1-2.魔女たちのひな祭り【後編】
〇前編のあらすじです。
『学院長の史貴 葵が、ひな人形をほしがる』
〇登場キャラクター紹介です。
・史貴 葵:魔術学院の女学長。20才。魔法のない科学の世界・【表】の出身。日本人。
・シロ:葵の使い魔。外見年齢17才くらい。
・リョーコ・A・ブロッケン:学院の研究所につとめる魔女。19才。葵のもと同級生。魔法の世界・【裏】の住人。
・メイ・ウォーリック:魔術学院の高等部二年生。17才。リョーコのおさななじみ。【裏】の貴族。
〇
「桃の節句というのがありまして」
ソーサーにカップをおろす音がする。
お茶受けにマドレーヌをついばみながら、彼女たちはだらだらしゃべっていた。
教授や研究者に割りあてられる集合住宅――【宿舎】である。
近くには学生用のアパートメント【寮】があるが、そちらは基本的に相部屋であるのに対して、【宿舎】はひとりに一部屋あたえられる。
女子棟の上階。
山並みから【森林庭園】、高々とそびえる【図書館塔】を一望できる部屋にふたりはいた。
ひとりは赤いリボンをゆった長い黒髪に、紫がかった黒い瞳の学生。午後の授業は「教師のレベルが低いのですわ」と言ってサボタージュした、十七才の女魔術師。高等部二年生のメイ・ウォーリックである。
四月になれば大学部の受験生だ。
学院推奨のブラウスにタータンチェックのスカート。下品にならないていどに、すそやえりにレースをほどこしたそれを召して、メイは友人のおたくでくつろいでいた。
生徒用の白マントは外して椅子にかけている。
円卓の対面にいるのは、両耳に銀のピアスをつけた赤いセミロングの魔術師である。今年二十才になる女性だが、十七才のメイより若くみえる。発育のいいメイがおとなびてみえるのか。絶対的に、赤毛の魔女がおさない顔だちをしているのか。なんにせよ。
「なにそれメイちゃん。桃でも食ってさわぎましょ。とかでもいう日?」
椅子のうしろあしだけでバランスを取り、背もたれに腕をからめて赤毛の魔女――リョーコ・A・ブロッケンは茶化す。
赤い頭髪。赤い眼。背丈はメイより若干低い。ノースリーブのハイネックに七分丈のパンツルックといったすずしい格好をしている。季節はまだ冷たさがのこるのだが、この部屋はあたたかった。床に設置した暖房器具の試運転中なのだ。
「さわぐのかしら。お酒はのむみたいですが……。あとお菓子?」
「ぜーたくな日ってわけだ。まあ、お酒がのめるなら私は歓迎かな」
「あなたはそうでしょうねブロッケンさま。そうそう。別名を『ひなまつり』とも言いまして」
「へーえ」
聞きながしながらリョーコはマドレーヌを割った。
行儀のわるい姿勢のまま、ぱくぱくとくちにほうりこむ。
「人形を使った呪術をおこなうみたいなんですの。わたくしの調べた限りではですが」
「はあ。藁人形に五寸釘でも打つわけ?」
「それが……」
がたん。
とうるさく椅子を床におろしたリョーコに目つきをするどくして、メイはつづけた。
「たくさん人形をならべて。供物を捧げて。……なんだったかしら。『ながす』? そう――。最後には川にながすとか」
「……なんで?」
寒気をこらえるためリョーコは自分の身体に両腕をまわした。にんぎょう系の怪談は苦手だ。
「厄をはらうと聞きました。つまり、依り代として人形を使うわけです。でも片付けるのが遅いと、呪われるとか」
「なんでどっかにながすのに『片付ける』なんてことができるのよ」
「さあ。地方ごとでやりかたが違うみたいですわね」
紅茶をのもうとして、メイはもうカラになっていたことに気がついた。
おたがいの使い魔は、とうのむかしにどこかへあそびに行ったので、顎をしゃくってリョーコにいれさせる。くいっ。
「メイちゃんさあ。そのタカビーなのなんとかなんない?」
「なりません。そもそも、なんとかしようという気もありません」
しかたなくポットを取って。茶をついで。リョーコは「はぁ」と嘆息した。
「にしても。呪いってなによ。呪術ってことは、そっちが本題なんでしょ?」
「こんき――婚期をのがすみたいですわ」
「こんき? のがすもなにも、自由じゃないのそれ。いくつでつがいになろおが。一生けっこんしなかろおが」
「この手のはなし。学院長先生は好きそうですわね」
茶をすすって、ぴたりとメイはかたまった。
「……だれか来る?」
「いつから探知魔法張ってたのよ」
「来たときから。ほかの先生とばったりってなったら、めんどうですし」
「どうするメイちゃん。帰る?」
「ばかをおっしゃって。まだお菓子がのこっているのに」
言うがはやいかマントを肩にひっかけて、透明化の魔法をメイは行使した。
足もとからすーっ。とメイの色がぬけていく。周囲の景色と同化する。
「念のため部屋移動する?――」
リョーコが注意をうながした刹那。
玄関のノブが光った。
施錠が解ける。でかい音をたてて、ドアがひらく。
「ごきげんよう。リョーコ」
ばああああんッ!
