14-2.おせち ~あいさつ編~
・このものがたりは、『14-1.おせち』のつづきです。
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〇登場キャラクターです。
・『メイ・ウォーリック』:17才の魔女。【学院】の高等部の、二年生。貴族のおじょうさま。
・『リョーコ・A・ブロッケン』:19才の女魔術師。【学院】の研究所につとめている。
・『永城 壮馬』:20才の青年。【学院】の高等部の二年生。
・『ノワール』:リョーコの使い魔。
大陸北部の山岳地帯に築かれた、魔術の学校【学院】。冬のために銀世界となった、ひろい敷地の一画にある、魔術研究者の住むアパートメントに、ふたりの生徒が来ていた。
ひとりは長い黒髪に、紫がかった瞳の少女。高等部二年生のメイ・ウォーリックである。彼女は新年のあいさつのため、一月三日のこの日に知人の魔女、リョーコ・A・ブロッケンの部屋をたずねていた。
その折、リョーコの部屋のドアがひらき、ひとりの男子生徒が入ってきたのだ。
長身に黒の半袖、青のジーンズ、やすっぽいスニーカー。片手には縁起のよさそうな飾りのついた一升瓶を持っていて、顔は赤く、まだ朝の十時だというのにすっかり出来あがっていた。
二十才の年長だが、彼は【学院】の高等部二年に所属しつづけている落第生だった。
名前は永城 壮馬。魔術のない世界・【表】から、魔術の世界であるここ【裏】へと強制転送された、【転移者】のひとりである。
(げっ)
ぷん。と酒のにおいが鼻をつく。
メイは露骨に顔をしかめた。彼女自身、酒はたしなむていどにやるほうだったが、酔っぱらいはきらいだった。
「酒くさっ」
ちいさい鼻をつまんで、リョーコもまた男――永城からあとずさる。彼とは小さいころに席をならべたことがあるあいだがらだが、逆に言えばそれだけの仲である。
「永城くん、あんたどこでどんだけ飲んで来たのよ」
「和泉先生んとこで、たくさん」
『和泉』とは、個別で永城を指南している若手の教授である。ちょっとした経緯から、リョーコも彼のことはよく知っていた。
なにも置いていないテーブルをみつけると、永城はそこにどんと瓶を置いた。席に座って、もう片方の手にさげていたつつみから、ふたつのグラスを乱暴にならべる。
彼は赤毛の魔女のほう――リョーコを見た。
「リョーコちゃんいっしょに飲もうやあー。オレ先生に追い出されてん。あんまりオレがのめのめしつっこいから、『これ以上二十才未満に酒のませようとするならおまえ破門な!』って言われてもうて」
永城はグラスに注ぎながら泣きまねした。あいている席の背もたれにもたれかかり、リョーコはなみなみとそそがれる透明の液をみつめた。
「あいにくだけど、私もパスだわ。十九才だもん。あといま二日酔いで気分わるいし」
「自分いまものっそい矛盾したこと言わんかった?」
考えようとして永城はやめた。ほかにつきあってくれそうなあいてをさがして、はた、と止まる。茶色い目をすがめて、酔いにかすむ視界をはっきりさせた。
黒髪の、整った顔立ちの魔女がいる。
「あ、おまえ。おまえ知ってんで。よそのクラスの『メイ』とかゆーやつやろ」
永城はあいてを指さした。不躾にも人さし指をむけられた挙句、酔っぱらいに『おまえ』よばわりされて、メイはおだやかではない。
頬をぴくりとひきつらせて、彼女は椅子に座る永城を見おろした。不穏な気配を察してか、酒くささに耐えきれなくてか、黒猫のノワールが、とことこ奥の部屋へと逃げていく。
「おまえに『御前』と言われる筋あ、」
「一部でおまえめっちゃ有名やぞ。重度のマザコンなんやて?」
――ぴしゃあ!
