7-2.幻の貴公子 ~追っかけ編~
〇このものがたりは『7-1.まぼろしの貴公子 ~イメチェン編~』のつづきです。
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〇登場キャラクター紹介です。
・史貴 葵:金色のロングヘアに青い目の、二十一才の魔女。魔術の名門【学院】の学院長をつとめる。
・リョーコ・A・ブロッケン:赤いセミロングに赤い目の女魔術師。【学院】の研究所につとめている。二〇才。葵の元クラスメイト。
・ノワール:リョーコの使い魔。
〇
「幻の貴公子というのがいるみたいでね」
ばんッ。
と葵は黒板をたたいた。
のっそり。
リョーコ――赤毛で赤目の女魔術師――は、布団から顔だけを出す。
AMの九時。
とどのつまりは午前の九時で、たいていの人は、まあ起きている時刻である。
が。せっかくの休みであるリョーコはまだ寝ていたかった。
目のまえのブロンド美人に関しては、今は仕事中であるはずなのだ。そしてその業務に、ここ――。研究者たちのアパートメントをおとずれるという内容はふくまれていない。
「帰れ」
と低血圧気味の半眼を、勝手に部屋にあがってきた葵――金髪碧眼の若い魔女にリョーコはむけた。
とーぜん。相手が素直に聞くわけもないのだが。
葵は長い髪の毛をひるがえした。
黒板に、白のチョークでなにやらいっしょおけんめー書きこんでいる。
「聞きなさいリョーコ」
最後の項目に黄色でアンダーラインをひいて、葵はふりかえる。
「私にとっては一世一代の転機なのよ?」
「もーおお。知らないわよあんたの人生なんて。ひとりでやってなさいよ!」
リョーコは布団にぐずぐずもぐった。
――一世一代ったって私とひとつっきゃちがわない二十一じゃない。チャンスなんていま逃がしたってあとからでもゴロゴロじゃんじゃんはいってくるわよ。きっと。たぶん。おそらくは。
「いいから聞きなさい」
ぶわさあっ。
葵はリョーコのシーツをはぎとった。相手は寝巻きすがただが、かまわない。タンクトップにホットパンツなら、外にほうりだしたってそのまま『私服』で通用するだろう。
問題があるなら、それは靴をはいてないってことくらいで。
「【図書館塔】で、このカレが目撃されたというウワサなのよ」
「はあ?」
「雨の日に、唐突にあらわれたって言うわ。『あの司書』の後継者が」
「こうけい? 葵……。あんた。ノワールのほかにもあたらしい司書やとったの?」
「そんなわけないでしょう」
「ああ?」
「だから事実確認のためにも、私は血まなこになってそのカレを追っているの。『まぼろしの貴公子』と呼ばれるその人を!」
「なんだ。けっこーまじめな理由だったのね」
リョーコはベッドに腰かけた。サイドボードの水差しを取って、グラスにつぐ。
ぐいっ。とかわいたのどにながしこんで、水分を補給する。
目のまえの魔女――金髪碧眼にドレスすがたの美女は、魔術の名門校である【学院】の学院長だ。
【学院】の設備は広範におよび、小さな都ほどもある土地には学生や教員らの居住施設はもちろん、病院や【迷宮】もある。
仔細は省くが、彼女のいう図書館――【図書館塔】も、その設備のひとつにふくまれていた。
でもって。彼女――史貴 葵が学院長である以上は、この【学院】につとめる人物ならば、必ずいちどは面識のあるはず。
にもかかわらず、葵が「知らない」と言いはる『司書』がいるというのは、なんともけったいな話だった。
ましてや。【図書館塔】である。
その場所には少々の事情を抱えるリョーコとしても、正体不明の闖入者があると聞いて、ほうっておくわけにはいかなかった。
「ほんで。特徴は? そのなんとかのなんとかってーのの」
「せめて『まぼろし』か『貴公子』のどちらかくらいは覚えなさい」
言いつつ葵は、黄色から白チョークに持ちかえて、黒板のトピックをかんかんっ。とたたいた。
チョークの先には、第一の項目――。
「なんでも。ものすごく美形らしいわ」
「ほかには?」
「年は見た感じ十五、六才くらいなんだけどね。でもこの際私。もう年下でもいいかなあーって」
「私情ありまくりじゃないのよ……」
「そりゃあ多少はね。個人的にも会ってみたいのは事実よ」
「ふーん。まあ。あんたが新しい恋をみつけたっていうなら、私もそれは応援してあげようかな」
「ありがと。リョーコ」
「どおいたしまして」
「それで聞いた話では、あの『図書館の君』に似てるみたいなのよね。で。ここが重要なのだけれど――。彼よりはるかに『性格がよさそう』なんですって」
「あんたさあ……」
基本的に「みためがよければ中身は問わない」葵だが、同じクオリティの外見なら「性格のいいほうがいい」というのも本音である。
「けっきょく。その系統にいきつくわけ」
「そうよ。ねえリョーコ。私は勝手にあなたのいとこかなにかじゃないかと睨んでいるし。くだんの彼を見かけたっていう女子生徒たちも、そうじゃないかって話してるんだけど」
「いとこなんていないっつーの」
リョーコはぐったりうなだれた。
「――にしても。他校の生徒ってわけでもなさそうなのね?」
「ええ」
「ほかに手掛りはないの?」
「目撃者たちに依ると。私の妹が一緒にいたみたいなんだけど」
「あ。そーなんだ。じゃあ茜ちゃんに訊けばいっぱつじゃ……」
――ん!?
リョーコの脳裏にぴぴぴんッ。と電撃が走った。
くちもとに手をあてて、葵から顔をそらす。
(ひょっとして……。あのときの?)
「はーああ」
大きな溜め息が葵からもれた。
「問いつめたわよ。でもあの子。知らないって言うの。『そんな男の人なんていなかったよお!』って」
「へえ……」
「煮えた油の上に逆さづりにして訊いてみたのに主張を変えなかったから、多分ほんとうなんでしょうね」
「可哀想なことしてんじゃないわよ。……てか葵。そのおー。……申し訳ないんだけどさあ」
「いいえあなたには協力してもらいます」
かかかあんッ。
葵はいきおいをつけて黒板の表題に二本のアンダーラインを引いた。
『まぼろしの貴公子』――。
「彼がどこの誰かわかり次第、私に報告に来なさい。って言うかつれてきなさい。ここで待ってるから」
「いや自分の部屋で待機しなさいよ。じゃなくって葵。その『なんちゃらのなんちゃら』なんだけどね――」
「『まぼろしの貴公子』ね。――つべこべ言わずに」
葵はリョーコにむかって手のひらを掲げた。
高熱の塊が白い光となって葵の手のなかに収斂する。
熱波の魔術を解き放つ。
「逝きな……。行きなさい!」
「なんでいま言いなおしたのよおおおお!」
ちゅどおおおおおおんッ!
【学院】の居住区の一画が爆発した。
ひゅーん。
白煙にまじって、ひとつの影が曇った空に飛んでいく。
(つづく)