と現われたのは、金色長髪に碧眼の魔女。【学院】の女学長・史貴 葵だった。
あぐり。と椅子に座ったまま、リョーコはくちをあける。
「いまは見たくない顔だったわ」
ひょこりと葵のうしろから顔をのぞかせて、「私もいまーす」とシロ。
うさぎの耳をはやした彼女は、テーブルのお菓子とカップをみるなり赤い眼をぱちくりさせた。
「あれ。お客さん来てたんですか?」
「それとも……。きてる?」
ほそい眉毛を動かして、葵はシロの問いをついだ。
ゆっくりとリョーコは立ちあがる。なんとなしをよそおって、居間から浴室側に歩いていく。
とん。
と本来ならなにもない空間を肘で小突き、透明人間をうながす。
「来てたのよ。もう帰っちゃったけど。てか。そんなのあなたたちにカンケーないでしょ。私がどこのだれと暇つぶししてようが。第一ここ私の部屋だし」
「ふーん。ところでリョーコ」
浴室に先まわりして、白いドアを背もたれに葵は立った。
「あなたがウソをつく時のクセを教えてあげましょうか?」
「きょーみないわね。つーかひとの部屋に勝手に入ってきた挙句進路ふさぐとかありえない。私すっごいつかれててひとっ風呂あびたい気分なんだけどお――」
「口数が増えるのよ。あと。口調がべらぼうにはやくなる」
意気揚々とあけたままのリョーコのくちが、ふさがらない。
ドアにもたれて立ったまま葵は長いスカートの下で脚を組みかえた。
「もっとも。ここに誰かいたからと言って、私は困らないけどね。あなたとそんなおかしな話をしに来たわけでもなし」
「……。……。……」
ばれてらあ。
観念して、リョーコは相手に魔法を解くよう視線を動かす――。
「とは言え。ウォーリックさんだとやっぱりいやかしらね。内容を聞かれてうんぬんではなくて、あの子にあまり個人的なところを見せたくないというか」
硬直したままリョーコは声をしぼりだした。
「なんでよ?」
「しょっちゅう学長室によびだして、注意をしている立場だから」
「あんたのことなんて気にしないと思うけどな。メイちゃんは」
「ええそうね。彼女はまったく意に介さず、ちっとも言うことをきかない」
くすくす。
ちいさく笑う声がもれた。葵が半眼でリョーコのそばをにらむ。
「……まさか?」
「とにかく。よ!」
席にもどって乱暴に椅子に腰かけて、リョーコは話しの矛先をねじまげた。
「あんたらなんの用なのよ。言っとくけど、ただあそびに来ただけっつったらキレるわよッ。つーか葵。あんたいま仕事中じゃあ――」
「桃の節句なのよ」
ぐたあ。
いろいろとリョーコはあきらめた。
ひらりと浴室のまえからどいて、葵はあいていた席に座る。紅茶が半分くらいたまっているカップをつまんで、もちあげる。
「あったかいわねリョーコ。いれたて?」
「黙秘権を行使するわ。てかなんで自分家で尋問みたいなことされなきゃなんないのよお」
「まあ聞きなさい」
すいっ。とマドレーヌの皿とティーカップを葵はわきにやった。
「今日は三月の三日。わかる? リョーコ。きょうは『女の子の日』なのよ」
「あ?――ああ」
ぽん。とリョーコは手を打って立ちあがった。
「なあんだ。そゆことね。薬作ってくれってことだったのね。あんたがいつも使ってるやつなら、確かストックがあったと思うから――」
がんッ。があんっ!
