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三章 バスは急停車する



「何が大変なんだい? メアリー」


 リトル・ウィットは少し目を丸くして小声で尋ねた。



「彼が目を覚ましたわ!」


 メアリーが興奮気味に言うので、彼女の指さす方向に目をやると、斜め前のシートで赤いパーカーの東洋人が帽子をとり、欠伸をしていた。


 眠そうに細められた瞳は漆黒で、帽子の中からあらわになった髪も、同じく漆黒だった。

髪は頬に多少触れるくらいの長さなので、ショートカットの女性に見えないことも無い。

しかし、長い手足や大欠伸をしている様子からすれば陽気そうな青年にも見えたりと、横顔だけではいまひとつ判断しかねた。



「リトル……彼は犯人じゃないわ」

 メアリーはぽつりとそんなことを言うので、リトルがなぜかを聞こうとした瞬間、メアリーはぐるりと顔をこちらに向けた。その瞳は好奇心とは別の輝き方をしている。


「だって彼、とってもハンサムなんですもの! あの中性的なお顔立ち! まさに東洋の神秘ね!」


 メアリーは瞳を輝かせて東洋人の彼を見つめる。リトルは思わず呆けてしまった。


「い……いや、メアリー? そんな基準で安易に決めていいものなのかい……?」

「あら、心配しないで、リトル。あなただってとっても整った顔立ちをしているわ。何年かすれば貴方だって彼くらいハンサムになるに決まってるもの! でも、今はまだハンサムというよりはプリティーになってしまうのよね。まぁ、それはそれで素敵なのだけれど」


