それは追い出しではなく、帰らせるために
新作です。
毎日連載はできないかもしれないけどできるだけ頑張ります。
できればすぐに一部完結まで。
既作も現在連載中なのでマイページからぜひ。
「貴方を私たちのパーティより追放します。シナト・クシュリナーダ」
「ああ、そうだな!」
そんな会話が、噴水広場に聞こえた。青年と少女が、そう会話をかわす。青年……シナト・クシュリナーダは目の前の少女。クララ・シュテ・エーデルハイトの言葉に、しっかりと即答した。それは大変に理不尽な行為であるかもしれないけれども、それでもしっかりと受け入れた。受け入れることができたのは、シナトにとっては当然だったかもしれない。
「なんだい、思い切りのいい即答じゃないか。そうされると悲しむ余裕すらなくなってしまう」
やれやれといった様子で、後ろに立つ黒髪少女が言う。それでも、その表情には安堵が感じられる。
「なんだジル。悩んで欲しかったのか? 恨んで欲しかったのか?」
「そう言うわけではないさ。君がそういう人間じゃないのは知ってる。どれだけの付き合いだと?」
シナトにそう言われた少女……ジル・ナオエクナーはそう言った。そう言う人間ではない。その短い言葉に信頼や親愛、その他いろいろな感情を詰め込んでいる。
「シナト君に恨まれたくはないですねえ」
長いベールを翻して、もう一人の女性が言った。ふわりとブロンドのロングヘアー舞う。
「もしそうなったら、この“聖女”キアラ・アンゼローゼ……私なんか多分ずっと泣きはらしちゃいますよ? みんなそうですけれど」
「まあ可能性はあり得るな……いやちょっと待て、泣き真似は良くない」
キアラはそういって目尻に手を当て泣き真似をした。ジルがそう返す。
パーティメンバーの追放という一場面であるにも関わらず、そんな和やかな雰囲気で進んでいた。
だけれどそれはきっと、普通の雰囲気ではなく。それはキアラもジルも、明るい調子ではあるけれど、それは対峙する青年……シナトのことを思ってのことだ。
「俺は気にしないさ。だって……そういう約束だっただろ」
「……ええ。私たちが旅に出るときに結んだ、そんな約束」
クララがそういって目を閉じる。記憶を辿るように、思い出すように。それと同時に、シナトも思い出していた。
約束。それはシナトとクララたちは旅をするけれど、いつか追放されること。そしてその地点はこの地であると言うこと。
「その時まで死なないでよかったよ、俺は」
シナトはそう言った。
「確実に死ぬと思ってた……。魔王との戦いだったし。一層激しさを増してたもんな、最近は」
「死なせるものですか!」
「そうだね、死なせたりしたらとんでもないことになってた」
クララは声を上げる。ジルもキアラもうんうんと頷いた。
シナトたち四人は、魔王を倒す旅をしていた。この国において、それが最後の希望だと誰もが信じていたから。そうでなければ、彼らがそうやって戦いに出ることはあり得ない。
「ここはあなたの故郷。そして……魔王に一番近い場所」
「その先はいわばラストダンジョンさ。そこにシナト、君を連れていくわけにはいかないと言うのが私たちの判断でね」
「シナト君には帰る家も親御さんもいます。たどり着いた今だからこそ、日常に戻るべきだと思ったのです」
三人は口々に言った。追放した理由。それはこう言うことであった。日常に戻れ。家に帰れ。あとは私たちでやろう。自分たちはシナトにどう思われてもいい。それでも。彼だけは守りたかった。だからこそ……決断を下したのだ。その決断が、追い出しだとしても。
「そうだな。みんなの言う通りだ」
彼女達の言葉を受けて、シナトはそう答えた。そこに後悔などなく。
「魔王退治は、みんなに託す。俺は終わった後のことを考えて過ごすさ」
「ええ、任せてちょうだい!」
シナトはクララの方へと手を伸ばす。彼女の手がふれあい、ぎゅっと強く、互いに握り合った。
「力強いな」
「ふふっ、あなただって」
ゆっくりとその手を離す。親友同士、二人は笑い合った。
「ああ、ずるーいー! シナト、次は私だ。私だぞっ」
「その次は私にも……ふふ、最後でいいのです。暖かさを残せますからね」
「はいはい、分かってるよ……」
最後だものな、そう思いながらも口にせずに。ジルとキアラ。二人とも固く手を結び合った。
「さて、気は済んだよ」
あれからしばらく経ってしまったが、青年は目の前の相手に、改めてたった。両の瞳が皆を見る。真剣な表情で、見つめる。
「ええ。……改めて」
シナトの言葉に頷くように、クララは言葉を紡ぐ。
「貴方との旅はここで終わりにしましょう、シナト」
小さくこくんと頷いて、クララの言葉を待つ。そして。
「今までありがとう」
「そうだな、それじゃあ頑張れよ!」
その言葉を最後に青年と勇者達は、噴水広場から離れるのであった。それぞれの道は、しっかりと別れる。これは追放ではない。互いの道を歩くための……離別なのだ。
「(……さて。これから忙しくなるぞ)」
青年……シナト・クシュリナーダは少女達と別れて歩き出す。港町は穏やかだが賑やかで、人の往来もかなり多い。まるで魔王との戦いがこの近くで行われているというのが、傍目にはわからないほどだ。
「おかえりなさいませ、若君様」
「ようやく戻ってきたな、ご主人」
街を歩いて数分。一際大きな館に辿り着く。館の目の前に、二人の女性。恭しく頭を下げる一人と、堂々としながらもその敬意を隠すことをしない一人。白と黒、二色のドレス。メイド服を丁寧に着こなすその様は、非常に可憐かつ凛とした雰囲気を醸し出している。
「……ああ、ただいま。プリシラ、イブリース」
小さく笑顔を浮かべて、若君は二人のメイドに挨拶を告げた。
「無事のご帰還、おめでとうございます。私たちはお待ちしておりました」
イブリースはにこにこと柔らかい笑顔を浮かべながら言った。プリシラも続ける。
「伝言は大旦那より受け取ってる。約束通りってやつだ。つまりは……」
「ああ、そうだな」
真剣な表情を浮かべて。青年はそう言った。館の門に、掲げられているプレートはこう記す。『クシュリナーダ商会』。
シナト・クシュリナーダの生家にして、家業。大陸にその名を轟かす、大きな館と、大きな会社。それを見据えながら、青年とメイドは言う。
「今日この時より。クシュリナーダ商会は貴方が継承します。シナト・クシュリナーダ様」
「その最初に立ち会うのが、私たちでよかったんだな?」
「……二人にこそ見てもらいたかったからな。新しい門出を」
「そっか。ご主人の祝福をできてよかったよ」
プリシラは素直に言われると弱いようだ。軽く頬をかきながら照れたような様子を見せる。その姿を見て、誰にも見えないように聞こえないように。くすりとイブリースが笑みを見せた。
だがすぐに表情を変えて……シナトに問う。
「さあて、わかっていますよね? 若君様。これからは……」
「ああ、分かってるさ」
その言葉に対する返答は、決まっていた。
「魔王が倒れた時が新生クシュリナーダ商会……その門出だ! これから忙しくなるぞっ!」
「おーです、若君様!」
そのシナトの言葉通り。そこからしばらくして。
勇者たちによって魔王が討伐され……。世界に平和がもたらされたという話が、風の噂で届くのであった。
新しいプラットフォームに助けられてます。
投稿後すぐにストックを書かなければ……。
そろそろ上げられるかな。