羊と悪役令嬢
あわてて、扉に手をかける。
「鍵が……掛けられている」
振り返るけれど、紫色の光を帯びた魔方陣は、もうすでに消えていた。
一人取り残された部屋で、思わずへたり込む。
どうしよう……。光魔法が、あんなに効果があるだなんて。
ザハール様の魔法が、使えなくなってしまうなんて、想像もしなかった。
だって、本当にささくれを治すくらいの魔法しか使っていないのに……。
あれ? でも、光魔法を使ってこれだけの影響があるのだとしたら、闇魔法はどうなのだろう。
悪役令嬢リリアンヌの設定は、魔力量が弱く初級魔法しか使えないというものだ。
実際に、使えるのは家事に便利な生活魔法ばかり。
でも、今は体中から魔力があふれているような気がする。
もし、闇魔法を本気で使ったら?
扉の前に立って、もう一度ドアノブに手を掛ける。
そのまま、上級闇魔法である破壊魔法を唱えてみる。
小さな腕がドアノブを取り囲んだかと思えば、バキンッと音がして、扉は開いた。
「――――使える」
さすがに上級魔法。ザハール様に分けていたただいた魔力は、半分ほどに減ってしまった。
けれど、元々少なかった私の魔力。まだ、元とは比べものにならないほどに、力があふれている。
それに、光魔法は無理に使っている感覚があるのに比べて、闇魔法の発動はスムーズだ。
……やっぱり私が、悪役令嬢なことと関係があるの?
けれど、今はそのことよりも、私はザハール様のことが心配でたまらない。
私が行っても、何の役にも立たないことはわかっている。でも、それでもここで待っているなんて耐えられない。
「ザハール様!」
スカートの裾を翻して、階段を駆け下りる。
訓練場までの道は、すでに覚えている。だから、行かなくちゃ。
らせんになっている階段を駆け下りていくと、エントランスホールだ。
けれど、真下に見えた光景に違和感を強く感じて足を止める。
羊ちゃんが竜と戦うブロンズ像……。そして、私が置いてもらった花瓶に、満杯になるほどいけられた白い花。何かが足りない。
……そう、このすぐ下には、羊ちゃんがいたはずなのだ。
けれど、今目の前にあるのは、迫力がある竜のブロンズ像だけ。
竜を威嚇していた勇敢な羊ちゃんの姿がない。
「羊ちゃん……?」
「メイ♪」
「え……?」
足下にすり寄っている、ふわふわした感触に、この鳴き声。
視線を下に向けると、そこには両手に乗るくらいのサイズの小さな羊ちゃんがいた。
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