 メアリーはリトルの頭を子供をあやすかのように撫でたあと、東洋人の方をうっとり眺めた。



 赤いパーカーの東洋人はこちらに気づく様子もなく、帽子を浅く被り直すと、傍らに置いてあった新聞に目を通しはじめた。


「残念ね……私があと十年早く生まれていたら、彼にアプローチするのに」


 メアリーは冗談交じりに言って、首を振った。


「でもいいわ、今はリトルで我慢してあげる」


そう言ってリトルにウインクした。リトル・ウィットは女性の逞しさを今、目の前で再確認させられつつ、メアリーの言葉に苦笑いをした。


「んもうっ! 不服そうな顔ね。見てなさい、私だってあと十年もすれば男の子がみんな振り向くくらいの美女になるんですから! そのとき後悔しても遅いんだからねっ」


メアリーの言葉に、今度リトルは真剣な表情になって、目線を窓の外に向けた。


「……あぁ、バスがもう街に入っていくよ」

「そうね、でもここには停留しないわ。通り過ぎていくだけの街よ」

「さあ、推理を再開しよう、メアリー。バスが国境を越える前に」




 バスは街に入った。

石造りの家々が立ち並び、洗濯物を広げる女性達が談笑している。

両側を家に挟まれた道路は狭く、バスは終始、速度を落としがちだった。

右へ左へとヨロヨロしながらバスは進んでいく。途中家にぶつかりそうな程すれすれで通った場面もあった。


 バスの中は静まり返っていた。

たまにシルクハットの男の咳払いがきこえ、マダムがくしゃみをして鼻をかみ、すぐさま化粧をし始めるのだった。


赤いパーカーの東洋人は新聞を見ていたかと思えば、今はその新聞を顔にかぶって眠っているようだった。大きなトランクの男はトランクを抱えたまま俯いていた。



 メアリーは小さな指を口元にあてて考え込んだ。考えに詰まって唸るたびに、二つの金色の髪の束がぴょこぴょこと揺れる。


「ねえ……リトル? さっきから私ばっかり考えているけど、あなたもちゃんと推理しているの?」


大きな青い瞳がリトルを見つめる。リトル・ウィットは手に持った本を開いたり閉じたり、ページをパラパラめくったりしていた。


「考えているよ」


 短い返事に、メアリーは「もうっ」とふてくされて自分の膝を抱える手に力をこめた。


 メアリーは膝を抱えたまま車内を観察する。

シルクハットの男が帽子を両手で直していた。バスの揺れで帽子がずれてしまったのだろうか。


一番前の座席のマダムは睨むような視線をシルクハットの男に向けている。思えばマダムは頻繁に後ろを振り向いている気がする。


 赤いパーカーの男は相変わらず眠っている。


 大きなトランクを抱えた男は、周りの様子を気にする事も無く、大きなトランクを抱えたまま、地面を見つめていた。



「リトル、た~いへん!」


 二度目の「大変」に、リトルは肩をすくめつつメアリーの方を見た。

大きな声を出したメアリーだったが、他の乗客たちはわざわざ振り向いてメアリーを睨むなんてことはしなかった。代わりに、赤いパーカーの東洋人だけが肩をぴくりと動かした。


「何が大変だって?」


 リトルは首を傾けてメアリーに尋ねた。


「もうっ、そんな呆れた目で見なくてもいいじゃない。今度はすごく重要な事に気が付いたのよ」

 メアリーは胸を張って答える。リトルが「どんなことに気づいたのか」と尋ねるまで、十分に溜めて、言葉を放った。


「共犯者よ。私達はその可能性をすっかり忘れていたんだわ!」


メアリーは世紀の大発見でもしたかのように目を爛々と輝かせた。


「乗客たちを一人ずつ見ていくと、どうにも犯人だという決め手に欠けるわ。でも、もし共犯者がいたとしたら? だって、銀行強盗なんて大それたこと、一人じゃ無理だと思わない? きっと銀行へは二人か、それ以上の人数で押し入ったのよ。それで、各自他人のフリをしてバスに乗り込んだのよ!」


 あぁ、それなら一番あやしいのは厚化粧マダムとシルクハットの彼ね。

さっきから男は不自然な行動ばかりだし、無駄に咳払いをするわ。

そしてそのたびにマダムは後ろを振り向いているってことは……これはきっと何かのアイコンタクトをしているのね! 犯人達にしか分からない合図があるのよ、きっと。


それに、盗んだお金だって、マダムはジュエリーなんかに換えて、シルクハットの彼はあの長いシルクハットの中に札束を隠しておけば誤魔化せるんじゃない? そして、彼らは他人のフリをしてバスから降り、どこかで再び合流するのよ!



「しかし、それだとおかしいなぁ。他に国境を越えるバスなんていくらでもあるんだから、犯人が彼らなら、同じバスに乗って他人のフリをするよりも違うバスにそれぞれ乗ったほうが効率が良いとは思わないかい?」


 メアリーはこの意見に「そうよね」と返事をしたものの、どうにもリトルの座っている方向からは聞こえてこなかったことに気づき、驚いて声のした方を見た。


「坊っちゃんがた、どうにも物騒な話をしているねぃ」


不思議な響きの声が耳元で囁く。


 メアリーの隣にはいつの間にか、さっきまで自分の座席で眠っていたはずの赤いパーカーの男が座っていた。


「あ、あなた!」


 メアリーは目を丸くして固まった。リトル・ウィットも驚いて男を見た後、少し男から離れるように席をずれた。


「こんな辺境のバスで乗り合わせたのもきっと何かの縁なのかな。まさかこんな所で同種に出会うとは思ってもみなかった。縁とはじつに奇であり、可笑しくて、面白いものだねぃ」


