8-1.巨大バンブーを攻略せよ。
〇登場キャラクター紹介。
・和泉:18才の青年。魔術学院に所属する若手の教授。下の名前は「よわそう」って言われてからなるべく人に教えないようにしている。
・シロ:外見の年齢17才くらいの女の子。学院長の使い魔。
・チャコ:外見の年齢18才くらいの女性。【賢者】の使い魔。
「巨大バンブー?」
北の山にひらかれた、壮麗な学術施設――【学院】。
白亜と蒼の、石とスレートでできた巨城は、魔術師たちに最上の教育を約束する【学舎】である。
一階の大ホールに和泉はいた。脇に抱えているのは受け持ちの講義の教材である。まだ十八才の若者だが、彼はれっきとした【学院】の教授だった。
白髪に黄色いサングラス。冴えない私服の上から、教員用の黒法衣をまとっている。
ホールには、食堂へ急ぐ生徒たちのすがたがちらほらあった。
そんななかで、正面階段に座ったウサギ耳の少女と赤いメイド服の少女はいかにも邪魔だ。
――和泉は冒頭のせりふの続きをふたりに言い放つ。
「って。なに?」
「やだー。和泉知らないの?」
と白いボブショートにウサギ耳の少女――シロが言った。みため十七才くらいの可愛い顔に手をあてて、「きもーい」とあからさまに和泉をばかにした笑顔。
「巨大バンブーを知らなくていいのは小学生までですよねー」
こっちもくちに手をあてて、メイド服の女が笑う。
茶色い長い髪にホワイトブリムが堂にいった、十八才ほどの女性だ。
彼女もまた、シロ同様和泉を盛大にばかにしていた。
前者は学院長の使い魔。後者は学院最強の魔術師、【賢者】の使い魔である。
シロは耳に形質が残っている通り、本職(?)は『うさぎ』である。
もうひとりのほう――チャコという名だが――は、動物の名残はないものの。元にもどったすがたは『まめしば』と呼ばれる小型のしばいぬである。
がん。がんッ。
和泉はとりあえずふたりの頭をぶ厚い資料で殴った。
「うるさいなっ。そっちから話し掛けといてそれはないだろ」
「言われてみれば。確かに」
けろっ。と折れたのはシロのほうだった。
午前の講義が終わり、魔法の転移装置で城のホールにのこのこと下りてきた和泉に、「あれ。和泉は行ってないんだ」と声をかけたのは、誰あろう彼女だったのだ。
そして質問の意味がわからなかった和泉が「え。ひょっとして、学長から呼び出しとかあったか?」と問いかえすと、シロの横にいたチャコが「巨大バンブーですよ」と答えを継いだのだった――。
「で」
憤然と。和泉は鼻息を噴き出す。
「結局なんなんだよ。シロ。チャコ。巨大バンブーってのは」
シロが両手で自分のひざに頬杖をついて顎を支える。
「一年にひとつだけ願いを叶えてくれる大きな竹だよ。【迷宮】に、この日――。七月七日にだけ出現するフロアがあってね。その奥に一本だけ生えてるんだってさ」
【迷宮】は、【学院】の敷地内で管理している、モンスターや魔法素材の群生地である。
【ポーター】という次元のひずみを入りぐちとし、そこをくぐれば何十もの層が地下へとつらなる重層構造のダンジョンになっている。
最下層はいまだ発見されておらず、内部構造も未知の部分が多いため、一時的に開拓されるエリアがあってもおかしくはない。
――が。
シロはつづける。
「そのフロアってのが【七.七層】。初等部や中等部の子はだめだけど、高等部以上の連中は許可されてる階層だからね。大半の人たちが授業とかほっぽって、そっちに行っちゃったみたいよ?」
「そうか……」
シロの説明に和泉はようやく合点がいった。
見てみると。ホールをせわしなく移動しているのは中等部以下の子どもがほとんどだ。
「だから今日のオレの講義。誰も来ていなかったのか」
「それについては和泉さまの人望が皆無だからなのでは?」
「つーか。誰もいなかったならあんたいままで講義室でなにやってたのよ」
「ばかだなあシロ。無人の空間にむかってひたすら講釈たれてたに決まってるだろ♡」
意味もなくさわやかな笑顔になって。和泉。
シロとチャコは示し合わせたようにそれ以上なにも聞かなかった。
「そうだ。願いごとが叶うってならオレも行かなきゃ」
「いいの和泉。午後の仕事はどーすんのよ」
「オレばっか真面目にやってられるかよ」
すこしべそをかきながら和泉は抗議した。
「では和泉さま。行くならこちらの短冊をお持ちください」
みかねたチャコが助け船を出してくれる。
「あと。今からスタートとなりますとかなり不利とは思いますが。……まあ。可能な限り急いだほうがよろしいかと」
「不利?」
チャコの差し出した青色の紙切れを受け取って和泉は問う。
要領をえない青年に、シロがぴっと人さし指を立てて教授する。
「巨大バンブーが叶えてくれる願いはひとつだけ。でもってそれが出現するのは一本だけなのよ。つまり――」
「先着一名さまのみ有効ってわけか!」
「そゆこと」
シロはぱちんとウインクした。
和泉はシャツのポケットに挿していた万年筆を取って、短冊に手早く願いを書きこむ。
おそらくは――。【表】にいた頃と同じように願いごとをするのだろうと思いながら。
そう。
七月七日。七夕の日。
実家や小学校で笹の葉に短冊をつるし、願掛けをしたように。
織姫と彦星? それは知らん。
アベックは古今東西問わず和泉の敵なのだ。
「よし。書けた!」
教授用の黒法衣をひるがえして、和泉はシロとチャコのふたりのまえから走っていった。
「じゃあ行ってくる!」
「ばいばーい。和泉せんせ」
とシロが手を振る。その横で。
チャコがぽつりとつぶやいた。
「……。無事に帰還できるといいですけれどね」
【つづく】