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第1話 あなたはこちらの世界で転生して下さい


 高校を卒業して、誘われて入った会社でうまく行かずに辞めて、大学を目指してみようとはしたものの半年持たずに挫折した。

 それがこの新羽ミツルの超簡単な自己紹介だ。


「ですから、もう少し学生時代にご自身で行った事とか、経験されてきた事を書いて頂いてですね?」


 空白の多いその紙に何を書いたらいいのか、この女性は丁寧に教えてくれている。

 やってきた事は一人でパズルゲーム、経験して来たことは人間関係は構築するのが難しいということ。


「それがアピールポイントになるんで……」


 自分のその経験がアピールになんてなるもんか。読んだ人が鼻で笑って投げ捨てるに違いない。


「どうしても何も情報がないと、私共もご紹介させて頂く事が出来ないので……」


 そう言われて新羽ミツルは無言で席を立った。

 この女性は何も間違った事は言っていない。悪いのは自分だ。高校時代に人間構築そのものを諦めて何もせず、自分自身についても何も向き合ってこなかった怠け者の思考が、こうやって今に降りかかっているのだろう。


「あーだめだ……」


 小声でそう漏らすと、空いている椅子に座り記入欄と睨めっこする。無理矢理にでも空欄を埋めてやろうじゃないか。


 今埋まっている欄は①名前は新羽ミツル、自分の名前だ。②は年齢、20歳。③は生年月日で性別で男性。④は住所に⑤は電話番号。

 ⑥の職歴には不利になるから、人間関係が原因ですぐに辞めてしまったのなら書かなくて良いと言われた。

 ⑦のアルバイト歴はカラオケ店でバイトをしているから、これは書けるところだ。

 ⑧資格とあるが、そんな物はない。小学生の頃に『私の側にいる資格をあげるわ』なんて言われた事あったけど、そういうのはダメ……に決まっているか。

 ⑨学生時代に頑張って来た事は無く⑩アピールポイントもない。問題はこの二つだ。

 学生時代に頑張って来た事といえば、クラスの影響力のある人の目障りにならないよう徹する事。

 それか、先生が生徒を指名して答えさせる流れになった時に、必死にノートを取っているフリをして当てられないように努力した事。


 良い答えが思い浮かばず、俺はリュックからある物を取り出す。小型の機械でゲーム機のような見た目をしているが、実はナンバープレイス専用の端末なのだ。

 ナンバープレイスとは3×3で囲まれたグループに1から9までを1つずつ入れる数字パズルだ。

 昔からこれだけは大好きでリフレッシュしたい時や休憩したい時にやっている。

 これをやり続ける仕事があるとすれば、喜んでこの身を捧げるだろう。


(ん……?)


 何やら視線を感じる。

 まぁそりゃ、仕事を紹介するための場所でゲームをしていたら多少は目を引いてしまうであろう。

 ただ迷惑をかけている訳ではないから、注意されたらやめるとするか。


「ねぇあなた」


 話しかけられた。

 急いで片付けなければ。


「すいません、もうやめま……」

「私の所で仕事してみない?」

「は?」


 予想外過ぎる言葉が耳に飛び込んできて、思わず間抜けな声を出してしまった気がする。

 声の主の方を見上げると、綺麗な女性が立っていた。黒髪の長い髪がとても美しかった。年齢は30前後だろうか。最初に説明してくれた女性と同じ服を着ているという事は、この綺麗な女性もここの職員なのだろうか。


