ダンジョンで収穫祭をやってみた。
ダンジョンが現れてから10年経ち、日常になってしまった日本。
ダンジョンと同時期に現れた覚醒者――ダンジョンハンターが、ダンジョンから出てくる異形の獣……ゲームの世界にいるような魔物も倒してくれたりするため、ダンジョンに入ることのできない一般人も、最初は天変地異だ地球滅亡だ、とメディアを通して騒いではいたが、恐怖は時間と共に薄れていった。
ダンジョンというのは、ボスを倒したら消滅するから、危ないものが消えるため、恐怖心が薄れるのも早かった。
今や、ダンジョン出現は、自然災害や交通事故みたいな扱いになっている。
地震と違って、ハンターの中にはダンジョンの出現を予測できる職業もあるらしく、なおさら警戒度は下がる。
その予測から漏れるダンジョンもあったりする。
そして、消えないダンジョンもある。
ダンジョンの出現時は、周囲2メートルが消し飛んでしまうのが一般ダンジョンと呼ばれているが、消し飛ばず予測にも引っかからず、音もなく現れるダンジョンもあり、例外ダンジョンと通名がついている。
例外タイプが、消えないタイプのダンジョンであれば、一般人は近づかない。
家の中に出現してしまった場合、ダンジョン付き事故物件として扱われて、地価も駄々下がり。
そんな新常識が出来上がった日本の某所。
ダンジョン付き事故物件に住む、藺草 亜李迦は、ハンター向けの食堂を営んでいる。
カランカランと、ドアに掛かっているベルが鳴る。
お客さんが来た合図。
「あ、ごめんなさい。今日おやす……」
アリカは臨時休業にしたけれど、人が入って来たため、ふだを掛け忘れていたかと思ったが、入ってきたのは見知った顔。
「あっ、肉兄さん! ごめん、今日ね――」
アリカ自身、たまになんて呼び名だろうと思いながらも、誰もそれを咎めるものはいない。
呼ばれる本人も、特に何も言わないのだ。
この肉兄さんは、ダンジョンハンターで戦う能力を持っている人で、ダンジョンで獲れた肉を、アリカの店に持ってきてくれる。
アリカは食堂経営なのでありがたく受け取るし、代金がわりとして、肉兄さんには料理全品半額提供である。
winーwinの関係だ。
ダンジョン産食材は食べられるものに関しては、ハンターのステータスが一時的に上がるため、重宝されている。
そして、覚醒者の中でも料理スキルを持つ者が調理したダンジョン産食材は、さらに上昇効果がある。
そういった点も含め、肉兄さんと呼ばれた男は、この食堂に肉を提供し料理を美味しく頂いている。
「あぁ、ダンジョン検査日だろう。俺が検査員だ」
そう言った肉兄さんは、腰にぶら下げているポーチから名刺入れを取り出して、アリカに渡す。
「政府ダンジョン検査代理機関、ハンターギルド『3丁目』、調査・攻略班 第2部隊隊長、仁久 レイジ……」
アリカは名刺に書かれたものを、ゆっくり読み上げる。苗字にはカタカナでふりがなが振ってある。
「え、肉兄さんの名前?! 初めて知った!」
「苗字が苗字だから、ニクと呼ばれることが多い」
常連さんの名前すら知らない、店主の風上にも置けないというか、風下にすらいてはいけないような気分になってしまうアリカ。
「す、すみません……。にきゅうさんだとは存じ上げずに……」
苗字の読み間違えをしていたわけでは無いものの、反射的に謝ってしまう。
「謝らないでくれ、名乗ってなかったし」
「多分、調査票で知ってるとは思いますが、藺草 亜李迦です」
「あぁ、よろしく。顔なじみだし、レイジと呼んでくれ」
「わかりました。私のこともじゃあ、アリカと」
改めてというか初めて自己紹介をしあって、握手をし、そこからはダンジョン調査の打ち合わせである。
ここは食堂なので、椅子とテーブルはある。
元々カフェの居抜き店舗なので、ソファみたいな椅子が多いし、テーブルも低いものが多く、応接セットのように使用できる。