 リトルは東洋人の言葉に、訝しげな表情をし、メアリーは言葉の意味が理解できずに、不思議そうに首を傾げていた。


その様子を見て、東洋人は中世的な顔で優しく微笑み、メアリーに尋ねた。


「隣、座ってもいいかな?」


メアリーが緊張しながらこくりと頷くと東洋人はメアリーの隣の空席に座った。リトルと東洋人とでメアリーを挟んで座るかたちになる。


「お前……なぜ」


 リトルが訝しそうに東洋人を見ると、東洋人は陽気に片目を瞑り、口元に人差し指を当てた。

リトルは怪訝そうな表情のまま口を閉じた。


「綺麗なブロンドだね。キミの名前は?」


 東洋人がメアリーに微笑を向けると、メアリーは頬を赤らめて自分の髪の先を手で撫でた。座席にあげていた足を下ろし、靴を履かずに足を空中でぶらぶらと彷徨わせる。


「メアリス……でも、人に名前を聞くときはまず自分から名乗るのよ」


そう言いつつも彼女は恥ずかしそうに視線を床に落としている。


「そう、メアリス……あぁ、そうだね。こんな可愛らしいお嬢ちゃんにマナーを注意されるなんて、恥ずかしいなぁ」


 東洋人は陽気に笑いながら小声で返した。


「ワタシの名前はアレイ。霜久佐アレイだ」

「しもくさ? それは東国の名前なの? 変わってるわね」


 メアリーが興味津々にアレイの方を見ると、アレイは思い出したかのように付け加えた。


「アレイがファーストネームさ。うっかりしてた、こっちは名前を先に言うんだったねぃ」


そう言ってアレイはリトルのほうを見た。


「どうぞ以後お見知りおきを」

「……」

 リトルは答えず、目を細めるだけだった。


「この子はリトル・ウィット。わたしが名付けたのよ」

 メアリーはリトルを手で示しながら、自慢げに笑う。

「そうか、よろしく、リトル」


アレイはリトルに向かって微笑んだあと、小声で続けた。


「ところで、キミたちはずいぶんと物騒な話をしていたようだけど、ゲームか何かの話? それともテレビ?」

「いいえ……それは、その……」


 メアリーが口ごもってリトルのほうをちらりと見ると、リトルが助け舟を出した。


「いいと思うよ。言っても」


リトルが表情も変えずに言うので、メアリーは決心したようにアレイに向き直った。


「いい? 誰にも言っちゃダメよ? 絶対よ?」

 メアリーがリトルのときと同じようにアレイに耳打ちする。

「このバスには……銀行強盗が乗ってるのよ」


 話を聞いても、アレイは表情を変えなかった。

しかし、リトルが観察するようにこっちを見ているのに気づき、メアリーに向かって驚いてみせた。


「そりゃ物騒だなぁ……それでキミ達が犯人を捕まえようとしてくれていたわけかい?」

「そうよ、私達が推理していたの。ね、リトル」

 メアリーが気の強そうな瞳をリトルに向けると、リトルは「あぁ」と軽く同意した。

そんな様子を見て、アレイは困ったように笑いながら肩をすくめた。


「だーめだめ、そんな危険な事は大人に任せなくちゃ。……子供は子供らしく、アニメでも

見てたらいいよ」


 そう言ってポケットに手を入れると、かちゃり、と何かがぶつかる音と共に、黒い塊を取り出した。


――リモコンだった。


 確かにこのバスには、一番前に大きなテレビが備え付けられている。だが、乗車してからずっと電源は付いていなかった。


 アレイはリモコンをテレビに向け、スイッチを押した。


『こちらは現場です。先日起こった銀行強盗事件は現在も警察による懸命な捜査が続いています。犯人は未だ逃走中。覆面をしていたため犯人の詳しい情報は未だ掴めていません。街の中心銀行でもあったため、銀行を利用していた住民には不安の色が浮かんでいます』


 急にテレビが大音量で入り、乗客たちは皆、驚いてテレビ画面を見つめた。

突然、バスが急ブレーキをかけ、乗客は前に身を乗り出すはめになった。


『犯人は先日、この銀行に押し入り、銀行員に拳銃を突きつけ現金を奪い、逃走。早朝であったため警備が手薄だったこともありますが、一人の強盗犯に大金を盗まれたというのは、警備体制の見直しも必要なのではないでしょうか。

 なお、丁度その場に居合わせた何人かの一般市民も巻き込まれ、そのうち一名は――』


そこまででテレビの電源が消された。


「あぁー、びっくり。なんて大音量だ」


消したのはアレイのようだった。片手で耳を塞いでいる。


「あんたちょっと!」

 バスの運転席から男が大股に歩いてきた。男は眉根を寄せている。


「困るんだよ、勝手にいじられちゃ!」

運転手が怒鳴ると、乗客たちは一斉に後ろを向いた。


「あははー、すいません。返します」

 悪びれた様子も無く、アレイは手に持っていたリモコンを運転手に渡した。

運転手はそれを奪うと、再び大股で運転席に戻っていった。


 バスが走り出す。


 厚化粧マダムはまだアレイを睨み、小言をもらしている。

シルクハットの男はハンカチで汗を拭ってから、先程の急ブレーキでずれそうになった帽子を両手で慎重に直していた。

 

