14-1.おせち
〇登場キャラクターです。
・『メイ・ウォーリック』:17才の魔女。【学院】の高等部の二年生。貴族のおじょうさま。
・『リョーコ・A・ブロッケン』:19才の女魔術師。【学院】の研究所につとめている。
・『ノワール』:リョーコの使い魔。
年の瀬に降っていた雪荒らしは止んだ。
魔術師の学び舎として使っている城は、ゴチック調の塔の幾本かを焼失させているものの、年のはじめにこれをすすんでなおそうとする聖人は【学院】にはいない。
しんしんと、ゆるやかに降りつもる雪のなか、少女は歩いていた。魔術研究者である知人に、いちおうのあいさつをするためである。
厚く、白く、寒い色合いによどむ午前の空の下、一面の雪に足跡をつけるのは内心ゆかいだ。
とはいえ表情は生来の仏頂面で――やろうと思えば愛想よく笑うこともできるが、得るものがうすいのであまりやらない――少女、メイ・ウォーリックは、知人の部屋――【宿舎】への道をすすんでいた。
メイは【学生寮】に下宿している魔女だった。魔術の学校・【学院】の、高等部二年生。黒い髪は長く、あまった横毛を耳もとで二房の三つ編みにして緋色のリボンで結っていた。
歳は十七だが、淑女とみてもさしつかえない上背にボディライン。それらのうえに、桃色のチュニックとロングスカート、外套にマフラーは、いささかラフにすぎる格好だが、会いにいくのは目上であっても気心の知れた相手である。
宿舎の中央――エントランスのドアをくぐる。
生徒が【学院】の休暇中に研究者や教員をたずねるのは関心されないが、(単位取得のための「裏工作」防止のためだ)日ごろどんなに品行方正であっても、だめな時はだめなのだろうし、その逆もまた然りなのだろう。と得意の理屈をこねて、自分への免罪符とする。
――女子棟の階段をあがる。
いくつかのフロアをこえて、廊下にでて、めあての部屋へ歩いた。彼女の自宅には、もう何度も訪っていて、足取りはかるいものだ。あいてがいるかどうかはわからないが。
メイは扉をノックした。廊下にぽとぽと、ブーツからとけた雪が、水たまりをつくる。
「ブロッケンさま。おはようございます」
返事を待っているあいだに、マフラーをほどいてたたんだ。
おそい。
もう一度、ノックする。――返事はない。ノブを押すと、かんたんにひらいた。
不用心な。と思いかけるも、施錠が魔法によってとかれるのは、この魔女の家ではしょっちゅうなので、「かけてても用心したことにはならないか」と、思いなおす。
「ブロッケンさま?」
あけたすきまから、メイは顔をのぞかせた。時刻は十時をまわったところだが、人を訪問するのに、はやすぎるということは……ない。すくなくとも、彼女に対してそんな気づかいは、いらないはずだ。
研究用につかっている広間には、いつもならベッドのある位置に、ロング・ソファがあった。そこで毛布を頭からかぶって、うずくまっている『もの』がある。むっくりとした、その芋虫状のオブジェのうえには、黒猫が一匹、腹這いになって、ねていた。ブロッケン、とメイが呼んだ魔女の、使い魔だ。
「いつまでねているのです。鍵もかけないで」
メイは毛布を剥ぎ取った。抵抗はあったものの、あいてを足でおさえつけて、ひっぺがす。
なかからは、赤い髪に赤い目、銀のピアスを両耳にさした、若い女性がすがたをあらわした。黒いハイ・ネックのシャツに、レザー素材のミニスカート。編みあげブーツは履きっぱで、どうやらどこかにでかけて、帰ってきてそのままねていたらしい。
「おはようございます、ブロッケンさま」
もう一度、メイはあいさつした。
「おはよう、メイちゃん」
赤毛の魔女――リョーコ・A・ブロッケンが、頭をおさえてうめく。十九才の、【学院】付属の研究所につとめている、女魔術師。
「そしてさよなら」
手をふるなり、リョーコは頭をかかえて、うずくまった。メイは毛布片手に、あきれたとばかり、腕組みをした。
「なにかあったのですか?」
本来……というより、多くの魔術師に対して、見くだした態度を取るメイだが、敬意を示すべきあいてには、その姿勢もなりをひそめる。すこしだけだが。
リョーコはそうしたあいてのひとで、かりに、そのへんの魔術師がおなじようにぐったりしていたところで、メイにとっては、路傍の石。「どうしたの?」なんて、きく価値も由もなかった。
「それがさあ……」
