13-4.除夜の鐘 ~阻止編~
〇このものがたりは、『13-3.除夜の鐘 ~共闘編~』のつづきです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〇登場キャラクターです。
・史貴 葵:20才の魔女。魔術学院の学院長。
・シロ:葵の使い魔。外見の年齢17才くらい。
・史貴 茜:魔術学院の魔術研究者。もとは【賢者】だが、ある事件によってその力量を問われ、〈再試験〉をうける予定。16才。葵のいもうと。
・リョーコ・A・ブロッケン:19才の女魔術師。学院の研究所につとめている。
〇
かああああん。
学舎の尖塔で音が鳴る。
金色のベルは極寒の雪のなか、ひときわつめたい金属の音を響かせていた。
鍾台にはふたりの女がいる。鐘のハンマーについたひもをにぎるのは、若い金髪の女性。学院長の葵である。
鐘の台座には使い魔の少女が座りこんでいた。ダッフルコートのフードをかぶり、赤くなった手に息をはきかけている。
「さあ~む~い~」
少女のウサギの耳が、頭巾におされてボブショートの白髪のうえにぺたんと折れている。
「まだ終わらないんですか。ご主人~」
「こらえてちょうだいシロ。侵入者がこないか見張ってて。最後の一回はつかせてあげるから」
「そんなのつきたくないですよ……」
がちがち声をふるわせて、シロは反発した。主人がまたひとつ、鐘をつく。吹雪く宵闇の上方から、ちら、と不自然な色がまたたいた。
「だれかきますね、ご主人」
シロは立ちあがった。その場で足ぶみして、さむさをまぎらわす。
葵は、釣鐘のロープから手をはなした。夜のくらやみのなかから、金無垢の光が飛来する。ついでに、緋色も。
「お姉ちゃーん!」
妹の声が、そのすがたとともに、ふりそそいだ。上空から、大きめの白いコートのすそをはためかせておちてくる、ニット帽をかぶった、金髪の少女。
彼女のくりだした右足が、葵の横っ面を、殴打した。
どげっ! にぶい音をたてて、葵は雪のつもった床のうえをころがる。てすりに景気よく頭からつっこんで、止まった。
重力にのっとった飛び蹴りをくらわせた本人は、けった反動を利用して、くるりととんぼがえりを打ち、自由落下のいきおいを削いで、着地する。
「なんとか間にあったっ。いま、いくつついたの!? 私がきたからには、もう中断だからね!」
肩をいからせて、わめく少女――茜のつきだした指のさきで、姉の葵が、ぴくぴくとけいれんする。
そのさまを見て、使い魔のシロが、「あわわ」とくちをおさえた。
「あ、葵さま……なんか、首が……、まがっちゃいけない方向に、まがっているような……」
すとん。と、シロのそばに、もうひとりの女性が降りたつ。ここまで茜をかかえて飛んできた魔術師だ。リョーコである。
「つーか、折れてる?」
「……やってくれたわね、あなたたち」
ごきん。
両手で首をもとにもどして、葵は柳眉をふるわせた。立ちあがり、鐘楼に突貫してきたふたりの闖入者をにらみつける。
「いったいどういうつもりかしら。一年の終わりを、こんなかたちでだいなしにするなんて」
「だって、除夜の鐘をきいたら、煩悩なくなっちゃうんでしょ?」
茜は必死になって、姉にたしかめた。
「そーよ」と葵は、そっけないへんじ。茜はじだんだをふんだ。
「なんでそんなことすんのさ! せっかくここまでそだててきたのに!」
「水耕栽培みたいにいわないでちょうだい。あと、あなたたちはとーくーに、きょうの鐘を、すべてきいて、頭のなかをいったんきれいにして、新年をむかえるように。だれのためにやってあげてると思ってるの」
茜とリョーコを順ぐりに指さして、葵は命じた。キャスケット帽をはたいて、雪をおしていたリョーコが、赤い髪のうえにのせなおして、腕をくむ。
「そのおためごかし、やめてくれる? 大きなおせわよ。だーれが、あんたに、いつ、『私のあたまんなかを、なんとかしてください』つった? ほんとは自分のためでしょ」
――むっ。と、葵はほおをふくらました。リョーコの横で、「そーだ、そーだあ!」とこぶしをふりあげる茜が、また腹立たしい。
「だまらっしゃい。考えることといったら、破壊か、実験か、自己中な欲求か……。とにかく、ひとさまにめいわくをかけることしか取り柄のないあなたたちを、学院長の権限をつかってなんとかしようというのの、なにがいけないの」
「だーから、それが大きなおせわだ、っつってんの!」
