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鉄と真鍮でできた指環 ~季節編~  作者: とり
 短編1 桃の節句
2/36

1-2.魔女たちのひな祭り【後編】 






   〇前編ぜんぺんのあらすじです。


  『学院長がくいんちょう史貴しき あおいが、ひな人形にんぎょうをほしがる』




   〇登場とうじょうキャラクター紹介しょうかいです。

   ・史貴しき あおい魔術まじゅつ学院の女学長おんながくちょう。20才。魔法まほうのない科学の世界・【おもて】の出身しゅっしん日本人にほんじん

   ・シロ:葵の使つか外見年齢がいけんねんれい17才くらい。

   ・リョーコ・エー・ブロッケン:学院の研究所けんきゅうじょにつとめる魔女まじょ。19才。葵のもと同級生どうきゅうせい魔法まほうの世界・【うら】の住人じゅうにん

   ・メイ・ウォーリック:魔術まじゅつ学院の高等部こうとうぶ二年生にねんせい。17才。リョーコのおさななじみ。【裏】の貴族。








   〇


(もも)節句(せっく)というのがありまして」

 ソーサーにカップをおろす(おと)がする。

 おちゃ受けにマドレーヌをついばみながら、彼女(かのじょ)たちはだらだらしゃべ(ダベ)っていた。

 教授(きょうじゅ)研究者けんきゅうしゃに割りあてられる集合住宅しゅうごうじゅうたく――【宿舎(しゅくしゃ)】である。

 近くには学生(よう)のアパートメント【(りょう)】があるが、そちらは基本きほん的に相部屋(あいべや)であるのに対して、【宿舎】はひとりに一部屋(ひとへや)あたえられる。

 女子(じょし)棟の上階(じょうかい)

 山並やまなみから【森林庭園】、高々とそびえる【図書館塔(としょかんとう)】を一望(いちぼう)できる部屋にふたりはいた。

 ひとりはあかいリボンをゆったなが黒髪(くろかみ)に、(むらさき)がかった黒いひとみの学生。午後の授業じゅぎょうは「教師きょうしのレベルが低いのですわ」と言ってサボタージュした、十七才(じゅうななさい)女魔術師(おんなまじゅつし)高等部(こうとうぶ)二年生(にねんせい)のメイ・ウォーリックである。


 四月しがつになれば大学部の受験生(じゅけんせい)だ。

 学院推奨(すいしょう)のブラウスにタータンチェックのスカート。下品にならないていどに、すそやえりにレースをほどこしたそれをして、メイは友人(ゆうじん)のおたくでくつろいでいた。

 生徒(よう)(しろ)マントははずして椅子いすにかけている。

 円卓(えんたく)対面たいめんにいるのは、両耳りょうみみに銀のピアスをつけたあかいセミロングの魔術師まじゅつしである。今年二十才(はたち)になる女性(じょせい)だが、十七才のメイより若くみえる。発育(はついく)のいいメイがおとなびてみえるのか。絶対的に、赤毛(あかげ)魔女まじょがおさない(かお)だちをしているのか。なんにせよ。

「なにそれメイちゃん。(もも)でも食ってさわぎましょ。とかでもいう日?」

 椅子いすのうしろあしだけでバランスを取り、背もたれに腕をからめて赤毛あかげの魔女――リョーコ・(エー)・ブロッケンは茶化す。

 あか頭髪とうはつ。赤い()背丈(せたけ)はメイより若干(じゃっかん)低い。ノースリーブのハイネックに七分(たけ)のパンツルックといったすずしい格好をしている。季節はまだつめたさがのこるのだが、この部屋はあたたかった。(ゆか)に設置した暖房(だんぼう)器具の試運転(ちゅう)なのだ。


