8-3.巨大バンブーを攻略せよ。 ~姉妹編~
〇このものがたりは『8-2.巨大バンブーを攻略せよ。 ~バトル編~』のつづきです。
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〇登場キャラクター紹介です。
・史貴 茜:【賢者】の少女。【学院】で最強のちからをもつ魔術師。
・史貴 葵:茜の姉。【学院】の学院長をしている。
・和泉:18才の青年。魔術学院に所属する若手の教授。
〇
【迷宮】地下七.七層。
七月の七日に二十四時間だけ存在する、小数点フロア。
群生する竹と笹が広大な竹林を築く――しかしモンスターはのんびりした茸と筍しかいないため、迷宮内では安全なほうだ――エリアの中央部に、その巨大な竹は聳え立っていた。
巨大バンブー。(※ネーミングセンス〇でお届けしています。)
【学院】の関係者らにはそう呼ばれて久しい、願いをかなえる植物。実際その名に恥じないでかさを件の竹は有していた。
幹はひと抱えもの幅があり、てっぺんは天――赤と黒の薄靄に隠れて見えない。
方々にのびる枝も、背伸びしたくらいでは届かない。
けれど短冊はどこにかけても願いはかなうのだから、彼女は別段その大きさに関してはどうでもよかった。
彼女――【学院】の【賢者】、史貴 茜である。
肩までの長さの髪は金の色。グリーンの目は大きく、もうあと三年も待てば傾城に花ひらくであろう可憐な顔だちをしている。
シャツにミニスカートの服装の上につけているのは、【賢者】――魔術師最強の称号である――にのみ与えられる赤い法衣。
魔術師の最上位奥義である、詠唱不要の技術『ひばりの技法』を用いて、茜は自分に飛行の魔術をかける。
ふわり。
十七才にしては小柄な身体が浮きあがった。
片手に準備していた短冊を、巨大バンブーのひと枝にかける――。
「待ちなさい。茜!」
みおろすと、姉の葵がいた。
長い金髪に、青い目をした若い魔女。【学院長】という立場から、公務の際には着ることを強要されているドレスに、黒い法衣をまとっている。
顔つきは――茜の年齢をあと五つは大きくしたらきっとこうなるだろう美しさ。
巨大バンブーのまえからおりずに、茜は地上の姉に言った。
「なあんだ。お姉ちゃんも来てたんだ」
「ええ。というか……。私に言わせてみれば、あなたがここにいるほうがビックリだわ。いつも不参加だったじゃない」
【迷宮】は、ある事情でここ五年は閉じており、茜もまた同じ期間活動を停止していた。
が。その時間をさっぴいても、茜が七夕の巨大バンブーを無視していたのは否めない事実だった。
「小さい時。私がめずらしく『願いが叶う竹があるのよ』って教えてあげても、あなた『ふーん』ってむずかしい顔して唸るばっかりだったじゃない」
実の妹をびしりと指し示したまま葵は不平をならべる。
「こっちが誘っても『うーん。うーん』って首をかしげて動こうとしなかったし。……それがどういう風の吹きまわし?」
「結論が出たんだよ。私のなかで」
姉の言うことにはほとんど耳を貸さず。茜は短冊をつける作業にもどる。
その目のまえに魔術の光線がひらめいた。
どおおおおおんッ!
爆炎があがり、衝撃と風圧が茜の小さな身体をさらう。
宙返りをうって、茜は空に着地した。
地上から葵が叫ぶ。かなり必死なようすで。
「あなたにはわるいけど。今回ばかりは私にゆずってもらうわ!」
「なにを叶えてほしいのかは知らないけどさー。お姉ちゃん……」
茜はグリーンの目をうろんにした。戦りあうなら、てきとーに手加減して追いはらうつもりだったが。
そのまえにひとつ確認しておく。
「ちゃんと短冊用意してきたの?」
「あたりまえでしょう。ぬかりはないわ」
葵はドレスには不似合いなポーチに手をやった。
【迷宮】に入る時には必ず腰帯に通すようにしているのだ。
件の紙切れはそこに入れてある。
すかっ。
ふたをとめるスナップが、なんの手ごたえもなくはずれた。いや。はずれていた。
葵の指先が、なかをさぐり……。
ついで。ぱたぱたとドレスや法衣のあっちこっちをたたく。
「……ない」
いひっ。
といたずらっぽく茜は笑った。葵に手を向ける。
「どっかで落っことしてきたみたいだね」
「まちなさい茜」
魔力の光が茜の小さな手のひらに収束する。
「暴力はいけないわ」
「どのくちが言うんだよ」
「しっかりふたりで話し合って。それからどっちが願掛けをするか。おたがいが納得のいく形で決めましょう」
「いやだね。さっきのお返しだよ!」
茜は魔術を放った。
まっ白な光の高熱波が、葵めがけて一直線に飛んでいく。
轟音と悲鳴が重なった。
煙がもうもうと立ちのぼり、赤と黒の斑の空に、葵の身体が飛んでいった。
〇
「ん?」
甲高い声が聞こえた気がして、和泉は飛行をやめた。
生徒や教員が死屍累々をなしている地上におりる。
湿った腐葉土には、彼ら魔術師たちの悲願が、紙くずとなってひらひら転がっている。
「ドラゴンでも通った後みたいだな……」
地面はところどころ抉れ、ぱさつき、砂っぽくなっているところもある。
【学院長】や【賢者】――要は史貴姉妹と運わるく交戦でもすれば、こんな惨状にもなるだろうか。
(茜とかち合うのだけはイヤだなあ……)
学長のほうとも戦りあうのは抵抗があったが、隙をつけばあるいは……。という淡い期待がまだ持てる。
ふみっ。
もんもんと和泉が考えていると、クツの底に妙な感触がした。
散っていった魔術師たちの願いのかけらとでも言おうか。
踏んづけられたり魔法の余波を受けたりで、しっちゃかめっちゃかになった短冊を和泉は拾いあげた。
なんとなく。小声で読みあげる。
「『図書館の君と結婚できますように』――だあ?」
けえッ。
唾を吐いて和泉は短冊をびりびりに破いた。
「どこのあほうだよ。そんなヤツと添いとげたいなんて思うのは!」
図書館の君と言えば、数年前まで【学院】で司書をやっていたイケすかない男である。
性格が最悪だがなまじ顔が良いために女の子にモテて、とっかえひっかえしてあそんでいたプレイボーイ。
「きっとろくでもない女だな」
ひがみ十割で短冊の主を罵って、和泉はちょっとだけすっきりした。
いずれにしても。
「みんなのびてるってことは、チャンスなんだよな」
るんるん気分で和泉は飛行を再開する。
奥へと。高速ですすんでいく。
【つづく】