世界を救った勇者パーティが奴隷落ちしてた(2)
遅れました。やはりプライベートで何かあると辛い。
しっかり書きます。
「シナト……っ!!」
目の前で少女が……クララが叫ぶ。目を見開いて、体を震えさせながら。その姿を見られたくないのだと、はっきりわかるような感じで。そりゃあそうだ、自分もそうだ。親友が檻の中にいる姿など、見たくもないし知りたくもない。
それは至極当然の感情。見られた側と見た側。どっちも嫌なのだ。
「おおっと、いいところに来た!」
その隣で聞こえたのはジルの声。
「やれやれと言ったところだ。いやぁ、見ての通りだよ、シナト。恥ずかしいったら仕方がない」
見ても全然分からない。そう言いそうになる。肩をすくめて、やれやれと。呆れたようにそう言う。まるで他人事……いや、大変なことなのはわかっているのだろうが、そんな雰囲気。
「いやはやーー。シナトくんじゃないですかっ、おひさしぶりですっ」
「………」
やっぱりもう一人。いた。しかも笑顔で。そんな姿を見ると、シナトは無言になるしかない。
「……シナ、ト……。わ、私……」
そんな中でただ一人。その事実に震えながら、絶望の表情を浮かべているのがクララだった。置かれている状況、それについてシナトは分からない。分からないがその顔を見せられるのは、いい気持ちがしないのは確かである。当然だ。親友だし、仲間である。
「感動の再会って感じになってるけどさぁ」
呆れた口調で男が言った。立派な身なりの男だ。長い鞭を持つ彼は奴隷商人である。
「買うの? 買わないの?」
「そいつら買った!!」
「シナト!」
即答だった。完全なる即答。それと同時にクララが叫ぶ。
その言葉を聞くと表情を変えず、されど嬉しそうに男は檻へと手を伸ばす。
「毎度あり。まあ、分かっていたよ。分からないわけがない……雰囲気的にこいつら買ってくれなきゃ嘘だしねえ」
そうぶつぶつ言いながら商人は檻を開けた。ガラガラガラガラ。金属音が辺り一面にきこえる。
「そして俺はこれで払う」
シナトは服の中に手を伸ばし、袋を取り出した。
「これは?」
「金貨100。手持ちの三分の一」
そういうと言葉を切る。
「北の国のものだ。質のいい金山によって作られた金は物を払うための担保にもなるし、売ればちょっとした大金になる。数日間は遊べるくらいの金だ」
そう言ってシナトは袋を商人の手に渡した。皮でできたそれは、触れるだけでじゃらっ、音がする。きらきらした純金の硬貨。それがあの中に入っている。
「……素晴らしくいい金だねえ。実のところ、私は人には興味なくてね、奴隷商人をやっているのは儲かるからだ。ただ金があればいいのさ」
中から金貨を取り出して、商人の男はニヤリと笑った。金属の光沢の中に映った自分の顔。それは酷く欲望に歪んだ顔だった。金があればいい。そのスタンスをはっきりと表しているよう。
人には興味ないという感情もおそらく本物らしかった。売り物になるだろう女たちがべちゃくちゃ喋っているにも関わらず。放置していたからだ。
普通は統制するものだ。法的に後ろめたいことをしているのなら尚更。
「ほら、出て行った出て行った。買われたんだ。二度と売られるんじゃない」
檻が開けられる。三人の少女へ男は言った。見れば彼女たちには手錠も足枷もない。ほんとに奴隷の管理がおざなりだ。それはまるで形式上の義務でしかない。追い出されるかのような気軽さで、三人は檻から解放される。
「おい……」
ふと、背中を叩かれる。振り向けば隣にはいつの間にやら追いついてきたメイドたち。
「……それ軍資金として換金するやつだろ、ご主人」
「少し使ってもバチは当たらないさ。これからの投資の一種だと思えばいい」
「嘘が下手だな……。親友が閉じ込められてるのを見て我慢できなかったんだろ?」
「………」
注意するように言ったのはプリシラだ。それにシナトは答える。その言葉はバレていた。無言になってしまう。商売人として、会社を預かる若社長として。感情で軍資金を失うのはいけないことだと思う。
だが、プリシラはそんなシナトを見てやれやれと言った表情を見せながらも優しい声音で続ける。
「……わかってる。そんなの見て我慢できる性根はしてないもんな。ご主人はそんな冷たい奴じゃない」
「……自覚はしてる。親父を見てきたんだ。人は宝と言うな」
父親を思い出した。たくさんの部下を抱えつつ、その部下の多くから恨まれなかった、優秀な社長だった男だ。
「それに……そう。プリシラの言う通りだ。一緒に旅をした親友だ。それがいちばんの理由だったんだ」
最後にシナトはそう言葉をこぼした。
「シナト……ッ!!」
ふと、ぎゅっと抱きつく音と感触がした。自分の名を叫ぶ声も聞こえる。見れば……というか見なくても分かった。あれはクララ……親友であり勇者である少女のことだ。
周りの視線など気になりはしなかった。彼らの目など、親友との再会に比べれば……と言ったところ。
