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世界を救った勇者パーティが奴隷落ちしてた(1)

こんな時間に失礼します。

アイデアだけがたくさんやってきますね。

 サン・ティエル・ボーテは港町として知られている。


 雄大で澄んだ海。そこにたどり着く無数の大きな魚などにより、多くの船が行きかう貿易港としての役割があった。港という役割のもとには、さらに多くの人がやってくるのが常であり、例えばそれは大漁を狙う釣り人であったり、取引を行う商人であったり、またそれはよく知られた街を見に来た観光客であったりと。それはそれは賑わいを見せている場所である。


 そしてそれは。たとえ魔王が離れ小島につき、根城にしたとしても変わらずであった。彼らにとって魔王とは、確かに恐ろしいものではあったのだけれど……。


 言ってしまえばそれはただ近くにいるだけの存在であり、そこまで脅威にはならなかった。魔王におびえて暮らすぐらいならば、その後の話を考える。魔王が倒された後、この王国をどうやって復興させていくのかということを、考えて過ごすのが、貿易をずっとやり続けてきた、人とかかわり続けてきた……。サン・ティエル・ボーテの人間の考えなのである。


 そしてそれは、この場所に住むもの誰もが持っている考え。たとえそれが、父祖が一代で築き上げたものをポンと受け継いだだけの若造のボンボンだったとしたって、変わりはしない。そう。全く以て、変わりはしないのである。


 明日を向く。明日につなぐ。それが、商人の役目であるために。




「……っ……、ふあ……」


 目を覚ませば、そこは広いベッドだった。ふわふわと白く、柔らかいものに包まれながら、さっきまで眠っていたのだろう。目の前を見て最初に飛び込んできたのは、風景画と鏡だ。昔よく見て目覚めた光景とは全く違うその目ざめに、実はいまだに慣れていない。


 青年……。シナト・クシュリナーダの目覚めだ。この港町に戻ってから、必ず迎える目ざめだ。快適ではあるけれど、あんまりいいものとは思えないのが実情。


 自分にとっての目覚めは、やっぱりあの日々だったことを思い出す。あの日々がなくなって数か月だ。それでもなお。その倦怠感を引きずっていくことなどできやしない。慣れることはできないけれど、進むしかない。


 誰かが言っていた。自分の人生は地面に転がっているんじゃない。自分の目の前にあると。そのよくわからないけどパワーのある言葉を思い出して、青年は目を覚ました。


「若君様……いいえ、今はこういった方がいいですね」


 声が聞こえた。だがすぐに訂正するような言葉が続く。そんな声に振り向けば……。


「旦那様、おはようございます。本日、クシュリナーダ商会の若社長になって数週間となっております」

「ああ、おはよう……もうずいぶん、経ったんだな」

 

 柔らかな雰囲気を漂わせたメイドの……。イブリースが入り口に立ち、恭しく挨拶をしていた。


 満面の笑顔は、心を確実に暖かくするだろう。そう思いながら……シナトも笑みを返した。すぐに立ち上がり、彼女の方へと歩いていく。


「プリシラは既に朝食を。食べ終えたらまた市場に向かうのでしょう?」

「市場の人からいろいろ話を聞かなきゃな……。まだまだ新人、勉強の連続だ」


 自室の外に出ると、ゆったりとした動きで2、3歩遅れてイブリースが歩く。彼女の言葉に話しながら、考える。


 シナトが若社長になったのは、数週間前のこと。この街に帰ってきて、この家に戻って。それから少ししてのことだった。


 父親である社長の男が、戻ってきた息子に期待をかけるように、商会を継ぐようにと。そう命じてきたのだ。そしてシナトはその言葉をしっかりと受け止めた。受け止めた上で、すんなりと社長の座を拝命したのだ。


 父親のいきなりの命令に言葉にしっかりと頷けたのは、だがしかしシナト自身少しも驚いてなどいない。理由は単純で、驚く理由がなかったから。


 幼い頃からとにかく仕事一筋の父親だった。クシュリナーダ商会は大陸にその名をとどろかす大きな商会だ。幼い頃の自分が見てきたときは、多くの子会社を抱えていたし、多くの契約者、社員を抱えていたりしていた。社員は家族だ、人は力だ。なんて言っていた気がする。そんなたくさんの人物に囲まれてる父親が、自分に何も目を向けていない。そう思って少し嫉妬して、喧嘩したのも、思い出として存在している。


 築き上げてきた多くが魔王の出現により吹っ飛んで、商会全てが大変な感じになっていたのをシナトは知っていた。そしてそれはクシュリナーダ商会も例外ではなかった。


 当時自分は王都の学校にいたのだけれど、その最初の手紙に書かれていた父親の言葉が忘れられない。


『お前が生きているだけで大儲けなのだ』


 そんな言葉を聞いてしまえば、とってもつらくなるのは当然だと思った。多くの社員や多くの会社。それに囲まれて忙しく過ごしてきた父親が最初に縋ったのは、ほかならぬ息子である自分であると。そんな状態であるのを知ってしまえば、さすがに何も言えない。粛々と、父親の元へ戻るのを、生まれ故郷を目指すだけだった。


