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第19話 動かせない証拠

 まずはじめに白虎宮の女官たちが誰一人この宮から出ていないことは確認した。


 庸介が倒れたあとは龍明と近衛兵たち、医官が屋敷にやってきた以外は外部の人間は誰も白虎宮を訪れていないことも確認済みだ。


 そのうえで、女官たち全員に宮の中での待機を再度きつく申し渡したあと、一人ずつ玉琳の部屋に呼んで話を聞いてみることにした。


 呼び出された女官はみな、不安そうに顔を強張らせ、震えている者もいた。


 それもそうだろう。正妃候補毒殺未遂という嫌疑がかけられているうえに、それを聴取するのが当の正妃候補と皇太子なのだから。怯えたり、狼狽したりするのも無理はない。


 しかし、ひとりひとり話を聞いたものの、これといって犯人特定につながる話はでてこなかった。みながそれぞれ日常の業務を淡々とこなしていたという当たり前の実態が確認できたなすぎない。


 外部の人間を見たという証言や、怪しい動きをしていた者がいるという証言も特段集まらなかった。


 一通り全員と話し終えたあと、龍明は聞き取ったものを書き記した紙束を眺めてひとしあり唸る。


「うーん。思ったより、たいした証言は集まらなかったな」


「まぁ、そうだよなぁ」


 庸介は寝台に横になったまま力なく答えた。休みをいれながらだったとはいえ、まだ体調が回復していないのもあって身体が辛くなってきていた。


 そんなこともあって、女官たちに質問を投げかけるのはほとんど龍明がおこない、龍明自らが書きとっていたので、庸介は合間合間に質問を挟む程度で、あとは答える女官たちの仕草や喋り方など様子を観察するようにしていた。


 予想はしていたが、自分がやりましたなんて自首するものもいなかった。もし、玉琳みたいな身分の高い人間を、仕えていた者が暗殺しようとしたとなれば、本人はもちろん、一族郎党死罪になることもありえる。


 そうなると、命をかけてでも口を割ることはしないだろう。


(ただ、ちょっと気になるやつはいたんたよな)


 狼狽する女官がほとんどの中、妙に落ち着き払ってまっすぐにこちらを見つめながら話していたのが印象に残る女官はいた。たんに冷静なタイプなだけなのかもしれないが、一応記憶には留めおくことにする。


(外部から侵入した形跡はなし。やっぱり、内部の犯行が濃厚か)