「危険度の低いダンジョンだからこそ、3ヶ月に1度という低くはない頻度の検査か……」
ダンジョン情報の上部を管理する政府から渡された資料を見ながら、レイジはポツリと言うと、アリカはちょっとうんざりした顔をしながら言葉を返す。
「なんでダンジョン詳細と書かれた資料がこんなに簡素なんでしょう……。毎回調査員の人、数時間はダンジョンに入っているのに……」
レイジが持っていた資料を見せてもらって、ため息が落ちる。
「前までの調査員は、政府のダンジョン省から来ていたからだろう。すでにダンジョンが身近なものになり、危険度が低いと言われているものに関しては、杜撰な調査・情報管理が横行していてな。今回政府組織ではないハンター組織に委託が掛かったんだ」
「うっわ……それもどうなんだって感じですね」
ダンジョン攻略を生業としているハンター組織に、委託という名の押し付けをするようになったらしい。
レイジも少しため息混じりで頷いている。
「ごめんなさい、なんか面倒な物件持ってて……」
顔見知りに手間を掛けさせる申し訳なさで、アリカは謝るもののレイジはすぐ首を振る。
「いや、これは俺から申し出た」
「え? なんで、です??」
「アリカの店はダンジョン付き物件とはいえ、住居側にあるから、客として来るだけでは入れないからな。俺はいろんなダンジョンを調査するのが好きなんだ」
職業病みたいなもので、見たことのないダンジョンに興味がある様を示す。
アリカは一瞬ポカンとしたが、笑いながら言葉を返した。
「言ってくれれば、いつでもお見せしたのにー」
「な、だ、ダメだぞ。見ず知らずの者を家に招くことは……!」
「いや、見知った仲じゃないですかー」
ダンジョンに入りたいということは、アリカの『家』に入らせてもらうことになるため、気軽に言える言葉ではない。
が、アリカはカラカラ笑う。信用に値する人と思われているのかもしれないと、レイジは自分に都合がいいような解釈をしてしまいたくなるのを抑え、一息吐いた。
「そういえば、政府の調査員とは一緒にダンジョンに入ったのか?」
「いいえ。隠れハンターですもん、私」
戦闘能力がないハンターの扱いは軽い。高待遇を受ける事が少ないため、覚醒した時の職業が戦闘職でない場合、自ら覚醒者とは明かさず、黙っているものも一定数いる。そういう者を隠れハンターと呼ぶ。
アリカの場合は、ハンター向け食堂を営んでいるので、お店に来るハンターたちには、料理人としての覚醒者であることは、ご飯によるステータスの上昇でバレている。
しかしお店の常連たちの間では、きっと隠れハンターなのだろう、ハンターと名乗り出たくないのであろうと察してくれて、口を噤むことが暗黙の了解となっていた。
「目の前で食材に鑑定使うのに、隠れハンターって言えるのか……」
「いや、スキル使うのレイジさんの前だけですって!」
レイジは食材を持ち込んだとき、アリカが目の前で食材鑑定などの覚醒者スキルも使用しているため、ハンターだとわかっているので、ダンジョンに入れる人なのは知っていた。
そのため、暗黙の了解を破っているが、ここには2人きりなので、バレることもない。
「政府の調査員には隠していたんだな」
「えぇ、鼻で笑われるのもなんかムカつきますし」
アリカ自身そういう目に遭ってはいないけれど、軽く扱われたことを憤慨して、動画投稿するハンターな配信者もいるのだ。その人たちの情報もあって、自分は二の轍を踏まぬよう用心する隠れハンターが増えた。
戦闘職でないのに、優遇されるハンターは、ダンジョン探知ができるもの、準戦闘職な立ち位置の支援職と呼ばれるものくらいだ。
アリカのような料理人、他ダンジョン産の素材加工ができる服飾師、宝石加工職人などは、政府・一般人から軽く扱われてしまうのだ。
ハンターたちには重宝する職であるものの、世間の扱いが軽いので、メディアなどに出るものは少ない。