 その為の仲間もいた。一人ではなかった。


 そしてたどり着いた先に、二代目社長としての新たな仕事がスタートしたのであった。


「(親父が何をやってたか、正直俺はあんまり知らない)」

「(だけれどそれを含めて、何とかするんだ俺は。親父の期待に、応えるためにな)」


 シナトは心の奥底で呟いた。今は学ぶしかないのだ。父親の威光に頼ることせず、頑張らないといけないと。市場にいろいろ話を聞きに行くのもそのため。数週間。与えられた小さな期間。その前に名前を覚えてもらわないといけない。二代目クシュリナーダ商会社長がシナト・クシュリナーダであると、知ってもらわないといけない。


 山積みなのだ、やらなければいけないことは。だからこそ、やりがいがある。


 魔王と戦った時間よりも、国や世界を立て直していく、これからの時間の方が何十倍も長いのだ。その立役者の一人として、立ち上がらなければならない。


 シナトは奮い立った。そうすることが出来るのが、心の強さなのだろう。


「おーう! おはようさん、ご主人!」


 食堂について早々。もう一人のメイド、プリシラが手を上げていった。長机にはすでに朝食の添えられた皿が準備されている。シナトが起きて食堂へと歩くまでの、非常に短い時間。とんでもなく速い速度で準備していたのだろう。


「メシはできてるぜ。まあ、豚の腸詰を焼いて卵と混ぜたものを葉物に乗せたのと黒パンだけどな」

「それがいい。高いものも、重たいものも俺は求めないよ」


 長机の上に乗った腸詰と黒パンを見て、シナトは言う。贅沢は求めない。自分にはあの生活が染み付いているせいだ。仔牛や子豚の丸焼きが並ぶ生活よりも、そう言ったもののほうがいい。なにせ今は三人しかいない。そんな状況で丸焼きなど食えやしない。


「それではお召し上がりくださいませ。私たちは後で二人で」


 イブリースとプリシラ、二人がそう言って傍に立つ。それを見ながらシナトはフォークとナイフを持つ。が……。


「なんか食べずらいな、見られながらだとさ」

「そうはいうけど私たちは召使だぞ?」

「私たちのことなど気にせずに。お召し上がりになってくださいませ」


 呆れた様子でプリシラが言い、ニコニコとイブリースが言う。だけれどそれは、シナトにとっては慣れないこと。メイドという召使と、ご主人様という立場上の違い。それを噛み締めながら……。


「(やっぱ慣れないな、こういうのはさ)」


 脳裏に思い浮かぶ、みんなで食べるご飯。それを感じながら、皿に乗せられた腸詰を切り開いていくのであった。




「そういえば今日は市場への視察でしたか。関係者への挨拶回りと、調査と……」

「ああ。商会の社長になって数週間経ったけど、まだまだって感じなんだろう」


 パジャマから白いシャツへと着替えながら、シナトとイブリースはドア越しに話す。食事は終えた。これから長い長い仕事へと向かうのだ。


 クシュリナーダ商会の社長。偉大な会社を継ぐものを、人々は必ず品定めする。品定めされた結果、逃げられたり失望されたりなんかしたらことだ。立派にならないといけない、せめて身なりは良くしないといけない。それをシナトは知っている。


「学園でいろいろ知ってるんだ。名家であることを理由に威張り散らして。取り巻きに囲まれてやりたい放題のやつとか、そう言った連中……」


 学園という箱庭の中で生きるとなると、そんな人物はいる。家や親の笠を着て、やりたい放題な者たち。少なくとも彼らは今、何をしているのだろうと、少し気にはなっている。自分は離れることはできたが、それができない人たちは、あの後どうなったのだろう。


「そんな奴のことを、ちょっとだけ思い出すんだ。今どうしてるんだろうなって」

「ご主人が気にすることか?」

「旦那様は、とてもお優しい人でありますから」

「学園のことを思い出さないわけにはいかないなあ」


 プリシラが間に割って入るのを確認しながら、シナトは服を着替え終え、そのドアを開いた。


「さて、行こうか」


 そこから仕事が始まる。商会の二代目、若社長として。身を引き締めなければならないのだ。それが平和な世の中で、自分にできることであると実感している。


 平和になるまでの過程を知っているからこそ、平和になった後は任せろと言う感じだ。その声をかける相手は、今この場にいないけれど。




「港町はやっぱり賑やかですねえ」


 歩く。港町の市場をゆっくりと三人で歩く。どこにいても商売の感じがする世界だ。野菜や魚や肉、それに家具など。色々なものが売られる。どんなものも。売れるものがあるならばなんだって売るのだろう。


