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世界を救った勇者パーティが奴隷落ちしてた(3)

お久しぶりです……。

「さて、再会はいいんだけれどな」


 かち、かちと時計の音が響いている中、シナトが呟くように言い放った。長机に座って、目の前の相手と相対する。


 三人の少女。親友の少女たち。そして世界を救った、勇者たちだ。自分はその四人目ではある。あるけれどけれど一抜けた身だ……。そんな彼女たちと、今は主人と奴隷という立場として、相対している。


 大広間兼食堂。もともとは父と部下たち、それに付き合いのあるものたちの会合の時にしか使われない、あんまり物のない場所だ。特に現状、シナトの周りには二人のメイドぐらいしか随伴しないため、大広間は集まりの場ではなく食堂として使うことが主になっていた。その時はそこまで大きくなくていい……と思っていた長机がこんなに役立つなんて。父はこんなことまで見越していたのか……と思って、そんなわけないなとシナトは思った。


「お茶だぜ、ご主人。ハーブティーだ」

「こちらの方々……旦那様のご友人にも」

「受け取ろう。クララにキアラも。こんな場所では喉も渇く」

「はい、そうですね〜〜」

「あ、ちょ……っと……私たちは……! ……まぁ、ジルはそうするわよね」


 ことん。プリシラとイブリース。2人のメイドが小さく透明なグラスを机に置いた。


 飲んでいい。そうシナトがいう前に、ジルがそのグラスを手に取ってしまった。キアラがそうするのもまた、ほぼ同じタイミングだ。彼女は、ジル・ナオエクナーはそういう子だったのを、シナトとクララは思い出す。

 

 良くも悪くも遠慮なしだ。


「うん、いい腕前だと思う。私はハーブティーなんて高尚なものの味なんてわからないけれど、すんなり飲めたんだ。淹れたのは誰かは知らないが……」

「おおよかった、それは私だ。で、随分ご主人や私に遠慮なかったじゃないか? ん?」


 プリシラがそう言って、ジルへと顔を近づける。仏頂面がジルを射抜くが、当の彼女は気にしていない、怖がる様子なくそれを見つめる。


「……? だってそうだろう?」


 そしてジルはゆっくりと口を開いた。


「君、シナトの関係者だ。私はシナトに対しては絶対遠慮しない……。ずっと一緒に旅してきた、仲間だったんだ」

「……ジル」


 そう言われて、シナトは呟くだけだった。彼女の言葉もある意味では本当のことだ。魔王。それを倒す旅をして来たのは、シナト、クララ、ジル、キアラ……その四人。最後は追放という形で別れたけれど、それでも一緒の四人だった。一緒の四人だからこそ、遠慮などしないしできない。自分を含め、四人の間に遠慮や嘘なんて一切なかった。


 追放の時だって、そう。


『貴方を私たちのパーティより追放します』

『ああ、そうだな!』


 なんて言えたのは、それが最善だとみんな分かっていて、ずっと決めていたから。シナトも、残りの三人も。


 いつか追放されるための旅。そして、いつか帰るための旅。それを行ったのは……他ならぬシナトたちなのだから。


「貴方を追放したことに負い目を感じていない訳ではないわ」


 ぽつり、と。クララもそう言った。そしてこう続ける。


「最後の戦いも、私たちの中には貴方がいた。三人だったけれど、最後の最後まで……私たちはずっと四人だったのよ」

「魔王を討ち倒し、世界を救った……その尊き勝利は他の誰でもない、シナトさんに捧げたつもりでしたからねえ〜♪」


 ずっと四人だったという言葉。その言葉にシナトは胸が詰まりそうになった。サン・デボーテ。この街で追放を受けて別れたクララたちのその先のことは、シナトは何一つ知らない。ただ勇者が魔王を討ち倒した、脅威は去ったという話があって、それだけ。


 それでも。自分の中にはこの三人はずっといたけれど、最後に魔王を討ち倒して、勇者として世界を救った彼女たちの中にも自分がいたというのは、曲がりなりにも仲間だった自分が報われた気がして、救われた気がした。


