遅刻してしまいましたが……。何の冗談ですか?
「眩し……」
窓から差し込んでいる光が、顔に直接当たっている。いつのまにか、ずいぶん日が高く昇っている……。
生まれた時から、ずっと体の重だるさがあったのだと、起き上がって認識する。
……ものすご〜く、体が軽い?
「よく寝た……」
それにしても、ここはどこかしら?
妙にふかふかのベッド、品のいい白とアイスブルーを基調にした部屋。
「……あっ! やだっ、私! 寝坊した!!」
ガバリと起き上がって、慌ててザハール様が与えて下さった部屋の扉を開ける。
扉の前には、下腹部のあたりできちんと手を揃えたすまし顔の猫耳メイド、ミーシャが控えていた。
「あっ、あの! ミーシャ、寝坊してしまって申し訳ありませ……」
それなのに、ミーシャは真面目な顔のまま、私にペコリと礼をした。
このお辞儀には、既視感がある。そう、お母様がまだ生きていらっしゃった頃、屋敷の侍女たちが私にこんな風に……。
そんなわけないわね。まだ寝ぼけているのかしら?
それにしても、妙に力がみなぎってくるわ。今なら、いくらでもアイスクリームが作れそう!
「リリアンヌ様……」
なぜか、頭を下げたままで動くことがないミーシャ。
昨日までは、普通に会話していたはずなのに、いったい何が起こってしまったの……?
何かよほど、私に謝らないといけない事でも……?
思い当たらない! 遅刻してしまったことで、謝るとしたら私の方だわ!
「あの、ミーシャ。頭を上げてもらえませんか」
「お許しを頂けるのであれば……」
「えぇ? 許すも何も、お世話になってばかりなのに」
顔を上げたミーシャのつり目がちな緑色の瞳。
もう一度、ミーシャは、手を揃えて真っすぐと立った。
――――えっと。侍女としての立ち居振る舞いの訓練なのかしら?
たしかに、最近ザハール様のおそばにいる機会が多いから、きちんとしたほうがいいのかもしれないわ。
そうね……。お母様は、とても立ち居振る舞いに厳しいお方だったから、今でもできるはず。
私は、ピッと背筋を伸ばして、ミーシャを真っすぐ見つめる。
「美しいお方だったのですね。人間というだけで、真っすぐリリアンヌ様のことを見ていなかった昨日までの私のしっぽを引っ張ってしまいたいです」
「え?」
そのままなぜか、ミーシャに手を引かれ、隣の部屋へと連れていかれる。
それにしても、小さな手をしているのに、力強くて絶対に振りほどけないわ……。
本当に、人間は弱い生き物なのかもしれないわ。
そのまま、部屋の中に押し込まれると、なぜか来ていた部屋着をはぎ取られ、薄いシュミーズ一枚にされてしまう。
「な……。なな」
なんでこんなことに?! と動揺している間に、今度はあっという間に、黒を基調にし、胸元の開いたドレスに着替えさせられていた。
一流! 一流の侍女の腕を見たわ!
あれ……。でも、ミーシャは私と一緒で、掃除の下働きのはずよね?
どうして、こんなことまでできるのかしら……。万能だからなのかしら。
「…………リリアンヌ様。本日付で、リリアンヌ様の侍女件護衛に任命されました。序列一位、ミーシャでございます」
「は…………? 私の侍女っていったい」
どうして、下女であるはずの私に、専属の侍女がつくのかしら。でも、それ以上に聞いてはいけない言葉が私の耳の中で、ガンガンと重低音の音楽みたいに繰り返される。
「リリアンヌ様……。序列一位ミーシャ。あなた様の専属侍女として、本日からお仕えいたします」
「え?」
この、可愛らしい白い耳が同じく白いヘッドドレスからのぞいているミーシャが、魔王軍の最強である序列一位で、私の専属侍女で、しかも護衛?
……えっ、どうして下女になったはずの私に、魔王軍の実質最強が護衛として付くの?
いえいえ、こんなにも可愛らしいミーシャが、序列一位なんて、今日はもしかしたら、この国では嘘をついてもいいと認められている日だったりする?
いったい何が起こったのか、まったく意味不明のまま、私の激動の一日は幕を開けてしまったのだった。
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