「隠れずに済むようになればいいのだがなぁ……」
「いやですよ、生計立てられている、今くらいがちょうどいいです。ダンジョン産食材を扱っているからバイトも雇えないし、そもそも事故物件でバイトしたい人いないから、忙しくなるのはつらいです」
扱いが軽いから名乗り出ない。そのため、レイジは残念に思いつつも、ひっそりやっているアリカのお店は、大のお気に入りであるため、そこの常連になれた事は嬉しかったりする。
大きなハンター組織には専属の料理人がいたりするが、覚醒者で料理人だからといって、料理が上手な人とは限らないのだ。
「確かに、1人で運営だと、多く客が入っても困るよな……」
「そうなんですよ。料理人っていうハンターだからって、人の3倍早くご飯作れるわけじゃないんで」
レイジの所属しているハンターギルドには、料理が得意ではない料理人が所属しているので、ステータスアップとおいしさを天秤にかけなければならなかった。
そのため、アリカの店を見つけた時は天に昇るような気持だったのだ。
ここの店を見つける人は本当に偶然であるし、本人も広めたい意思がないのもあり、客はその意を汲んで口コミを振り撒く事はない。
「それじゃ、いく前に小腹に物入れましょか」
そう言ってアリカは席を立ちカウンターの中へ行き、すぐ戻ってくる。
そしてレイジの目の前には、ふるふると柔らかく揺れるパンケーキが置かれた。モンブランケーキのようなトッピングがされて、てっぺんには黄金色に輝く栗の甘露煮が鎮座している。
「試作の『モンブラン・リコッタパンケーキ』です」
「い、いいのか?」
試作品ということは、まだ客の誰もが食べていないものだ。
ここのデザートも大好きなレイジは、ゴクリと喉を鳴らす。
「もちろんです! 調査員がどーでもいい人だったら、調査後のご褒美で自分が2つ食べるつもりでしたしー」
つまり、自分はどーでもいい人にカテゴライズされていないというわけで。レイジは密かにテーブルの下で拳を握る。
紅茶と一緒にブレイクタイムを過ごした後は、ダンジョン調査だ。
「ちょっと、調査してる傍ら、収穫してていいです?」
お店で提供する食材の仕入れというか収穫は、ダンジョンで行なっているアリカ。
お店を休みにした上で、食材収穫できるなら、時間の節約ができる。時間を有効活用し色々作りたいと思ったアリカは、レイジにお伺いを一応立てる。
ダンジョンというのは所有権がないため、厳密に言えばアリカのものではないし、政府のものでもない。
管理者のいない公共天然物みたいなものだ。
しかし、顔馴染みが調査員として来てくれているので、勝手に調査しといてねというわけにもいかない気分になってしまう。
「あぁ、好きに過ごしてくれて構わない」
そして、ダンジョンへ移動。
カウンターの奥にある扉から、居住スペースへ入る。靴を脱いで持ち、廊下を少しだけ歩くと納戸の前でアリカは停まり、扉を開けてレイジに見せる。
「……えーとだな、ダンジョン入り口の撮影は可能だろうか……」
「大丈夫ですよ」
自分の所属しているギルドにある資料は、きちんとダンジョンの住所、入り口の写真、形状などの細かな記載があるのだが、政府が管理していた中の危険が直ちにないダンジョンに関しては、住所しかないため、情報がほぼないようなものだった。
そんな杜撰さに呆れながらも、ギルドベースでのダンジョンに関する記録を集めたい旨を伝え、許可をアリカに取り付け、レイジはスマホで撮影をし、メモを取る。
アリカはダンジョンと呼ばれる光の輪が浮いている納戸の中の、上側にある光の輪が干渉していない棚から小さなマットを取り出して、納戸の前に敷く。
「ダンジョンの中は、屋外みたいな環境なので、靴を履いてから入ってください」
「わかった、ありがとう」
ちなみに、過去に来た調査員にはそんなことを伝えていないので、靴下のまま屋外に出された形となり、憤慨していた。