「魔王がやってきてからも人の動きは多かった。平和になった今は、もっと往来が多くなるんだ」

「よう、坊ちゃん! 肩書には慣れたかい?」

「あ、あなたは……」


 一人の男が粗末なテントから声をかけた。色黒で壮健な印象を与える男だ。贔屓にしている両氏の一人だ。息のいい魚を目の前に飾りつつ、客を待っている。


「前の旦那と同じぐらい、いや坊ちゃんの方がかっこいいと思うんだな俺は。まあちっとは頼りないと思うけどな!」

「ご主人が頼りないって?」

「それは事実だからな、プリシラ」


 頼りない。その言葉にプリシラが食って掛かろうとしていた。それを制してシナトは言う。


「親父……に比べたら俺はまだまだ幼いしひよっこだ。それは事実、受け止めないとな」

「だがそれをわざわざ言われるのが気に入らないのだ!」

「激励ってわけだよ、嬢ちゃん! 男しかわからないもんがあるのさ!」


 ハハハ! と豪快に笑い飛ばして、男は言った。


「今後とも贔屓に頼むよ。俺は新しいクシュリナーダ商会に期待しているわけだしな。他の奴等がどうなるかはわからねえが……俺は一人の男としてお前に賭けた」

「その賭けが正しいかどうかは分かりませんが」


 一人の男として賭けたなんて言われてしまえば、答えざるを得ない。シナトはそう言って、言葉を切る。


「商会を立派にする。それぐらいは出来なきゃと思います。それだけは……伝えたいです」


 真剣な表情で、男に告げた。その声をしっかりと、男は聞いていたが……。


「よし、やっぱかっけえなあ!」


 そういってにっと笑った。男に、シナトの言葉はしっかりと通じたようだった。


「そんな坊ちゃんに一つ、耳寄りな情報があってだな……」

「耳寄りな情報?」


 そういうと男はシナトの前に顔を寄せた。周りをはばかるような、そんな動きの後、小さな声で囁くように言う。


「……奴隷商があっちにいる。何やらすごい美人な奴をこさえたらしい。ずいぶんご機嫌だった」

「奴隷だって?」


 シナトがそういうと、一瞬だけ空気が凍り付いた感じがした。男は焦ったようにきょろきょろ周りを見渡して、


「しっ、声が大きい! はばかられるような商売なんだからさ……」

「それは知ってます。だけれど……やっぱり」

「まあちっと美人さん、見るだけでもいいだろ」


 そう言って男は親指を突きだし、左の方に向けた。少し開けたところ。噴水広場に人だかり。


「どうせ買えやしねえ。ちっと眼福感じるだけでも、救われるってもんさ坊ちゃん!」


 そう言ってパッと顔を離す。一瞬だけみせた笑顔は、すぐに平然とした表情に変わり果てた。ずいぶん、変わり身が早いようだ。


「(奴隷か……国のあらゆるところで見たな)」


 シナトはそう心の中で思った。港町ではあんまり見かけないが、やっぱり旅をしているうちに、ちょくちょく見ていた。最も手軽な労働力であるという点で、奴隷は非常に便利なのである。公には禁止になっているものの、本当に禁止になどできやしないから、あらゆる言葉を使って、奴隷という言葉を隠している。召使とか、家事手伝いとか。


「(奴隷は許さないって。必ずすべての奴隷を解放してやるんだ……って。そう言ってたやつがいたな)」


 脳裏に浮かぶ親友の姿。彼女はどうしているんだろうか。そう思いながら……。


「広場の方へと向かうのですか?」

「おいおい一人でか? 私達も行くに決まってるだろ」


 二人のメイドをおいていくかのように、広場へ向けて歩き出す。彼女達もついてきた。


 噴水広場の人だかりは、近づくとさらに多く見えた。その前に、恐らく奴隷がいるのだろう。


 興味はないが、あの漁師の男が言うのも分かる。美人と言われるなら、気になるのが人の性。その目に収めるだけでも、赦されよう。そう考えた矢先であった。


「だから! 私たちは売られるつもりはないの!逃げただけだって……。だから値札をつけるのをやめなさいよ!」

「しかしねぇ、拾われた先がそれだったのは予想外だっただろう? 学園最強の天賦でさえも見抜けはしなかったはずだ」

「転移の場所が悪かった……と思いますねえ。でも、ほら。この鞭は意外と痛くないタイプですよ。何股にも分かれてないし、しならないですからね~~。それに檻も意外と広く……」


 聞き覚えのある声がして。


「おいおい!!」


 そう叫びながら、シナトは移動する。


「どいてくれ!」


 その集まりをかき分けながら声の正体を見やれば、それは……。


「……シナト……?!」


 間違いない。檻の中。三人まとめて閉じ込められたかのように。


 親友であり勇者たちが、そこにいた。

基本的にこの話は(1)、(2)という形を取ります。

まとめて一話、読みやすいようにという措置です。


(6/2)ごめんなさいね

明日からまた書き始めます。

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