 急に鼻をすする音が聞こえたかと思って、音のする方向を見ると、大きなトランクを抱えた男が目頭をハンカチで拭っていた。

次第に肩も震え出し、ハンカチで顔面を覆いながら啜り泣きを始めた。


静かな車内の中に、男の啜り泣きが小さく響く。


時折シルクハットの男が咳払いをし、厚化粧マダムは鼻をかんだ。


霜久佐アレイは、その様子を獣が狩りを始めるかのような鋭い目つきで見ている。

リトルがアレイの方を疑わしげに見つめていることに、アレイは気づいていないようだった。


 アレイは乗客に目線を集中させたまま、座席に座り直す。

かちゃん、という音と共に、先ほどのリモコンとはまったく異なる形の黒い塊がちらりと見えた。

 その瞬間、リトルの目が驚いたように開かれた。


「お前……」


リトルがぽつりと言うと、アレイははっとしたようにリトルの方を見て、鋭い視線を向けた。リトルは怯むことなく見返す。

 アレイはリトルから目線を外すと、ポケットに手を入れ、足を組んで座席の背もたれに体を預けた。



「ざんねんだわ……」


 ふと声がしたので、リトルとアレイは声のしたほうを驚いたように見つめた。

視線の先で、メアリーはむっとした表情で腕を組んでいた。


「聞いた? 犯人は一人ですって。共犯って線はナシね」

言ってから、わざとらしくため息をついた。

「推理はふりだしね」


 バスは街を抜け、再び荒野を走り出した。相変わらずバスはよく揺れた。


「いや、ふりだしではないよ」

 ふと、そんな言葉が聞こえたので、メアリーは再び目を輝かせた。

「推理できたの? リトル・ウィット!」

手を組み合わせて羨望の眼差しを向けるメアリーの肩越しに、アレイが冷ややかな視線を向けていた。


しかし、リトルは構わず続ける。


「メアリー、確かにキミの言うとおり、強盗犯はこのバスに乗っている」

「それは一体誰!? 厚化粧のマダム? シルクハットの彼? それとも……大きなトランクの紳士?」


 メアリーがリトルのほうに身を乗り出す。


「やっぱりマダムの厚化粧は犯人である自分の人相を誤魔化すため? それとも、あの長い長いシルクハットの男の帽子の中には盗んだお金が入っているの? それとも……あの大きなトランクに盗んだお金が?」