いきまく葵に、リョーコもまけじと、いいかえした。完全な傍観者になりはてたシロは、じぶんのところに飛び火しないよう、こっそりと、三人から距離をとる。
茜はせわしなく、鐘のほうを見あげた。
「てか、ほんとに中断できたのかな? お姉ちゃん、いくつついたの?」
「一〇一回よ。あと七回で終わり」
痛みののこる首をさすりながら、葵はこたえた。さいごの一回は、シロにつかせるつもりだったが、このぶんではむりだろう。
リョーコが安心したように、息をはいた。
「よおし。じゃあ、ぜんいん解散しましょ。こんなとこにいたんじゃ、かぜひいちゃうわよ。葵、あんたももうおとなしく、ひっこみなさい」
勝手に音頭をとるリョーコに、葵はうろんな目つきになった。ふたりにきく。
「なぜあなたたちは、そんなききわけのないことばかり言うの。一年をすっきり清算して、来年こそは、清く、ただしく、うつくしく生きようと、気分をあらたにしようとは思わないの? あなたたちの、めちゃのあとしまつを、だれがやると思ってるの」
「おねえちゃん」
「そこはうそでも、じぶんでやってるって言ってほしかったわね……」
きっぱりこたえる茜に、葵は心底、落胆した。リョーコが「はっ」と肩をすくませ、鼻でわらう。
「なあーにが、清く、ただしく、うつくしく、よ。くちをひらけば、男のはなししかしないあなたがいうこったないでしょ。鏡みてから、ものいえばあ?」
いらっ。と、これは、葵もかちんときたようだった。つめたい美貌に、犬歯をむきだしにして、あくまで冷静に――なりきれてないが――言いかえす。
「毎回みてるわよ、鏡くらい。いいでしょ、恋愛くらい。むしろ研究おたくのあなたたちが、異常なのよ。ええ、まえからいおうと思ってたけど、はっきりいって、へんたい的だわ。常軌を逸してるわ。毎日のように、じぶんの家から、へんなにおいのけむりをたちのぼらせるなんて!」
「まだ気いつかってやってるほうなのよ、感謝しなさいよ!」
「あなたのとなり近所の先生たちから、クレームたたきつけられる私の身にもなってちょうだい!」
「その点、私は最近なーんもやってないから、免除ってことでいいんじゃないの?」
茜がきょとんと姉に言って――、
「あなたは気にいらないことがあると、すぐに生徒も先生もかんけいなく、爆破するでしょうが・あ・あ・あ」
妹の顔を両手でわしづかみにてし、頭蓋骨をぎりぎり鳴らして、葵。
「へんなけむりや爆発だってなら、ご主人も負けずおとらずな気がするけど」と思いつつも、シロはくちをはさまなかった。
くちげんかから、いつのまにやら炎の魔術がひらめいて、鐘撞の塔は、ほんのりあったかく、あかるくなる。
――白い閃光がはじけ、爆風がうずまいた。三人のうちの、だれが、どれをはなったかは不明なものの、屋上には、魔力の光がまたたき、轟音が吹きあれ、黒煙があがる。
「だいたい、自己ちゅーってなら、おねえちゃんだって私のこといえないじゃん! 勝手にひとのぼんのー消そうなんて! 欲ものぞみもなくなったら、いま以上に、生きてるのがつまんなくなっちゃうよ!」
「どうしてそうなるのかが、わからない。私はもうすこしあなたたちに、まっとうになってほしいだけよ! 私が苦労しないていどに!」
「よくいうわよ。あんただって、たいしてかわんないでしょー! てか茜ちゃんはともかく、わたしは他人にめいわくかけたことなんて、いっぺんもないわよ! 正当な権利を行使してるだけで!」
「あ、ずるい! じゃあ私だってないよ! 私をおこらせるむこうがわるいんだもん!!」
「その考えかたが、まっくろだって、いってるのよー!」
どかーん! ぼおおん! ごおおおおおおおおおお!!!
炎が。光が。爆風が、炸裂する。
吹雪のたえない屋上で、シロはぼうぜん……と、魔女たちの戦いをながめていた。三人の怒号がとびかう。
そんなこんなしているうちに、年は暮れ――。
年が明けた。
(【短編13:大晦日】おわり)
〇今回の投稿で、今年(2022年)の『鉄と真鍮でできた指環【季節編】』の投稿はおわりです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
読んでいただいて、ありがとうございました。
よいおとしを。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――