4-3.成長すっぺ ~かしわもち編~
〇このものがたりは、『4―2.成長すっぺ ~かぶと編~』のつづきです。
・・・
〇登場キャラクター紹介です。
・史貴 茜:17才の少女。魔術の学校【学院】の最高実力者。【賢者】の称号を持つ。
・チャコ:茜の〈使い魔〉。正体は小型の『しばいぬ』。ふだんはメイド服の女性。
・メイ・ウォーリック:17才の魔女。【貴族】の令嬢。【学院】の高等部の三年生。茜の知りあい。
・華川 煤衛門:和菓子屋の店主。
〇
「行事がなさすぎるんだよ行事が」
【トリス】の町の市場。
新しくできた和菓子屋で、店主の華川 煤衛門がぶつくさ言っている。ねじり鉢巻きにそでまくりの。いかにもな和風の職人。
「はあ……」
「そのマント。じょうちゃん【学院】の生徒だろ?」
通りに面したカウンターからのびてきた華河の手から、ながい黒髪の少女は紙袋を受けとった。
餅粉のいいにおいがする。
「校長先生に言ってくれよ。『節分』とか『ひなまつり』とか『七夕』とか。もっと季節の行事を公式化してくれってさあ」
「と。言われましても」
少女――メイ・ウォーリックは、もらったふくろを横目にながめた。
黒髪(黒目の魔女である。白皙の肌に凛とした顔つきは洋風美人。
女性では長身の部類にはいる体躯には、略装のみじかいマントの下に、白と薄紅を基調としたプルオーバー、マキシ丈のスカートをつけている。右手にはフリルのついたリストカバー。
「わたくしはべつに。そうしたイベントごとは無くても困りませんので」
「つめたいねえ。無料で食いもんもらっといて。その言い草」
「あら。このわたくしとあなたのような庶民が言葉を交わすのは、お菓子などではまかなえないくらい高価な名誉だと思うのですが?」
「はあ……。これだから貴族さまってのは」
華河は会話をあきらめた。
店のこまづかいに「ヒロ。今ので最後だから旗しまっちまえ」と言って、のぼりを片付けさせる。
『先着 五〇〇名さま限定。無料配布』
「ずいぶん気前のいいサービスですが。今日はなにかあるので?」
「知らねえで来たのか」
「通りすがりですわ。こちらのお店からいいにおいがしたので。のぞいただけ」
「ありがとよ。――実はな嬢ちゃん。きょうは『こどもの日』なんだよ。日本ではその『かしわもち』とか『ちまき』を食うのがならわしになってんだ」
耳なれない言葉。
ウォーリックは店主の華河に、「こどもの日?」と問いかえした。
〇
【トリス】は山のふもとにある中世欧州風のいなか町だ。
その大通りを、紙で作った棒と兜を装備した【賢者】――史貴 茜はあるいていく。
法衣をはずしているので、彼女が【学院】きっての天才魔術師と悟るものはいない。
「数量限定ってほんとだったんだね」
「ええ。『かぶとをつけていればもらえる』はウソでしたが」
「店のおじさん笑ってたもんね。『そこまで気合いれてくるたあ、嬉しいねえ』って」
「まあ。よかったのではないですか。なでなでしてもらえましたし」
「踏んだり蹴ったりだよ!」
あっちに行ったり。こっちに行ったり。ふりまわされた感覚だけが、疲れと共に足にたまる。
ふたりは近くの広場にベンチを見つけてやすんだ。
あっちこっちで、小さい子がブロックの床にチョークでらくがきしたり、車輪をころがしてあそんでいる。
「私にもあんな時期があったのかな」
「ご主人さまは、ご幼少のころから本と実験と魔法の練習に没頭なさっておりました」
「たのしかったから文句はないけどね」
すん。
と鼻を動かしたのは、チャコだった。
「なんか。おいしそうなにおいがしませんか」
「チャコは鼻がいいからね。私にはわかんな」
――と。目があう。
ひとつとなりのベンチにいる少女と。
彼女は、今まさに食べようとしていた柏餅を、ゆっくりとおろした。
「奇遇ですわね。賢者さま」
「なんだ。メイか」
「『ウォーリック』と呼んでいただきたいものですわね」
「それなに?」