「メアリー、あせってはいけないよ」

 リトルはメアリーの口元に人差し指をあてた。

「さっきのニュースでも言っていた通り、犯人は拳銃を所持している。うかつに犯人の名前をあげたら、他の人に危害を加えるかもしれない」

「そ……そうね、そうよね」

メアリーは急に勢いを無くした。顔色を青くして、座席の背もたれに体を預けた。


「顔色が悪いよ、メアリス。大丈夫かい?」

 アレイが柔らかい微笑を浮かべてメアリーの顔を覗き込んだ。

「え、えぇ……大丈夫よ」

そう言ってメアリーは首を軽く振り、立ち上がった。


「それで、この中の誰が犯人なの? わたしには教えてくれるでしょう?」

「あぁ。でも、君は勘違いをしている。僕は最初に言ったはずだ。犯人は5人の中の誰かだと」

「私は犯人じゃないわ!」


「……メアリー、君はどうして銀行強盗がこのバスに乗っていることを知っていたんだい? 君は、どうしてこのバスに乗っているの?」


「それは……」

 メアリーが言いかけたとき、騒音と共にバスが大きく揺れた。

窓は黄色い靄で埋め尽くされる。


「きゃ……」

 メアリーは突然の揺れにバランスを崩し、倒れそうになった。


アレイが思わず手を差し出す。

だが、二度目の大きな揺れによってアレイもバランスを崩しかけ、前の座席の背もたれを掴んで体を支えた。


 かしゃん、と音がした。


「な、なんだコレ!?」

 男の叫び声と同時にマダムの悲鳴が聞こえた。

乗客たちは皆、床を見つめている。



―― 拳銃だ。



 アレイのポケットからこぼれ出たそれは、バスの急ブレーキと共に前の席のほうに向かって滑っていったのだ。


「アレイ、あなた……」

 メアリーが呆然とアレイを見つめ、アレイは表情も変えずにメアリーから目をそらした。リトルは無言でアレイを見ている。


「拳銃よ! まさかあのニュースの銀行強盗の!?」


 その間にも車内は混乱状態だった。マダムが立ち上がって叫び、シルクハットの男は長い帽子を押さえておろおろとしていて、大きなトランクの男は怒るような目で拳銃を睨みつけ、立ち上がった。


