼女のバッグにいるのは軍を統括する劉将軍だ。


 夜更けだというのに生ぬるい風が、庭からそよそよと吹き込んできて庸介の頬を撫でていく。


(まさかな……)


 嫌な予感が胸を燻した。


(本当の黒幕が劉将軍だった可能性も捨てきれないか。でも、確かめるすべもないしなぁ)


 玲蘭とは、お茶会以来会ってはいない。捜査が続いている中での謹慎のため、龍明や捜査関係者以外の面会は一切が禁じられていた。


 庸介は月を眺めながらしばらく考えたあと、


「よし」


 と、窓の淵に手をついて立ち上がった。


(玲蘭に、直接話を聞いてみよう)


 ちょうど月が雲に隠れて、あたりが急に暗くなる。

 今夜の夜空には雲がたちこめていて、しばらく月も顔を出しそうもない。

 闇に身を潜めるには、おあつらえむきだ。


 夜間は玉琳の部屋の前に霜月などの警備の者が立っているし、呼べばすぐに隣の部屋で待機している女官が駆けつけてくるが、基本、寝るときは部屋に一人だ。今も室内には庸介以外誰もいない。


 抜け出すには、いましかない。


 幸い、今日着ているのは上が濃い茶色、下は濃緑色だ。これなら、闇に紛れやすい。


 肩にかけていた帔帛ひはくは邪魔になるので、畳んでテーブルの上に置いた。代わりに腰ひもを一本予備に持っていく。それともう一つ、棚の上に置いてあった小瓶も手に取り胸元に入れた。


 そして庸介は窓枠に両手を添えると、軽く床を蹴った。裾を翻して、ひらりと窓枠を呼び超えると、音もなく庭に着地する。すぐに姿勢を低くした。


 じっと様子を伺うが、いまのところ周りに人の気配はない。勝手に部屋から出たことに気づかれた様子もなかった。


 白虎宮で夜間、警備の女官がどこに立っているのか、どういうルートで巡回しているのかはすべて頭に入っている。その隙をついて抜け出すことくらい、庸介には造作もないことだった。


 夜間に閉門しており、扉の内側には女官、外側には警備の宦官が立っている白虎門が一番の難関だったが、門を通らなければいいだけのこと。


 白虎宮をぐるりと囲んでいる壁は外回廊になっているのだが、庭にあちこち背の高い木が立っている。


 そのうちの一本を選んで、部屋から持ってきた腰ひもを幹に回して両端をもつ。紐を少しずつ動かして足で支えれば、筋力の少ない玉琳の身体でも容易に木をのぼることができた。


 そこから外回廊の屋根へとうつり、反対側へはうまく衝撃を吸収させる姿勢で飛び降りる。


 こっそり筋トレをつづけた甲斐もあって、この程度の運動なら骨折するようなこともなくなっていた。


 顔に傷でもつけようものならあとで龍明にしこたま怒られそうなので、そこに何より気を使う。


 白虎宮を抜けると、後宮内を巡回している見回りの宦官に見つからないように足音を忍ばせて玄武宮へと向かった。


 玄武宮もやはり門は固く閉ざされていて、立哨の宦官が立っている。とはいえ、白虎宮同様ぐるりと囲まれた壁は長く、すべてに警備が行き届いているわけではない。


 しかも景観のためか玄武宮の周りにも高い木が何本も生えていた。あれらを利用しない手はない。ほどよい木を選んで腰ひもを使って上り、素早く壁の内側へと潜り込んだ。


(さて。こっからは、見回りの人間がどこに潜んでるかわかんないから気を引き締めていかないとな)


 宮の中は基本的に女官しか入れないため、通常は女官が警備することになっている。


 しかし、玲蘭は謹慎中の身だ。こんな夜更けであってもあちこちで篝火が焚かれ、宦官と思しき者たちが巡回していた。


 玄武宮はお茶会で一度来たことがあるし、図書館にあった城内地図で大体の構造も把握している。白虎宮ともほとんど似た造りをしているのもわかりやすくていい。


 回廊を歩くと目立つため、庭を進むことにした。

 庭の木陰を選んで慎重に進んでいくが、どうしても膝丈ほどの草しか生えていない箇所にきてしまった。


(あとでバレたら龍明に怒られるだろうけど仕方ないよなぁ)


 そうは言っても、ここまできてしまったのだ。背に腹は変えられない。


 庸介は地面に腹ばいになると、ほふく前進の要領で庭を進んで行った。陸自の訓練でしょっちゅうほふく前進してた庸介にとってはわけない動作だった。


 ときおり警備の者が近くの回廊を通っていくときは動きを止めて様子見し、警備が遠ざかってから再びほふく前進することを繰り返す。


 月が雲に隠れている深夜。黒髪に暗い色の服をきて地面につっぷしている玉琳の身体は完全に闇に紛れていた。


 警備の者たちも、まさか正妃候補の玉琳が庭の地面を這っているなんて思いもしないだろう。


 そうやって時間をかけ慎重に進んでいき、ついには玲蘭が住む屋敷にまでたどりつく。


 庸介は、屋敷の外壁にへばりつくようにして屋敷の様子を伺った。この時代、窓硝子なんてものはないし、もちろんクーラーもあるはずがないので、こんな蒸し暑い夜は窓を開けて寝るのは普通のことだ。


 夜の闇に馴染んだ目をよくこらすと、ひとつだけ観音開きに窓の扉が開いているのが目につく。


 庸介は素早くその窓に近づくと、するりと窓の内側に身を滑り込ませた。


 室内は薄暗く、照明は部屋の隅に置かれた灯火器がひとつだけ。皿状の部分に油が満たされ、灯心の先の小さな火がぼんやりと周囲を灯している。豪奢な調度品からして、ここが玲蘭の部屋だと思われた。

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