「さわぐのかしら。お酒はのむみたいですが……。あとお菓子?」

「ぜーたくな日ってわけだ。まあ、お酒がのめるなら私は歓迎かな」

「あなたはそうでしょうねブロッケンさま。そうそう。別名べつめいを『ひなまつり』とも言いまして」

「へーえ」

 聞きながしながらリョーコはマドレーヌを割った。

 行儀(ぎょうぎ)のわるい姿勢のまま、ぱくぱくとくちにほうりこむ。

人形(にんぎょう)を使った呪術(じゅじゅつ)をおこなうみたいなんですの。わたくしの調べた限りではですが」

「はあ。藁人形わらにんぎょう五寸(ごすん)釘でも打つわけ?」

「それが……」

 がたん。

 とうるさく椅子いすゆかにおろしたリョーコに()つきをするどくして、メイはつづけた。

「たくさん人形をならべて。供物(くもつ)ささげて。……なんだったかしら。『ながす』? そう――。最後には川にながすとか」

「……なんで?」

 寒気(さむけ)をこらえるためリョーコは自分の身体に両腕(りょううで)をまわした。にんぎょう系の怪談(ホラー)は苦手だ。


(やく)をはらうと聞きました。つまり、()(しろ)として人形にんぎょうを使うわけです。でも片付けるのがおそいと、(のろ)われるとか」

「なんでどっかにながすのに『片付ける』なんてことができるのよ」

「さあ。地方ごとでやりかたが違うみたいですわね」

 紅茶(こうちゃ)をのもうとして、メイはもうカラになっていたことに気がついた。

 おたがいの使(つか)()は、とうのむかしにどこかへあそびに行ったので、あごをしゃくってリョーコにいれさせる。くいっ。

「メイちゃんさあ。そのタカビーなのなんとかなんない?」

「なりません。そもそも、なんとかしようという気もありません」

 しかたなくポットを取って。茶をついで。リョーコは「はぁ」と嘆息(たんそく)した。

「にしても。(のろ)いってなによ。呪術(じゅじゅつ)ってことは、そっちが本題ほんだいなんでしょ?」

「こんき――婚期をのがすみたいですわ」

「こんき? のがすもなにも、自由じゆうじゃないのそれ。いくつでつがいになろおが。一生(いっしょー)けっこんしなかろおが」

「この手のはなし。学院長(がくいんちょう)先生はきそうですわね」

 (ちゃ)をすすって、ぴたりとメイはかたまった。

「……だれか来る?」

「いつから探知魔法(まほう)ってたのよ」


「来たときから。ほかの先生とばったりってなったら、めんどうですし」

「どうするメイちゃん。帰る?」

「ばかをおっしゃって。まだお菓子がのこっているのに」

 言うがはやいかマントを肩にひっかけて、透明化(インビジブル)魔法まほうをメイは行使(こうし)した。

 (あし)もとからすーっ。とメイの色がぬけていく。周囲(しゅうい)の景色と同化する。

(ねん)のため部屋移動(いどう)する?――」

 リョーコが注意(ちゅうい)をうながした刹那せつな

 玄関のノブが光った。

 施錠(せじょう)が解ける。でかい(おと)をたてて、ドアがひらく。

「ごきげんよう。リョーコ」

 ばああああんッ!

 とあらわれたのは、金色長髪(きんいろちょうはつ)碧眼(へきがん)魔女まじょ。【学院】の女学長(おんながくちょう)史貴(しき) (あおい)だった。

 あぐり。と椅子いすすわったまま、リョーコはくちをあける。


「いまはたくないかおだったわ」

 ひょこりとあおいのうしろからかおをのぞかせて、「私もいまーす」とシロ。

 うさぎの(みみ)をはやした彼女かのじょは、テーブルのお菓子とカップをみるなりあかをぱちくりさせた。

「あれ。お客さん来てたんですか?」

「それとも……。()()()?」

 ほそい眉毛(まゆげ)を動かして、葵はシロの問いをついだ。

 ゆっくりとリョーコは立ちあがる。なんとなしをよそおって、居間いまから浴室よくしつ側にあるいていく。

 とん。

 と本来ほんらいならなにもない空間をひじで小突き、透明人間(メイ)をうながす。

「来てたのよ。もう帰っちゃったけど。てか。そんなのあなたたちにカンケーないでしょ。私がどこのだれとひまつぶししてようが。第一(だいいち)ここ私の部屋だし」

「ふーん。ところでリョーコ」

 浴室(バスルーム)に先まわりして、白いドアを背もたれに(あおい)は立った。

「あなたがウソをつく時のクセをおしえてあげましょうか?」

「きょーみないわね。つーかひとの部屋に勝手にはいってきた挙句(あげく)進路しんろふさぐとかありえない。私すっごいつかれててひとっ風呂(ぷろ)あびたい気分なんだけどお――」

