15.豆まき
○キャラクター紹介です。
・『史貴 茜』:16才の魔女。魔術(の学校・【学院】の研究者。魔術師最強の称号でもある、【賢者】の位を持つ。
・『メイ・ウォーリック』:17才の魔女。【学院】の生徒。貴族の出身。
・『史貴 葵』:20才の魔女。茜の実の姉。【学院】の学院長。
――青い瞳が、森の一点を見つめている――。
だだだだだ!!!
「鬼はーそとー」
ぱらぱらぱら……。
「福はうち」
ひょい、ぱく。
「鬼はーそとー」
だだだだだだ!!!
「福はうち」
ひょいぱく。
……。
少女は森のなかにいた。
史貴 茜。十六才の女魔術師である。
年の終わりごろににショートにした金髪は、もうすぐ肩に届くかという長さ。
大きな緑の双眸は、ひとなつっこそうだが、反面感情を具に映す。
喜びはもちろん――怒りも、また。
山の中腹にある、魔術の学校――ここ【学院】において、彼女は最強と認められた腕利きだった。
一月に受けた『再試験』もパスして、【賢者】に返り咲いた身には、私服のうえに、その証明たる赤法衣をまとっている。
そして今は、【学院】敷地内にある【森林庭園】に、彼女はいた。
一本の樹に、木製の装置を向けて、せっせと粒状の弾を乱射しては、地面にばらばらと落ちたそれを、ひょいと拾って、ぱくっと食べている。
「……あの、」
通りすがりの魔女が、茜に声をかける。メイ・ウォーリックだ。
長い黒髪に黒目の、貴族の第三息女。ブラウスにニットセーター、プリーツのミニスカートにロングブーツは、いかにも女子学生といういでたち――『いかにも』もなにも、実際に彼女は【学院】の生徒である――高等部二年生で、茜が知る限りなかなか腕のたつ魔術師である。
彼女――メイは言った。
ぶっきらぼうに、〈マスケット銃〉を片手にさげたまま。
「ジャマですわ。賢者さま」
「その呼び方やめてくれるまでどかない」
「では、本日はご歓談に興じるとしましょう」
嘆息して、メイは自分の銃を消した。
マテリアリゼーションを解除した武器が、【魔力】の粒子となって、夕焼けに溶けていく。
茜の構えている『装置』を、メイは指さした。
「それは?」
「豆ガトリングだよ。割り箸で作ったんだ」
「そうですか。ですがわたくしが聞きたいのは名前ではなく、なぜ豆を乱射していたのかということです」
「なんだ、メイ知らないの?」
「また姉君さまと何かあったのですか?」
木に五寸釘で打ちこまれた写真をメイは見た。
写っているのは茜の実の姉にして、学院長である史貴 葵の顔だ。
長い金髪に、海のような青い瞳の美女。
まだ二十歳と若いことも手伝って、年ごろの男ならみんなハッとしそうなものだが、【学院】において彼女の人気は高くない。男女)問わず。
葵の顔を収めた写真には、豆――炒った大豆がいくつか刺さっていた。
茜のいう豆ガトリングが射出したものだろう。遠目からちょっとだけ見てた。
「ちがうよメイ。今日は『節分』なんだよ」
「せつぶん? 日本の行事ですか?」
「そう。二月の三日にやるんだって。十四日も何かあるみたいなことお姉ちゃん言ってたから、節分って、今日と二回あるんじゃないかな」
(あら? 二月の十四日は確か『聖バレンタインデー』だったような)
「それでね、節分は豆で鬼をおっぱらって、災難を遠ざけるんだって。で、豆を食べて、福を内に招こうって寸法。年の数だけ食べるんだよ。メイにもあげるね」
しゃがんで茜は凍るような冷たい地面から、ひょいひょい豆を拾った。
メイは数えで十八才。
だから――十八個!
「はい、メイ。あげる」
「落ちているものを食べるのはちょっと」
「身体にいいのに?」
「何が通ったかもわからない地面に接触したものなんて、どんな健康食でも気味が悪いですわ」
「んじゃあせめてメイの厄を払ってあげるよ」
ぱくぱく。片手に溜めた豆(十八個)を食べながら、茜。
「それはどうも――」
だだだだだ!
茜はメイに向かって豆ガトリングを撃った。
輪護謨と割り箸で作ったカラクリが、メイの顔面に豆をくらわせる。
「賢者さま」
「何?」
だだだだだだ!!!!!!
「鉄砲は、敵以外に向けるものではありませんわ」
「じゃあメイ今から敵ね」
「いま少しだけゾッとしましたわ」
飛んでくる豆を手でいなして、メイはとりあえずその場からどいた。
追撃はない。弾丸切れだろう。
【賢者】は手製のシリンダ(割り箸製)に、新しい豆を升からザラーと入れている。
どういう仕組みになっているのかは知らない。
「ねー、メイは今からここで何かするの?」
「射撃の訓練でもと思っていたのですが、もういいです。なんだかどっと疲れましたわ」
「んじゃあうち来る? 今日は恵方巻っていうのを食べるんだよ。あとイワシのつみれ汁。チャコが作って待ってるんだ~」
「御相伴にあずかるのは吝かではありませんが……」
「じゃあ行こ」
「賢者さま、」
「私もーおなかぺこぺこだよー」
「わたくしは遠慮させていただきますわ」
「なんで?」
ちょいちょい。
無言でメイは森の一画を指さした。
茜が振りむき、目を凝らす。
――木のひとつから、ドレスを着た金髪碧眼の女がのぞいていた――。
能面みたいな表情に、取ってつけたみたいにくちもとだけを笑みの形にして。
「では賢者さま、わたくしはこれで」
「待って!!」
ささーっとメイは転移の魔術を展開した。茜のそばから避難する。
惜しくもタッチの差で茜の手は宙をつかんだ。メイのテレポートにくっついて、いっしょに逃げようとしたのに。
姉――葵が、木の陰から出てくる。
「茜、」
一歩一歩、彼女は近づいてくる。
「なぜ私の写真を的にして豆を撃ちまくっていたのか、説明してごらんなさい」
「うっ…………」
迫りくる姉に、茜は豆ガトリングを構えた。
割り箸の銃口で、キッカリ相手の顔をねらって。
「うおおおおおおお鬼は外おおおおおおおお!!!!」
ぴしぴしぴしぴしい!!!!
数多の大豆が、貧相な音をたてて葵の白い面をたたく。
葵の歩みは止まらず、
「人に向かって撃つのはやめなさい。あと、」
ぷすん。
豆が尽きた。
葵の平手打ちが、茜のほっぺた目掛けて飛ぶ。
「落ちてるものは食べるなって、いつも言ってるでしょう!!」
――っぱああああああああん!!
乾いた音が鳴る。
賢者のわめきが、夕暮れの【学院】に谺した。
「お姉ちゃんの、鬼いいいー!!!」
(【短編15:節分】おわり)
・以上で、『鉄と真鍮でできた指環【季節編】』は終わりです。
読んでいただいて、ありがとうございました。
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