しかし、隠れハンターのアリカは知らないテイでいるしかない。
相手が顔見知りだと、色々伝えられて楽だなぁと思った。
一緒にダンジョンに入ると、アリカの言った通り屋外だ。
空は高く、雲もある。
「やはり屋外型か」
「なんです? それ」
「ダンジョンには、地下型、屋外型、塔型などと、カテゴライズして情報登録している。ダンジョンボスが退治された場合もデータベースに記録は残っていてな……」
「それ、私が聞いちゃっても大丈夫です?!」
アリカは慌てて制する。
隠れハンターで一般人もどき。ハンターが集まって起こした会社、ギルドなどには所属していない。あまり立ち入った内容を聞くのはマズいかもと焦ってしまう。
レイジはひとつ頷いて、どこのギルドでもカテゴリ内容はほぼ同じだし、ネット配信でもギルドの方針をオープンにしているところもある事を教える。
「レイジさんとこは、配信してます?」
アリカは休みの日や開店前にやっている新メニュー考案な時間は、よくタブレット端末で動画を垂れ流しているが、『3丁目』というギルド名は聞いたことがなかった。
「配信や動画編集に疎い者しか居なくて、今時ホームページ運営のみだな」
「名刺にあるURLですかね」
「あぁ」
なら見た事がないな。と、アリカは納得してしまった。
ホームページ類は、動画のように1度タップしてあとは放置というわけにも行かないため、時間のあるときしか見ないからだ。
ニュースサイトのトップページなどに載ってなければ、目にもつかないだろう。
「よし、それでは行ってくる。俺のことは気にせず、好きに過ごしてくれ」
レイジはダンジョン内データを録るべく、どこかへ走って行った。
「……はっや! 何あれ、オリンピック選手とかより早いんじゃ……」
アニメとかでピューンと去ってしまうキャラクターのような動き。
あれが戦闘職ハンターの身体能力なのかと、初めて見た動きに一瞬呆気に取られるも、アリカの目的は収穫である。
調査員が来ることは、事前に告知されていた。
自分がダンジョンに入れることがバレるのは嫌だったので、普段は置きっぱなしにしてあるホームセンターで買ってきたコンテナは、家の中へ移していた。それを取りに一旦ダンジョンから家に戻り、大量のコンテナを運んできてダンジョンの入口の輪へ詰め込む。
次回の調査もレイジが来てくれたら、ダンジョン内に色々置きっぱなしにできるかなぁ、といったことを考えてしまう。
「とりあえず、さつま芋がそろそろ収穫できそうだよねー」
ダンジョンの中は、石畳でもアスファルトでもない、土の上である。
舗装も整備もされていないが、なぜか野菜が植っている。
「『食材鑑定』!」
アリカがスキルを使うと、目の前に透過処理がされたディスプレイみたいなのが浮き上がる。
畑の上にいくつも浮き出し、そこに書かれてある文字は『収穫最適時期』。
にっこり笑ったアリカは軍手をつけて、さつま芋を掘り出す。
普段から食材調達を、鑑定スキル使用にて行なっているため、事前に芋のツルは切ってある。
料理人であって農業職ではないアリカ。手作業で収穫だ。そこは一般人と変わらない。
ハンターなので、常人よりは少しだけ体力が多いけれど、鍛えている常人よりは低いはずだ。
ちまちまと掘って、畑の上に置いて天日干し。
さつま芋を畑に出した後は、次はキャスター付きコンテナを持って、少し離れた場所へ歩く。
着いた場所には、イガ栗がたくさん落ちている。
「『食材鑑定』〜」
またも、状態をチェックすると、栗ひとつひとつの上にウィンドウが現れて、色がついている。緑色・黄色・赤色のウィンドウがヒュンっと出てきて、黄色には虫食いと文字が浮かび、赤は病気・腐食と出ている。緑だけ出ていないので、そのイガを踏み、トングを使いイガを開き栗を取り出して、コンテナに入れる。
鑑定スキルという、アリカにとってはチート級のスキルで、状態のいい栗を効率よく採取できる。
