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鉄と真鍮でできた指環 ~季節編~  作者: とり
 短編7 梅雨(つゆ)
17/36

7-4.幻の貴公子 ~レース編~



 〇このものがたりは『7-3.まぼろしの貴公子きこうし ~大体そんな感じへん~』のつづきです。

 (※文章量ぶんしょうりょうが4000字ほどあります)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 〇登場とうじょうキャラクター紹介しょうかいです。

 ・リョーコ・エー・ブロッケン:あかいセミロングに赤いの、二〇才の女魔術師おんなまじゅつし。【学院がくいん】の研究所けんきゅうじょにつとめている。

 ・史貴しき あかね:肩までのブロンドにみどりのひとみの、十七才の少女。【学院】で最強の魔術師まじゅつし、【賢者けんじゃ】のくらいを持つ。

 ・ノワール:リョーコの使つか

 ・チャコ:あかね使つか。(名前なまえのみでてきます。)

 ・メイ・ウォーリック:ながい黒髪くろかみ黒目くろめ魔女まじょ。【学院がくいん】の高等部三年生。リョーコのともだち。

 ・史貴しき あおい:金色のロングヘアにあお魔女まじょ。【学院がくいん】の学院長がくいんちょう。リョーコの元ルームメイト。




   〇


 それは昨日きのうのことだった。


 午後の――夕方ゆうがた頃。

 曇っていた空が、唐突に(あめ)に変わった。

 最初(さいしょ)小雨(こさめ)だったのが、ほどなく本降(ほんぶ)りにかわる。

 【図書館塔(としょかんとう)】を目指めざしていた彼女(かのじょ)たちは、土砂降(どしゃぶ)りのなかを駆けあしになって移動した。

「あーもおっ。さいあくだよ~!」

 図書館(としょかん)のエントランスに、(あかね)――史貴(しき) 茜は駆けこんだ。金色の(かみ)を肩の位置で散髪(さんぱつ)した、小柄(こがら)少女(しょうじょ)である。

 としは十七才(じゅうななさい)だが、まとっているのは(あか)い――【学院(がくいん)】で最強(さいきょう)魔術師(まじゅつし)証明(しょうめい)する【賢者(けんじゃ)】の法衣(ほうえ)

