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鉄と真鍮でできた指環 ~季節編~  作者: とり
 短編14 お正月
35/36

14-2.おせち ~あいさつ編~





 ・このものがたりは、『14-1.おせち』のつづきです。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 〇登場(とうじょう)キャラクターです。


 ・『メイ・ウォーリック』:17才の魔女(まじょ)。【学院】の高等部の、年生ねんせい。貴族のおじょうさま。

 ・『リョーコ・エー・ブロッケン』:19才の女魔術師。【学院】の研究所(けんきゅうじょ)につとめている。

 ・『永城ながしろ 壮馬そうま』:20才の青年(せいねん)。【学院】の高等部の二年(にねん)生。

 ・『ノワール』:リョーコの使(つか)()





 大陸北部(ほくぶ)山岳(さんがく)地帯に築かれた、魔術(まじゅつ)の学校【学院(がくいん)】。(ふゆ)のために銀世界となった、ひろい敷地の一画(いっかく)にある、魔術研究者まじゅつけんきゅうしゃ()むアパートメントに、ふたりの生徒が来ていた。

 ひとりはなが黒髪(くろかみ)に、(むらさき)がかったひとみ少女しょうじょ。高等部()(ねん)生のメイ・ウォーリックである。彼女かのじょ新年(しんねん)のあいさつのため、(いち)月三日(みっか)のこの日に知人の魔女(まじょ)、リョーコ・(エー)・ブロッケンの部屋をたずねていた。

 その(おり)、リョーコの部屋のドアがひらき、ひとりの男子生徒がはいってきたのだ。

 長身ちょうしんに黒の半袖(はんそで)あおのジーンズ、やすっぽいスニーカー。片手には縁起(えんぎ)のよさそうな飾りのついた一升瓶(いっしょうびん)を持っていて、かおあかく、まだあさ十時じゅうじだというのにすっかり出来あがっていた。

 二十才はたち年長(ねんちょう)だが、彼は【学院】の高等部二年(にねん)所属(しょぞく)しつづけている落第生だった。


 名前なまえ永城(ながしろ) 壮馬(そうま)魔術(まじゅつ)のない世界・【(おもて)】から、魔術の世界であるここ【(うら)】へと強制(きょうせい)転送された、【転移者(てんいしゃ)】のひとりである。

(げっ)

 ぷん。と酒のにおいがはなをつく。

 メイは露骨にかおをしかめた。彼女かのじょ自身、酒はたしなむていどにやるほうだったが、()っぱらいはきらいだった。

「酒くさっ」

 ちいさい鼻をつまんで、リョーコもまたおとこ――永城からあとずさる。彼とは小さいころに席をならべたことがあるあいだがらだが、逆に言えばそれだけのなかである。

永城(ながしろ)くん、あんたどこでどんだけんで来たのよ」

和泉(いずみ)先生んとこで、たくさん」

 『和泉』とは、個別で永城を指南(しなん)している若手の教授(きょうじゅ)である。ちょっとした経緯(けいい)から、リョーコも彼のことはよく知っていた。

 なにも()いていないテーブルをみつけると、永城はそこにどんと瓶をいた。席に(すわ)って、もう片方かたほうの手にさげていたつつみから、ふたつのグラスを乱暴(らんぼう)にならべる。

 彼は赤毛(あかげ)魔女(まじょ)のほう――リョーコをた。


「リョーコちゃんいっしょにもうやあー。オレ先生にい出されてん。あんまりオレがのめのめしつっこいから、『これ以上いじょう二十才(はたち)未満(みまん)に酒のませようとするならおまえ破門(はもん)な!』って言われてもうて」

