魔王と序列
降り注いでいた魔法の流星が止む。
「ザハール様、とりあえず、魔法と違って万が一があってはいけません。リリアンヌ様を闘技場の外に出していただけませんか?」
「――――なぜだ? 俺のそばにいて、彼女が傷つくはずはないだろう。さあ、訓練場の中に入れば、どんな手を使っても序列上位を目指すのが、この国の不文律のはずだ。レオンは、かかってこないのか?」
「……俺は」
レオン様の冷たい瞳が、私とザハール様を見つめている。
けれど、その瞳は揺らいでいて、レオン様が迷っていることを如実に表しているみたいだ。
「レオン様?」
「――――序列上位に上がりたい者は、星の数ほどいる。お前には見込みがあると、思っていたのだが」
「俺は、リリアンヌ様が傷つく可能性があることをしたくはありません」
「は、傷つけられると?」
私は、ザハール様とレオン様の顔を交互に見た。
どうして、こんなにも険悪な雰囲気になってしまったのだろう?
でも、私は二人がこんな雰囲気なのはいやだ。
「――――ちょっと下ろしてもらえますか?」
ほんの少しだけ、光魔法を使う。
ザハール様が、光魔法に弱いのは、乙女ゲームの設定だ。
だって、こんなにも絶大な力を持つガルベス国の皆様が、手も足も出ないなんて、聖女が得意とする光魔法に理由があるに違いない。
「――――おい! リリアンヌ。この場所で、魔法が使えなければ」
ザハール様は、魔法が使えなくなってしまったらしい。
え、ここまでの効き目がありますか?
険しい顔をしたレオン様が、私たちを守るように立ち塞がる。
「――――命知らずとは、このことですよ? まったく」
蛇のような下半身をした人も、牛のような姿の人も、虎の尻尾を持つ人も、遠慮などなく私たちに襲いかかってくる。
「受けて立ちましょう! この機会に、序列を一気に駆け上がるのもいいでしょうから!」
え……。レオン様は、広範囲魔法が使えないって言っていませんでしたか?
私は、自分の考えのなさに歯がみしつつ、前に出ようとする。
その手を、ザハール様がつかんで、引き寄せる。
「ザハール様! レオン様が!」
「心配することはない。レオンは強いさ。……今まで、仲間を思う気持ちが強すぎて、10位に甘んじていただけだレオンは」
「でも……」
ザハール様に、全員が忠誠を誓っているわけではないのね……。そういえば、毒を盛られるから食事もレオン様とラディアス様に作らせていたわ。
どうしよう。私みたいな足手まといがいたら、満足に戦えるはずもない。
「ザハール様」
「まあ、しかし訓練場からリリアンヌは離れさせるのが正解だろうな。……ミーシャ」
すると、どこから現れたのか、メイド服姿のままミーシャが、音もなく目の前に舞い降りた。
細められた瞳も、その物腰も、まるで本当の猫みたいだ。
笑ったかわいらしい唇の間から、細い牙がのぞいている。
「この場所で、私に命令しますか?」
「――――命令ではない。頼まれてくれないか?」
なぜか、ミーシャにザハール様は頭を下げた。
……序列一位のミーシャは、ザハール様を倒せば魔王になれる。
つまり、今は絶好の機会のはず。
「ん~。まあ、このまま魔王の座を手に入れても、全く楽しくないですし。リリアンヌ様が、あまりに不憫ですし……。とりあえず」
ドカッと人からしてはいけない音がして、ザハール様が尻餅をつく。
え? ミーシャに、ザハール様が思いっきり蹴り飛ばされた?!
「全く。完全なる安全なんて、この国にはないのですよ? 戦うこととができるからって、守ることもできるだなんて、とんだ思い上がりです」
「……反省している」
「そうですか? ザハール様が謝るなんて珍しいですね。リリアンヌ様も考えのない行動をしたことですし、これくらいで許してあげましょうか」
ミーシャの手が、恐ろしいほど精巧な魔方陣を書き上げる。
その魔方陣が、紫の光を放った瞬間、私は自分の部屋に一人で立っていた。
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