「わぁ、ふっくらツヤッツヤ!」
取り出した栗を見て笑顔になり、テンションが上がる。
芋も栗も収穫してすぐ食べるわけではない。
適切な処理をしないと、美味しさが逃げてしまうから、今まで培った知識と、鑑定スキルによるアドバイスやレシピ紹介で、しっかり効果の出るものを作りたい。
「よーし、やるぞー!」
取り出した栗の美味しそうが膨れ上る良い見た目にテンションが上がり、イガから取り外す手間もなんのその。アリカは栗の収穫に勤しんだ。
おうちダンジョンは、外と同じような空模様だ。
時間はリンクしているようで、午前中にダンジョンに入ったが、今お日様はとても高い位置にいる。
腕時計も12という数字を示している。
スマホは圏外だ。
「そろそろお昼にするかー」
収穫作業で屈んだりしゃがんだりしていた、縮みがちだった体を伸ばすアリカ。
2時間以上は調査しているであろうレイジが戻ってくる気配もなく、アリカはどうしようか考えてしまう。
連絡手段がない。
「まあ、ハンターなら携帯食持っているか。1食くらい抜いても死ぬこともないだろうし」
レイジではない調査員が来たときは、完全放置だった。気にかけること自体がいつもと違うなとアリカは笑う。
アリカは一旦家に入り、ダンジョン出入り口とは違う納戸にしまってあった以前収穫した別の芋や、研いだ米、七輪などを持ってくる。
一緒に釣り道具も持ってきて、次は湖へ向かう。
湖に竿を向けると、すぐに釣れる秋刀魚のような魚。
鑑定をすると、秋刀魚とは表示されないが、秋刀魚のような味でいま時期は脂がのっていて、美味しく食べられると出ている。と鑑定結果が出る。
4、5匹釣ったところで湖から離れて魚を〆る。
秋刀魚と違って内臓を取らないとダメなようで、捌いて取った内臓は穴を掘り埋める。
持ってきた七輪に炭を入れて火を起こす。
「秋刀魚っぽい魚の炭火焼き、魚焼きグリルで焼くより香ばしいんだよねぇ」
炭火焼きの独特な香りは、食欲をそそる。
その近くで火を熾し、米を炊く。
七輪で魚を焼くと、家の中だと煙でやばいことになるし、庭でやったら住宅街だとご近所迷惑だが、ダンジョンは貸切状態。
煙や匂いでのご近所トラブルなども起きようがないため、アリカはニヤニヤしながら焼いてしまう。
「あぁ、この匂い……いいわぁ」
自分の店で炭火焼きは設備問題的にも、やりづらい。
居抜きで買った店は重飲食設備ではない。食の幅が広がることに笑顔は隠せない。
炊いたご飯の蒸らしも終わり、蓋を開けるとさつま芋ご飯が顔を見せる。
芋と米の甘い香りが漂い、肺がその匂いで満たされるよう、めいいっぱい吸い込む。
「最&高っ!!」
炭火焼きの秋刀魚っぽい魚、ホックホクほかほかのさつま芋ご飯という秋の味覚詰め合わせを、裏返したコンテナにまな板を乗せて簡易テーブルとした場所へ紙皿を乗せて、できたご飯たちをセットするとシンプルながらご馳走が並ぶ。
少し遠くに見えるレイジの姿を捉えたアリカは、見えるかはわからないけど、思いっきり手を振った。
すると、走って戻ってきた彼は、途中で少し体を震わせる。
どうやら匂いを捉えたようだ。
「お昼食べませんか?」
「いいのか? またもご馳走になってしまうが」
「もちろん! お米以外ダンジョン産ですが。このお魚、疲労回復効果が少しだけあるんで、フィールドワークで動き回っていたレイジさんにピッタリですよ」
レイジはいろんな場所を調査したようで、服に葉っぱがついていたり汚れがある。魔物のようなものはいなかったのか、獣にやられたような怪我が見えないことにホッとするアリカ。
2人でやや暖かい秋の日差しが降り注ぐ中、秋の(ダンジョン産な)味覚が詰まったご飯を堪能した。
190センチくらいありそうなレイジ、ハンターということもあり、体格がかなりいい。
普段のご飯量も店で食べる分を見ているとなんとなくわかるため、多めに用意したが、ぺろりと食べてしまった。