永城の言葉に、メイの頭上に一筋の稲妻が落ちた。
最も言われたくないせりふ――だったのだろう。かたまった彼女の手前で、リョーコもまた吹き出しそうになったのをこらえて息をつめる。
「ふっ」
かろうじて平静を取りもどし、鼻から嘲笑とも憤怒ともつかない息をはいて、メイは長い黒髪を手ではらった。
「とんだ言いがかりですわね」
ちびちびのみはじめた永城に言いかえす。
「知性に富み、品位と気位高く、美貌にあふれたわが母を、このうえなく尊ぶのは世の理。それのどこがマザー・コンプレックスだとおっしゃるので?」
「そーゆーとこなんじゃないの?」
悠々とふんぞりかえるメイにリョーコが言って、永城はグラスを出したつつみを本格的に解きにかかった。固結びにしてしまったらしい。
手こずっている。
「ま、ええわ。おまえも食ーてけや。どーせ酒ものまれへんねやろうし」
「あなたが飲ませられないだけで、わたくし自身は、飲めますわ」
自然体であおる永城にメイは言いかえした。永城のことは、メイも問題児であることと、出身国、そして名前くらいは知っている。というより、メイ・ウォーリックが知らない【学院】の魔術師はいない。彼女はそうした個人情報のやりとりを、主な『事業』としているのだ。
――だが。顔を合わせたのは、おたがいにこれがはじめてである。
袱紗のつつみに苦戦するかたわら、ちびちび大吟醸をなめる永城に、リョーコが注意した。
「あんまりここでは飲みすぎないでよ。年明け早々エロい展開とかいやよ私」
「するわけないやろ。なんで自分らみたいなはねっかえりあいてせなあかんねん。おれにかて選ぶ権利くらいあるわい」
「それよりあなたはなにを持ってきてくれたんですの?」
もたもたする永城にたまりかねて、メイがリョーコのうしろから彼の手もとをのぞきこむ。永城はひとこと、
「おせちや」
「手伝ってさしあげなさい、ブロッケンさま」
「あんたねー」
あきれた半眼をリョーコはメイにやって、念動力の魔術を作動させた。リョーコの指さした結び目が、生物のように、ひとりでにほどける。
ちいさな三段のお重が、三人のまえにすがたをあらわした。
かぱり。
永城が蓋をあける。
四角形の重箱の一段目には、焼き海老や、栗金団、伊達巻や黒豆などが詰まっていた。
ごくり。とメイがのどを鳴らす。
「おー。きれいねー」
椅子にリョーコがもたれたまま、永城に訊く。
「私が食べてきたのに似てる。これ永城くんが作ったの?」
「ううん。ここ来るまえに葵ちゃんとこ行ったんやけど、新年早々おまえの顔なんか見たない言われて……『これあげるからどっか行け』って持たされてん」
「……あの、」
これは声をひそめて、メイがリョーコに耳打ちした。永城を気づかっての配慮である。
「ブロッケンさま。わたくしふつうに考えて、あそこまで言われるということは、史貴学院長はあの永城とかいう男のことを本気で嫌っているというかノーサンキューというか……」
「いいのよ。本人はそれでも葵のことが好きなんだから」
いいかげんに返して、リョーコは人数分の食器と椅子を取りに台所に行った。円卓にはふたつしか座席がない。
永城とふたりのこされて、メイはひまを持てあます。自然と彼女の紫がかった黒い瞳は、お重にむいた。
「そんなに食いたいんか。ほな、ひとり分しかないやつは全部やるわ。オレ毎年食うてるし」
「それは……どうも」
まもなくもどってきたリョーコが出したダイニングチェアに座って、メイは遠慮なく一段目のラインナップをもらうことにした。
栗金団、伊達巻、昆布巻き……。
「煮物とかは結構あったから、三人で分けわけしよーや」
「そういえばブロッケンさま。雑煮――とかいうのを作ってくれる予定だったのでは?」
「そーなん? ほなオレにも作ってや。おもち二個いれて」
「私あんたらのお母さんじゃないんだけど」
「ええやんべつに」
あれこれ言いながら箸を取って、永城が縁起物についてうろおぼえの知識を披歴して……。
「と。わすれるところでしたわ」
彼の講釈を聞きながら、(半分以上聞きながしたが)メイはふと、この部屋へ来た目的を思い出した。
「せやせや」
と永城も、自分の用事を思い出す。雑煮を作りに行こうとしていたリョーコを、メイは呼び止めた。
リョーコが振りかえる。
「ブロッケンさま。今年もよろしく、おねがいします」
食器を置いて、永城も向きなおり、姿勢をあらためて、リョーコにおじぎした。すこしかしこまったように。
「今年もよろしゅうたのんます、リョーコちゃん。ほんでついでにおまえもな」
自分にも頭をさげられて、メイは顔をしかめた。食事にもどりながら返事する。
「絶対いやですわ」
「なんっでやねん!」
適当に騒いでいるメイと永城に、リョーコはまとめてあいさつをした。
「よろしくねー。ふたりとも」
そして台所に移動する。洋間では、酔いのいきおいか天然か。わからないのりで永城がメイにからみつづける。
「まー、せやけど、おたがい進級できたらええな。てか三年なってクラスいっしょやったらええよな。宿題うつさせてえや」
「この海老の皮むいてくれたら考えます」
「皮ごと食うたらええやん。……貸してみ」
永城が受けあって、焼き海老をばりばり、頭から剥いでいく。器用に海老を身だけにしていくのっぽの青年を斜に見おろしながら――。
どうかこの男とだけは同じクラスになりませんように。
と、メイは真剣に祈った。
(【短編14:お正月】おわり)
・まことに勝手ながら、今年の新年のご挨拶は、控えさせていただきます。
読んでいただいて、ありがとうございました。
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