何も手につかないから磨きますか
* * *
とりあえず、どうしたらよいのかわからない。
こんな時は、掃除をするに限ると、バケツとぞうきんを持って、長い廊下を歩いていく。
んー、でも磨きあげすぎてこの周囲には、もう磨くところが見当たらないわ。
歩く私のあとをレオン様がついてくるのだけれど、なぜか耳がぺたんとなったままだ。
「ついてこなくても大丈夫ですが……」
「いいえ。それに、バケツくらいは持たせてください。骨でも折れたら、どうするんですか」
そんなわけない。しかも、何もせずに全部重い物を持ってもらっていたら、逆に骨が弱くなってしまいそうだ。
私は、少しだけ息を吐くと、後ろをずっとついてくるレオン様の方を振り返った。
「レオン様、いつも助けてくださるのはうれしいのですが、少しくらい重い物を持ったり、ある程度長い距離を歩いたり、走ったりしないと、逆に骨が弱くなってしまうんです」
「えっ!」
「だから、ある程度自分でしないと……」
「そ、そうだったのですね! さっそく、序列上位の残り九人と情報共有して参ります!」
そのまま、投げたボールを追いかける飼い犬のように走り去ってしまったレオン様。
途端に周囲は静かになった。
うん、わかってくれてはいないけれど、レオン様だから仕方ないよね?
私が何を言っても信じてしまいそうなのだけれど、あんな調子で魔王軍の上位に位置するのだから、やっていけるのかと心配になってしまう。
でも、先日竜人で序列二位のラディアス様が「ふむ。そう思われるのであれば、一度訓練を見に来るとよいでしょう」とつぶやいていた。
今度見に行ってみようかしら?
誰もいなくなったので、そのまま階段を降りて、エントランスホールの花瓶を磨き始める。
もともと、ここには花瓶なんてなくて、竜と、よくわからない羽が生えた羊のような生き物が戦っているモニュメントだけがぽつんと飾られていた。
この国に伝わる神話のエピソードらしいけれど、竜ということはラディアス様も関係あるのだろうか。
そして、羊のような生き物は、小さくてとても竜と戦えそうもないかわいらしさなのだ。
今日も戦っている羊ちゃんを密かに応援して、なでなでする。ブロンズ像のためもふもふがないのが残念。
そして、花を飾るために置いてもらった花瓶を磨きあげる。
「……え?」
カサコソと音がする。振り返っても、誰もいない。
「気のせい……」
このときの私は知らない。
この出来事も、後ほど問題になるのだけれど、先ほどのレオン様との会話が、まさか私の日課を大幅に変えてしまうなんて。
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