口数くちかずが増えるのよ。あと。口調(くちょう)がべらぼうにはやくなる」

 意気(いき)揚々(ようよう)とあけたままのリョーコのくちが、ふさがらない。

 ドアにもたれて立ったまま葵はながいスカートの下で(あし)を組みかえた。

「もっとも。ここに誰かいたからと言って、私はこまらないけどね。あなたとそんなおかしなはなしをしに来たわけでもなし」

「……。……。……」


 ばれてらあ。

 観念(かんねん)して、リョーコは相手あいて魔法(まほう)を解くよう視線を動かす――。

「とは言え。ウォーリックさんだとやっぱり()()かしらね。内容ないようを聞かれてうんぬんではなくて、あの子にあまり個人的(プライベート)なところをせたくないというか」

 硬直(こうちょく)したままリョーコは声をしぼりだした。

「なんでよ?」

「しょっちゅう学長室(がくちょうしつ)によびだして、注意ちゅういをしている立場(たちば)だから」

「あんたのことなんて気にしないとおもうけどな。メイちゃんは」

「ええそうね。彼女かのじょはまったく意に(かい)さず、ちっとも言うことをきかない」

 くすくす。

 ちいさく笑う声がもれた。(あおい)半眼(はんがん)でリョーコのそばをにらむ。


「……まさか?」

「とにかく。よ!」

 せきにもどって乱暴らんぼう椅子いすに腰かけて、リョーコははなしの矛先(ほこさき)をねじまげた。

「あんたらなんのようなのよ。言っとくけど、ただあそびに来ただけっつったらキレるわよッ。つーかあおい。あんたいま仕事(ちゅう)じゃあ――」

(もも)節句(せっく)なのよ」

 ぐたあ。

 いろいろとリョーコはあきらめた。

 ひらりと浴室よくしつのまえからどいて、葵はあいていた席にすわる。紅茶(こうちゃ)半分はんぶんくらいたまっているカップをつまんで、もちあげる。

「あったかいわねリョーコ。いれたて?」

黙秘権(もくひけん)を行使するわ。てかなんで自分家じぶんち尋問(じんもん)みたいなことされなきゃなんないのよお」

「まあ聞きなさい」

 すいっ。とマドレーヌの(さら)とティーカップを葵はわきにやった。

今日きょうは三月の三日みっか。わかる? リョーコ。きょうは『おんなの日』なのよ」

「あ?――ああ」

 ぽん。とリョーコは手を打って立ちあがった。

「なあんだ。そゆことね。(くすり)作ってくれってことだったのね。あんたがいつも使ってるやつなら、確かストックがあったとおもうから――」

 がんッ。があんっ!


 椅子いすでしこたまなぐられて、リョーコはゆかにくずれた。

 旧友(きゅうゆう)のえりをむんずと掴み、(あおい)椅子いすにひきずりもどす。

「なにとカンちがいしてるのかしらね。このすかぽんたんは」

 ちょこんとお(すわ)りしたリョーコは、借りてきたねこみたいに小さくなって。「ちがうの?」

「ええ。ちがう。私が言っているのは、今日きょうが『ひなまつり』だってこと」

「まあーたひなまつり」

「また?」

 めんどうくさそうに自分の(ちゃ)姫匙(ひめスプーン)でかきまぜながら、リョーコは「つづけて」と先をかす。

「いいことリョーコ。あなたにしてもらいたいのはね。その人形にんぎょうを作るということなの」

 ぐるぐる。

 (あか)い液体をリョーコはまぜたまま。

「おことわりよ。それに、手芸(しゅげい)だったらあんたの得意分野(ぶんや)じゃないの。シロさんの服もチャコさんのメイド服も、全部あんたが作ってるんでしょ?」

「えへへー」

 とチョッキをちょっとつまんで、シロがうれしそうに笑う。

 (あおい)(ほこ)らしげに……はなでわらう。


(ほね)れるわね。はっきり言って、魔法まほうを使わなきゃやってられないのよ。雛人形(ひなにんぎょう)って、私のおぼえてる限りではリアルな顔立(かおだ)ちで……。職人技(しょくにんわざ)よ。あれは。しろうとが真似まねなんてできないわ」

