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鉄と真鍮でできた指環 ~季節編~  作者: とり
 短編14 お正月
34/36

14-1.おせち





    〇登場とうじょうキャラクターです。

    ・『メイ・ウォーリック』:17才の魔女まじょ。【学院がくいん】の高等部の年生ねんせい。貴族のおじょうさま。

    ・『リョーコ・Aエー・ブロッケン』:19才の女魔術師おんなまじゅつし。【学院】の研究所けんきゅうじょにつとめている。

    ・『ノワール』:リョーコの使つか





 年の()に降っていた雪荒ゆきあらしはんだ。

 魔術師まじゅつし(まな)()として使っている城は、ゴチック調ちょうの塔の幾本いくほんかを焼失しょうしつさせているものの、年のはじめにこれをすすんでなおそうとする聖人は【学院(がくいん)】にはいない。

 しんしんと、ゆるやかに降りつもるゆきのなか、少女しょうじょあるいていた。魔術研究者まじゅつけんきゅうしゃである知人に、いちおうのあいさつをするためである。

 あつく、白く、さむ色合いろあいによどむ午前の空の下、一面(いちめん)の雪に足跡あしあとをつけるのは内心ないしんゆかいだ。

 とはいえ表情ひょうじょうは生来の仏頂面ぶっちょうづらで――やろうとおもえば愛想あいそよく笑うこともできるが、得るものがうすいのであまりやらない――少女、メイ・ウォーリックは、知人の部屋――【宿舎しゅくしゃ】へのみちをすすんでいた。


 メイは【学生寮がくせいりょう】に下宿げしゅくしている魔女まじょだった。魔術まじゅつの学校・【学院】の、高等部()年生ねんせい。黒いかみながく、あまった横毛よこげみみもとで二房ふたふさ()みにして緋色ひいろのリボンでっていた。

 とし十七じゅうななだが、淑女(しゅくじょ)とみてもさしつかえない上背にボディライン。それらのうえに、桃色のチュニックとロングスカート、外套がいとうにマフラーは、いささかラフにすぎる格好だが、いにいくのは目上めうえであっても気心の知れた相手あいてである。

 宿舎しゅくしゃ中央ちゅうおう――エントランスのドアをくぐる。

 生徒が【学院】の休暇中きゅうかちゅう研究者けんきゅうしゃ教員きょういんをたずねるのは関心されないが、(単位取得(しゅとく)のための「裏工作」防止ぼうしのためだ)日ごろどんなに品行方正(ほうせい)であっても、だめな時はだめなのだろうし、その逆もまたしかりなのだろう。と得意の理屈をこねて、自分への免罪符めんざいふとする。

 ――女子棟の階段をあがる。

 いくつかのフロアをこえて、廊下にでて、めあての部屋へ歩いた。彼女の自宅には、もう何度も(おとな)っていて、足取あしどりはかるいものだ。あいてがいるかどうかはわからないが。


 メイは扉をノックした。廊下にぽとぽと、ブーツからとけた雪が、水たまりをつくる。

「ブロッケンさま。おはようございます」

 返事を待っているあいだに、マフラーをほどいてたたんだ。

 おそい。

 もう(いち)度、ノックする。――返事はない。ノブをすと、かんたんにひらいた。

 不用心ぶようじんな。と思いかけるも、施錠(せじょう)魔法まほうによってとかれるのは、この魔女まじょの家ではしょっちゅうなので、「かけてても用心したことにはならないか」と、思いなおす。

「ブロッケンさま?」

 あけたすきまから、メイは顔をのぞかせた。時刻は十時をまわったところだが、人を訪問ほうもんするのに、はやすぎるということは……ない。すくなくとも、彼女に対してそんな気づかいは、いらないはずだ。

 研究用につかっている広間ひろまには、いつもならベッドのある位置に、ロング・ソファがあった。そこで毛布をあたまからかぶって、うずくまっている『もの』がある。むっくりとした、その芋虫状いもむしじょうのオブジェのうえには、黒猫くろねこ一匹いっぴき腹這(はらば)いになって、ねていた。ブロッケン、とメイがんだ魔女の、使つかだ。


「いつまでねているのです。鍵もかけないで」

 メイは毛布を()ぎ取った。抵抗はあったものの、あいてを足でおさえつけて、ひっぺがす。

 なかからは、赤いかみに赤い目、銀のピアスを両耳にさした、若い女性がすがたをあらわした。黒いハイ・ネックのシャツに、レザー素材のミニスカート。みあげブーツは()きっぱで、どうやらどこかにでかけて、帰ってきてそのままねていたらしい。

「おはようございます、ブロッケンさま」

 もう一度(いちど)、メイはあいさつした。

「おはよう、メイちゃん」

 赤毛あかげ魔女まじょ――リョーコ・(エー)・ブロッケンが、頭をおさえてうめく。十九才の、【学院】付属の研究所けんきゅうじょにつとめている、女魔術師おんなまじゅつし

「そしてさよなら」

 手をふるなり、リョーコは頭をかかえて、うずくまった。メイは毛布片手に、あきれたとばかり、腕組みをした。

「なにかあったのですか?」


 本来ほんらい……というより、多くの魔術師に対して、()くだした態度を取るメイだが、敬意を示すべきあいてには、その姿勢もなりをひそめる。すこしだけだが。

 リョーコはそうしたあいてのひとで、かりに、そのへんの魔術師がおなじようにぐったりしていたところで、メイにとっては、路傍(ろぼう)の石。「どうしたの?」なんて、きく価値も(よし)もなかった。

