変わり者令嬢と魔物たちの困惑
「すみません、横を失礼いたします」
「え?」
竜の鱗をその身に宿した竜人、魔物の国ガルベスの序列二位。
その横を通り過ぎた私は、その竜人ラディアス様が、そんなに偉いお方だなんてこと知る由もない。
洗濯物を大量に抱えた私の後を、慌てたように猫耳獣人のメイド、ミーシャが追いかける。
「…………人間? この魔王城に?」
その声が、後ろのほうから聞こえてきたけれど、もうこの三日間で慣れっこになっている。
ここ最近の、大雨や地震の被害により、魔王領の北端は飢饉に見舞われている。
地方の視察に出かけていたため、1週間ぶりに帰還したラディアス様と私は、そんなわけでまだ出会っていなかった。ふと窓の前に小さな花が飾られているのを見つけたラディアス様が、「花か」とつぶやく。
真っ黒な外観に、赤いカーテンが荘厳かつ毒々しい魔王城。
その白い小さな花だけが、不釣り合いなくらい清純な印象を添えていた。
もちろん、この花は私が庭で摘んできたものだ。
花の一つもなかった魔王城は、今や私が飾った花々で彩られている。
それにしても…………。
魔王軍の皆さまの大量の洗濯物を手早く干しつつ私はため息をつく。
「魔王城にいる皆さんが優しすぎる」
「何言っているんですか、リリアンヌ様。みんな、脆弱な人間がいつ倒れてしまうか心配して夜も眠れないんですからね!」
「ミーシャ……。そういうの、優しいっていうのよ」
「……人間が私たちにそんなこと思うわけないです」
不思議なほど、魔王城にいる魔物たちは、自分たちが人間に忌み嫌われていると思い込んでいる。
そんなことはないと思う。そもそも、青い髪の毛やピンクの髪の毛だって、前世の世界には自然には存在しなかった。
私にとっては、竜人も、猫獣人も、ピンク頭のヒロインも、青い髪のお兄様もみんなファンタジー世界の住人でひとくくりだ。
「どうして? ミーシャは可愛くて、働き者で、面倒見がよくて、私あなたが大好きよ?」
そんなことを言うと、猫耳獣人ミーシャは、「ふにゃ?!」とおかしな声を上げた。
そういえば、魔王軍の更衣室は掃除されていないのかひどいありさまだったわ。
次はあそこの掃除をしましょう!
「…………話に聞いていた人間の貴族令嬢というものと、全然違います」
「あらそう? そんなの小さな問題だとは思わない?」
「思えません」
受け入れられるには、まだまだ時間が必要なようだ。
でも、今日で約束の三日目。
仕事が終わった後、私は魔王様に、呼び出しを受けている。
「お~い! リリアンヌ、あまり無理するな?」
犬耳騎士のレオン様が、心配そうに声をかけてくる。
「これ食べるか? 人間は食べないとすぐ死んでしまうんだろう?」
目の前に差し出された生肉に、やはり種族の違いは大きいのかな? なんて思いつつ、「焼かないと食べられないんですよ?」と丁重にお断りしたら、露骨に耳がペタンとなってしまった。
「ほら、半分持ってやる」
優しすぎるレオン様。これで、人間相手に戦えば一騎当千らしい。
本当に、この世界のパワーバランスは、どこかおかしいと思う。
「……ありがとうございます」
掃除道具を半分持ってもらい、廊下の先に視線を向けると、黒い髪と赤い瞳が目に入る。
レオン様が、慌てて廊下の端に避けたので、私もそれに倣う。
「リリアンヌ。少し付き合え」
「は、はい……」
魔王様は、なぜか夕方まで待つことが出来ずに、私に会いに来てしまったようだ。
よほど働きがお気に召さなかったのだろう。
かといって、このまま送り返されたとしても、私に居場所はない。
……うつむいてしまった私に、なぜか手が差し伸べられる。
顔を上げれば、気づかわし気な魔王様の瞳が、私を見つめていた。
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