「気まえのいい日本人が無料で配っていた和菓子です。なんでも今日――。こどもの日に食べる縁起物なのだとか」
「いいなあ。私が行った時もう無かったんだよね」
「でしょうね。わたくしで最後でしたから」
茜はメイのもとにてててと走りよった。
「いっこちょーだい」
横に座って「ん」と手を突き出す。
「知ってる? メイ。今日ってこどもにほしいものあげる日なんだよ」
「らしいですわね。ですが賢者さま。おとしに関することでしたら、わたくしとあなたはそんなに変わらなかったと記憶しているのですが」
「でもメイのほうが一個うえじゃん。ちょっとくらい甘やかしてよお」
「あなたの末っ子気質については、わたくしもキライではありませんが……」
とりあえずお菓子をふくろになおす。
まじまじと。メイは茜の格好をながめた。
「これはまた奇抜な装備でいらっしゃることで」
「お姉ちゃんとリョーコちゃんがくれたの。なんでかはよくわかんないけど」
「つけやき場の知識ですみませんが。こどもの日とは『武者人形』や『鯉のぼり』を飾り、こどもの立身出世や幸福をねがうものらしいですわね」
「そうなの。リョーコちゃんもそんな感じのこと言ってたけどさ。なんかもらえるだけの日じゃなかったの?」
「『子の人格をおもんずる』という側面もあるそうですわ。ですから。それを形にするという意味で、当人の要望にそったものを贈るというのも、一理はあるかと」
「ふうん」
メイはふくろから出した小さな鯉のぼりを風にあてた。
からから。
てっぺんの風車がまわる。
「聞いてよ。メイ」
「ウォーリックですわ。賢者さま」
「お姉ちゃんてば、私の話しまともに聞こうとしないんだよ」
「……。……」
「機械がほしい。って言ったんだけど。『どうして?』とか『どんな機能がほしいの?』とか。いっさいなし」
「……。……。……」
「いきなりあしらうんだもん。むかッとくるよ」
メイはミニチュアの鯉のぼりをながめていた。
店主手製のおもちゃだ。
それをふくろにもどす。
「賢者さま」
「ん?」
「ひとつと言わず。全部こちらをお持ちなさい」
「いいの?」
ずい。
メイは柏餅と千巻のはいっているふくろを茜に差し出す。
不思議に思いつつも、茜は両手でしっかり受けとる。
「ひょっとして、もう何個か食べたとか?」
「食べてはいません」
「あんまりメイのくちには合いそうにないの?」
「味も知りません。そして。『食べたい』という気持ちもあります。ですが、そちらはさしあげます。ですから姉君さまとのことは、がまんをなさい」
「……。……」
茜は紙ぶくろのなかを見おろした。
植物の葉につつまれた和菓子と、みばえのよろしくない鯉のぼり。
にこ。
とメイが笑った。
ベンチから立ちあがり、彼女は貴族式の礼をする。
「では。賢者さま。今後もご聡明であられることを願っております」
「うん。ありがとう。メイ」
茜はメイが与えてくれたものに頭をさげる。
ふたりのまえから、すぐにメイは去っていった。
茜とチャコも、【学院】への帰途につく。
〇
もぎゅー。
「けっきょくさあ」
【学院】にある【賢者】の自宅。
森林に建つ屋敷のリビングで、茜たちは早目のおやつを食べていた。
テーブルの中央には、鯉のぼりをスタンドに立てて飾っている。
「今の私があるのって。ああいう人たちのおかげだと思うんだよね」
「はあ……」
指にくっついた餅をなめて、チャコは緑茶をのむ。
ふたりのあいだにある皿には、もちを巻いていたかしわの葉と、ちまきの笹の葉だけが残っている。
「ご主人さま。ああいう人たちというのは?」
おりがみの兜をつけたまま、茜は紙をくるくると巻いただけの剣をふりふりした。
開けはなした硝子窓からはいる風に、ちっちゃい鯉のぼりがゆらゆらおよぐ。
柏餅をもぎゅーっと噛んで。なかのこしあんを味わいながら。
「まあ、そういう人たちだよ」
と、茜はチャコに答えた。
〈【短編4:こどもの日】おわり〉
読んでいただき、ありがとうございました。