「……ならさ」


 シナト口を開いた。そう、だからこそ、気になった。気にならないわけがないのだ。


「なんで、お前たちは奴隷となってたんだ? 世界を救った勇者が……檻に閉じ込められて、鎖に繋がれてなんて……冗談じゃない」


 それは純粋な疑問だったし、単純な自分の怒りでもあった。魔王を倒し世界を救った勇者。クララたちのことをずっと見てきたシナトにとって、あの光景は衝撃を受けたし……一番理不尽で耐え難いことだったのだ。


 ただの奴隷だったら心がそこまで動かなかっただろう。だけれど、彼女たちは友人で、パーティで……だからここまで動けたのだ。


「何かあったのはわかるさ、以上だったもの。だけれどその理由を知らないと……俺は何もできない気がするんだ」


 そして、シナトは続ける。


「俺たちに秘密や嘘はなかった。追放された後も、今も……同じ気持ちでいるよ、俺は」


 その言葉は本心だった。


 その本心に、少女たちの瞳は揺れる。三人は顔を見合わせるように目線を映すと……。


「言うつもりでは、あったわ」


 代表してクララが口を開く。


「言っておくけれど、少しだけ長い話になるから。私は頭良くないし……言葉をまとめる自信がないもの」

「ま、その都度私やキアラが補佐するから、気にしないでくれたまえ……」


 そしてシナトは、ジルのその言葉に頷く。それが合図だった。


「……まずは、最初から話すわ」


 その合図の直後……言葉が始まった。




「そもそも、シナトは私たちが勇者になった理由はちゃんと覚えてるわよね? 加護をもらったとかもそうだけど、一番は……自由な場所が欲しかったから。私達はみんな、そう。ちゃんと自由に暮らせる場所が、私達には必要だったの」


 クララの言葉にシナトは頷いた。ジルも、キアラも。神妙な様子でそれを見る。


 勇者たち三人を取り巻く環境がよくないのはシナトも知っていた。いや、環境は最悪といえるもの……だったのを思い出す。


 クララ・シュテ・エーデルハイトは物心ついた時から親というものがいない、所謂孤児だった。それをシナトは知っている。授業が始まる前、皆が家からやってくる中でクララは、学校の地下から上がってきて、授業が終わると家に帰る代わりに地下に戻っていく。そんな生活を続けていたのを、知っている。とっても強くてカリスマもあって、かわいくてなクララだったけれど。彼女の生活はとっても苦しかったのだ。


「大変でずっと、惨めだった」


 そう言うクララの言葉はきっと本心だったのだろう。


「だから加護をもらって勇者になった時……チャンスだって思った。地下室暮らしも、一人もいやだったから。誰もいない私でも。ちゃんとした生活ができるようになったらなって。そんな理由で勇者になった」

「それに私とキアラも乗ったんだ。どっちも、普段の生活に満足しているわけじゃない」

「ジルもキアラ。二人も……同じだったな」


 そう言える実感が、シナトにはあった。ジル・ナオエクナ―は没落した名家の末っ子で、キアラ・アンゼローゼは首都のスラム街……その最下層に生きる売春婦の娘だ。二人とも、子供の頃から今まで、良い人生だと思えたこと、恵まれたことなどほとんどない。


「学校ではいろいろ恵まれたけれど、やっぱり変えたかったのさ。我が終生のライバルたる、クララの言葉に乗るぐらいにはね」

「私達が通う学校は国が作ったところ。とても充実してていいところだったし、何より無料でお金がかからない。そうでもなければ私達があそこにいれるわけがないですからね~~」

「とまあ、生きるために必死な私達だ。何かを掴むためだったら……何でもするし、何でもした」

「それが、勇者になって世界を救うことだったんだ」


 シナトはそう言って心の中で頷いた。目的がどうであれ、彼女達は立派だ。立派な彼女たちは、こうして世界を救った。


「それからは、分かってるでしょ。王様と会って。約束してもらって。ちゃんと戦って、王国のために頑張って……魔王を倒した。そうして……意気揚々と、王国に戻ったのよ」


 そう語るクララ。そう、魔王を倒したのは事実なのだ。サン・ティエル・ボーテの人間であるシナトは、それを知っている。あの離れ小島で何があったかを、離れ小島からの異変がなくなったから知っている。


