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第14話 うち、桃華言うねん。よろしゅうな。

 数日後、玉琳のいる白虎宮に青龍宮から使いの女官がやってきた。女官は手紙を白虎宮の女官に渡すと、丁寧に拱手して去っていったという。


 庸介の元に手紙が運ばれてきたときには、封が開けられて毒が塗られていないかなどを女官たちが検査したあとだった。


 ちなみに手紙は紙製ではなく、上質な絹布に達筆な字で書かれていた。


 手紙の送り主は、青龍宮の黄 桃華だ。


 お茶会で見かけた、派手な色味の衣装と高そうな装飾品で着飾った姿を思い出す。


 手紙には長ったらしい挨拶文と先日のお茶会の舞を褒めちぎる言葉などが並べられていたが、内容を要約すると「今度、うちの宮に遊びにこないか?」ということのようだ。


(なんで呼びつけられてるのか、理由がわかんないのが怖ぇえんだけど)


 いままで桃華とは直接的な絡みはほとんどない。お茶会で他愛もない会話をした程度だ。だから、桃華がどういう性格で、何を目的に遊びに来いなんてわざわざ言ってきたのかさっぱりわからない。


 玉琳は、かつてはほとんどこの白虎宮に引きこもっていて、他の宮の姫たちとは特段親しい交流などはなかったようだと龍明メモにも書いてあった。


 事実、この手紙が白虎宮に届けられてから女官たちはどこかぴりついた雰囲気を漂わせていた。おそらく、青龍宮から手紙が届くなんていうことは前代未聞のことなのだろう。


(直接行って、本人に聞いてみないことには呼ばれた理由なんてわかんないよな。いきなり刺されたりは、さすがにないだろ)


 早速、庸介も返事を書いてみる。といっても、この時代の貴族女性の手紙の書き方なんて知らないので、霜月に頼んで図書館から役立ちそうな本を借りてきてもらい、それを見ながら一日かけて何とか返事をしたため青龍宮へ持って行ってもらった。


 そして三日後。庸介は杏梨と霜月、それに毒見役の春梅を連れて青龍宮へとお呼ばれしていくことになった。






「うわぁ、すっご……いですね、これ」


 青龍宮の門を見上げて、思わず感嘆の声が漏れた。白虎宮の白塗りで上品ながらも質実剛健さが漂う門構えとはかなり趣が違う。


 なんというか、門が金ぴかなのだ。全体を金箔か金板で覆っているようで黄金色に光っている。


 門の上部には金色に縁どりされ青地に金色の太文字で『青龍宮』と書かれた大きな表札がかかっている。


(財力アピール、すげぇな)


 龍明メモによると、青龍宮の主である桃華は鳳で随一の財力をもつという大商家の娘だという。


 門番の女官に来訪を告げると、すぐに中へと案内してくれた。


 びくびくしながら門をくぐれば、目の前には見事な中華風庭園が広がり、緑色の庭石が奥へと訪問客を誘っている。


(この翠なの、翡翠だよな。これ一枚でいったい幾らするんだ)


 傷つけたら怒られるんじゃないかと気になってしまって、庭石を避けて歩いて行くと、その先に現れたのは形こそ白虎宮のものと同じだが、明らかに高価な建材で作ったんだろうなとおぼしき屋敷が建っていた。


 柱の一本一本も、屋根瓦もすべて金ぴかだ。床には大理石のようなマーブル色のものが敷き詰められている。

 屋敷の中へ通されるが、あちこちにいかにも高そうな壺や大皿、絵画などが置かれていた。


 案内された部屋は、何の毛かわからないが白いふかふかした毛の絨毯が敷かれ、蒔絵のようなものがびっしりと描かれた大きなテーブルに、同じ装飾の椅子が三脚ずつ向かい合わせに並んでいる。