 永城ながしろはグラスに()ぎながら()きまねした。あいている席の背もたれにもたれかかり、リョーコはなみなみとそそがれる透明(とうめい)の液をみつめた。

「あいにくだけど、私もパスだわ。十九才だもん。あといま二日(ふつか)()いで気分わるいし」

自分じぶんいまものっそい矛盾(むじゅん)したこと言わんかった?」

 考えようとして永城(ながしろ)はやめた。ほかにつきあってくれそうなあいてをさがして、はた、と止まる。(ちゃ)色い()をすがめて、いにかすむ視界をはっきりさせた。

 黒髪(くろかみ)の、(ととの)った顔立かおだちの魔女まじょがいる。

「あ、おまえ。おまえ知ってんで。よそのクラスの『メイ』とかゆーやつやろ」


 永城ながしろはあいてを(ゆび)さした。不躾(ぶしつけ)にも人さし指をむけられた挙句(あげく)()っぱらいに『おまえ』よばわりされて、メイはおだやかではない。

 (ほお)をぴくりとひきつらせて、彼女かのじょ椅子いす(すわ)る永城を()おろした。不穏(ふおん)気配(けはい)を察してか、酒くささに耐えきれなくてか、黒猫(くろねこ)のノワールが、とことこおくの部屋へと逃げていく。

「おまえに『御前(おまえ)』と言われる(すじ)あ、」

一部(いちぶ)でおまえめっちゃ有名(ゆうめい)やぞ。重度(じゅうど)のマザコンなんやて?」

 ――ぴしゃあ!

 永城(ながしろ)言葉ことばに、メイの頭上(ずじょう)一筋(ひとすじ)稲妻(いなずま)ちた。

 最も言われたくないせりふ――だったのだろう。かたまった彼女の手前(てまえ)で、リョーコもまた吹き出しそうになったのをこらえて息をつめる。

「ふっ」

 かろうじて平静を取りもどし、はなから嘲笑(ちょうしょう)とも憤怒(ふんぬ)ともつかない息をはいて、メイはなが黒髪(くろかみ)を手ではらった。

「とんだ言いがかりですわね」

 ちびちびのみはじめた永城に言いかえす。


知性ちせいに富み、品位と気位(きぐらい)高く、美貌(びぼう)にあふれたわが(はは)を、このうえなく(たっと)ぶのは()(ことわり)。それのどこがマザー・コンプレックスだとおっしゃるので?」

「そーゆーとこなんじゃないの?」

 悠々(ゆうゆう)とふんぞりかえるメイにリョーコが言って、永城ながしろはグラスを出したつつみを本格(ほんかく)的に解きにかかった。固結(かたむす)びにしてしまったらしい。

 こずっている。

「ま、ええわ。おまえも()ーてけや。どーせ酒ものまれへんねやろうし」

「あなたがませられないだけで、わたくし自身は、飲めますわ」

 自然体しぜんたいであおる永城にメイは言いかえした。永城(ながしろ)のことは、メイも問題児であることと、出身(しゅっしん)国、そして名前なまえくらいは知っている。というより、メイ・ウォーリックが知らない【学院】の魔術師(まじゅつし)はいない。彼女かのじょはそうした個人情報(じょうほう)のやりとりを、(おも)な『事業(じぎょう)』としているのだ。

 ――だが。(かお)()わせたのは、おたがいにこれがはじめてである。

 袱紗(ふくさ)のつつみに苦戦するかたわら、ちびちび大吟醸(だいぎんじょう)をなめる永城に、リョーコが注意(ちゅうい)した。


「あんまりここではみすぎないでよ。年明(としあ)け早々エロい展開とかいやよ私」

「するわけないやろ。なんで自分らみたいなはねっかえりあいてせなあかんねん。おれにかて選ぶ権利くらいあるわい」

「それよりあなたはなにを持ってきてくれたんですの?」

 もたもたする永城ながしろにたまりかねて、メイがリョーコのうしろから彼の手もとをのぞきこむ。永城はひとこと、

「おせちや」

「手伝ってさしあげなさい、ブロッケンさま」

「あんたねー」

 あきれた半眼(はんがん)をリョーコはメイにやって、念動力(ねんどうりき)魔術(まじゅつ)を作動させた。リョーコの(ゆび)さした(むす)()が、生物(いきもの)のように、ひとりでにほどける。