「本当に……シナトだった……!」
少女は抱きつきながらいう。涙声だったのかもしれない。確かにそうかもしれない。自分も少し、心が潤んでいる。
「こんな形だけど、会えてよかった……っ。全てが終わった、その先で……!」
よほど嬉しかったのだろう。それは当然だと思った。自分も嬉しかったりする。
「おー、よくやってくれた!」
その後ろでぱちぱちと手を叩きつつ言ったのはジルだった。明らかに他人事。自分は買われたのに。全くもって危機感というものがない。
「聞いてくれよシナト。まさかまさか。世界を救った勇者たちがまさか奴隷として捕まるなんてどこの物語だって話なんだけども」
「優しい奴隷商さんでよかったですねえ」
そしてさらに危機感のないのがキアラだった……いや、彼女なりに真剣に考えているかもしれない。
「私たちの体に傷がつかないでよかったと思います。鞭もそうですし、あの人はそうしないのは知ってました。それは本当ですよ? 痛いのは嫌じゃないですか」
キアラ……彼女は檻の中でもそれに似たことを言っていた。真剣に考えていた証拠なのかも知れなかった。それはまるで自分たちに危害が及ぶ、及ばないの境界線を探るかのよう。
確かに、シナトもあの男は奴隷を統制、威圧したり、奴隷に対して暴力に訴えたりはしないだろうと踏んでいた。その通りだった。それだけのこと。
「それに、私たちを買ったのがシナトくんというのも。ですよね?」
キアラが緑の瞳で、シナトを見つめた。目の中できらり、小さく光るハイライト。
「どっちにしても、最悪よ……色々あったの忘れたのかしら?」
青年に抱きつきながら、クララがそう言う。色々あったのはあったのだろう。それが気になりはする。
「とりあえず俺の家に行こう。ここじゃ話せないことも、俺の家でなら話せるだろう」
提案してみた。乗ってくれるのを期待した。
「それきた了解!」
「言われなくても、買った人のところについていくのは当然ですよねぇ」
ジルとキアラがすぐに乗ってきた。買った人、なのは事実だがそれはやめてほしいと思った。そしてもう一人の少女へ目線を映して言う。
「で、それはクララちゃんも」
「………」
クララは答えない。それはそうだ、ショックは大きすぎる。押し黙ったまま、しかしされどもシナトの方を見続ける。
「……クララ?」
「……」
「……はぁ。ならこうしよう」
ジルが問いかける。それでもクララは言わなかった。それを見てジルはため息をつくと、冗談めかした口調をしながらこう言う。
「もしこのまま黙るつもりだったら、いいさ。私たちだけでいこう。置いていくことにしよう」
「えっ……!?」
「だってそうじゃないか、意思が感じられない」
ジルの言葉に、クララの目の色が変わった。まるで脅しに怯える、小さな子供のように。
「私はそれでいいんだけども。私はシナトについていく。キアラもそうだ。でもクララ。君はそうしたくないのだろう? プライドが邪魔して」
「そん……な……」
「ジル、それは違う気がするが……」
シナトがジルを嗜めるように言う。しかし彼女は一瞬目線を交わすと……ウインク。
「(なあに、心配はいらないさ。彼女のことは知っているだろう?)」
そう言いたげな表情を浮かべるジルを見ると、シナトは何も言えない。ジルは続ける。
「奴隷でも他の立場でも私たちは構わないさ。生きられれば。だけれど、君は世界を救った勇者そのものだ。そりゃあプライドが許すわけがない!」
捲し立てるように、言葉の礫をぶつけるかのように、ジルはクララに言う。
「すっきりした。それじゃあ、行こうかシナト、キアラ」
「はい! それじゃあ、手を繋いで!」
「あ、え……ちょっと?」
ジルとキアラがシナトの手をとって、歩き出そうとする。困惑するシナトだが、二人の力は強くて、それを放すことができない。
曲がりなりにも世界を救ったものたちだ。逃れられるわけがないのである。
そしてジルは振り向いて、クララに言う。
「それじゃあ、そういうことだ……君はそうしておくといい」
「待って!」
叫び声が聞こえた。
声の主なんて一人しかいない。背後にいる……勇者の少女。
「私も……連れていって」
消え入りそうな声で、少女……クララは言った。
「やっとシナトと会えたんだから……。私、離れたく、ない……っ」
「……わかってる」
その言葉を聞くと、すぐに。シナトはゆっくりと近づく。
そして……彼女と目線を合わせるようにして、告げる。差し出す手がないから、目線だけだけど。
「分かってるさ! みんなで一緒に、だな!」
「シナトぉ……!!」
クララがぎゅっと抱きついてきた。勇者であっても。やっぱりただ一人の少女なのだ。そう思わされる。
「よし言った!言っただろ? 素直になれって!」
安心したような満足げな表情で、うんうんと頷きながら言う……煽りの張本人が隣にいたわけであるが。それについては……無視することにした。
ストックを作り出しておきたいです。