3-2.遅刻やで。 ~ハッピー編~
〇このものがたりは、【短編3:ホワイトデー】『3-1.ちこくやで。~買いもの編~』のつづきです。
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〇登場キャラクター紹介です。
・和泉:【本編】の主人公。十七才の青少年。【学院】で教授をやっている魔術師。
・シロ:学院長である史貴 葵の使い魔。ちょっとした事情から、和泉のようすをよく見にいかされていた。
・史貴 茜:十六才の少女。学院の【賢者】。和泉が学生時代からつきあいのある魔術師。
・チャコ:茜の使い魔。主人以外の人はだいたいきらい。
―前回のあらすじです―
四月の十五日が『ホワイトデー』だと思いこんでいたモテない魔術師の和泉くん。
それとなく女子から人気のある弟子のおかげで、ようやく日づけのまちがいに気づいた彼は、バレンタインデーにチョコをくれた姉妹にお返しをしなかったことをあやまりに、【学院】へと飛んで帰るのだった――。
〇
小規模な町、【トリス】をふもとにのぞむ山のなか。
中腹のひらかれた土地に【学院】はある。
広大な敷地の一部――学院の関係者らの居住区と、王城めいた【学舎】をつなぐ森林の庭園。
その居住区側の入りぐち付近に、【賢者】の少女の住まいはあった。
史貴 茜。――おさないころに魔術師最強の称号【賢者】の名をほしいままにした、稀代の魔女である。
彼女の屋敷のまえで、和泉はうろうろしていた。
うーん。うーん。と首をひねりながら。
「……。なにやってんの?」
「うわあっ!」
本日二度目の悲鳴を和泉はあげた。
横からうさぎの耳の少女がのぞきこんでいる。
緑をベースにしたブレザーに、ミニスカートの格好。みじかくしたふわふわの白い髪に赤い眼の、十七才ほどのみための女の子である。
学院長史貴 葵の使い魔――。シロだ。
「なんだ。シロか……」
「なんだとはごあいさつー。てかまじでなにしてたの和泉? ついに犯罪的偏愛行為に目覚めたの?」
「ばか言え。そうじゃなくてだなあ」
かくかくしかじか。
ことのなりゆきを和泉は説明した。
「ふんふん」
と聞き終えて、シロが吹きだす。
「お返し? それを忘れたから、うちのご主人や茜が怒ってるかもって?」
「そうだよ」
ばかにされて、和泉はふんと鼻を鳴らす。
が。はッと気づいてシロにすがりつく。
「そうだシロ。実際どうだった。学長、三月十四日になんか不機嫌だったりしなかったか?」
「んーなわけないでしょ。あんたにチョコやったことさえ覚えてないわよ」
「ほんとかなあ……」
「疑うなあ~。まあ気になるっていうなら、私のほうから葵さまにそれとなく言っといたげる。和泉がお返しわすれたことを気に病んで、べそかきながらごめんなさいって言ってましたよってね」
「まじかっ。たすかる」
「いーよ。これくらいはね」
ぽおんっ。とシロは和泉の肩をたたいた。
「それより。茜のほうは? 私、もう仕事おわってあそびに来たとこだから。よかったら――」
「いっしょにいこうぜシロ。うん。そおしよーそおしよー!」
「……。……」
他力本願な和泉の態度に、シロはあきれてものが言えなくなった。
ふたりで茜の屋敷の門をくぐる。
〇
和泉とシロは玄関ホールに入った。
がらんとした空間にはだれもいない。茜の使い魔さえ。
「おべんきょう中かなあ」
「それは困る……。あいつ。研究中は機嫌わるいから」
「あんたもでしょ。とりあえず。てきとーに見ていこっか」
慣れたようすでシロはリビングのほうに向かった。
適当にドアを開けるも、なかは無人。
資料室ものぞいたが、やはりいない。
「あら」
台所のほうから声がかかる。
ひょこりと出てきたのは、長い茶色い髪をした、メイドすがたの女だった。茜の使い魔のチャコである。
「これはこれは和泉さま。我が家の敷居を無断でまたぐほどの急用でもおありなのでしょうか?」
「う~……。そういうわけではないけどさあ」
和泉はシロのうしろに隠れた。なさけないことに、彼は茜は好きだったがチャコは苦手だった。
みっともない声を出す魔術師に、シロはこっそり頭痛をおぼえる。
ともあれ。チャコにいちおういっておく。
「んなトゲのある言い方しなくてもいいでしょチャコ。おたがい知らない仲じゃないんだからさあ」
「で。そっちのうさぎは私とご主人さまのふたりだけの時間を邪魔しにきたと」
「結果的にはそうなる。だあってー。今日はもう暇を出されて、ひまなんだもん」
「……。退屈してるってのは、まあ伝わったわ」
あきれた半眼になってチャコは息をついた。
メイドの彼女のうしろから、屋敷の主人が出てくる。
つぶらなグリーンの瞳。金髪を肩くらいの長さで切った、小さな少女。史貴 茜である。
白いティーシャツにプリーツスカートのシンプルな衣装の上には、いつもの賢者の赤法衣は着ていない。かわりに、作業用のまえかけをつけている。
「なにしてるのチャコ。お客さん?」
すぐに茜はシロと和泉をみとめた。
みため十才ほど――実年齢は十六才だが――の顔に、ぱっとした笑顔が浮かぶ。
「あ。シロだ。あと和泉も」
ひらひらとシロは手を振った。
「やっほお茜。あそびに来たよん。でもって今は、そこのいじわるな召し使いにいじめられてたとこ」
「無粋な客人にそれを指摘していただけですわ」
ふんっ。とチャコはそっぽをむいた。
「ふーん?」
と茜はどうでもよさそう。
「今回は追い返す必要はないよ。私も息抜きしてたとこだし」
「あのーお」
おいてけぼりになりそうになって、和泉がシロのうしろからこそこそと出てくる。
「あのさ……茜。オレ。てっきり今日がその……。お返しの日と思ってて」
「おかえし…?」
なんの。
と茜は首をかしげる。
通じてねえなと感じつつ、和泉はとにかくあやまった。ぼそぼそと。
「おかしかなんか……。おまえに渡そうって考えてたんだけど。その。もうホワイトデーって終わってたの知らなくて。……そのう」
聞き取りづらい声だった。
不思議そうに茜は和泉をながめる。
拾えた単語は、かなり限られたものだった。
「『おかし』? 和泉。おかしが食べたいの?」
「あっ。いや。そういうわけじゃ……」
ぽん。
と茜は手をたたいた。和泉の腕をつかまえて、キッチンに引っぱっていく。
「なあーんだ。ちょーどよかった。プリン作るとこだったんだよ。和泉にも手伝わせてあげるね。そしたら好きなだけ食べていいよ」
「あ、えーと。……うん!」
迷ったが。和泉はごちゃごちゃした感情はうっちゃっておくことにした。
ふたりにつづいて、シロとチャコも台所に入っていく。
それからいっしょにプリンを作って、四人で食べた。
おいしかった。
(【短編3:ホワイトデー】おわり)
読んでいただきありがとうございました。