 ちいさな三段のお(じゅう)が、三人のまえにすがたをあらわした。

 かぱり。

 永城(ながしろ)(ふた)をあける。

 四角形の重箱(じゅうばこ)一段(いちだん)()には、()き海老や、栗金団(くりきんとん)伊達巻(だてまき黒豆(くろまめ)などが詰まっていた。


 ごくり。とメイがのどをらす。

「おー。きれいねー」

 椅子いすにリョーコがもたれたまま、永城ながしろに訊く。

「私が食べてきたのに似てる。これ永城くんが作ったの?」

「ううん。ここ来るまえに(あおい)ちゃんとこ行ったんやけど、新年(しんねん)早々おまえのかおなんか()たない言われて……『これあげるからどっか行け』って持たされてん」

「……あの、」

 これは声をひそめて、メイがリョーコに(みみ)打ちした。永城を気づかっての配慮(はいりょ)である。

「ブロッケンさま。わたくしふつうに考えて、あそこまで言われるということは、史貴(しき)学院長(がくいんちょう)はあの永城とかいうおとこのことを本気ほんきで嫌っているというかノーサンキューというか……」

「いいのよ。本人(ほんにん)はそれでも(あおい)のことが()きなんだから」

 いいかげんに返して、リョーコは人数(にんずう)(ぶん)食器(しょっき)椅子いすを取りに台所に行った。円卓にはふたつしか座席がない。

 永城とふたりのこされて、メイはひまを持てあます。自然と彼女かのじょ(むらさき)がかった黒い(ひとみ)は、お(じゅう)にむいた。


「そんなに食いたいんか。ほな、ひとり分しかないやつは全部やるわ。オレ毎年(まいとし)()うてるし」

「それは……どうも」

 まもなくもどってきたリョーコが出したダイニングチェアに(すわ)って、メイは遠慮(えんりょ)なく(いち)段目だんめのラインナップをもらうことにした。

 栗金団くりきんとん伊達(だて)(まき)昆布(こんぶ)()き……。

煮物(にもの)とかは結構あったから、三人で()けわけしよーや」

「そういえばブロッケンさま。雑煮(ぞうに)――とかいうのを作ってくれる予定(よてい)だったのでは?」

「そーなん? ほなオレにも作ってや。おもち二個(にこ)いれて」

「私あんたらのおかあさんじゃないんだけど」

「ええやんべつに」

 あれこれ言いながら(はし)を取って、永城(ながしろ)縁起物(えんぎもの)についてうろおぼえの知識を披歴(ひれき)して……。

「と。わすれるところでしたわ」

 彼の講釈(こうしゃく)を聞きながら、(半分(はんぶん)以上いじょう聞きながしたが)メイはふと、この部屋へ来た目的を(おも)い出した。


「せやせや」

 と永城ながしろも、自分の用事(ようじ)おもい出す。雑煮ぞうにを作りに行こうとしていたリョーコを、メイは()び止めた。

 リョーコが振りかえる。

「ブロッケンさま。今年もよろしく、おねがいします」

 食器(しょっき)()いて、永城もきなおり、姿勢をあらためて、リョーコにおじぎした。すこしかしこまったように。

「今年もよろしゅうたのんます、リョーコちゃん。ほんでついでにおまえもな」

 自分にも(あたま)をさげられて、メイは(かお)をしかめた。食事(しょくじ)にもどりながら返事する。

「絶対いやですわ」

「なんっでやねん!」

 適当に騒いでいるメイと永城(ながしろ)に、リョーコはまとめてあいさつをした。

「よろしくねー。ふたりとも」

 そして台所に移動する。洋間(ようま)では、()いのいきおいか天然(てんねん)か。わからない()()で永城がメイにからみつづける。


「まー、せやけど、おたがい進級(しんきゅう)できたらええな。てか三年なってクラスいっしょやったらええよな。宿題(しゅくだい)うつさせてえや」

「この海老(えび)の皮むいてくれたら考えます」

かわごと食うたらええやん。……貸してみ」

 永城(ながしろ)が受けあって、()き海老をばりばり、あたまから()いでいく。器用(きよう)に海老を()だけにしていくのっぽの青年せいねん(はす)()おろしながら――。

 どうかこの(おとこ)とだけはおなじクラスになりませんように。

 と、メイは真剣に(いの)った。




      (【短編たんぺん14:お正月しょうがつ】おわり)





 ・まことに勝手ながら、今年の新年しんねんのご挨拶あいさつは、ひかえさせていただきます。



  ()んでいただいて、ありがとうございました。



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