「だからって私だってむりだからね。錬金術(れんきんじゅつ)の分野に期待してんでしょーけど。『(いち)からつくる』ってのは現段階ではおいそれとできないから。任意(にんい)のものを魔法陣(まほうじん)材料ざいりょうだけで生み出すなんて。ゆめのまたゆめよ」

「はあー」

 (おお)きくあおいは息をついた。わざとらしく。

「そう。残念ざんねんだわ。せっかく(あかね)とむかしみたいにおいわいできるとおもったのに」

「……。……」

 落胆(らくたん)する元同級生(どうきゅうせい)に、リョーコはばつがわるそうにほおをかいた。

「そっ。そんな気い落とすことないでしょ。私も聞いたはなしなんだけどさあ。なんでも『人形を片付けそびれると、結婚できない(のろ)いにかかる』とかなんとか。あんたってば結婚願望(がんぼう)あるんでしょ。だったら、最初さいしょっから飾らないほうが……」

「気を使ってもらわなくて結構よ。おじゃましたわね。あとのろいじゃないから」


 ふらり。

 (あおい)は席をたち、勝手にひとんちの本棚(ほんだな)物色(ぶっしょく)していたシロをんだ。

 子どもむけのほんんでいたウサ(みみ)が「ああっ!」と声をあげる。

「ご主人(しゅじん)。これなんかは……」

 ぺらり。とページをあけて、シロは主人しゅじんのもとに駆けもどった。

 『おりがみのほん』である。

 ちょっと葵がのぞきこみ、シロから取りあげる。

「貸しなさいシロ。……『おだいりさまと、おひなさまの()りかた』?」

 こくこく。

 うなずいていたシロだが、「ま。なっとくしないだろうな」というのが本音(ほんね)だった。

「これでいいわ」

 すぱんっ!!


 ほんを閉じてわきにかかえて、あおいは玄関にむかった。

 (おも)いだしたように、身軽みがるにリョーコをふりかえる。

「じゃっ。私はいまから童心にもどって部屋でおりがみしてくるから。じゃましないでねリョーコ。あとこれもらっていくわね」

 ちゃっ。と手をあげてばたん。(←ドアの閉まる(おと))。

 ぼーぜん。

 (あおい)たちが去ってしばらくしてから、リョーコはようやく我に返った。

「なっ……んじゃそりゃあッ。だったら最初さいしょっから図書館(としょかん)でも行きなさいよっ。そして『もらってく』って……っ。いや私もそんなほんがあるのわすれてたからいいけどさあ!」

 すーっ。

 ほえるリョーコのそばでメイが透明化(とうめいか)解除かいじょする。

 ぎゃんぎゃん色々とわめきすぎて肩で息をしている赤毛あかげ友人ゆうじんに、彼女かのじょはうしろから声をかけた。

「わたくしが言うのもなんですが。ブロッケンさま」

「なによメイちゃん」

 つかれたかおを、ゆらりとリョーコはメイにむけた。

 真顔(まがお)でメイは言いはなつ。

「よくあんなのと仲良なかよくさ(えん)やってられますわね」

「なかよくないっ!!」

 ぶちちぃッ。

 (あたま)の血管が軒並のきなみ切れて、リョーコはたくさん血をいた。



 ――()くして!



 史貴(しき) (あおい)のひなまつりは、まわりの人たちの犠牲ぎせい……。

 ……協力(きょうりょく)のもと。ささやかながらもおだやかに。実現されたのだった。






               (【短編たんぺん1:もも節句せっく】おわり)















      んでいただき、ありがとうございました。







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