3-1.遅刻やで。 ~買い物編~
〇登場キャラクター紹介です。
・『和泉』:本編の主人公。十七才の青少年。【学院】で教授としてはたらく魔術師。
・『永城 壮馬』:二〇才の青年。和泉が直接めんどうをみている生徒。ずっと留年していたが、今年ようやく高等部の三年生にあがれた。葵のことが好き。
・『史貴 茜』:十六才の少女。学院の【賢者】。
・『史貴 葵』:学院の女学長。二〇才。茜の姉。
「うーん」
洋菓子店『エンディミオン』の店内にうなり声がする。
こぢんまりとした店のショーケース。
そこにならぶ焼き菓子をまえに、和泉はむずかしい顔をしていた。
みじかい白髪の、十七才の青年である。
【学院】で教授をつとめる魔術師だが、今日は仕事が終わったために、職位をあらわす黒法衣はつけていない。紺のジャケット。くたびれたジーンズ。お気にいりのハイカットシューズといった私服すがただ。
義眼の両眼は光に弱いため、にあわないのを承知で黄色いレンズのサングラスをつけている。
「どないしたん。和泉せんせー」
「うおおっ!」
からん。
とドアのベルが鳴るのとほぼ同時に、うしろから声がした。
びくりと見やると、茶色く染髪した男のちゃらんぽらんな顔がある。
永城 壮馬。和泉の直接とった弟子である。
とっぴな魔術をよく考えだすのはいいところだが、学校の成績がいまひとつのため昇級ができないでいる。
今年で二十一才をむかえるはずだが、クラスは高等部の二年止まり。いや。三年にようやくあがれたんだったか。
どうにも暑がりな気性のようで、永城はまだすずしい季節だというのに半袖のシャツにペラッペラのロングパンツといった薄着である。
「なんだよ。永城か」
「なんやせんせーなまいきやな。あんたの顔がみえたから、ちょっと声かけてやったんやん」
「そりゃあどーも」
和泉はいったん商品とにらめっこするのをやめた。
フィナンシェの箱づめから視線をあげ、知らぬ間にしていた腕くみを解く。
「まあ。でもちょうどよかった。永城。おまえホワイトデーのお返しってしたことある?」
「あったりまえやろ。毎年や」
「そうか。ところで『みぞおち』ってどこにあるか知ってる?」
「ってせんせー。訊いたそばから人のおなか殴ってくんのやめえや……」
無表情で放たれた和泉の拳は永城の横隔膜のあたりに刺さる。
うっ。とうめいて永城はその場にうずくまった。
「お客さま。けんかはお外でやってください」
と店員の男がカウンターから注意する。
ふたりは外に出た。おとなしく。
〇
「ほんで。せんせー。なんで菓子屋におったん?」
夕日にくれなずむ【トリス】の町。山のふもとに位置する、中世時代の名残のつよい欧州風のいなか町である。
和泉はよその店をストリートからながめながら永城に答えた。
「ふっ。ホワイトデー。今日がそうなんだよ。で。オレは今年のバレンタインデーにチョコをもらった。史貴学長と茜からなあ!」
胸をぐぐっとそらして「うわはははははあ!」と和泉は高笑いする。もてる男はつらいのおおお!
とりあえず永城は和泉の首をしめた。しっかりと。両手で。
「ほー。茜ちゃんはいいとして葵ちゃんから『も』ってのは解せへんな。つーかどっちからも『義理』とちゃうん?」
「そう思うなら首の骨をへし折りにかかんなあああああ……!」
不自然な方角にてこの原理でまげにかかる永城に、和泉は必死でタップする。
年下の師匠をほっぽりだして、永城はズボンの尻ポケットからスケジュール帳をひっぱり出した。
「せやけどせんせー。ホワイトデーってさあ――」
「みなまで言うな永城。そう。オレは今までそんな日には縁がなかった。なぜならチョコをもらったことがなかったからだ。いちども」
「せやなくてね?」
「とにかく。困ってんのはお返しのことなんだよ。学長にしても茜にしても、なにあげたらよろこぶかなって」
ぱたん。
永城は手帳を閉じた。水を差すのはあとにする。
「べつに。ふつーにクッキーとかでええんちゃうの。オレは教室で女子からもろた時、めんどくさいからおっきい箱のん買ってきて、そこからてきとーに持ってってもろてんで」
「おまえ……。何気に女の子との交流多いよな」
「まあぜんぶ義理やったけどな。みんなオレが葵ちゃんのこと好きなん知ってるし」
はあああ~。
和泉と永城はいっしょに溜め息をつく。
ちいさな店からあまいにおいがするのを嗅ぎつつ、和泉はぼやいた。
「しっかし。こうも『店員のおすすめ』とかのポップがないと、まじで迷うな」
「しゃあないよなあー。バレンタインもホワイトデーも、【裏】には公式にはないからな。オレらみたいな【表】の出身が勝手に騒いでるだけで。ほんで言いにくいねんけど和泉せんせー」
「ん?」
ようやく和泉は永城のほうを見た。
ぱかっ。
スケジュール帳のカレンダーを弟子の手があける。
「そのホワイトデー。もう終わってんで。あれ『三月の十四日』や。きょうは『四月の十四日』」
「え?」
音をたてて和泉はかたまった。ゆびを折って「ひーふーみー」となにかを数える。なにを数えているのだろうか。
「まじか。ホワイトデーって『四月の十五日』じゃなかったのか!」
「うそやろおまえ一月まちがえんのはまだ分かるとしても何で一ヶ月と一日違いでおぼえてんねん」
「きりがいいから」
「そうか?」
「くそ……。こんなところで『モテないくんあるある』をさらけ出しちまうとは……」
「せんせーだけとちゃうんかなあ」
がっくり。
打ちひしがれたようすで瀝青の地面に手をつく和泉に、永城はうなじをぼりぼりと掻きながらぼやく。
ぐっ。と和泉は拳を握りしめた。
あさっての方角――夕日のほうにむかって、意志をかためる。
「こうしちゃいられない。オレ、ホワイトデーすっぽかしたこと、茜にあやまってくる」
「あっ。せんせー」
止めるのも聞かずに和泉は呪文を唱えた。
飛行の魔法を展開し、赤い空へ飛んでいく。
町のメインストリートに永城は立ちつくした。
行き交う人々の雑踏に、ぽつりとつぶやきを落とす。
「おかし……。おわび用に買うてったらええのに」
(後半につづく)