 ずぶぬれのシャツをホールの手前(てまえ)でしぼり、ぬれた金のかみをザあッとザツにかきあげて、彼女かのじょ水気(みずけ)はらった。


 おなじように。駆けてきたほかのふたりもそれぞれ服をしぼったり、(かお)をぷるぷる振ったりして乾かしている。

 赤毛(あかげ)魔女(まじょ)――リョーコと、その使(つか)()のノワールだ。

「うへえ~。靴んなかまで(みず)はいってる……。ノワール。えの服とってきてよ。あとタオルも」

 なが黒髪(くろかみ)煽情的(せんじょうてき)なドレスの淑女(しゅくじょ)に、リョーコは言った。

「いいけどさあー」

 彼女(かのじょ)――ノワールは、肩からまえにながしたロングヘアをぞんざいにしぼりながら。

「ここんとこ(あめ)つづきで洗濯物(せんたくもの)できてないから、あんまテキトーなのないかもよ?」

 ――くちゅんッ。

 茜がくしゃみをした。

 リョーコは準備室(じゅんびしつ)のほうを(あご)でしゃくる。

「いいわよこの(さい)。なんだって。このままじゃ風邪ひいちゃうわ」

「へーいへい。わかりました、ご主人(しゅじん)さま~。っと」

 ノワールは長いスカートをゆらして、図書館(としょかん)(おく)へと(ある)いた。

 彼女のすすんだところに、ぽとぽととしずくが溜まる。


 (あかね)は溜め息をつく。

「はーあ。ついてないなあ……。なんでこんな時に、私が図書館としょかんの整備なんかやんなきゃなんないんだよお……」

「そりゃ茜ちゃんがまた生徒を半殺(はんごろ)しにしたからでしょ。ペナルティが掃除(そうじ)ですむんだから、ラッキーだと(おも)いなさい」

迷宮(めいきゅう)のなかでの爆破(ばくは)だったんだからいいじゃん。あそこではいくらけがを()ったって自己責任なんだよ」

姉貴(あおい)にみつかったのが運の尽きだったんでしょおがよ。ってか私も手伝ってやるんだから。ぶちぶち言わないの」

「うへえええ~い」

「ところで。あんたの使(つか)()――チャコさんは?」

「あ。私。明日あしたかたつむりとなめくじをレースさせるから、チャコには(あさ)から捕まえに行ってもらってるの」

「子どもか……」

「リョーコちゃんもにきていいよ。リーグ戦だから、きっと一日中(いちにちじゅう)たのしくてられるよ」

「わかった。()境地(きょうち)に至りたくなって尚且なおかつ死んださかな()でひたすら地面(じめん)をながめたい気持ちになったら行くわ」

「ストレートに行きたくない。って言えばいいじゃん」


 準備室(じゅんびしつ)のドアが開いた。

 ノワールがもどってくる。

「はーい。こっち(あかね)ちゃんのね。で。リョーコはこっち」

 自分は先にいて着がえてきたらしい。黒いドレスのデザインがすこし変わっている。

「げえ~。おじいちゃんの(やつ)じゃない」

 あたまにひっかけられたバスタオルで雨水(あめみず)をふきふきしながら、差しだされた着替えにリョーコは文句を言った。

「わがまま言わないの。だいたい。テキトーでいいって言ったのはあなたでしょう?」

 茜は渡された(ふく)――。リョーコのおふるをちゃっちゃと着こむ。

「あとこれ。ふたりとも。(ほん)ぬらさないようにね」

 ノワールは輪ゴムをふたりに渡した。くくりなれていない茜のほうを、かわりにやってやる。

「ありがと。ノワール」

 リョーコはちゃちゃっと総髪そうはつみたいにセミロングの赤毛(あかげ)をひっつめた。

「リョーコちゃん似合(にあ)ってるね」

「茜ちゃんもね。ほら。ささっとわらせて、はやく帰りましょ」

「うん」

 ふたりはロビーをぬけて館内(かんない)にすすんだ。


「たしか……。これの整理を全部やれってはなしよね」

 閲覧(えつらん)(よう)のテーブルを尻目(しりめ)に、天高くまでのびる書架(しょか)――。蔵書(ぞうしょ)やまを、リョーコはながめる。

(あおい)もえぐいこと言うわ……」

 研究所(けんきゅうじょ)での勤務中(きんむちゅう)に、(あかね)が「たすけてよー」と()きついてきたのを(おも)いだす。

 よほどうっとうしかったのか。仕事のじゃまと判断(はんだん)したのか。堅物かたぶつ所長(しょちょう)に「行ってやれ」と(あご)でしゃくられて、リョーコは彼女かのじょのサポートに来たのだが。

(この分量(ぶんりょう)一日(いちにち)でさばけって。……まず無理むりよね)

「あ。ねえ。リョーコちゃん」

 茜がテーブルのすみっこから眼鏡めがねを取りあげる。

としものだね」

「おちてたっつーか。()いてるっつーか。わすれものかしら?」

 すちゃっ。

 と茜は拾っためがねをかけた。

「どうかな。似合にあう?」

「びみょー」

「リョーコちゃんも掛けてみてよ。きっといまよりずうっと賢そうになるよ」

「あんたナチュラルにけんか売んのやめなさいよ」

 渡されためがねをリョーコは掛けてみる。(かがみ)がないため、どんな(ふう)になっているかは確認できない。


「あんまり変わんないね」

「そらど~も。ってかこれ。()はいってないわね」

「ダテめがね。ってやつかな。でも。矯正(きょうせい)できないのに眼鏡めがねかけるって、どういうことだろ」

「おしゃれよ。あかねちゃん。けど、どーせかけるならグラサンか――。片眼鏡(モノクル)とかのほうがいいわよねえ」

「あんたたちー。ダベってばっかいないで、手え動かしなさいよ」

 ノワールに注意(ちゅうい)されて、ふたりはあわてて作業(さぎょう)にはいった。

 そのあとは、ひたすら掃除と資料(しりょう)の整理に没頭(ぼっとう)する。

 めがねをつけっぱなしだということを、わすれたまま……。




   〇




 【学院(がくいん)】の庭園で、リョーコはメイに事情じじょう説明(せつめい)()えた。

 切りかぶ(すわ)ってじっと聞いていたメイは、あくびを噛みころした(かお)で――。

「ふあ。あ~あああ……」

 ――噛みころしきれずにあくびをした。

「そういうことだったのですか」

「まあね」

 リョーコは裸足はだし地面(じめん)につっ立ったままうなずく。

 いま着ているのはメイから借りたカーディガンで、「よごすな」と言われているため、樹にり掛かることもできない。

「まさかウワサになってるとは(おも)わなかったけど」

「おまけに史貴先生(しきせんせい)までその貴公子に夢中(むちゅう)になって。……災難(さいなん)ですわね。ブロッケンさま」

「ひとごとだと思って……」

 気楽に(はな)でせせら笑うメイに、リョーコはむすっとした。

「ねえー。メイちゃんからそれとなく言っといてよ。あれはこの私。大天才魔術師(まじゅつし)リョーコ・(エー)・ブロッケンさまなんだって」

「いやですわ。わたくしが史貴先生とかおをあわせたくないのは知っているでしょう」

「そーおいえば……。そうだったかしらね」

 リョーコはあさってのほうを()てはぐらかした。

「わあかった。自分で伝えに行くわよ。どーなるかは()にみえてるけどさ」

「グッドラックですわ。ブロッケンさま」



   〇



 こんこん。

 リョーコは自室のドアをノックした。

「おーい。(あおい)ー」

 【学院(がくいん)】の宿舎(しゅくしゃ)である。

 教授(きょうじゅ)をはじめとする魔術(まじゅつ)研究者(けんきゅうしゃ)()むことがゆるされる集合住宅(しゅうごうじゅうたく)

