13-3.除夜の鐘 ~共闘編~
・このものがたりは、『13-2.除夜の鐘 ~探索編~』の、つづきです。
〇登場キャラクターです。
・『リョーコ・A・ブロッケン』:赤いセミロングに、赤い目の、19才の女魔術師。【学院】の、研究所につとめている。
・『史貴 茜』:魔術学院の、魔術研究者。もとは【賢者】だが、ある事件によって、その力量を問われ、〈再試験〉をうける予定。16才。葵のいもうと。
・『ノワール』:リョーコの使い魔。外見の年齢、20代前半くらい。
〇
【学院】の魔術研究者たちが住まうアパート・メントは、男子棟と女子棟が、連絡通路でつながっている。
ごおごおと、吹雪く窓のそと。女子棟の上階に住むその魔女は、しかし、屋外のさむさとは、無縁だった。
自作の暖房器具を設置した室内は、快適なぬくもりにたもたれている。いまはタワー型の装置だが、インテリアにはふさわしくないので、天上か、床にうめこむタイプに改良する予定だ。
一年の大半を、研究用の広間に置いていたベッドは、新年くらいは初期位置ですごそうと、寝室にもどした。とはいえ、そこでは使い魔の女がねてしまっている。ここ数年、ひとりでねていたのが、習慣化してしまっているために、(あいてが猫のすがたでいっしょにねるのは、気にならないのだが)魔女は結局、寝室ではなく、研究室でねむっていた。休憩用のソファで、クッションをまくらにして、毛布にくるまって。しかし寝息は、ここちよさそうである。
がちゃ。
「――……」
がちゃ、がちゃ、がちゃがちゃ!
「――は……?」
がち! ばきん!!
「はあっ!?」
覚醒した脳は、目をあけた瞬間、まず暗闇を認識した。直後、魔法の施錠をやぶる閃光。
年末年始のやすみくらいは、学院長の訪問を排除しようと、てかげんなしに、玄関扉に強力な結界をかけておいた。学院長はもちろん、それよりすこし腕のたつ魔術師ていどでは、とても破壊できるようなものではない。
「リョーコちゃん!」
――かくして、扉をあけた術者の正体は、彼女が予想するよりさきに、全貌をあらわした。
「リョーコちゃん、たいへんだよ!」
金髪に、翠の眼。学院長の、じつの妹にして、【学院】における最高位の実力を誇る魔術師、【賢者】の茜である。
(あれ? 再試験パスするまでは、まだ【賢者】じゃないんだっけ?)
と、どうでもいいことをかんがえつつ、彼女――リョーコ・A・ブロッケンは、毛布のなかで、まどろみをつづけた。あけていた赤い目を、うとうと、とじる。
「もーお、おきてよ、リョーコちゃん! お姉ちゃんが、鐘をつくっていってるんだよ!」
毛布をばさあ! と茜は剥いだ。リョーコはひとつ、みぶるいする。部屋は暖房がきいているが、ねおきのからだは、急激な温度の変化にこたえる。
「あいっ、かわらず、わっけのわかんないことで、ひとさまの安眠を妨害するわねー」
リョーコはのっそり、おきあがった。セミロングの赤毛をかく。髪のあがった耳もとで、銀のピアスが、にぶく光った。
タンクトップに、ホット・パンツというねまきすがたで、リョーコはソファに腰かける。指さきを――電気のスイッチのある、だいたいの位置にむけて、念動力の魔術を発動。スイッチをいれる。ぱっ。と、あかりがつく。
「ほんで? こんな夜中に、どーしたのよ。火事でもあった?」
「ちがうよ。除夜の鐘って、しってる?」
「えー?」
大むかしに――学院長の葵と、ルーム・メイトだったころに――なんどか聞いたことがあるような、ないような。
リョーコが考えあぐねていると、奥の間から、「はいはーい」と手をあげて、長い黒髪の美女があらわれた。リョーコの使い魔の、ノワールだ。
