8-2.巨大バンブーを攻略せよ ~バトル編~
〇このショートストーリーは、『8-1.巨大バンブーを攻略せよ』のつづきです。
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〇登場キャラクター紹介です。
・和泉:18才の青年。魔術学院に所属する若手の教授。
・高山田くん:今回かぎりのサブキャラクター。大島ヶ原くんのともだち。
・大島ヶ原くん:今回かぎりのサブキャラクター。高山田くんのともだち。
・永城 壮馬:二十一才の青年。和泉の弟子。
〇
【迷宮】。
魔術の名門校【学院】が管理する危険区域である。
フロアごとに異なる地形には、モンスターや魔法の鉱物・植物が生息し、奥には下層への階段が存在する。
実戦型の授業やフィールドワークで学生のおとずれることも多いが、安全性確保のため、学級によって『下降制限』がかけられている。
初等部の生徒は三階層まで。中等部生でも、二桁フロアはゆるされていない。高等部以上になると制限はかなりゆるくなるものの、それでも下層に行くほどモンスターが強くなるという性質上、深くまでもぐるものはすくない。
二十階層より下は、とりわけモンスターの凶暴性・悪質性が劇的に高まるので、教員クラスでもよほどのことがない限り――あるいは業務上必要でない限り――近づかない。
【七.七層】は、溶岩地帯である【第七層】を踏破した先にあった。
煮えたぎるマグマに岩の橋がかかっただけのエリアもある第七層は、順当に考えればギブアップする魔術師たちが出てくる『試練の場』と言えた。
洞窟内に充満する、熱波と熱気。
その息苦しさと【石像の魔物】などの悪辣な怪物の出現も加味すれば、より下層まで行きつけた連中なんてそんなにいない――。
つまりは。
出遅れた和泉にも、いくらかチャンスは残っている。
――はずだったが。
(あまかった……)
『茜と、で、で。でッ。デートできますように』
と書いた短冊を片手に和泉は汗をぬぐった。溶岩地帯を飛んだ際に噴きだしたものである。
彼が今いるのは七.七層。
八階層目におりる階段を、七割ほどすすんだところに出現したフロアであることからそう呼ばれている。
あたり一面に、竹や笹の生い茂った迷うような竹林地帯。適度な湿度があり、すずしい風が吹いている。
和泉の足もとには、腐葉土が広がっていた。
あっちこっちに、このフロアのモンスターらしき、手足のはえた茸と筍がのこのこ歩いている。かわゆい。
どうひいき目にみても上半分がチョコめいたものでコーティングされ、石突きや下半分をビスケット生地で構成されたそれらは、おたがいの存在を確認するなりぽかすかと殴り合いをはじめ、勝手な消滅を繰り返す。
それを傍目にながめていた生徒のひとりが、ぽつりと「きのこたけのこ戦争」とつぶやき、くつくつ肩をゆらして去っていく。
根暗っぽい彼を横目で見送って――それくらい和泉もぼんやりしていたということだが――和泉ははッとした。
あらためてまわりを見回す。
赤黒い空は、迷宮にただよう濁った【魔力】によるもの。
精神を削る斑の瘴気から身を守るため、法衣やマントを着込んだ生徒や教員が、短冊片手に――またはくちにくわえたりして――あっちこっちで魔術を放ち、魔力の武器で打ち合い、時には素手で取っ組みあいをして足をひっぱりあっている。
どおおおおおんッ。
爆発がして、黒焦げになった男子生徒が和泉のそばに吹っ飛んでくる。
黒煙のむこうから、加害者であろう魔術師の声が聞こえる。
「わはははははあああああ」
――遠ざかっていきながら。
「わるいな高山田! これで今年の学年首位は、オレさまのものだあ!」
「くううう……っ。お。おろかなり大島ヶ原……」
と被害者――高山田くんというらしい――はヒビの入った眼鏡の奥で、悔しそうに目を閉じる。
「トップの座は……自分のちからで獲ってこそだというのに……」
そう呻く高山田氏が大事に握りしめている短冊を、ちらっと和泉はぬすみ見る。
『この世界で最強の魔術師として未来永劫君臨できますように』
けいれんを起している高山田に和泉はしゃがみこんだ。
念のため。
高山田の手から短冊をひっこぬき、びりびりに破いて火の呪文を唱えて燃やして灰にする。
それから急いで和泉はべつの呪文を唱えた。
「砦を目指す、タカの羽ばたき」
高速飛行の魔術である。