 リョーコの部屋(へや)は、その女子棟(じょしとう)の上のほうのフロアにある。

はいるわよー。って……。私の部屋なんだけどなあ」

 あけると普通に(あおい)がいた。

 入りぐちから直通(ちょくつう)洋間(ようま)にあるベッドにごろんとねそべって、勝手にリョーコ(ひと)通販(つうはん)カタログをながめてくつろいでいる。

「おかえり。リョーコ」

「いま私はあんたを(おも)いきりなぐりたい衝動(しょうどう)にかられたわ」

「なにか分かったの?」

 (どろ)だらけのすがたで――。

 とりあえず。つかつかとすすんでカタログをぶんどって。リョーコは怒りをしずめた。

 ちらっ。とページをると、おぼえのないところに付箋(ふせん)がぺたぺたと()ってある。

 『(あし)を小さくみせるミュール』。


「わかったことがあるなら、聞かせてほしいのだけれど」

「えーと」

 雑誌(ざっし)をひったくり返されながら。リョーコ。冗談じょうだんめかして真相(しんそう)はなしはじめる。

「『まぼろしの貴公子』だっけ。じつはあれ。私だったのよね。(あかね)ちゃんの手伝いで塔に行ったはいいんだけどさ。(あめ)にふられちゃって。……で。たまたまあった服を着て。(ほん)がぬれないように(かみ)をまとめたんだけど」

「はあ?」

(こっ。こわっ)

 (ころ)()みたいになったつめたいまなざし(アブソリュート・ゼロ)が、リョーコの(あか)双眸(そうぼう)射貫(いぬ)いた。

(こわいよお……)

「でも貴公子は眼鏡めがねをかけてたって聞くわよ。あなたそんなの持ってないじゃない」

閲覧(えつらん)スペースにあったのよ。誰かが()きっぱなしにしてったやつが」

「へええ」

「それをかけてあそんでたんだけど。はずすのわすれちゃって」

「そう」 


 (あおい)はながあああい(いき)をついた。

 (おと)もなく腰をあげて洋室(ようしつ)のすみの整理棚(せいりだな)へとむかい、ナイフを取りだす。

「リョーコ。あなたに選択肢をあたえます」

「そんな刃物(はもの)もったやつが言ったところで実質一択(いったく)しかないふうにしか聞こえないわよ」

安心(あんしん)なさい。ちゃんと二択(にたく)あるから」

「とりあえず聞くわ」

「いいこと? ()()()()私に刺し殺されるか。()()()()()()()()()()()()()()()()()わたしに刺し殺されるか。きなほうを選びなさい」

「ほら一択(いったく)

 すうっ。

 葵は無言(むごん)(ある)いてきてナイフを突き出した。

 あまりに自然な動きでリョーコも気づかなかったが――。

 長年(ながねん)のつきあいである。

 身体が勝手に反応(はんのう)して白刃(はくじん)おもいっきりけていた。


「私。あんたはすこしちついたほうがいいと(おも)う」

「おちついてるわよ。でも冷静に殺意をけ続けるのってけっこー疲れるから。なるべくはやくませたいのだけれど」

「あ。はははははは」

 ぞぞおおおお……。

 リョーコは――たぶん。生まれてはじめて――『()』への恐怖(きょうふ)を理解した。

「ごめんあおい。私(きゅう)用事(ようじ)おもしたから。――これで」

「ないでしょあなたに休日(きゅうじつ)用事(ようじ)なんて」

かなしいまでに速攻そっこーで断言しないでよ!」

「まあ。でも言ってみなさい。私も(おに)じゃないわ(たぶん)」

(よおうわ……)

「それをすませたら心おきなく()けるっていうなら……。すこしだけっててあげる」

 リョーコはほっとした。ものの。実際これといった(よう)なんてない。

 いや。あった。

 なんとか時間を稼ぎたい一心(いっしん)でリョーコは答える。

「私。今日きょうは……いまから。な……」


 外は梅雨(つゆ)特有(とくゆう)の天気の不安定(ふあんてい)さ。

 さっきまで曇っているだけだったのが、しとしとと小雨(こさめ)になっている。

「な?」

 (あおい)は首をかしげた。

「な――。なに?」

 リョーコはやけっぱちの――むしろ悟りを開いたもの笑顔(えがお)になって――のまえの魔女(まじょ)大声おおごえで言いはなった。

「なめくじとかたつむりのレースをに行くのよ!」







                     (【短編たんぺん7:梅雨つゆ】おわり)











 んでいただきありがとうございました。



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