椅子でしこたまなぐられて、リョーコは床にくずれた。
旧友のえりをむんずと掴み、葵は椅子にひきずりもどす。
「なにとカンちがいしてるのかしらね。このすかぽんたんは」
ちょこんとお座りしたリョーコは、借りてきた猫みたいに小さくなって。「ちがうの?」
「ええ。ちがう。私が言っているのは、今日が『ひなまつり』だってこと」
「まあーたひなまつり」
「また?」
めんどうくさそうに自分の茶を姫匙でかきまぜながら、リョーコは「つづけて」と先を急かす。
「いいことリョーコ。あなたにしてもらいたいのはね。その人形を作るということなの」
ぐるぐる。
紅い液体をリョーコはまぜたまま。
「おことわりよ。それに、手芸だったらあんたの得意分野じゃないの。シロさんの服もチャコさんのメイド服も、全部あんたが作ってるんでしょ?」
「えへへー」
とチョッキをちょっとつまんで、シロがうれしそうに笑う。
葵も誇らしげに……鼻でわらう。
「骨が折れるわね。はっきり言って、魔法を使わなきゃやってられないのよ。雛人形って、私のおぼえてる限りではリアルな顔立ちで……。職人技よ。あれは。しろうとが真似なんてできないわ」
「だからって私だってむりだからね。錬金術の分野に期待してんでしょーけど。『一からつくる』ってのは現段階ではおいそれとできないから。任意のものを魔法陣と材料だけで生み出すなんて。ゆめのまたゆめよ」
「はあー」
大きく葵は息をついた。わざとらしく。
「そう。残念だわ。せっかく茜とむかしみたいにお祝いできると思ったのに」
「……。……」
落胆する元同級生に、リョーコはばつが悪そうにほおをかいた。
「そっ。そんな気い落とすことないでしょ。私も聞いたはなしなんだけどさあ。なんでも『人形を片付けそびれると、結婚できない呪いにかかる』とかなんとか。あんたってば結婚願望あるんでしょ。だったら、最初っから飾らないほうが……」
「気を使ってもらわなくて結構よ。おじゃましたわね。あと呪いじゃないから」
ふらり。
葵は席をたち、勝手にひとんちの本棚を物色していたシロを呼んだ。
子どもむけの本を読んでいたウサ耳が「ああっ!」と声をあげる。
「ご主人。これなんかは……」
ぺらり。とページをあけて、シロは主人のもとに駆けもどった。
『おりがみのほん』である。
ちょっと葵がのぞきこみ、シロから取りあげる。
「貸しなさいシロ。……『おだいりさまと、おひなさまの折りかた』?」
こくこく。
うなずいていたシロだが、「ま。なっとくしないだろうな」というのが本音だった。
「これでいいわ」
すぱんっ!!
本を閉じてわきにかかえて、葵は玄関にむかった。
思いだしたように、身軽にリョーコをふりかえる。
「じゃっ。私はいまから童心にもどって部屋でおりがみしてくるから。じゃましないでねリョーコ。あとこれもらっていくわね」
ちゃっ。と手をあげてばたん。(←ドアの閉まる音)。
ぼーぜん。
葵たちが去ってしばらくしてから、リョーコはようやく我に返った。
「なっ……んじゃそりゃあッ。だったら最初っから図書館でも行きなさいよっ。そして『もらってく』って……っ。いや私もそんな本があるのわすれてたからいいけどさあ!」
すーっ。
ほえるリョーコのそばでメイが透明化を解除する。
ぎゃんぎゃん色々とわめきすぎて肩で息をしている赤毛の友人に、彼女はうしろから声をかけた。
「わたくしが言うのもなんですが。ブロッケンさま」
「なによメイちゃん」
つかれた顔を、ゆらりとリョーコはメイにむけた。
真顔でメイは言いはなつ。
「よくあんなのと仲良く腐れ縁やってられますわね」
「なかよくないっ!!」
ぶちちぃッ。
頭の血管が軒並み切れて、リョーコはたくさん血を噴いた。
――斯くして!
史貴 葵のひなまつりは、まわりの人たちの犠牲……。
……協力のもと。ささやかながらもおだやかに。実現されたのだった。
(【短編1:桃の節句】おわり)
読んでいただき、ありがとうございました。