 そのとき、玉琳の部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「入れ」


 龍明が声をかけると扉が開いて近衛兵が二人、部屋の中に入ってくる。


 二人は龍明の前で床に膝をつき、一人が深く頭を下げて拱手、もう一人が白布を龍明の前に掲げた。布の上には、白く小さなものが載っている。


「龍明様。庭に、このようなものが落ちておりました」


 庸介と龍明が聞き取りを行っている間、屋敷を見張る兵を残し、ほかの近衛兵たちには庭や周囲、宮の各部屋の捜索を命じておいたのだ。


 もし怪しいものをみつけたら、絶対に素手では障らず布でくるんで持ってくるようにと固く言い渡しておいた。


 白布に乗ったそれを、龍明は確認すると近衛兵たちに尋ねる。


「これは、どこでみつけたものだ?」


 伏せっていた庸介も身体を起こして、近衛兵が持ってきたものを眺める。


 それは、五センチほどの小さな小瓶だった。蓋はされていない。


「白虎宮の池のそばにある草むらの中に落ちておりました」


 小瓶の表面には白い釉薬が塗られており、部屋に置かれた灯火器の灯りがぼんやりと映り込んでいる。


「これ、拭いたり素手で触ったりしていませんよね?」


 庸介の問いかけに、白布を掲げた近衛兵が応えた。


「はい。素手で触らず、そのまま持ってくるようにとのご指示でしたので、布でくるんで持ってまいりました」


 庭に落ちていたにしては、やけに綺麗な小瓶だった。まるでつい最近捨てられたかのようだ。


 庸介は寝台から降りると、


「ちょっと一枚もらうよ」


 龍明が持っていたメモ用の紙束から一枚引き抜いた。


「あ、ああ。それは構わんが」


 あっけにとられている龍明を他所に、庸介はその紙を丸めて漏斗のような形にすると、


「その小瓶、そのまま立たせて持ってみて。あ、なるべく周りを触らないようね。もし私の予想通りだったら、ちょっと触れただけでもやばいことになるよ」


 近衛兵に告げると、彼は緊張した面持ちで布の下から小瓶を支えて、うまいこと小瓶を立たせてくれた。


 そこに紙の漏斗を差し込み、いつでも水が飲めるようにと杏梨が寝台脇に置いてくれている水差しを持ってきて、零さないよう気を付けて水を注ぐ。


 小瓶はすぐに水で満たされた。


「その小瓶の中の水を、そこの鉢の中にゆっくりと注いでみて」


 庸介は窓際に置かれた腰高の台にある素焼きの鉢を指さした。


 鉢の中には水が張られ、五センチほどの赤いヒブナが二匹泳いでいる。玉琳の気分転換になるようにと、庭の池にいた小さなヒブナを霜月が捕まえてもってきてくれたものだ。


「は、はいっ」


 近衛兵は緊張した面持ちで、小瓶の中の水を鉢に注いだ。


 龍明も興味津々といった様子で鉢のそばまで見にくる。


 ヒブナは変わらずひらひらと尾びれを揺らして泳いでいたが、小瓶の中の液体を注いで一分ほど経ったときのことだった。


 急に一匹の泳ぎ方がぎこちなくなったかと思うと、ひっくりかえってお腹を水面にだし痙攣しだした。ほどなくして、ヒブナは息絶える。もう一匹も、すぐに同じ状態になった。


「これは!」


「そう。おそらく俺……じゃなくて、私が盛られたものと同じ神経毒でしょうね。私は、口に入れた瞬間すぐに吐き出したし、口もすすいだけど全身に毒が回ってしまったほどの猛毒だから。犯人は中身を捨てて、小瓶も処分したつもりだったんでしょうけど、小瓶の内側にわずかに残っていたものですら、ヒブナを殺すほどの力があるんでしょう」


 昼食の準備をしていたときに誰かがこの小瓶を服の中に忍ばせていたはずだ。


 そして、玉琳の昼食が運ばれるどこかのタイミングで小瓶の中の毒を注入させたにちがいない。


「じゃあ、この小瓶を持っていた者が犯人ということか。一体誰が……」


 龍明の瞳に暗い光が宿る。

 小瓶を持っていた人物は、先ほど聴取した女官の中にいるはずだ。


「その小瓶が教えてくれるかもね。上手くいくかわかんないけど、一か八かだ。それ、ちょっとこっち持ってきて」


 庸介は小瓶を持った近衛兵へ小さく手招きして、部屋の隅にある鏡台の前へと向かった。


 鏡台の脇の小箱には、玉琳専用の化粧道具が詰め込まれている。普段、庸介自身がそれに障ることはないのだが、杏梨やほかの女官たちが化粧をしてくれるときに使うのを毎日見ているので、どんなものが入っているかはだいたい把握している。


「あったあった。これだ」


 化粧箱から、小さな器を取り出した。中には眉に色を乗せるための黒い粉が入っていた。この粉はその都度少量取り出して同量の水で溶き、墨のような状態にしてから筆で眉を書くものらしく、かなり粒子が細かくさらさらとしている。


 原料が何かはしらないが、これは使えそうだ。


 庸介は黒い粉を指で少量とると、小瓶の表面にぱらぱらとかけた。小瓶をひっくり返し、全面に粉を振りかける。


 充分に粉をかけてから、ふっと息をふきかけて余分な粉を飛ばせば、小瓶の白い表面に楕円形の年輪のような模様が浮かび上がった。


 小瓶を掴んだ者の指紋だ。


「なんだ、これは?」


 龍明が怪訝そうに尋ねてくる。それはそうだろう。この時代に指紋というものが発見されているかどうかはしらないが、少なくとも犯罪捜査に使うという発想はまだないだろう。


「これは指紋というもので、人間誰でも指の先にある模様なんです。これがないと、物がつかめなくなります」


 龍明も近衛兵も、不思議そうな顔をして自らの指を見ている。


「ね? 指の先に皺よりも細かい年輪みたいなものがあるでしょ? で、重要なのは、この指紋の形は人によって微妙に違うってことです」


 龍明は腕を組んで、唸る。


「つまり、その小瓶に浮き出たのは、それを掴んだ者の指紋ということか」


「さすが龍明。話が早い。そうなんです。同じ指紋を持つ者がみつかれば、そいつが犯人である可能性が極めて高い」


 というわけで、早速、女官たちの指紋採取が行われることになった。


 といっても全員から一度に取るのは非効率なので、まずはもっとも疑わしい者たち……調理、毒見、配膳など直接かかわったものたちから始めることにした。

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