2-2.キツネとタヌキの化かし合い【承】
〇このものがたりは、『2―1.きつねとたぬきのばかしあい【起】』のつづきです。
〇登場キャラクター紹介の時に、すこし『ねたばれ』をしています。
・・・
〇登場キャラクターです。
・リョーコ・A・ブロッケン:【学院】で魔術を研究する若い女魔術師。『図書館の君』とは血縁関係にあるが、それを知るものはほとんどいない。学院長の史貴 葵とは旧知の仲。よくひどいめにあう。今回もあう。
・ノワール:リョーコの使い魔。育ての親でもある。
時間はすこしまえにさかのぼる。
〇
「ねーリョーコ。あんたなにやってんの?」
自室の鏡にむかう少女に女は訊いた。
女――黒いロングヘアに金の瞳、見た目二十代後半ほどの、背の高い淑女だ。お気に入りのロングドレスも『黒』でととのえた彼女は、魔女リョーコ・A・ブロッケンが使い魔――黒猫のノワールである。
魔術研究者や教授らのすまう集合住宅、【宿舎】の一室にて。
寝室と研究室と居間をかねた万能スペース(住人のずぼらのためにそうなっただけだが)で、彼女――リョーコは、じっとすがたみのまえに立っていた。薬のびんを片手にして。
「気合い入れてんのよ。ノワール、あんた今日がなんの日か、知らないわけじゃないでしょう?」
「ええ。四月一日。エイプリルフール。『ちょっとしたジョークでひとを笑かそうぜ』って日」
「嫌味なやつ……」
婉曲に牽制をいれる使い魔にリョーコはうなった。両耳に銀のピアスをつけた、赤いセミロングに赤い眼の女魔術師。黒いジャケットとミニスカートといった、どこにでもいそうな少女の風情だが、こうみえて【学院】付属の研究所につとめる若き英才である。としは十九才。
彼女の手にある『薬』の正体に、ノワールはなんとなく察しがついていた。
「そいつを使うってことは、誰かに化けて、だれかを化かすの?」
「ええ」
鏡のなかでリョーコが振りかえる。木製のベッドに腰かけた妙齢の女にむかって。
「あのすかした学院長先生が、いつまでもうつつぬかしてる『図書館の君』にばけてやんのよ。今年こそ赤っ恥じかかしてやるんだから」
「あら、残酷なうそ。故人に変身なんて、悪しゅみね」
背中をスタンドミラーに映したまま、リョーコはうなだれた。
「そうは思ったんだけどさ。私が今までどんだけだまされて泣きをみてきたかを考えると……べつにいっかなって」
「なんだっけ。慥か『一日でみかん百個たべたら魔力がべらぼうにあがる』とか、『牛乳八ガロンいっきのみできたら身長が百七十センチになる』とか」
「うん」
「私はあんたがそれ本気にして腹を壊すたんびに、こんな馬鹿な子に育てたおぼえはないんだけどな……って悲しい気持ちになったわよ」
ふぅ、とノワールが嘆息する。リョーコもまた切ない気持ちになった。
で、怒りがぶり返す。むかむかし出した顔をミラー越しにながめて、拳を硬くした。
「とにかく、やつに比べりゃ私のつくウソなんてかわいいもんよ。つーか、いい夢みせてやるんだから、感謝してもらいたいわね」
「ふーん? 葵ちゃん。かわいそ」
「私はかわいそうじゃないっての!!?」
「うん。でも止めたりはしないわよ。おもしろそうだから、見守っててあげる」
「どっちが悪しゅみだか」
にこにこするノワールを尻目に、リョーコは水薬をあおった。
どろん。
けむりがあふれて、頭のてっぺんから足のさき、衣装までが『図書館の君』――本名を『ホーエンハイム』という美青年のそれに変わる。
「やーっぱ、あんたとあいつってよく似てるわね。目もとなんてそっくり」
けむりのなかから出てきた二十代ほどの美男子に、ノワールは布団に座ったまま感嘆した。
「ま、いちおう血縁関係にはあるからね」
急激に低くなった声を、意識に慣らしながら応える。
いくらか『図書館の君』の他者に対する言動をおさらいして、「よし!」とリョーコは及第点をあたえた。自分に。
「じゃあ行ってくるね。ノワール」
「はいはい。私、かげからこっそり見てるから」
手を振って「ちゃお―」とリョーコは転移の魔法を展開した。行く先は図書館塔の準備室。
どろんとノワールも猫のすがたをとった。開けはなしてある窓をくぐって、外に出る。
(【転】につづきます)