 その部屋で待っていると、ほどなくして、ばんという音とともに奥の両開き扉が勢いよく開いた。


 扉から真っ赤な衣装に金色の帔帛ひはくを肩にかけた派手な女性が、堂々とした足取りで入ってくると、テーブルの上座に腰を下ろした。


 見間違うはずがない。この宮の主、黄 桃華だ。


「このたびはお招きいただきありがとうございます、桃華様」


 一応、丁寧に拱手礼でお辞儀をするが、桃華は笑って手をぱたぱたと顔の前で振った。


「ああ、ええねん。ええねん。そんなんせんでも。ウチ、堅苦しいこと好きちゃうねん。楽にしとってや。うちの宮の中では、自分の宮みたいにくつろいでくれて構へんで。それとも、玉琳様は、あのつんとして堅物な玲蘭みたいに四角四面なんが好みなん?」


 方言なのか、かなり聞き取りづらいが言いたいことはわかった。


 大商家の娘だというこの姫は、かなりフランクなやり取りが好きなタイプのようだ。


「いえ、そういうわけでは……」


 どちらともつかない曖昧な笑みで返す。ここで玲蘭の肩を持つようなことを言えば桃華との仲が悪くなりかねないし、玲蘭を下げるような発言をすれば、それを誰かに告げ口されたり利用されることも考えられる。


 だから、どっちつかずの態度を示したわけだが、桃華は瞳をくるくると輝かせて興味深そうに庸介を見ていた。


「世間知らずのお嬢さんやと思ってたんやけど、なんや、なかなか食えん子やなぁ。ウチ、そういうの嫌いやないで。あ、座って座って」


 席を促されるのと同時に、杏梨が近くの椅子を引いてくれたので座らせてもらう。すぐに青龍宮の女官が、庸介の目の前に琥珀色のお茶と、お茶請けの小さなほうを運んできた。


 すぐに毒見役の春梅が一礼した後、お茶を匙で小皿に一匙掬って袖で口元を隠すようにして毒見をしてくれる。包の方も毒見が済んでようやく、庸介も口にすることができるのだ。


 お茶に口をつけると、さわやかな花の香りのような風味が口の中に広がる。桃華の地元の茶葉だろうか。スッキリとした味わいだ。


 桃華は目の前に出された包を、毒味もなしに口を大きく開けて一口でぱくりと食べてしまう。


「玉琳様も、どうぞめしあがり。うちの料理人の包は絶品なんやで。そうや、お近づきの印に、ウチ、玉琳様のこと玉琳って呼んでもええか? もちろん、外ではちゃんと様つけるから。ウチのことは桃華って呼んでな」


 庸介は茶碗を丁寧に置くと、少し迷った。が、名前で呼べって言われてるのに従わないのも失礼にあたるだろう。


 微笑み返すと、快く応える。


「ええ。よろしくお願いします。桃華」


 名前呼びされたことが嬉しかったのか、桃華の顔がぱっと輝く。喜怒哀楽のわかりやすい人だ。


 いつもつんと澄ましていて隙あらば貶めやろうとしてくる玲蘭や、無表情で口数が少なく何を考えているのかよくわからない香蓮よりも、よほどつきやすいタイプに思えた。


「玉琳、最近図書館の本を読み漁ってるて聞いてな、面白い子やと思うたんや。ほら、貴族のお嬢様たちは噂話と着飾ることにしか興味がない子が大半やからさ。あんまり話してても面白ないし」


 後宮にある図書館はそれほど広いものではない。蔵書数は千にも満たないだろう。それでも歴史や礼儀、地理などいろいろな本がそろっているので、情報収集のためにとっかえひっかえ女官たちに持ってきてもらって暇さえあれば読んでいたのを桃華に知られていたようだ。


 最近では、図書館の本では飽き足らず、龍明に頼んで軍や政治の本も持ってきてもらっている。スマホもパソコンもないこの時代では本がもっとも手っ取り早い情報収集の手段だった。


「桃華は、商家の出なんですよね。たしか、東方の商業都市のお生まれでしたっけ」


 庸介が龍明メモを思い出しながら口にすると、桃華は、お!という顔ををする。


「ウチのこと知っててくれたなんて嬉しいなぁ。そうや、東の東州っちゅう街の生まれやねん。ウチな、はじめに言っておくけど、正妃が誰になろうとあんま興味ないねんな」


 突然の告白に、どきりとした。





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