一騎打ちと闇魔法
ザハール様が、剣を持っている姿、初めて見た!
いつも、特等席(王座)に座っているか、私の前で口を開けて食べ物を待っているばかりなのに……。
あれ? この方本当に魔王様なのかしら?
確かに、さっきはかっこよかったけれど……。
そして、次に視線を向けたレオン様。
本当に騎士様だったのだと、納得してしまう。
立っている姿に隙がない。私に向かってヘラりと笑っているいつものレオン様とは、別の人みたい。
「ザハール様……。レオン様……」
これは、試合なのだろうと分かっていても、この戦いで序列が決まるなんて……。
もしかして、けがをしてしまったりするのだろうか。
まさか、死んでしまったり……しないよね?
「俺は、リリアンヌ様をお守りする」
「はは。まさか本当に序列三位まで上がってくるとはな? ラディアスとミーシャが参加していれば、大番狂わせがあったかもしれないな」
「ザハール様を倒せば、俺が魔王です」
「そうか?」
レオン様は、静かに剣を振り下ろした。真剣だ。けがをしてしまう……。
どうしよう。なんとかして止めることはできないの?
光魔法を使おうか悩んでしまう。でも、きっと使ってはいけないんだ。
だって、二人は真剣に戦おうとしているのだもの。
その時、抱き上げていた羊ちゃんが、二人に向かって突進していった。
そして、あと少しでレオン様の首元に当たりかけたザハール様の剣に体当たりする。
「羊ちゃん!!」
「メイ!」
私の心配をよそに、そのままレオン様の剣にも突撃した羊ちゃん。
結局、ザハール様の剣も、レオン様の剣も、そろって地面に突き刺さった。
「…………」
「…………」
二人は呆然とお互いを見つめ合っている。
そのまま、羊ちゃんは、自慢げにもう一度「メイ!」と鳴くと、私の腕の中に飛び込んできた。
先に背中を向けたのは、ザハール様だった。
「序列三位に任命する。レオン・フィードル。今後もガルベス国に忠誠を示せ」
「…………は」
レオン様は、忠誠を表すように膝をついて頭を下げた。
けがをしてないようでほっとする。
ザハール様は、そのまままっすぐ私のそばに歩んできた。
「――――どうやって、外に出た?」
「闇魔法を使ってみました」
ドアノブ壊してしまってごめんなさい。
下女をしている今、弁償はできません。
「――――それで、それは」
「羊ちゃんです」
「どうしたのかと、聞いている」
「気がついたら、そばにいました」
「――――闇魔法が使えるということは、召喚したのか」
羊ちゃんを抱っこした私のことを、ザハール様が抱き上げた。
本当に今日は朝からよく抱き上げられる日だ。
「弱い人間のくせに、無茶ばかりすることがよく分かった。だが、危険な目に遭わせて悪かったな?」
「ザハール様……私こそ、余計なことをしてしまって」
「いや。リリアンヌなら、やりかねないと予想しなかった俺の落ち度だ」
…………それ、どうなんでしょうか。怒ってくれた方が、気分がすっきりしそうです。
私のことを抱き上げたまま、ザハール様はまっすぐに歩き始めた。
周囲には、倒れてけがをしている人であふれている。
光魔法を使ったら、きっとみんな逆に元気がなくなってしまうよね?
「――――周囲が気になるのであれば、闇魔法で癒やせばいい」
「え?」
「俺たちの力の源は、闇魔法だからな」
…………え? 闇魔法で人を癒やすことができるの?
「えっと、では試しに」
胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
何に祈りを捧げればいいのかな。
「メエ!」
羊ちゃんにかな?
光魔法で癒やす感覚で、闇魔法を使う。
途端に、黒い霧が周囲を取り囲む。
「――――完全に暗黒の魔王……」
おどろおどろしい魔法に、驚きを隠せない私。
その時、クッと喉元でザハール様が笑った。
「…………渡した分以上の魔力を返してくるか。先ほどの光魔法の分まで、完全回復だ」
冗談でしょうと思いながら顔を上げてみると、魔王様の瞳がいつもよりも怪しく光っている気がした。
「部屋に戻ったら、魔力を補充してやろう」
「え?」
「リリアンヌが魔力を受け取るときのあの顔を、人に見せたくはないからな?」
――――誤解されます!
その言葉を発することもできないまま、再び足早に歩き出したザハール様。
周囲の視線が痛いことに、私は気がつきたくなくて、不安定さを理由にザハール様に抱きついたのだった。
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