第17話 暗殺未遂!
「お前、とうとう正式にうちの子になっちゃったな」
朱雀宮から戻ってきて、鳥かごをすでに定位置となっている棚の上に置くと、キョンは嬉しそうに鳴いた。
鳥かごに指を入れてキョンと遊んでいると、背後から杏梨が声をかけてくる。
「玉琳様。昼食をお持ちしますね」
「ええ、ありがとう」
振り返りながら応えると、杏梨はにこやかに拱手してパタパタと去って行った。
厨房で作られた玉琳用の昼食は、春梅などの毒見役が毒見をしたあと、女官がこの部屋まで運んできてくれるのが常だ。
指に擦り寄ってくるキョンをひとしきり撫でたあと、いつものようにテーブルについていると、杏梨が昼食を盆で運んできてくれた。
今日の昼食は、五分づきの玄米ご飯に鶏肉の煮物、豆腐や野菜の煮込まれたスープだった。
はじめのころ粥ばかり食べていたことを考えると、ずいぶんちゃんとしたものが食べられるようになったものだ。
室内のテーブルについて、鶏肉の煮物に箸をつけ口に入れると、騎馬民族らしい素材の良さを活かした素朴な味わいが口の中に広がる。結構美味しい。
次に、豆腐と野菜のスープを匙ですくって口に入れたときのことだった。
(え……。なんだこの味)
口に入れた瞬間、舌にぴりとした刺激を感じた。
(これは!)
瞬間的にヤバいと感じ、そのまま吐き出す。すぐに、茶碗のお茶を口に含み、口をすすいだ。
「玉琳様!?」
食事を見守っていた杏梨が、驚いた声をあげた。体調不良だと思ったのだろうか。
庸介は掻きむしるように胸を押さえる。息が苦しくなりはじめていた。肩で大きく呼吸を繰り返すが、うまく空気が肺に入っていかない。手足が小刻みに震え始める。
「大丈夫ですか、玉琳様! い、いま医官を呼んでまいります!」
「ま、まって……」
掠れた声で、なんとか杏梨を呼び止めた。
これはいつもの玉琳の体調不良ではない。いま口に入れた瞬間、たしかに違和感をおぼえた。おかしかったのは味ではない。舌の粘膜に妙な刺激を感じたのだ。
(毒だ)
ほんのわずか口に入れただけ、飲み込んだわけではないのに全身に影響が出始めている。もし舌の違和感に気づかず飲み込んでいたら、いまごろ絶命していたかもしれない。
テーブルに突っ伏して、今にも呼吸が止まりそうな息苦しさに耐えながら必死に頭を働かせる。
(神経毒の類か。誰が入れた? 料理はこの屋敷の中で作られてる。外部の人間が出入りしてればすぐに気付かれるはずだ。だとすると、内部の犯行が最も濃厚……!)
庸介は冷や汗の滲む顔をあげると、オロオロしている杏梨に頼む。
「いますぐ、白虎宮を閉鎖……誰一人外に出すな。霜月を、使いにして、医官と、できれば龍明も、呼んできてほしい」
息も絶え絶えになりながら、なんとかそれだけ告げる。
とりあえず、女官たちの中で一番信頼できたのが杏梨と霜月だが、杏梨には荷が重すぎると判断して霜月に遣いを任せることにした。
それに警備が主な任務の霜月は、基本的に厨房には入らないし、料理に近づくこともないから犯人である可能性がかなり低い。
「は、はい! いますぐ!」
杏梨は涙を浮かべながら、すぐさま走って部屋を出る。
その頃にはかなり毒が回ってきたのか、庸介は座る姿勢を保つこともむずかしくなり、ずるずると椅子からずり落ちて床に仰向けに倒れた。
杏梨から騒ぎを聞きつけた女官たちがバタバタと走り寄ってくる足音が聞こえてくるが、すでに目を開けることすら辛くて目を閉じる。
(玉琳の身体、どうにか保ってくれ……)
呼吸困難と全身を襲う痺れに耐えながら、ただひたすらにそう願うしなかった。