「ごめんなさいね、突然。でもねちょっとそれ見ちゃってね、あなたなら適任だと思ったんだ」


 履歴書はテーブルの上に置いたままで、それをこの人は見たのだろう。


「すいません、よくまだ理解していないんですけど、あなたは?」

「そうね、自己紹介しなくちゃね。私は白根友里恵といいます。政府管轄の特殊人材管理の仕事をしています」

「特殊人材管理?」

「そう、言葉じゃ説明するの難しいから、実際に見てみましょうか。返事はその後でいいから」


 白根に手を引っ張られながら、俺は建物を後にする。

 太陽の照りつける夏の日、蝉の声が聞こえたり子供の遊ぶ声が聞こえたり、その中を行き交う社会人の顔はどこか活気がない。

 一部のビルには大きなモニターが設置されていて、テレビの放送が流れている。

 交通事故のニュースやいじめによる自殺のニュースが放送されており、評論家がその背景について説明している。

 交差点を二つほど超えた所で白根が立ち止まる。


「新羽くん、でしたっけ? 今から入る所は普通の仕事場とは性質が全く異なる所に行きます」


 白根の顔が真剣な顔になる。


「見学して合わなそうならそれで結構ですが、ここで見た事知った事は絶対に他言してはいけない事になります。よろしいですか?」


 唐突な事前口止め。なんか犯罪でもしているのだろうか。しかし政府の機関と言っていたし、そのような事するはずもないか。


「……もし話したらどうなるんです?」

「命が無くなると思ってください。そのレベルの機密なんです」


 会社の事をペラペラと話して回る趣味はないが、そう言われるとゾッと背筋が凍る。


「まぁでも、新羽君気にいってくれると嬉しいです」


 今度は笑顔で優しい顔を向けて来た。


「ど、どうでしょうね」


 ドキッとしてこちらの心臓が跳ねたのを隠しながら、なんとか言葉を続ける。


「分かりました、他言しない事を誓います」

「よしっ!」


 白根友里恵は再び歩き始める。すぐ目の前にある脇道に入ると、更に細い道を選んで左側へ曲がる。

 光が届かないビルの隙間。人が一人入れる程のスペースを数メートル進んだ所で、なにやら扉が見えてきた。

 白根はそこで立ち止まり、壁にある認証装置のようなパネルにカードをかざす。


《確認しました》


 機会音声がすると、鋼の扉がゆっくりと横にスライドしていく。

 白根の後に続いてその入り口をくぐると、再び扉にぶつかる。

 さっきと同じ要領で認証装置もあり、カードをかざして扉が開く。


「厳重なんですね」

「そうね、それだけ大変な仕事なのよ」


 二つ目の扉を潜ると何が待っているのかと思ったが、田舎のホテルのフロントのような、ただ薄暗く広い空間だった。

 他に人の気配はなく、言い方を選ばずにいうと、犯罪者の隠れ家のような印象が一番ピンとくる。

 そこから扉がいくつもあり、二階に登る階段も見えるため、ホラーゲームの探索をしているような感覚に陥りそうだ。


「こっちにきて」


 白根が案内したのは見えていた一階の扉の内の一つだ。

 そこを開けると、正直圧倒された。


「うわっ!」


 そこには最新テクノロジーが凝縮されたような空間だった。モニターが壁一面に多数展開されており、鮮明に映し出されていた。

 傍らにはフルダイブ型のVR装置があったりインカムがあったり、普通のデスクトップPCがあったり訳の分からないパネル操作版があったり。


「なんなんですか、この部屋は?」

「凄いでしょ? これは私達が仕事をする上でかかせない設備なの」


 いったい、この人達は何をしているんだろう。


「新羽くんは、異世界転生って言葉は聞いた事ある?」

「はい、今はそういった作品が人気のジャンルなんで、アニメとか小説を見ていると良く目にします」

「そっか、なら話が速いわね」


 どういう事なのか、まだピンともこない。


「私たちは特殊人材管理の仕事をしてるって話したのは覚えてる?」

「そう言ってましたね」

「『特殊人材』っていうのは、こういった異世界に転生した人のことで、私たちはその異世界をモニタリングしています」

「は?……」


 絶賛頭が混乱中である。


「ええと、異世界というものが実在して、その世界を管理しているんですか?」

「異世界そのものを管理している訳ではないけど、概ねそんな解釈で大丈夫よ」

「異世界に転生という事は、亡くなった方ですよね? 死ぬとみんなこの異世界に行くんですか?」

「それは少し違うわ。例外はあるけど、基本的には転生する人は若くして命を落とした方です。その方を私たちが選んで、適した異世界に転生して頂いているんです」


 私たちが選んで?

 適した異世界?


「異世界っていくつもあるんですか? それに、異世界に転生させている神様的な事もするんですか?」

「そうね、異世界はいくつもあるわ。受け持つのは最初は一つの世界からで、その世界を管理できるようになったら二つ目の異世界を任せる事になると思うわ。確かに物語だったら転生させるのは神様って設定が王道だけど、実際はこんなものよ」


 実際はこんなもんよ、と言われても、理解できる訳がない。


「それに、基本的には記憶はリセットされるから、転生したなんて感じる人はまずいないわ」


 そうか、それなら問題ないか。いや、問題がない訳ではないが、……面白そうに感じる。


「俺、やります!」

「もう決めちゃって大丈夫かしら?」


 大丈夫かと改めて言われると多少ためらうが、まず同業者と交流せずに仕事が出来るというのが最高だ。面倒な人間関係なんて御免だ。


「大丈夫です! ドーンといっちゃいましょう!」


 何をだよ。と自分で突っ込んでしまいたくなったが、そのくらいワクワクしている自分がいる。

 異世界転生という言葉を聞いた時は不信感しか無かったが、そんな言葉ほどの重みは無さそうだ。

 実際に異世界転生したと理解するのは管理する側だけなのだとしたら、責任とかも問われないだろう。後で、なんで転生させたんだとか、そんな言い掛かりをつけられても困る。


「じゃあちょっと手続きの準備してくるから、少し待ってて下さいね」


 そう言って白根友里恵は席を外した。

 改めて部屋を歩いて見てみると、後方にはベッドがある空間があった。ここで寝泊まりできるように、という事なのだろうか。

 洗面台やトイレ、風呂もちゃんとついている。さすがにジロジロと見るのは失礼なので、チラッとしか確認していないが、洗濯機や乾燥機、台所に冷蔵庫もあった。


(凄いな、住み込みできるレベルだ)