おきあがり、リョーコはソファにあぐらを組む。黒猫のノワールが、床にとびおりる。
「年末に、あのあほ姉妹とドンパチやって、そのあと一日は寝正月だったんだけど。きのう、むこうの使い魔に、『ごはんあまりそうだから』ってんで、食事によばれることになったのよ」
「仲がいいのか、わるいのか……」
ブランケットを折りたたみ、じぶんのマフラーもろとも、ソファのすみに置く。ついでに肘かけに座ると、猫がひざにのってきたので、あごをなでて、てきとうに機嫌をとる。
「それで?」
「のみすぎた」
頭を片手でささえて、リョーコは言った。
「おとそっていって、なんか、正月にのむ酒があるみたいなんだけど、それをだいぶ、のんじゃったのよ。正確には、『とそ酸』とかいうのと調合するみたいなんだけど、【裏】にはそんなのないから、清酒を一本、取りよせたんだって」
こめかみに手をあてて、がんがん響く頭痛を、リョーコはこらえた。メイはおおげさに肩をすくめて、天井をあおぐ。
「あきれた。二日酔いですのね」
「ぐうの音もでないわ」
「一本まるまる、のんだのですか? あ、お相伴にあずかったということは、【賢者】さまや、その姉君さまとわけられたと」
「一本まるまるよ」
「はあー」
と、メイが大きなため息をついた。ばかじゃないのと言わんばかりに。身振り手振りで、リョーコはうったえる。
「いや、そこはほめてほしいわね! あんた、あの学院長の酒ぐせのわるさ知らないから、そんな態度とってられんのよ! 茜ちゃんにはのませようとしたら、『未成年にはだめ』って、あそこのメイドにもウサギにもにらまれるしっ。私ひとりが犠牲にならなきゃいけなかったの! あの一家のへいわを、まもってやったのよ!」
「酒ぐせねえ」
うさんくさそうに、メイは鼻を鳴らした。ノワールをだっこしたまま、肘かけから立ちあがる。
「そういえば、」
すっかりかたづいて、ソファと読みもの用の円卓セットのみになった洋間を、見回まわしながら、
「日本には、おせち料理なるものがあるとききましたが」
「耳ざといわねー。あんた、いつから食いしんぼうキャラになったのよ?」
「生まれたときからですわ」
リョーコのからかいを、メイは受けながした。実際、じぶんではそこまで食い意地がはっているとは思わない。ただ、魔術師として、メイは大きな魔術を行使できる一方で、反動による体力の減少がいちじるしかった。そうしたつごうで、不足しがちなスタミナをおぎなうために、食は最も簡便、かつ、効率的な手段である。そしてどうせ摂取するなら、まずいものより、うまいもののほうがいい。
メイの質問に、リョーコはセミロングの赤い髪を、わずらわしそうにかいた。なんとなく、正直にはなしたあとの展開が、読めたのだ。――でも正直にはなす。
「うん、あるわよ。で、きかれるだろうから言っとくけど、私はそれを、たべてきた。かわったものばっかだったけど、けっこう、おいしかったわよ」
メイは聞き終えて、にこと笑った。質問をかさねる。こちらもこたえは、わかりきっていたけれど。
「わたくしの分は?」
「あるわけないでしょ。ほしかったら学院長せんせんとこ行って、もらってきなさい」
「そんな乞食みたいなまねができますかっ」
笑顔で親指をくいっ、と窓の外にむけられて――その方角に、学院長の家はないが――メイは、リョーコの頭に猫をたたきつけた。くるりと身をひるがえして、きょう一番(今年一番になるかもしれない)の、ため息をつく。落胆の音とともに。
「なんて気のきかない。ともだち甲斐のないひとですわ」
「私がいつ、メイちゃんとともだちになったのよ」
「いま、この一瞬間です。もちろん、用がすんだら解消させていただきますが」
「すがすがしいまでにインスタントね」
リョーコはソファから脚をおろして、台所に発った。まあ、メイはこういうやつである。
「雑煮くらいならつくってやれるわよ。それでよかったら、どーぞ」
――ぞうに?
メイがきこうとして、強かなノックの音が、さえぎった。
「りょーおっこちゃん。あーそーぼっ」
言ったときにはドアをあけて、茶髪にのっぽの男がはいってくる。さむいなか、半袖に、ぺらぺらのジーンズすがた。酒の瓶を片手に、赤ら顔になった青年――永城 壮馬が、やってきた。
(【~あいさつ編~】につづく)
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