「そう、全てがおかしくなったのは、王国に戻った後」


 そう言うとクララが、言葉を切る。ためてためて……こう言い放った。


「私達は全ての約束を反故にされた……。他ならぬ王様自身によって」




「王様自身だって? いやでもあの人は」


 シナトは驚いた様子でそう言った。それは記憶の中にあるその人間と、決してその中が結び付かないことを表していた。そう。何故なら……シナトも彼に、王様に会っているがゆえに。


「そうよね、王様がそうするわけがないって。私達もそう思う」


 クララもその言葉に首肯する。ジルもキアラも、心の中でうんうんと頷いていた。シナトの記憶の中にある国王は、自分やクララたちにとっても優しかった人物だった。孤児である彼女達のことを慮って、魔王を倒した後のことも、ちゃんと考えていたのだ。


『ちゃんとした生活を保障しよう、君たちを英雄として祝おう。王国の全ての幸福を君たちに与えよう』


 なんてすごく仰々しい言葉で、されど笑いながら言ってくれた。そんな陽気で快活な人物の姿が、シナトの脳裏に思い浮かぶ。


「そんな人が、私達を見ていきなり兵士を呼んだ時……驚いて声も出なかった。ショックだったし、辛かった」

「このままだと捕まってしまうのは時間の問題だと思って……キアラが魔法を展開したんだ。転移魔法。これでひとまずは、城から退散することができる」


 ジルはそうさらっと言うが、本当に危機的状況だったのだろう。


「どうなるかと思いましたよ~~。口答えする余地もなかったわけですからね。あ、でも……」

「でも?」


 魔法を展開した本人であるキアラが、指を顎に当てつつ告げた。


「割と冷たい目をしてましたね、王様。正気を失ってるような、そんな感じ……」

「いったい何が起きたんだろうな」

「まあいいさ、あそこには王子様もいる。きっと大変なことにはならないさ」

「セルジュ?」

「ああ、そういう名前だったかな」


 うんうんとジルは頷きながら言う。相手の名前などいちいち覚えちゃいない……そんな態度なのが分かる。王子様であるセルジュは、シナトも知り合いだった。彼もまた、国王の博愛精神と魂を受け継いでいた人物だったと記憶している。


 そんな彼の記憶も、しっかり覚えているシナトであった。


「それで、転移魔法を使ったまではよかったものの。ワープした先がまさかの奴隷商人のアジトだったわけだ!」

「不調だったんですかねえ、とっさだったから手元が狂ったのかも……」

「そこから先は、シナトも知っての通りよ。結局私達は……サン・ティエル・ボーテで見世物になってたというわけ」

「なるほど、大体は理解できた」


 シナトはそう言って頷いた。理解はした。疑問は残るけれど、それは今知るものではないと悟る。それよりも今は、考えなきゃいけないこと、答えを出さなきゃいけないことが一つある。


「結局……今クララたちは勇者でもなければ、身を預ける場所は何一つないと。そういうことなんだよな」

「そういうことよ。悔しいけれど」


 シナトの言葉にクララがうなずいた。その言葉とともに、シナトは後ろに控えるメイドたちへと目線を合わせる。


「(ご主人がそう思うなら、私は何も言わない)」

「(旦那様のことはちゃんとわかっておりますから)」

「(分かった。...…礼を言いたい)」


 目線を向けて、漏れないように言った言葉。それからすぐに、青年は親友たちへと目線を戻す。


「この俺の実家なんだが、割と広くて……三人だけじゃ味気ないと思ってたわけだ。それに……とっても広い。イブリースとプリシラ、二人もメイドとして頑張っているが、限度がある」


 そう言って言葉を切ると……シナトは。親愛なる我が親友であり、勇者たちに告げた。


「俺のメイドになってくれないか。クララ達のこと……全てを、俺がこの手で拾い上げるから」

「シナト……っ!」


 そんな言葉を投げかけられて。答えはもちろん、決まっていたのだろう。クララたちは嬉しそうな表情をする。


 満足そうなジル、ニコニコ柔らかい笑みを浮かべるのはキアラ。そして……。


「うん……うんっ! わかった! メイドになる……シナトと、一緒になる!」


 今にも嬉し泣き出しそうな表情で、そう断言するのは……親友の勇者だった。


「分かった。よろしく頼む。さあて、明日から賑やかになるぞ!」


 そう言うシナトもまた。声を張り上げるくらいに嬉しかった。だってこれは。


 親友たちを拾い上げたこと、それに他ならないからだった。

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