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第13話 玉琳がいる

 翌日。

 二階のテラスで黒丸烏のキョンに餌を与えているところへ龍明が訪ねてきた。


 彼の姿を見て、そばにいた杏梨と霜月は黙ってお辞儀をするとすぐに去っていく。最近は何も言わなくても二人だけにしてくれるのがありがたい。


 キョンは手当てと世話のおかげかすっかり庸介に懐いていた。いまも、餌を食べ終わったあと肩や頭に乗って遊んでいたのだが、龍明がやってきたので鳥かごに戻すことにする。


「その鳥、すっかり慣れたみたいんだな」


 龍明の言葉に、鳥かごの扉を閉めながら庸介は返す。


「たぶん、元々誰かに飼われてた鳥なんだろうな。羽が治ったら元の飼い主のところに戻って行くと思ったんだけど、外に放しても俺の周りから離れないんだ」


 龍明がテーブル脇の椅子に腰を下ろしたので、なんとなく庸介も向かいの席に座る。


「昨日の疲れは残っていないか?」


 昨日というと、四姫のお茶会のことだろう。庸介は、こくりと頷いた。


「ああ。あれくらいの外出ならもう寝込んだりすることはなさそうだ」


「そうか、よかった。それにしても昨日は驚いた。あんな見事な舞、どこで覚えたんだ?」


「そのこと、なんだけどさ……」


 昨日、一晩考えてみたけれど、やっぱり結論は変わらなかった。

 庸介は自分の胸に手をあてる。


「龍明。あの舞を踊ったのは、玉琳だ。頭の中に女の人の声が聞こえたかと思ったら、身体が勝手に動き出した」


 龍明は一瞬、庸介が何を言っているのかわからなかったようだが、すぐに言われたことを理解して目を大きく見開いた。


 庸介は続ける。


「あのときこの身体を動かしていたのは、……たぶん、玉琳自身だ。玉琳の心はまだこの身体の中に残ってるんだと思う」


「それは……本当なのか?」


「嘘言ってどうすんだよ。それに、昨日の舞はお前も見ただろう? 俺に踊りの知識も経験も一切ない。玉琳じゃなきゃ、あんなの踊れない」


 龍明は驚きのあまり、しばらく言葉を発せないようだった。


 でも表情を見ていたら、わかる。嬉しいのだろう。目元が潤んで、溢れそうになる嬉しさを必死に抑えているようだった。


 それはそうだ、最愛の人の身体だけでなく、心までも生きているとわかったのだから。


 一方、庸介は沈鬱な気持ちでテーブルに視線を落とす。


 嬉しそうな龍明を見ているのが、とても辛かった。そういう反応がくることを予想していたはずなのに、実際目にすると動揺してしまう。


 この世界で庸介の存在を知っているのは、龍明だけだ。庸介としてふるまえるのも龍明の前だけだ。龍明の存在はこの世界で生きていくのにかかせないものとなっている。


 それだけでなく、いつの間にか龍明のことは何でも話せる唯一の友のように感じるようになっていた。


 しかし、龍明にとっては違うのだろう。

 彼にとって庸介は、愛する玉琳の身体に間借りしている厄介な存在にすぎない。


(この身体に二つも心はいらない。玉琳が望むなら、この身体を返さざるをえないだろうな)


 そうなったとき、庸介の心はどこにいけばいいのだろう。身体から追い出されれば、魂だけの存在になるのか。それとも消えてしまうのだろうか。それすらわからない。


 なんにしろ、庸介の存在は、龍明と玉琳の間にあっては完全に邪魔ものなのだ。いずれ消えざるをえないのかもしれない。


 そんな悲痛な物思いにふけっていたら、大きな手でぽんと頭を撫でられた。視線をあげれば、気遣うような龍明と視線が絡む。


「どうした? そんな不安そうな顔をするなんて、お前らしくない」


「……お前は、この身体が玉琳のものに返った方がいいんだよな」


 その言葉で、龍明はハッとなる。庸介の不安の理由を察したようだった。


 龍明はじっと庸介の不安そうな顔を見つめながらも、何かを考えているようだった。


 彼の口から、どんな言葉が出てくるのか恐ろしかった。どんな言葉も、刃のように心に刺さりそうに思えたから。


 永遠とも思えるほど長い沈黙のあと、彼はようやく口を開いた。


「もちろん玉琳として心まで戻ってほしいと願っている。それは本心だ。玉琳が玉琳としてここに存在してくれていたらどんなにいいかと思う。そのためだったらどんなことでもする。だが……お前には、玉琳の身体をここまで健康にしてもらった恩がある。その恩には報いたいとは常々思っている」