「知ってるわよ。にんげんの煩瑣な欲望とか、誘惑とか、不純なきもちを消してくれるんでしょ?」
茜はこくんとうなずいた。ノワール――ネグリジェの妙齢の女性から、リョーコのほうへと顔をもどす。
「ねえ、お姉ちゃんがどこいったか知らない? てか、除夜の鐘って、どこにあるか知ってる?」
「除夜の鐘って……たしか、そういう名前の鐘じゃなくて、『年末に撞く鐘』のことを、そうよんでるだけじゃなかったっけ」
おぼろな記憶をたよりに、リョーコは指摘した。ノワールが、ちかくの服かけから、主人の白いピー・コートを取って、茜に着せる。
「てゆーか、茜ちゃん。あなたそんなかっこうで来たの? さむくない?」
「さむかったけどー。でも、和泉んとこにも聞きにいったとき、ちょっとあったまってきたし。いまはへーき」
「はあ? あいつ、コートのひとつもかしてくれなかったの? 気がきかないわねー」
中途はんぱにとけて、みぞれみたいになった雪を、金色の髪から取ってやりながら、リョーコは毒づいた。ひとつのびをしてから、
「まあ、いっか。それより、茜ちゃん。葵ならたぶん、学校の鐘楼よ。このへんで鐘っつったら、それ以外ないし」
「えー……。けっこう、距離あるなあ」
「そういや、病みあがりだったわね。リョーコの封印術は、といちゃったけど」
茜の頭に白いニット帽をかぶせてやって、ノワールはついでに、ぽんとなでた。茜はおとなしくうなずく。
「いまは学校、完全なやすみだから、校舎内の【転移ポイント】も封鎖されてるし……。走っていくにしても、まにあうかな。だって、一〇八つの鐘がおわったら、煩悩ぜんぶ、なくなっちゃうんだもん」
まくしたてる茜に、リョーコはじぶんの顎に、手をあてて、
「ふうん……そりゃ、おだやかじゃないわね」
「でしょ?」
「だって、はやりの服を買おーかどーかとか、きょうはどのアクセサリーで決めていこうかとか、昼飯はパスタかパンかとか、そーゆーこと、かんがえられなくなるってことでしょ?」
「うん。まあ、そんなかんじかな」
天をあおいでなげくリョーコに、茜はうなずいてみせた。ノワールはじぶんの主人に、金色の目をすがめる。
「あんたのなやみって、そのていどなの?」
「いいでしょ、べつに。それもたのしくて生きてんだから」
リョーコはじぶんの胸に手をあてて、たからかに微笑した。茜が彼女のタンクトップをひっぱる。
「うん。そう。煩悩なくなったら、生きるたのしみって、なくなっちゃうよ。それが言いたかったの。だから、ねえリョーコちゃん、お姉ちゃんとこまで、つれてって」
ぐいぐいひっぱる少女に、リョーコは嘆息した。
「はいはい。いーわよ、どーせ今からねたって、ろくにねつけないだろうし」
ぬぎすててあったシャツやスカート、ジャケットを取って、みじたくをととのえていく。ロング・ブーツに足をねじこんで、防寒用の黒法衣をはおり、キャスケット帽をかぶった。したくを終えて、リョーコは洋間の窓を、開けはなつ。
びゅおおおおおおお!! 雪と風が、夜闇から吹きこんでくる。
「さむっ!!」
身をきるような寒風に、リョーコは全身をすくませた。
「行くならさっさとでてってよ。私がひえちゃうでしょ」
茜をうしろからだっこして、窓辺で硬直している主人の背中を、ノワールがけっとばす。
「てめー!!!」
ひゅーと窓からいちど落下して、リョーコは、魔法を発動させた。飛翔の魔術が、ふたりの魔女を、空へと浮上させる。〈高速飛行〉は、吹雪が皮膚をきりつけるおそれがあるので、断念した。
白い礫のとばりのむこうに、月下にそびえる『城』のシルエットがある。【学舎】だ。そこにいくつもそびえる尖塔のひとつから、もういくつ目かの鐘が、かあんと鳴った。
(【~阻止編~】につづく)