4-2.成長すっぺ ~かぶと編~
〇このものがたりは、『4-1.成長すっぺ ~つるぎ編~』の、つづきです。
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〇登場キャラクター紹介です。
・史貴 茜:17才の少女。魔術の学校【学院】の最高実力者。【賢者】の称号を持つ。
・チャコ:茜の〈使い魔〉。正体は小型のしばいぬ。普段はメイド服の女性。
・リョーコ・A・ブロッケン。19才の女魔術師。【学院】付属の研究所につとめている。茜の友人。
〇
「あれ?」
屋敷の前庭に、いつもいるメイド――チャコがいない。
【学院】の森林庭園。その居住区側の出ぐち付近である。
「茜ちゃん留守なのかな?」
【賢者】にあたえられる邸宅の門前に、赤いセミロングの魔女――リョーコは来ていた。
白いハイネックのノースリーブに、ダークブラウンの革のスカート。ベルトのゴテゴテついたショートブーツといった派手な出で立ちに、夏仕様の黒法衣をまとっている。
両耳には銀のピアスを刺し、肩には使い魔の黒猫がダラリとぶらさがっていた。
「なーんか。おもしろそうな本かりて行きたかったんだけど。しょーがない。事後承諾でいっか」
がしょん。
門をあけてリョーコはなかに入る。
庭のアプローチをすすんで。ポーチの下へ。
呼び鈴をいちおう鳴らしたものの、反応はなし。
「殻を砕く、ピクシーの舞」
呪文を唱えてリョーコは玄関口の施錠をはずした。
エントランスホールに入って、階段へ――。
かッ。
背中にナイフが刺さった。
「これはこれは。ブロッケンさま」
ぐいっ。
えりくびを掴まれる。たいそうなちからで外に引きもどされる。
「無断でひとの家の敷居をまたぐとは……。結構なご身分ですわね」
リョーコは振りむいた。
チャコ――茜の使い魔の不穏な表情が、太陽の逆光に昏く映える。
「……客の背中にいきなり刃物突き立てるあなたも、そーとーいい性格してると思うけど」
「無法者には何をしてもいいというのが我が家のルールなのです」
「おっかないわねー」
リョーコの猫は主人の背中のナイフをひっこぬいた。
ぴゅーぴゅー血が噴き出る。ぴゅーぴゅー。
「てか。いたのねチャコさん」
「いま帰ってきたところです」
「茜ちゃんは?」
ひょこ。
リョーコはチャコのうしろをのぞきこんだ。
門を入ってすぐのところを、赤法衣の少女があるいてくる。
棒っきれを持って。下を見て。
とぼとぼと……。
「ちゃおー。茜ちゃん。本かりに来たわよー」
「『ぬすみに来た』のまちがいなのでは? ブロッケンさまの場合」
「ちゃんと返しにはきてるじゃないのよ」
「ええ。半年とか一年ほど経ったあとですが」
つめたく言いつのるチャコのうしろのほうで、茜が顔をあげた。
リョーコはにこっと笑顔を作りなおす。
姉のほうは能面で愛想もへったくれもないが、茜は表情に出やすくて……。
「ん?」
ぐっ。
と茜が下くちびるを引きむすんだ。
十七才にしては幼い顔――緑の大きな両目に、みるみる涙が溜まっていく。
走りだす。
「リョーコちゃああああんん!!」
どごおおッ!
茜はリョーコの胸に飛びこんだ。
みぞおちに頭が激突するかたちになったがリョーコはなんとか耐える。
洟と涙で、白い洋服がぐしょぐしょになる。
「あー。……」
リョーコはだいたいの事情を察した。
「また姉貴になんか言われたのね?」
茜は何度もうなずいた。
紙の棒を握りしめたまま。
〇
「こどもの日かあ」
チャコから経緯を聞き終えて、リョーコはつぶやいた。
「聞く限りだと、それって『親が子の出世や成長を祈って願かけする日』みたいだし。茜ちゃんがその日にかこつけて姉貴になにかをねだるってのもお門ちがいなんじゃないの?」」
三人は現在、一階の居間にいる。
チャコがいれた紅茶を、ふたりの対面でリョーコはのんでいた。
「はいはい。中立的なご意見ありがとうございます」
「どおおいたしましてチャコさんん」
茜のまるい頭をよしよしとなでながら、リョーコに眼くれてチャコ。
「わかってるよ」
ぐすぐす。茜はべそをかく。
「でも私、親のことなんておぼえてないもん。お姉ちゃんはちょっとおぼえてるみたいだけどさ……。私には……」
「葵くらいしかあまえられる相手がいないから、ねだっちゃったってわけね」
茜はうなずいた。
リョーコは腕くみして率直に意見する。
「けど。あえて言わせていただくけど。茜ちゃんの味方をすることはできないわよ私。葵の判断は妥当だもの」
「そんなのわかってるよ。でも。でもさああ……。あんな他人行儀な言いかたすることないじゃん」
「ま。そのへんがあんたら姉妹の長年なやみになってるテーマよね」
リョーコは茶をあおった。カップをからにして、チャコに新聞を取りにやらす。
彼女がもどってくると、リョーコは新聞をいちまいに剥いだ。
直角三角形に折って、あまった部分をやぶく。ひらいて正方形になった紙を折っていく。
「おりがみ?」
「うん」
茜がソファからのぞきこむ。
「あんたの姉貴から教えてもらったのよ。ガキの頃にだけど。ちゃんとやりかたおぼえてるかしら」
うろおぼえの記憶をたよりに、リョーコは紙を折っていった。
なんとかできたやつを茜の頭にかぶせる。
「かぶと?」
ぽつりと茜はこぼした。
「そ。【学院】の生徒がはなしてるの聞いたんだけど。今日は【トリス】の町でサービスしてくれる店があるみたいよ?」
ひとさしゆびを立ててリョーコはウインクする。
「それつけてるとタダでお菓子くれるんだってさ。数量限定だから、茜ちゃんも行ってみるなら急いだほうがいいかもね」
「そんな気分じゃないんだけど」
茜は紙の棒を小さくふりふりして言った。
リョーコを見る。
「リョーコちゃんはそのお菓子食べたいの?」
「ええ。でも茜ちゃんが『あげたくない』って思うなら、いらないわよ」
「……ううん。行ってきてあげるよ」
リョーコは「ありがと」と手をふった。
茜とチャコは、さっそくと席を立つ。
屋敷をあとにする。
〈つづく〉