2-4.キツネとタヌキの化かし合い【結】
〇このものがたりは、『2―3.きつねとたぬきのばかしあい【転】』のつづきです。
・・・
〇登場キャラクターです。
・『リョーコ・A・ブロッケン』:【学院】で魔術を研究する若い女魔術師。色々とひみつが多い。『図書館の君』との血のつながりもそのひとつ。
・『ノワール』:リョーコの使い魔。育ての親でもある。
・『史貴 葵』:【学院】の女学院長。リョーコの元クラスメイトにしてルームメイト。『図書館の君』のことが好き。
・『シロ』:葵の使い魔。優秀な家政婦でもある。
〇
薬の効果が切れた。変身が解け、元の赤毛セミロングにミニスカ・ジャケットすがたにもどったリョーコは、ひろい床をのたうちまわる。
「どあーああああ! くそおおおおお!!」
立ちあがりざまごみ箱を蹴っ飛ばし、ベッドにダイブ。いきおいのまま無意味にまくらに噛みつき、羽毛をばらまく。ゆかいな行動。
つまらなさそうにベッドに腰かけたノワールが、ヒールのつまさきをぶらぶらさせた。
「してやられたわねー。葵ちゃんのほうが一枚うわてだったってことかしら」
「ふっざけんな! ここまでやって、あいつの手のひらの上なわけないでしょ!!」
「その自信はどっからくんのよ?」
穴のあいたまくらを投げつけてくる主人に、ノワールはしれっとつぶやいた。リョーコはひとりで怒り、ひとりで落ちこむを繰り返している。
「はあ……やっぱ故人になんて化けるもんじゃないわね。後味悪いったらありゃしない」
「私はあれ、うそ泣きだったと思うけどな。てゆーか、おわかれのチューくらいしてやったらいいじゃない。ホーエンハイムだったら、よろこんでお持ち帰りしたわね」
「あーっそ。私はあんなラリパッパとはちがうからね。あーばからしい。すっかり興が冷めちゃった」
うげろん。
とリョーコは舌を出してベッドからどいた。窓の外を見て、まだおやつには時間があるのを確かめる。
「それとなく贖っとこ。ノワール、おつかいに行ってきてくれる?」
「ああ『ファフニール』っていう洋菓子店にいけってことかしら。あそこのモンブランが葵ちゃんのお気にいりだった」
「話しがはやくてたすかるわ。おつりはあげるから。あ、シロさんの分もちゃんと買ってくるのよ。あとプレゼントの動機は、春の陽気のせいってことにしといて」
「はいはい」
部屋の整理棚からサイフを出して、リョーコは使い魔になげた。
受け取って、ノワールが部屋を出ていく。
ほんとは自分で買いにいったほうが誠実だが、わけあってリョーコは【学院】から出られない。
部屋からノワールがいなくなり、ひとりになる。
壁に手をついて、リョーコはことさらに猛省した。猿みたいに。
「うう~……まじであいつにゃ、悪いことしたなあ」
旧友の泣きっつらは、しばらく脳裏からはなれそうにない。
〇
がちゃ。
学院長室のドアをシロはあけた。図書館から帰ってきたのだ。
樫材のデスクには、金髪の魔女がいる。来客用のソファセットには、いるだろうと思っていた人物がいなかった。
「あれ? ご主人だけ? ブロッケンさん、もう帰っちゃったんですか?」
手のなかで目薬をころがしながら、「ええ」とシロの女主人――史貴 葵は言った。
座席の角度を変えて、午後の陽光に体をあたためている。
とことこ。
うさぎの耳をゆらして、書棚のほうにシロはむかった。なんとなくそこは、彼女の指定席になっていた。
「なーんだ、もうちょっとゆっくりしていくかと思ってたんですけど」
「私もだわ。てっきり変身が解けるまではがんばるかなって思ってたんだけど」
「それは?」
「めぐすり」
使い魔に問われて、葵は手のなかに持っていた点眼薬を日にかざした。町の眼科にいってもらったものだ。でもって今日のために常備していた。
せっかく四月ばかの日でもあるわけだし、たまにはウソ泣きで、リョーコに意味のない心配をかけてみたかったのだ。
というのも、葵が泣いて気にするような殊勝な魔術師は彼女をおいてほかにいないし。あとついでに、ときどき良いものをくれたりするし。
「でもまさか、『図書館の君』のすがたで仕掛けてくるなんてね。役得だわ」
「はあ……ブロッケンさん、ご主人につっかからなきゃいいのに。去年は自分でほった穴に自分で落ちてましたよね」
「私がつきとばしたのよ。彼女、やたらしつこくお花見にさそってくるし、『ここ座って!』なんて気をつかうんだもの。あやしいでしょ、どう考えても」
「そうですけど。おちたあとに靴ぶっつけて生き埋めにしたのはやりすぎだったと思います」
棚を整理しつつ、シロはあきれた。教材や生徒の名簿、適当な資料がならんだ書架は、まめに整頓しているつもりだが、ちょっと目をはなしたすきにわけのわからん配置にもどっている。
あるじは整理整頓が壊滅的にできない人種である。
と、デスクのティーカップがカラになっているのに気づく。
「あ、ご主人。お茶いれましょうか?」
「ありがと。でもいまはいいわ。もうすこししたらそこそこいい食べものがくるでしょうから、それまで待ちましょう」
「…………」
あっけにとられて、シロは虚空をながめた。
「なにか言いたげね?」
「いえ。べつに」
折りたたんでデスクに置いたハンカチに、葵は視線をやった。椅子の背もたれに体をあずけて嘆息する。
「大体ね、この私が『彼』との再会に感涙するほどやわな人間だと信じているところが、リョーコのあさはかなところなのよ。あのひとは、女が泣こうがわめこうが、なんとも思わないひとだった」
「よくそんなの好きになりましたね……」
「顔がいいもの。なかみは問わないわ。――そう考えると、やっぱりちょっと、もったいなかったわね」
「なにがです?」
「さあ?」
ひとしきり指先で点眼薬をもてあそんで、葵は引きだしになおした。
「とにかく、今日のことをダシに、しばらくリョーコのあほをコキ使ってやりましょ。変身薬の密造なんて違反を見逃してあげるんだもの。破格の待遇よね。で、あの子がわすれかけたころに、このハンカチは返してあげましょう」
(むごいことするなあ……)
のたうちまわる赤毛の魔女のすがたが、手にとるように想像できる。
にこにこ計画をたてる主人に、シロはとりあえず『ご主人、やめましょうよ』の念波を送った。効果はもちろんない。
自業自得ではあるのだが――。
今年のエイプリルフールの悶絶からリョーコが解放される日は……
きっと来ない。
《【短編2:エイプリルフール】おわり》
読んでいただき、ありがとうございました。