 バスが停まった。


「アレイ、あの拳銃はあなたが持っていたのよね? まさか、あなた……」

 メアリーはアレイからあとずさる。


「霜久佐アレイ、拳銃を拾え!」


 急にそんな声が聞こえ、アレイは弾かれたようにメアリーの横を通りぬけていった。そのまま拳銃が転がった方へと滑り込む。


 マダムの甲高い悲鳴が聴こえた。

どこからか、ばさばさと真っ白なハトが飛んできて車内を飛び回る。

 ハトが飛び回る中心で、アレイがしゃがんだまま拳銃を手にしている。

そのままアレイが叫んだ。

「早くしろ、だから、誰なんだ!」


 リトルはアレイに向かって答えた。

「犯人は乗客の中にはいない! 犯人は……っ」


 カチャリ、とアレイの頭に拳銃が突きつけられた。

アレイは自分の手に持った拳銃を上げるタイミングを失い、そのまま動作をピタリと止めた。


「そこまでだ」


 拳銃を突きつけている男は冷たい口調で言い放った。

「銃を渡せ」

アレイはゆっくりとした動作で拳銃を男に差し出す。


 男はそれを受け取ると、苛立たしげにアレイを見下ろした。

「なんでこんな物騒なものを持ってるんだか知らないが、おかげで俺は国境を越える前に正体を明かすハメになっちまったじゃねぇか」

「……あらら、俺、まっさきに殺されちゃうんですかねぃ」

 アレイは両手を挙げつつおどけてみせた。


「でも、ひとつ言わせてもらうけど……あんたの運転、最悪だったぜ」

アレイが片目を瞑って見せると、男は拳銃を突きつけたままニヤリと笑った。

「生憎ここまで大型の車を運転したことはなかったもんでな。運転の方法は把握していたが、こうも巨大だとどうも距離感が分からなくてね」


男――運転手はアレイの頭に銃をおしつけた。


「ま、ここまでお前らが事故で死なずに済んだのは俺様のおかげだ、感謝しな」

「こっちはおかげでずっと車酔いだよ。寝てないとやってらんなかった」

 アレイの憎まれ口に、運転手は苛立ったように目を細めた。

「俺はなぁ、すでに一人殺してんだよ。もう一人も二人も変わんねぇ。あんまりなめた口きいてると、この頭の風通し良くなるぜ」

ぐっと銃口を頭に押し付けられ、アレイは顔を歪めた。



「どうしましょう、どうしましょう、リトル! アレイが……アレイが!」

 メアリーは前の座席の方で起こっている出来事に混乱し、目に涙を滲ませていた。


「落ち着いて、メアリー。あの男はそう簡単には死なないさ」

 リトルが前の様子から視線を離さずにメアリーに言うと、メアリーは何度も首を振った。

「ばか! 人はね、銃の前では無力よ! あの引き金を引かれたら終わり、あっという間に人なんて死んじゃうんだからっ」


リトルは少し俯いた後、メアリーの方に向き直った。


「大丈夫。僕が何とかするよ」


そう言って、メアリーの瞳から零れ落ちた涙を指でそっと拭った。

「僕なら解決できると思ったから、最初に僕に話しかけたんだろう?」

リトルが静かに微笑むと、メアリーは涙をぼろぼろこぼしたまま、胸を張った。

「そうよ、わたしの目に狂いはないはずよっ」



「お前ら全員手を挙げろ! 他に武器を持ってるやつはいねぇだろうな!」

 犯人が叫び、乗客一人一人を目で確認する。

「ん? 何だ、お前!」

リトル・ウィットのところで視線が止まり、リトルを睨みつける。

「お前、ガキ一人で乗ってるのか? 親はどこにいった!」


 リトルは座席から立ち上がり、犯人の方へ歩み寄っていく。

「親などいない」

 言いながら進んでくるリトルを、アレイは真剣な表情で見ていた。


リトルはアレイの方をちらりと見たあと、すぐに視線を犯人の方へと戻した。


「生意気なガキだな! おい、止まれ!」


犯人が叫ぶが、リトルは止まらない。


「貴様は先日、銀行に押し入った。一人で決行したくらいだから、かなり計画を練っていたんだろう。けれど、当日ミスを犯してしまった。銀行に来ていた一般人を殺してしまったんだ。だから、早々に国を出て逃げなければいけなくなった。前もって計画していた通り、この国境を越えるバスの運転手に成り代わったというわけだ」


 リトルが冷静に言うと、犯人は額から冷や汗を流した。


「気持ちが悪いガキだな……推理ごっこはそれで終わりかい」

「貴様の不運は、このバスに乗ったことだ。お前はもう、逃げる事はできない」


 リトルはゆっくりと近づいていく。

犯人はリトルの落ち着いた様子に、背筋がぞっとするようなものを感じた。


「止まれ、止まらねぇと撃つぞ!」


「さっき『一人殺したからもう何人殺そうが変わらない』と言ったな? しかし、それは大きな間違いだ。人間はよく天国や地獄という言葉を使うな。そんなものは空想だと笑う人間もいるが、では、どうしてそんな言葉が生まれ、今もなお当然のように存在していると思う? ――あるんだよ、地獄ってやつはさ。本当にあるから地獄なんて言葉が消えることはないんだよ。だが、残念だな。現世で人を殺し、他人の命まで背負う事になった貴様にもはや安楽などない。我々のような者は、それが分かっているから他人の命を奪うなどという愚かなことはしないのだよ」


「お前、頭おかしいんじゃねえのか! 止まれっ……止まれって言ってるだろ!」

 犯人は銃をアレイの頭に強く押し付けた。

「貴様は裁かれるべきだ。なによりそれを、お前が殺した者が願っている。お前は偶然により逃亡に失敗したわけではない。必然よって阻止された!」

「なにごちゃごちゃ言ってんだ! もういい、お前から殺してやる!」


 犯人はアレイに押し付けていた銃口をリトルの方へ向けた。

狂気に満ちた目がリトルを捕らえ、引き金が引かれた。


 ばんっ、と大きな銃声が響いた。


 どこかへ隠れていたハトたちがまた騒ぎ出し、車内を飛び回った。


 リトル・ウィットはその場に倒れた。

犯人の男がニヤリと笑った瞬間、男が構えていた拳銃が突然消えた。

アレイによって銃を蹴り飛ばされたと気づき、アレイから奪っていたもう一丁の銃を慌てて構えた。

蹴り飛ばした銃を掴んだアレイと犯人はお互いに銃口を向け合ったままピタリと動きを止めた。

犯人の額に汗が滲む。


 静まり返ったバスの中だけ時の流れが止まった。

再び時が動き出したのは、真っ白なハトがバサバサと飛び立ち、犯人の視界を遮った時だった。

犯人は焦って銃の引き金を引くために指に力をこめる。



 ごーん、という奇妙な音が響いた。



何が起こったのか分からず、犯人の男は驚いた表情のまま床に崩れ落ちた。

アレイは素早く男の両手を背中に捻り上げ、自分の腰のベルトから手錠を取り出して男の両手を拘束した。



「リトルっ!」


 メアリーがリトルの元へ駆け寄る。

「死んじゃダメ、だめよ、リトル!」

床にうつ伏せに倒れているリトルに顔をうずめ、メアリーはわんわん泣いた。

「だから言ったじゃない! 銃はとっても恐ろしいのよ、って!」

メアリーはツインテールを震わせながら大粒の涙をこぼし続けた。








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