第15話 桃華の目的
「え、そうなんですか?」
四姫全員が、正妃を巡って争っているのだとばかり思っていた。
「家の意向としてはウチに正妃になってほしいんちゃう? そやけど、ウチはそんなん嫌や。面倒くさいやん。正妃になったら仕事も責任も増えるし。それより、ウチはきままに生きてたいねん。かといって、玲蘭がなるのも気にくわんし、香蓮もわけわからん。いまのところ、正妃に一番ふさわしいんは玉琳やと思うねん。そやから、私のきままな生活のためにも、ぜひ正妃になってほしいんや」
桃華は手に拳をつくって、力説する。庸介は、意外な展開にあっけにとられるばかりだった。
「は、はぁ……」
「それよりウチが興味あるのは、黄家の商売をもっともっと大きくして金持ちにすることや。そうすればウチの一族も兄弟姉妹たちも地元の街もどんどん潤って豊かになる。金ほど大事なものはないやんか。そんなこともあって、玉琳と仲良くなりたいなとずっと思うててん。あ、もちろん、適度に皇太子と親しくするんも忘れたらあかんな。あの人、鳳の国の経済政策を握ってはるさかい」
桃華は意気揚々と語る。
(なるほどなぁ。正妃うんぬんより、実家がますます栄えることを第一にしているわけか)
庸介は頭の中に、鳳国とその周辺の地図を思い浮かべた。
玉琳の実家である攣鞮一族は騎馬民族を統べて高原地方を実質的に支配している。その支配地域よりさらに西にいくと西欧と呼ばれる国々がある。
つまり攣鞮一族は西欧との交易路を抑えているわけだ。その交易路を使って、黄家も販路を伸ばしたいのだろう。
「桃華は私を通じて攣鞮一族が治めている高原地方、さらにはその西側にある西欧との貿易拡大を狙っている、というわけですね」
庸介が言うと、桃華は嬉しそうに指を鳴らした。
「そうや! 玉琳、ほんま聡い人やなぁ。さすが本を読みまくってるだけあるわ。そうや、鳳の国を超えてさらに西方に商売をひろげたいんや。莫大な富に繋がると思うで。もちろん、通行料やらなんやらで高原地方も潤うのは間違いなしや」
悪い話ではないと思う。鳳国と西欧との交易が盛んになれば、その間に挟まれている高原地方はいまよりずっと人や物の行き来が盛んになる。
「実家の両親や兄弟たちがどう考えているかはわかりませんが、私自身は悪くない話だと思います」
「その言葉が聞けただけでも、ウチとしては大成功や。ささ、どんどん料理もってこさすさかい、ウチの地元の名物料理、沢山食べてってや」
桃華が言うとおり、青龍宮の女官が次から次へと料理を運んできて広いテーブルはすぐに一杯になった。各種の包、炒め物、大きな魚の姿揚げに子豚の丸焼きまであった。
ひとつひとつ毒見をしてもらいながら食べるのは面倒くさくはあったが、どの料理もどれもとても美味しかった。
白虎宮の料理人たちが作る料理は騎馬民族らしく素朴な調理や味付けのものが多いが、ここの料理は見た目も凝っていて味もバリエーション豊富だった。地方によってこんなにも味付けに差があることに素直に驚く。
元来食べることが好きな庸介は、純粋に桃華の料理を楽しんでおなかいっぱいになった。
桃華も、庸介のことが気に入ったのか、いろいろな話を聞かせてくれる。桃華は庸介のことを聡いと褒めてくれたが、庸介からすると桃華はさすが大商家で育っただけあって、経済や芸術、地理の話など話題の幅が広くて博識に思えた。話に花を咲かせていたら、あっという間に時間が過ぎていく。
帰る時間になると、桃華は露骨に寂しそうにしだした。本当に、喜怒哀楽のわかりやすい人だ。
「この後宮に来てからこんなに楽しく話せたのは初めてや。玉琳、また絶対遊びにきてな。もっと食べてほしい料理も沢山あんねん。本が好きなら、ウチの実家からいくらでも取り寄せたるで」
桃華はわざわざ門のところまで見送りに来てくれた。随分気に入られてしまったようだ。
庸介としても、後宮に来る前は実家の商いで国内外を行き来していたという桃華の話は本では得られない新鮮な情報に満ちていて面白かった。
そのうち白虎宮に呼んでもいいのかもしれない。騎馬民族の料理は桃華の口に合うのだろうか、なんてことを考えているうちに、ふと自室の鳥かごにいる黒丸烏のキョンのことを思い出した。
「そういえば、この後宮のどこかに鳥を飼ってた人、しらないかな」
「鳥?」
桃華はきょとんと聞き返す。
「えっと、このくらいの大きさで、黒丸烏っていう黒い鳥なの。前に他の鳥に襲われて怪我してたのを保護したんだけど、すごく人懐っこいからきっと誰かに飼われてた鳥だと思うんだ」
本当の飼い主がいるなら、その人に返すべきなんじゃないかとずっと気がかりだったのだ。あれだけ人に慣れた鳥ならよほど大事にされていたものだろう。前の飼い主も探しているにちがいない。
「うーん。鳥、……鳥ねぇ。猫なら飼ってる女官や宦官がいるのは知ってるけど。鳥……」
そこで、桃華は何かを思いついたらしく、ぱんと手を叩いた。
「そうや、もしかしたら、あの子かもしれへん」
「あの子?」
「あの子や。陰気で、いつも無表情の劉 香蓮や。あの子、後宮にくるときに、実家で飼うてたっていう小鳥をたくさん持ってきたみたいやで。ウチも見たわけちゃうけど、朱雀宮の近くを通るとよく鳥の声が聞こえるわ」
香蓮が鳥を飼っていたとは意外だった。
「ありがとう。今度、香蓮様にうかがってみるわ」
そう礼を述べて、青龍宮をあとにする。どうやって香蓮にたずねよう、お茶会などあればそのときに訊けるのだが、いまのところそんな予定はない。
(よし、とりあえず手紙を書いてみるか)