 そう感じだが、欠点があるとすれば料理・洗濯・掃除を自分がして来ていなかった、という点だ。

 男の一人暮らしの場合は、一体誰からその技術を習えばいいのだろうか。

 料理は最悪冷凍食品を買い溜めして、掃除はとりあえず掃除機を掛けておけば大丈夫だろうか。

 洗濯は……洗剤を入れておけば勝手に完成すると思っているが、なんとかなるだろうか。


「新羽くん、お待たせしました!」


 白根友里恵が戻ってきた。

 椅子に座り必要な書類とやらに色々書いていく。

 何の書類かはいちいち理解していないが、中には秘匿義務に関する物もあった。確かに、異世界転生について世間にもらしたら大変な事になりそうだ。もっとも、話した所で笑い物にされて終わりそうな気もするが。


 一時間ほど経っただろうか、やっと全ての書類を書き終えて、結構疲れた。

 今日は書類を書いてばっかりだ。


「お疲れ様でした。少し休んでていいわよ」


 そういうと白根はモニターの前の椅子に座る。


《メッセージが3件あります》


「読んでちょうだい」


《1件目のメッセージ、本日、13時34分、八王子様より、ネリエ様今度デートしてください。返事待ってます。》


「消して」


《消去しました。2件目のメッセージ、本日、13時50.分、八王子様より、ネリエ様好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。》


「消して!」


《消去しました》


「あの……?」

「なんですか!」


 声の鋭さにビクンとなったが、勇気を振り絞って聞いてみる。


「ネリエ様というのは?」

「私の事よ、白根友里恵の苗字と名前のそれぞれ後半だけ読んでみて」


 白根の根に友里恵の里恵を合わせるとなるほど、確かにネリエだ。


「このメッセージの差し出し人はいったい?」

「異世界に転生した人よ」

「え!」


《3件目のメッセージ、本日、14時02分、板橋様より、助けて下さい!ネリエ様、王都に謎の集団が現れて、住人を突然殺し始めたんです。とりあえず隠れる事は出来たけど、いつまで見つからずにいれるか……。メッセージは以上です》


 突然の緊迫したメッセージだったが、白根は至極冷静にモニターを確認している。


「こうやって、異世界に転生した人からメッセージが届く事もあるの」

「でも、転生したという事実は向こうはしらないのに、なんで向こうはこちら側を知っているんですか?」

「この人達は以前に事情があって、私が教えた事があったの。……人選を間違えたわね」


 よく分からないが、この仕事の闇を一つ見てしまった気がした。


「それじゃあ、あなたのお部屋に案内しましょうか!」


 切り替えた白根が明るい声でそう言う。


「お願いします」


 やっぱり自分の部屋が与えられるようだ。


「この仕事している人は何人くらいいるんですか?」

「うーん、今は7人かしら?」

「思ったよりいるんですね」

「まぁ基本みんな部屋の中で過ごしてるからね。会う機会があったら自己紹介してあげて」

「分かりました」


 白根は階段を登り二階へと進む。

 二階も見た感じ五つほど部屋がある。

 部屋数的には十部屋といった所か。

 階段を登り切って少し左側に歩くと、そこで白根は足を止めた。


「新羽くんの部屋はここ」


 扉を開けると、白根の部屋同様にモニターが広がっていた。


「すごい……」

「基本的には、自由に使ってくれて構わないわ。泊まってもいいし、通いでもいいし。あっ、この場所に入る時には尾行されていないかだけ気をつけてね」


 女の子じゃあるまいし、尾行は大丈夫だろう。


「分かりました」

「これ、新羽くんのカードキーね。これで出入りできるから無くさないでね」


 こういう大事な物に限って無くしがちだったりする。気をつけなければ。


「ちょっと私はさっきの世界の対応してくるわね」

「はい、お気をつけて」

「仕事はまだやらなくて大丈夫だけど、自主的にやってみたかったら止めないわ」


 そんな雑な感じで大丈夫なのか。まぁ習うより慣れろともいうし、いじってみるのも悪くないか。


「右側のモニターの方に亡くなった方のリストが出てくるから、その中から選択すれば魂と会話できるから……」


 魂と会話!

 次々にパワーワードが出て来て驚く事にも慣れて来た。


「えっと、その魂とは何を話せばいいんですか?」

「そうね、こう言えば大丈夫よ。あなたはこちらの世界で転生して下さい」

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