66話 ご令嬢の護送
ナターシャがテンマ村へやってくる。
そんな知らせが入ったのは、今から一週間ほど前。
彼女は、唐突に手紙をよこしてきたのだ。
『この度、私は家を出ることとしました。すでにあなたの領地・テンマへと向かい、出発しております』
と。
本当に唐突な話であった。
嘘ではないかと疑いたくもなったが、手紙には白いツツジの押し花が挟まれていたから、どうやら本物らしいと確信できた。
ツツジの花は、かつて貴族学校に通っていた頃、俺が彼女に贈ったことのある花だ。
そんなことを知っているのは彼女しかいない。
確信に至った理由は、他にもある。
『早くあなたの顔を見たい思いでいっぱいでございます。これほどまでに外の世界が明るく感じるのはきっと、この想いに導かれているからでしょう。私の前には、文字通り祝福の道が続いております。その先にはきっとあなたがいるのですね、ディルック』
詩歌や笛などをたしなむ彼女らしい優美な表現で、続きの文章が綴られていたためだ。
なりすましで書けるような文章でもないし、ちょっと過剰な表現になるのも、彼女の文体そのものだった。
正直に言えば思い直してほしかった。
いくら開発を進めているとはいえ、テンマが辺境の地であることは変わりない。
ここまで来ようと思ったら道中、危険な目に遭う可能性だってある。
が、ナターシャがもう移動を始めている以上、こちらから返事を書いたとて届かない。
逆に何通もの手紙が送られてきて、彼女が着々と近づいてきていることは確認できていた。
こうなったらもう、迎え入れるほかなかった。
だから今日、俺は彼女の到着に合わせてテンマ村へと帰ってきたのだ。
俺はすぐに赤虎の召喚を解いて、馬車の中にいるナターシャの姿を見つめる。
「……本当に家を出たんだな」
はっきり言って、まだ現実感が薄かった。
彼女が来ることは分かっていた。けれど、実際に顔を突き合わせると、不思議な気分にさせられる。
それはたぶん、背景の鬱蒼とした森と、彼女の洗練された見た目とが合わないからだ。
ナターシャは、正しく深窓の令嬢である。
そのエメラルドグリーンの髪も、瞳も、完璧すぎるくらい磨き抜かれた肌も、そしてスタイルだぅて、とにかく完璧。実際纏っている服も、一目で一級品と分かる絹でできたドレスで、細かな刺繡まで手抜かりが一切感じられない。
握っていた扇子を開く所作一つとっても、庶民離れしていた。
それで口元を隠して彼女は言う。
「会えてよかった。細かい話、したい」
まったく表情は変わっていない、ように見える。
けれど、ほんのりだけその頬は赤らんでいるから、一応再会を喜んでくれてはいるらしい。
「俺もだよ。でも、まずは早いこと森を抜けようか。もう暗くなる。護衛なら任せてくれるといい」
こく、とナターシャが頷く。
それを確認してから俺は、馬車の横を並走しはじめた。
赤虎ほどのスピードはまだ出ないが、馬車程度の速さなら、追いつけないことはない。
「……ディルック、いつのまにそんなことをできるようになったの」
「な、生身で馬に追いつく!? なんて速さだ」
これにはナターシャも、使用人の御者らも、驚きの声をあげる。
が、反応できるほどの余裕もない。
万が一にも魔物が襲ってこないよう『剛の気』を発し続けて、無事に森を抜けることに成功した。