 ひとつひとつ、丁寧に選ぶようにして告げられた言葉。彼の気遣いが感じられた。

 でも、どうしてもこれだけは聞きたかった。庸介は思い切ってそれを口にする。


「俺、ここにいていいのかな」


 龍明は、うっと言葉に詰まったように見えた。そして、顎に手を当ててしばらく考えたあと、


「それを決めるのは私じゃない。玉琳じゃないのか」


 ようやくそう答える。その言葉には庸介自身も納得できた。


「……それもそうだな。この身体の本来の持ち主なんだから、玉琳がどうしたいかによるよな」


 玉琳の存在を感じ、玉琳の言葉を直接聞いたのはお茶会のときがはじめてだ。いまは身体のどこかで沈黙しているのだろう。存在を感じようとしても何も感じることができない。まだ短時間しか表に出られないのか、それとも玉琳の意思でそうしているのか、それすらわからない。


 ついうだうだと答えの出ない問を続けてしまう。思考はどんどん暗い方に引っ張られていく。そんな自分が嫌だった。


 庸介は自分の両頬を手のひらでパンと叩く。


 突然のことに、龍明は驚いた表情をするが、庸介は努めて明るく笑う。空元気だったが、それでも続けていればいつか本物になる。


「考えても答えのでないことを、いつまでも考えててもしゃーない。とにかく、玉琳の意思がもっと鮮明にでてきたら、それはそんとき考えればいいか」


「……」


 じっと龍明は庸介を眺めていたが、おもむろに手を伸ばすと乱暴にくしゃくしゃと頭を撫でた。いつもの、ついうっかり玉琳にしていたときの癖が出てしまったというような優しい撫で方とは違う。どっちかというと犬を撫でるときの撫で方に近い。


「な、なんだよっ」


「いや、なんか無性に撫でたくなってな。いま学者たちには魂を別の肉体に移す術について調べさせているが、他に何か力になれることはあるか? ほしいものでもいいぞ? なんでも言え」


「ほしいもの? うーん……」


 そんなこと言われても、特にほしいものは思いつかない。身体が玉琳だということをのぞけば、この世界で何不自由ない生活をさせてもらっているのは確かだ。


 あまりにやることがなくて暇すぎるので、もっと女官たちの目を盗むことなく自主トレとか筋トレとかやりたいのだが、そこは玉琳という体裁を保つ上では難しいのはわかっている。


 だから可能性は薄いと思いつつも、この際だから、ずっとやりたいなと思っていたことを口にしてみた。


「じゃあ、剣を教えてよ」


「剣?」


 龍明は怪訝そうに小首を傾げた。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。


「そう、長剣。俺、お前が持っていたみたいな長剣の扱い方って知らないからさ。でも、この世界じゃ個人用の武器は剣がメインだろ? だから多少なりとも使えるようになりたいなって思ってたんだ」


 後宮の中とはいえ、白虎宮を出ればそこは敵だらけの場所だ。いつ誰に襲われないとも限らない。安全な場所ではないからこそ、霜月のように女官に紛れて武官が何人も傍についているんだろうし、料理は運ばれてくる前に必ず毒見役が毒見をしている。ここはそういう場所なのだ。


 だから、自分の身を守る武器がほしかった。本当なら拳銃がほしいところだが、この世界にそんなものあるはずもないので、それなら代わりに剣をもっと使えるようになりたいとずっと考えていたのだ。


「剣か……まぁ、護身のために自ら武術を身に着ける令嬢もいないわけではないしな。この宮の中だけで、人払いした部屋で二人きりなら教えてやれないわけでもない」


「まじで! うわぁい、やった!」


 玉琳らしくないから駄目だと言われるとばっかり思っていたから、思いがけず許可がもらえて、庸介はつい両手を上げて喜ぶ。キョンまでが、嬉しそうにキョンキョンと鳥かごの中で何度も鳴いていた。





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