一章 バスは発進する
シャルワール街ハッベンテールのショッピングモールを経由して、格調高いレンガ造りの建造物を両手に、バスは街を出る。
国境を越えるこのバスが、途中停留するのはそのあとのウェールとシャルブクの停留所で数人を乗せるためだった。
バスの車内は空席が目立った。日にちが悪かったせいもあるが、この辺一番の大都市であるシャルワールの一番街で銀行強盗騒ぎがあったという噂を聞いた。もしかしたらそのせいで外出を控える人も多くなったのかもしれない。
「ねえ、あなた一人で乗ってるの?」
左耳に飛び込んだソプラノが、自分の視線を左へと誘った。
「小さいのに、立派なのね。一人で国境を越えるんでしょ?」
通路を挟んだ左隣の座席には、床に着かない足をばたつかせながら、くりくりした瞳をこちらに向けている少女がいた。
歳は十ほどだろうか。金髪碧眼で、高い位置でツインテールにした髪は毛先がパーマがかっている。
「君こそ、こんなところで何をしてるんだい」
ゆっくりとした動作で少女の方に顔だけ向けると、少女はませた表情で、弟をたしなめるような口調で返した。
「質問を質問で返すなんて失礼よ。レディーの扱いがなってないなんて、まだまだリトルね」
人差し指を口に当ててくすくすと笑った後、続けて名前を聞かれた。何と呼んでも構わないと答えると、少女は瞳を好奇心で輝かせ、身を乗り出した。
「ステキ! 私、謎が多いのって好きよ。私はメアリス。メアリーって呼んで、リトル・ウィット」
「リトル・ウィット?」
「そう、貴方の事をこれからそう呼ぶことにするわ。だって、貴方は容姿は子供ですけど、とても聡明そうですもの。さっきまで読んでいた本も、なんだか硬い文章だったし。いいわね、リトル?」
「ああ、構わないよ、メアリー」
少し笑ってリトル・ウィットが了承すると、メアリーはリトルの方へとぐぐっと距離を縮めてきた。
「ねえ、知っている? このバスの秘密」
まるで今からゲームでも始めようかというような、弾んだ声だった。
「これは私だけが知っていることなんだけれどね、このバスの中に……」
メアリーは声の音量をぐっと落として、リトルに耳打ちした。
「このバスの中に、銀行強盗がいるのよ」