光魔法と不意打ち
握られて無理に引かれた手首がほんの少しだけ痛い。
この場所に来てからは、一度だってそんな扱いをされてこなかったのに、いったいどうして……。
それでも、リリアンヌにとっては、この世界に生まれ、母がいなくなってからはこういった扱いを受けることのほうが多かった。けれど、どうしてこんなにもショックなのだろうか。
「――――リリアンヌ」
ビクリと肩が震えてしまう。
いったい何をしてしまったのだろう。たしかに、口では突き放すようなことを言ったって、ザハール様がこんなに怒ったような表情をすることはなかったのに……。
手首が離される。
急に体温が感じられなくなって、逆に不安になってしまう。
その時、ザハール様の指先から、深紅の魔力がこぼれだして、細い糸みたいに私の両手首に巻き付いた。
「え?」
巻き付いた魔力は、いとも簡単に私の両手首を胸の前で縛り上げてしまった。
これでは、なにもできない。
「…………あの、ザハール様」
「ああ、すまない。故意ではないのだが……」
無意識に手首を縛ってしまうくらい、何かにお怒りなのですか?!
そう思ったのに、なぜかザハール様は、表情を緩めて私に笑いかけた。
「あれから、魔法は使ってみたか?」
ザハール様に、抱きしめられて注ぎ込まれた魔力。
あの瞬間を思い出すだけで、全身の血液が沸騰してしまいそうになる。
今は私の魔力に変わりつつあるけれど、ザハール様の魔力の気配は、今も色濃く私の体の中に残っている。
「…………いいえ、まだ使っていません」
「そうか……。ちょうどいい、その魔力の拘束を光魔法で解いてみろ」
「えっ、そんな無茶なこと」
ザハール様は、魔王様だ。
設定ではもちろん、世界で一番強い。
ザハール様の力を無効化できるのは、聖女の光魔法だけだ。
そんな、ザハール様が無意識とはいえ施した、この手首の拘束を私なんかが解けるはずもない。
「まあ、いいからやってみろ。俺の推測が正しいとすれば……」
「…………わかりました」
光魔法が使えないわけではない。
魔力量が少ないから、初級の魔法を回数制限ありでしか使えないだけで……。
あれ? でもそれって、乙女ゲームの主人公の序盤みたいでは……。
私の手のひらから放たれた魔法の光と光魔法特有の白い羽が羽ばたくようなエフェクト。
使った魔法は、中級以上の光魔法。状態異常を解除するものだった。
その光は、予想以上に強くて、目がくらむみたいだった。
初級魔法しか使えないはずの私が、中級魔法が発動できるはずないのに。
自由になった両手。光が納まっても、強い光のせいでまだ目がチカチカする。
「どうして…………?」
「やはりか」
見上げたザハール様は、どこか苦しそうに私のことを見つめている。
ザハール様は、ほほ笑んでいるから私の思い違いなのかもしれないけれど。
……そういえば、魔王様は光魔法にだけは弱いという設定じゃなかったかしら。
「…………あの」
「確認はすんだ。……無理に連れ込んだが、もう戻っていい」
私のことを見つめながら、深紅の瞳が細められる。
そのまま、価値は高そうだけれど飾り気がなく、書類が山と積み上げられた執務机の前に座ったザハール様。
どうしよう。ザハール様がとても具合が悪そうに見える。
笑顔で、背筋を伸ばして、何でもない風に装っていても、私の中のザハール様の魔力が、光魔法を使ってからざわざわと違和感を訴えている。
「…………それはできません」
「リリアンヌ?」
私は、不敬を承知でザハール様に駆け寄る。
ためらいながらも、その額に触れるとひんやりと汗で濡れているのが分かる。
「――――やっぱり、具合悪いんじゃないですか」
「……それほどでもない」
「どうして嘘をつくんですか」
私は、ザハール様を抱きしめる。
不敬なのはわかっている。でも、そうせずにはいられなくて。
次の瞬間、なぜか私の背中にも腕がまわされて、強く抱きしめ返される。
昨日は、一方的に私の中に流れ込んで来た魔力。
今度は、魔力が私の方からザハール様に流れ込んでいく。
「…………っ、は」
流れ込んだ魔力が、ザハール様をめぐって私に帰ってくる。
そのあまりの熱さに、思わず息が漏れる。
次の瞬間、私の唇はザハール様の唇で塞がれていた。
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