「店で食べるのとはまた違う良さがあるな、とても美味かった。ご馳走様」
「炭火焼きはお店では提供できませんからねー。お粗末さまでしたぁ」
たくさん食べてしまって照れ臭いのか、ちょっと眉を下げつつも笑顔を見せるレイジ。
笑顔で美味しいと言われると、やはり嬉しくなるアリカ。
店で食事を提供するのとはまた違った満足感を得て、嬉しくなる。
食べ終わったことで、レイジは調べた内容を共有してくれる。前の調査員はしてくれなかったのに。
「ここのダンジョンは、虫や小動物などの生物はいるものの、魔物がいなかったな」
「そうなんですよね、私もミミズやリスは見たことあっても、ダンジョンに居そうな魔物〜! って感じのは見たことなくて。だから呑気に食材調達なんてやってるんですけどね」
魔物が産まれない保証はやはりできないため、また定期的な調査・確認は必要であることと、危険を感じたら直ちに連絡してほしいといったことをレイジから告げられて、頷くアリカ。
「ところで……あれは?」
アリカの後ろに見えるコンテナにどっさり入った栗を見て、端的な質問が出てしまうレイジ。
そして、少し向こうには、土の上で無造作に転がされているさつま芋。
「あれが今日の収穫品です。少し寝かせたりしないといけないので、食べごろは1〜2週間後あたりですけどね。鑑定とレシピスキルによると、スイーツがおすすめらしいです。その頃、よかったら食べにきてください」
「あぁ、ぜひ」
やはり甘いものが好きなのだろう、通常時は堅めの表情であるレイジが破顔する。
アリカはこの笑顔に弱いと思いつつ、自分もフニャッと笑う。
昼食が終わり、使った道具を片付け、収穫した秋の味覚たちを家に運び、今日のダンジョン調査と収穫は終わる。
店に戻ってきて、調査内容をまとめ終わったら、調査報告書を送付すると言われて、アリカはびっくりしてしまった。
が、これがきちんとしているハンターたちで構成された組織なのだろうと意識を持ち直し、頷いた。
「今日は調査ありがとうございました」
「こちらこそ、店で食べれない物をご馳走してもらい、とても得をしてしまった。ありがとう」
お互い有意義な時間を過ごせた満足感で各々満たされていたのか、2人とも晴れやかな顔をしている。
そして、夕方になる前にレイジは店を後にした。
レイジが去った店の扉を少しの間ぼーっとして見つめるアリカ。
「やっぱ、甘いもの食べた後の肉兄さんの笑顔好きだわぁ……」
ポツリと口にすることで、何かを自覚したのか顔が真っ赤になって、その場に座り込んでしまった。
「いやいや、ま、まさかね??」
きっと推しとかそういった感情だろう……。まだ恋を知らないアリカは恋心を認めることが出来ず、他の感情を当てはめてコクコク頷いた。
――ギルド『3丁目』にて
「おう、にっくー。どうだった?」
「滞りなく終わった」
「そうじゃねぇよ、お前の片思い相手な食堂の店主さんとこだったろ、進展はあったのかー?」
「なっ……!」
「隠すな隠すな、どうせみんなにバレてるし」
「ぐっ……」
堅い表情をしている男だが、周りのみんなにはバレバレであった。
アリカの店に行くと決めた日はソワソワ浮き足立っているし、食後はホクホク笑顔で帰ってくる。
ギルドメンバーに揶揄われつつも、ほぼ進展がないのはいつものことだ。
「あぁ、進展はあったな」
「何、なになに? どういう感じになったー?」
奥手で堅物な男から進展があったと聞かされて、ワッと心が跳ねるギルドメンバー。
「名前を知ってもらった」
「……は?」
「名刺を渡したから、今日初めてお互いの名前を知った」
前途多難、そんな言葉がギルドメンバーの頭に浮かんだ。
が、それなりな大人だ。10代の学生のようにせっついて揶揄ったりはせず、見守ってもらえているレイジ。
見守りの瞳が生暖かいものに変わったことは、本人は気づいていなかった。