視界を埋めつくす竹にぶつからないよう――若干スピードをゆるめて。和泉は急カーブを切りつつ奥をめざす。
巨大バンブーのあるであろう。中心部へと。
「あ。あれっ。せんせい……。ぼくの回復してくれないの……?」
うしろから高山田氏の声が追いかけてきたが、和泉は無視した。
〇
ぎゅおおーんッ。
和泉が竹林を飛んでいく。
途中。何人かの生徒が。
「あいつを先にいかせるな!」
「吾郎ッ。おまえの得意な矢の魔法であの白髪を撃ちおとせ!」
「うわああ。ロリコンの和泉先生だ。きもおーい」
とわめきつつ、火柱や高熱の弓矢、七色の光線を撃ってきたが、和泉はすべて魔法の障壁で防いだ。防いだ……。
傷ついたのは心だけである。主に女子生徒の……。最後のせりふに。
「ちくしょおっ。あいつら……。大学部にきてオレの講義とるようになったら、全員無条件でF判定にしてやるううう」
F判定とは。つまり不合格(単位を取得させません)という意味である。
そんなアカデミックハラスメントがばれたら(そして大抵ばれてしまうのが【学院】の恐ろしいところだが)当校の学院長に「やらなきゃよかったよお……」と泣かされるくらい重い懲罰が課されてしまう。
なので。和泉の場合は実行に移すことはしないのだが。言うくらいはさせてほしい。
――かっつッ。
目のまえを一筋の風が横切った。
鼻先をかすめた一迅のそれは、和泉のそばに伸びていた高い竹の幹に刺さって止まる。
和泉は飛行をやめた。
浮いただけの状態であたりを見回す。
同じように浮遊していた魔術師が、疾風――矢の飛んできた方角から姿をあらわす。
くちに。短冊をくわえている。
(ポケットにでも入れとけよ)
というまっとうな感想を和泉は息と共にのみこんだ。相手の目が据わっていたからである。
彼には見覚えがあった。
みじかい茶髪に黒い目のノッポ。二十一才だが今年の春にようやく高等部三年生に昇級し、万年落第の汚名を返上できた男子学生。
成績だけは悪い魔術師。
「永城……」
永城 壮馬。自分の弟子の名前を和泉はつぶやいた。
彼のクラスを受けもっているわけではないが、さる事情から和泉はかつて永城が退学させられそうになっていたところを個別指導――直接の教え子として面倒をみるという形で引き取っていた。
「わるいなあ。和泉せんせー」
彼――永城は、魔力で構成した弓に、背中にしょった筒から矢をつがえる。
「いくら師匠やいうてもな。オレも今回だけはゆずられへんねん」
「おまえになにかをゆずってもらった記憶ってあんまり無いんだけど」
短冊を噛んだまま器用にしゃべる弟子に和泉は言い返した。
「じゃかあしゃあっ!」
くわっ。
と永城は目を見ひらく。くちの端で、願いごとを書いた紙がゆれる。
「オレのたってのお願いが叶うチャンスなんやッ。早いもん勝ちである以上、和泉せんせーにだって出しぬかせはせえへん!!」
(だしぬくって……。オレどっちかって言うと出遅れたんだけどな)
思ったけれど和泉は言わなかった。永城は本気だ。
おそらく。
と和泉には相手の願いに見当をつけていた。
永城は学院長――史貴 葵の熱狂的なファンだ。
(おおかた『史貴学長と結婚したあい』。とかそんなんなんだろうな)
自分も人のことは笑えないため、和泉は正面切って永城と向き合う。
と。彼のくちもとにぴたりとはさまった短冊の文字が見える。
『たこやきが腹いっぱい食えますように』
(……。ふっ……)
和泉は剣呑だった顔つきを微笑みに変えた。
二本の指を永城にむける。
同時に相手も弦につがえていたやじりを放す。
「騎士を刺す、水霊の静寂!」
怒涛の勢いで和泉の指先から水流が飛び出した。
肉薄する矢を水の投槍が押し返し、渦を巻きながら永城の全身をも呑みこむ。
「んなああああがぼぼぼッ! あほなあがばぼべべぼおお!」
っしょーもない願いにあきれた和泉の容赦ない攻撃と紙幅の都合のために永城 壮馬はあっけなく敗北した。
水の魔術は、ついでに下にいた数人の生徒たちにも殺到し、押し流す。
「くっそ。永城のせいで時間を無駄にしちまったぜ……」
すい~。
と先を目指しながら。和泉はちょっとした予感にとらわれる。
これだけ多くの生徒や教員がしっちゃかめっちゃか競争をしているのだ。
(まさか……。学長や茜も来てるんじゃないだろうな……)
どちらとも、まともに戦りあったら勝ち目はない。
いないことを祈りつつ。和泉はひきつづき、願いの叶う巨大竹を探す。
【つづく】