「それがさあ……」

 おきあがり、リョーコはソファにあぐらを組む。黒猫くろねこのノワールが、ゆかにとびおりる。

年末ねんまつに、あのあほ姉妹しまいとドンパチやって、そのあと一日(いちにち)寝正月ねしょうがつだったんだけど。きのう、むこうの使い魔に、『ごはんあまりそうだから』ってんで、食事によばれることになったのよ」

なかがいいのか、わるいのか……」

 ブランケットをりたたみ、じぶんのマフラーもろとも、ソファのすみに置く。ついでに肘かけにすわると、猫がひざにのってきたので、あごをなでて、てきとうに機嫌をとる。

「それで?」

「のみすぎた」


 あたまを片手でささえて、リョーコは言った。

()()()っていって、なんか、正月にのむ酒があるみたいなんだけど、それをだいぶ、のんじゃったのよ。正確には、『とそ(さん)』とかいうのと調合ちょうごうするみたいなんだけど、【(うら)】にはそんなのないから、清酒せいしゅ一本(いっぽん)、取りよせたんだって」

 こめかみに手をあてて、がんがん響く頭痛ずつうを、リョーコはこらえた。メイはおおげさに肩をすくめて、天井てんじょうをあおぐ。

「あきれた。二日(ふつか)いですのね」

「ぐうのもでないわ」

一本いっぽんまるまる、のんだのですか? あ、お相伴(しょうばん)にあずかったということは、【賢者】さまや、その姉君(あねぎみ)さまとわけられたと」

「一本まるまるよ」

「はあー」

 と、メイが大きなため息をついた。ばかじゃないのと言わんばかりに。身振みぶり手振りで、リョーコはうったえる。


「いや、そこはほめてほしいわね! あんた、()()()()()の酒ぐせのわるさ知らないから、そんな態度(たいど)とってられんのよ! (あかね)ちゃんにはのませようとしたら、『未成年みせいねんにはだめ』って、あそこのメイドにもウサギにもにらまれるしっ。私ひとりが犠牲にならなきゃいけなかったの! あの一家のへいわを、まもってやったのよ!」

さけぐせねえ」

 うさんくさそうに、メイははなを鳴らした。ノワールをだっこしたまま、肘かけから立ちあがる。

「そういえば、」

 すっかりかたづいて、ソファとみもの用の円卓セットのみになった洋間ようまを、見回まわしながら、

日本にほんには、おせち料理なるものがあるとききましたが」

みみざといわねー。あんた、いつから食いしんぼうキャラになったのよ?」

まれたときからですわ」


 リョーコのからかいを、メイは受けながした。実際じっさい、じぶんではそこまで食い意地がはっているとは思わない。ただ、魔術師まじゅつしとして、メイは大きな魔術まじゅつを行使できる一方(いっぽう)で、反動による体力(たいりょく)の減少がいちじるしかった。そうしたつごうで、不足しがちなスタミナをおぎなうために、(しょく)は最も簡便、かつ、効率的な手段しゅだんである。そしてどうせ摂取せっしゅするなら、まずいものより、うまいもののほうがいい。

 メイの質問に、リョーコはセミロングの赤い(かみ)を、わずらわしそうにかいた。なんとなく、正直(しょうじき)にはなしたあとの展開が、読めたのだ。――でも正直にはなす。

「うん、あるわよ。で、きかれるだろうから言っとくけど、私はそれを、たべてきた。かわったものばっかだったけど、けっこう、おいしかったわよ」

 メイは聞き()えて、にこと笑った。質問をかさねる。こちらもこたえは、わかりきっていたけれど。

「わたくしの(ぶん)は?」

「あるわけないでしょ。ほしかったら学院長(がくいんちょう)せんせんとこ行って、もらってきなさい」

「そんな乞食(こじき)みたいなまねができますかっ」


 笑顔で親指(おやゆび)をくいっ、と(まど)の外にむけられて――その方角(ほうがく)に、学院長の家はないが――メイは、リョーコの頭に(ねこ)をたたきつけた。くるりと()をひるがえして、きょう一番(いちばん)(今年一番になるかもしれない)の、ため息をつく。落胆らくたん()とともに。

「なんて気のきかない。ともだち甲斐(がい)のないひとですわ」

「私がいつ、メイちゃんとともだちになったのよ」

「いま、この(いち)瞬間(しゅんかん)です。もちろん、用がすんだら解消させていただきますが」

「すがすがしいまでにインスタントね」

 リョーコはソファから(あし)をおろして、台所に()った。まあ、メイはこういうやつである。

雑煮(ぞうに)くらいならつくってやれるわよ。それでよかったら、どーぞ」

 ――ぞうに?

 メイがきこうとして、(したた)かなノックの音が、さえぎった。


「りょーおっこちゃん。あーそーぼっ」

 言ったときにはドアをあけて、茶髪(ちゃぱつ)にのっぽの男がはいってくる。さむいなか、半袖(はんそで)に、ぺらぺらのジーンズすがた。酒の(びん)を片手に、(あか)(がお)になった青年――永城(ながしろ) 壮馬(そうま)が、やってきた。








                    (【~あいさつ編~】につづく)












      んでいただき、ありがとうございました。






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