2-1.キツネとタヌキの化かし合い【起】
〇登場キャラクターです。
・図書館の君:かつて【学院】の図書館で司書をやっていた青年。褐色の髪にベストすがたの美男子。とてもモテる。【妖暦 503年】に他界しているが、そのことを知るものはすくない。
『きゃー!』
黄色い声が【学舎】の校庭にあがる。
【妖暦五〇八年】。四月一日。
きゃー! ぎゃー! ぎゃああああ! ぐあああああわあああ!!!
本日春休みのあけた【学院】は、すでに放課後をむかえていた。
昼さがりのあったかいおひさまの下で、女子生徒たちがおしあいへしあい、なぐりあい、技のかけあいをしながら、どどどおおおお! と駆けていく。
『彼』のもとへ。
「帰ってきたんですか? 司書のおにいさん」
ぼっこぼこになった顔で、一番乗りになった女子生徒が問う。黒髪黒目の、十代後半ほどの少女。彼女とは学校で何度かはなしをしたことがある。確か杏沙 とお子といったか。たぶん日本人の。
きらきら眼のとお子の先には、褐色の髪の美青年がいた。
みじかく切った頭髪。同色の瞳はさわやかだが、どこか謎めいたかげを帯びている。「そこがいい」とは【学院】で『彼』を知るものたち――そして『彼』に入れこむ異性らの、一致した意見だが。
とりあえず彼は、癒しの魔法を使った。とお子のケガをなおす。
年頃の女子の、顔面から鼻血が出たりまぶたが腫れあがったりしているのは、あまりみたくない絵面だった。っつーかむり。
ケガさえなおればかわいらしいとお子に、彼は答えた。ただ「帰ってきた」という言葉は避けた。
「学院長さんに会いにきたんだ」
「史貴先生?」
『えー!』
と。とお子のほかに集まってきた生徒らが、顔をみあわせる。キリエ。スー。優真。クリスティナ。など、いくつもの顔見知りがある。
ひとり、ふたりと『彼』は彼女たちに魔法をかけて、切りきずや刺しきずを治していった。物騒なやつらである。
「なんの用なんですか? 場合によっちゃあ史貴学長、安全に外を出歩けなくなりますけど」
「きみたちが心配してるようなことじゃないよ」
明るいブラウンに洗髪した猫目の少女・優真の問いに、『彼』はこたえる。片脚に体重をかけて、シャツとスラックスで整えた長身を支える。
史貴学長――史貴 葵が、むかしから女子からけむたがられているのは知っていた。外見と能力の水準の高さにそれは起因し、疎む気持ちもわからなくはないのだが。
にこ。と彼は微笑んだ。
「ちょっとあいさつしたいだけだから」
「でも、彼女が着任してもう五年くらいたつんですよ? いまさらですか?」
「うん。それくらい優先順位が低いんだよ」
適当にはぐらかして、『彼』は前にすすんだ。
「案内しましょうか? おにいさんっ」
黒髪の――とお子が横につく。ぱたぱたと彼は手をふった。
「いらないよ。場所はわかるから。ごめんね」
と断って、『彼』は【学舎】に入った。
エントランスのドアのまえに、ぞろぞろとついてきていた女子約三十名がのこる。
校庭にいたモテない男魔術師くんたちが、「けっ!」と『彼』の消えた扉につばを飛ばす。
「ああー。ひさびさに会えた。図書館の君~」
「高等部留年しててよかったー!」
「てゆーかなんかやさしくなってない?」
「思った。まえはケガしてよーが骨折してよーが内臓飛びだしてよーが放置だったもんね」
「ね」
午後のぬくもりのなかで、笑いあう少女たち。
遠まきに彼女たちをながめる魔術師たちが、「いいのか? おまえたち、そんなやつを好きで……」と心配する。
――一方で。
〇
くっ。くっ。くっ。くっ。くっ。
『彼』はほくそ笑んでいた。
【学舎】一階のエントランスホールである。いまは人通りが絶えて、彼ひとりっきりだった。うれしいことに。
美貌に満ちた尊顔を、にやりゆがませる。
こころのなかで『彼』――いや『彼女』は、じぶんのなりきりっぷりを称賛し、打ちふるえていた。
――かんっ、ぺきだわ!
(【承】につづきます)