それ、特別なのではないですか?
「うぷ…………。あの、本当に大丈夫ですから」
「何を言うか! 脆弱な人間風情が! 無理をしたら死んでしまうに違いない」
なんて言ったらわかってもらえるのかしら?
それにしても、魔物の国ガルベスの皆様の言葉は、いつもツンが強い。そんな、私のことを貶めるような言葉なのに、なぜかラディアス様の表情は、本当に私を心配していますというようにしか見えないのだけれど…………?
「あの……。医務官様、説明して差し上げてください」
「――――はあ。こんなに折れそうな体。どうして我が国の強靭な体力を持つ民と同じ仕事ができるのか。確かに少しの衝撃で命を落としてしまいそうですね」
そう言って、長い黒髪を後ろで結んだ医務官は、一見すると人間と同じ姿に見えるけれど、時々尖った牙が口の端に見える。ぺろりと唇をなめた下は二つに分かれていた。蛇……なのだろうか。
えぇ……。医務官様まで、言っていることが、おかしいですよ?
だって、ミーシャなんて、私よりも背が小さいし、体も華奢ですよ? 確かにしなやかで、窓を拭くと言って、高いところにある窓に軽々飛び乗っていましたけれど……。
医務官様は、モノクルを取り出して眼窩にはめると、私の手を掴んで真剣に観察し始めた。
「――――おや、意外にも魔力許容量がとても多いのですね? 我々でも、ここまで多い者は珍しいでしょう」
「え? そんなはずないですよ。私、日常生活の魔法しか使えませんし……」
「ふむふむ。今は、ほとんど枯渇してしまっている……と。許容量だけであれば、一級品。しかし、魔力の産生量が少ないのか? これは、実験しがい……。調べがいがありそうです」
実験って言葉が聞こえた気がする。
言い換えていることですし、聞こえなかったことにしていいですか?
一言何か答えようとした瞬間、医務室の扉がバーンッと壊れてしまうのではないかと思うくらい勢いよく開かれた。
「おい! ロード! リリアンヌが倒れて危篤だというのは本当か?!」
飛び込んできたのは魔王ザハール様だった。そのまま、ザハール様は私を見つけると、一直線に飛び込んで来た。その赤い瞳が、私のことを上から下まで眺めて視線を外してくれない。
「――――あの、大丈夫だと皆さんに伝えているのですが、分かって頂けないようで」
「当然だ! 自分を何だと思っているんだ!」
魔王様の剣幕がすごいのですが、アイスクリームを作って、ちょっと疲れてしまっただけですよ?
でも、私の今の身分といえば……ええと。
「……あの、魔王城の下女?」
「そういうことを言っているのではない! ――――人間は弱い! 俺たちと戦えば、一対一では、とても相手になりはしない! 違うか?!」
「違いません……!」
一騎当千だというレオン様ですら、魔王軍では序列十位に甘んじているという。レオン様は真面目な顔で、「一対一であれば、もっと上位に食い込めるのですが、なんせ広範囲魔法を使う上位陣には敵いません」と笑っていたけれど……。
つまり、人間が一対一で魔王軍の最底辺であろうと敵うはずがない。
…………聖女の力がなければ。
反論の余地がない私に、ザハール様の言葉が追い打ちをかけてくる。
「極寒の極北にいたら、数十分で意識を失うし、灼熱の煉獄砂漠においても、似たようなものだろう?」
え? 極北って氷系の魔物だらけで、雪と氷しかないというあの極北ですか? 煉獄砂漠は、人間が踏み込むことすらできないという、あの煉獄砂漠ですか?
「事実ですね…………」
「ほら。やはり、脆弱であることをルーシアは、理解しているではないか」
「はぁ…………」
これ以上、問答をしていても、人間が魔族や魔物に比べたら脆弱であるということが証明されるという未来しか浮かばない……。
そうか、私はとても弱かったのね。この方たちの基準では。
どうしたら、魔力が枯渇しかけたり、雨にぬれたり、お腹が少し空いただけで死んだりしないって伝わるのかしら……。
「えっ…………?!」
次の瞬間、ザハール様になぜか強く抱きしめられて、何か熱いものが体に流し込まれた。
――――体が、熱い! いったい何が起こったの?!
「――――まったく。アイスクリームだったか? 他の者に作り方を教えなさい。俺の分だけ、ルーシアが作るように……」
「は……。は……い」
急速に、魔力が充電されていくのが分かる。生まれつき、少ししかなかった私の魔力、いつも空っぽだった大きな器が満たされていく初めての感覚。
たぶん、流し込まれたのは、ザハール様の魔力に違いない。
今まで感じていた、常時の飢餓感が満たされたみたい。
でも、魔力の受け渡しなんて、どうしてそんなことをしたのか、それだけは聞かなくては。
「っ…………あ、あの! この国では、魔力を相手に注ぐのは当たり前のことなのですか?」
そうに違いない。きっと日常的に行われている。
だって、この国と人間の国では、価値観が大きく違うのだもの。
ああ、でもそうでなかったらどうしよう。きっと私は、盛大に勘違いしてしまう。
だって、乙女ゲームの設定では!!
「いや……。家族や、本当に親しい者にしか行わないな?」
そういったザハール様も、なぜか今気がついたとでもいうように、驚いたような顔をして私を見つめている。
ラディアス様と、医務官ロード様まで、驚いたように私たちを見つめている。
魔力の受け渡しが、この国においても特別であるということを証明しているみたいに。
……たぶん、無意識だったのでしょうね。私が死んでしまうと思ったからこそよね。
そこまで心配をかけてしまったなんて、申し訳ない。
以後気を付けます……。
う~ん。でも、このまま誤解が解けなかったら何もできないわ?
ザハール様が、もう一度強く私のことを抱きしめてくる。
どうして、魔力はもう受け渡されたはずなのに、ザハール様と私は抱きしめ合っているのかしら?
「――――お前は、俺の花嫁としてここに来たのだから、おかしな話ではないはずだ」
…………え? 初日に完全に否定していませんでしたか?
急に、体中の魔力が沸騰したみたいに熱くて……。きっと、今私の顔は真っ赤に違いない。
なぜか、意地悪気に私に笑いかけたザハール様から、もう一度魔力が流し込まれる。
え? もうお腹いっぱいです……。満腹になった時みたいに、急速に眠くなっていく。
「少し眠れ。これ以上の無理は許さない」
過保護を通り越していると理解に苦しむのに、体の中を駆け巡っている、私の魔力よりも格段に熱いザハール様の魔力は妙に心地よくて眠さに抵抗できない。
その魔力は、私の中で形を変えて、私の魔力へと変化していく。
そのまま、もう一度浮遊感を感じて抱き上げられる。
次の瞬間、横抱きにされた。私を抱えたまま、ザハール様は歩き出す。
次に起きた時、すでに次の日の朝日は昇っていた。
ようやく甘い展開が(*'▽')
最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。