11.ハロウィンの怪
〇ホラーです。
・・・
〇登場するキャラクターの紹介です。
・メイ・ウォーリック:十一才の魔女。魔術の名門校【学院】に所属する、初等部の生徒。
・箔 時臣:【学院】の学院長をつとめる魔術師。初老の男。
――十月三十一日。
季節のイベントにとぼしい魔法の世界である【裏】でも、この日は特別なものになる。
魔術の名門にして、【迷宮】の管理を務める学究施設【学院】は、とりわけそのおもむきが強かった。
山のなかにあるこの城は、その茫漠たる敷地に抱える【危険区域】の門を、この日だけは硬く閉ざすのだ。
〇
「どうしてそんなことをしますの?」
【妖暦五〇一年】。
十月三十一日。
黒いローブをまとい、フードを頭にかぶった少女が迷宮の門のまえにいる。
夜の闇の下。
月光に白亜の威容をさらすギリシャ風の建物は、内部にダンジョンへのひずみを保管している。
なかに描いた【魔法陣】の中心に、赤黒い球体が浮かんでいるのだ。
それはこの世界において【ポーター】と呼ばれる、【迷宮】への運び手だった。
白い建造物――正面入り口の階段に、どっかりと腰をおろした男がいる。齢五十ほどの、白色の多くなった頭髪をオールバックにした偉丈夫。
凄腕の魔術師である彼は、黒い法衣をフォーマルな服装の上に着ているが、その黒衣は彼が【学院】の教員であることを示していた。
彼――箔 時臣は、ローブすがたの少女を見あげる。
フードからはみだした長い黒髪。影の下でなお危うくきらめく紫がかった黒い瞳。
十一歳にしてはやや長身だが、箔にしてみればまだまだ「ちいさい」と形容できる。
座ったまま、箔は少女――メイ・ウォーリックに答えた。
「入ったら戻れなくなるからさ」
はてな。
とメイは小首をかしげる。
苦笑して、箔はあまり関係のない話を彼女にふった。
「それより。きみのその格好はなんだ。魔女かな。毒リンゴでも売りにきたか?」
「死神ですわ」
「そうか。分からなかったな」
むっとしたメイに箔は軽くのどを鳴らした。
この男が笑うことなどほかの学生のまえではさほどなかったが、ふたりは教授と生徒であると同時に、家柄的に知った間柄だった。
「先生。今日はハロウィンですわ。ほかのみんなも仮装してましたでしょ?」
「そういえばそうだな」
「もうすこし言ってしまえば、トリック・オア・トリートです」
「こまったな。キャンディしか持ってないぞ」
「じゃあ。それで」
箔は法衣のそでをごそごそやった。
棒つきの渦巻きキャンディを少女にやる。
つつみ紙をはいで、メイはくちに持っていった。
奥歯でかじりながら飴を溶かし、それでもまだ箔のまえを立ち去らない。
彼女は彼のとなりに座った。
「どうしてハロウィンの日は【迷宮】に入ると帰ってこれなくなるんですの?」
「【第三層】に、生徒が『おばけ屋敷』と呼んでいるフロアがあるのは知ってるな」
こくり。
とメイはうなずいた。
【迷宮】は、地下へと層を重ねるもぐり型の迷路になっていて、それぞれのフロアが各自特色のある形態を取る。
一層目は神殿風。
二層目は草原風。
そして三層目は墓所風というように。
また、その地形特有のモンスターも徘徊していた。
第三層はゴーストタイプの魔物が出没する。
「そこに【ウィル・オ・ザ・ウィプス】が出るだろう? セント・エルモの火とも言われる鬼火だ。そいつがハロウィンの日だけ、話にならんぐらい強力になる。私でも太刀打ちできんくらいにな」
箔は情けなく鼻を鳴らした。
おとなしくメイはキャンディをかじっている。
ウィル・オ・ザ・ウィプスは、低層にあらわれるモンスターということもあって、初等部の魔術師でもたおせる弱い怪物だ。
それを。箔 時臣――【学院】の長をつとめるこの男が、はっきりと「かなわない」というのに、すこし鼻白むものがある。
「第三層まで行かないという条件つきなら、立ち入りを許可してもよいのでは?」
「だめだ」
「どうして」
「すべてのフロアに拡散するんだよ。この日だけは。なぜかは知らん。だが、きみも聞いたことはあるだろう」
「……。ジャック・オ・ランタン」
メイの答えに箔は満足そうにうなずいた。
――かつて悪魔と契約し、強大なちからを得ておきながら、地獄行きの切符をサギ的な手法で免除させた狡賢い魔術師。
ウィル・オ・ザ・ウィプスの正体、あるいは別称が、この【ジャック・オ・ランタン】その人だとも言われているが真偽は不明。
ただ箔は、ウィル・オ・ザ・ウィプスと、ジャック・オ・ランタンとの関連を信じていた。
「【迷宮】のなかで死んでなお千々に砕けた魂が、この時期だけはなぜか鬼火にちからを与えるみたいでな。私も昔、ただのウワサだと侮ってなかに入ってみたが……。逃げるので精いっぱいだったよ」
ゆるく箔は太い首をふった。
あめちゃんをくわえたままメイは立ちあがる。
「わかりました。今日の探索はあきらめます」
「そうしたまえ」
「理由をおしえてくれたお礼に、箔先生に良いことを教えてあげますわ」
「そりゃありがたいな」
さして期待はせずに箔は脚に頬杖をついた。メイを見あげる。
黒いローブを頭からかぶり、死神に扮したと言いはる少女は、飴の棒をつまんでくちからはずして告げる。
「先生が門番に来るよりまえに、十八名の生徒が迷宮に入っていきました」
「そうか」
箔に一礼して、メイは階段を下りていった。
箔はうしろを振りかえる。
内部に迷宮への【門】を抱える扉をみやる。
ほっとけばまた生徒が減ることになるが。
「まあ。しょうがないな」
(【短編11:ハロウィン】おわり)
読んでいただき、ありがとうございました。