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62話 アリス亭二号店計画!


――それから一週間ほど。


ローザスの街には、大きな変化が起きようとしていた。

この前までは中心街ですら人を見かける方が珍しかったが、今はいくつかの出店が恒常的に開かれるようになり、人足もやや増えはじめていたのだ。


バルクらの尽力もあり、治安も随分とよくなった。

今は路地裏での違法取引なども行われておらず、平穏と活気が徐々にながら取り戻されようとしている。


そんなお昼時、もっとも人を集めていたのは、『アリス亭ローザス通り店』。

その名前のとおり、アリスが店主を務める店だ。


「あの看板、わたくしが作ったんです! 可愛らしくて、人目を引きますでしょ? ふっふふ、いつかは観光名所になりますよ、きっと!」


シンディーがそう自慢げに教えてくれるのを聞きながら、俺たちはその店へと入る。


「あ、ディルック様にシンディー! 来てくれたのね!」


こんな快活極まりない挨拶で迎えられたから、今日の彼女はどうやら絶好調らしい。


「なににする? 今人気なのは、グラタンスパだけど!」

「えっと、中でゆっくりするほど時間がなさそうなんだけど」

「あ、たしか今日テンマに戻るんだったよね。じゃあ時間がなさそうだから、パイシチューはどう!? 持ち歩けるうえに、今なら焼き上げほかほか、あったかい!」


と、彼女は天板の上に並べられていたパイを二つ手に取ると、さすがの手つきで紙袋に入れる。


綺麗すぎるくらい整った顔に満面の笑みを咲かせ、カウンターから身を乗り出して、それを手渡してくる。


……ここまでくると、押し売りの域に入ってる気もするが。


湯気のもわもわと上がるそのパイが魅力的なのは確かだった。勧められるままにパイシチューを2つもらう。

一口かじれば、さすがのクオリティーだった。これならば多少無理に売りこまれても納得してしまう。


中はとろり、外はさっくりは当たり前で、牛乳の中に具材のうまみがたっぷり溶け込んだ一品だ。そのうえ、具材として入っていた鶏肉はほろほろと崩れる柔らかさだけではなく、香ばしさをも持ち合わせる。


「はじめに鶏肉をじっくり焼いて、焼き目をつけたの。疲労回復、魔力増進の特製スパイスに漬け込んでね」

「美味しいよ、アリス」「ですです、さすがアリスちゃん!」


シンディーと二人して絶賛すると、彼女は腰に手を当て、「当たり前じゃん!」と決めてみせる。


「あぁ、でも惜しいです。アリスちゃんのご飯がしばらく食べられないなんて……! というか、普通に寂しいかも……」


だがシンディーがしんみりこう呟けば、アリスははっと少し固まる。

さっきまでの自信に満ち溢れた態度が一転、自らの袖口を握ると、その場でうつむいてしまった。


そう、今日俺たちはとある事情・・でテンマへと戻る。


が、アリスはしばらくローザスに残るため、一緒には戻らない予定なのだ。

彼女はここで弟子を取り、料理の指導を行ってからテンマへ戻ってくることにしたらしい。寝泊りも、早朝の仕込みがあるからローザスでするとのことだ。


「えっと、なにもそう長い間離れるわけじゃないだろ……? それに、もういつでも来られるんだからすぐ会いにいくよ」


今に泣き出しそうに感じたので、俺は月並みだろうが、とりあえずそんな言葉を投げかける。

同時にポケットからはハンカチを取り出そうかと思ったのだけど……、それは無用だったらしい。


「この二号店計画は、あたしが決めたことだから。ここがうまく回り出したら、すぐに戻るよ……!」


一転してにこっと笑顔を浮かべてみせた彼女の言葉からにじみ出るのは、驚かされるほどの力強さだ。


人見知りが過ぎる彼女のことである。少し心配していたのだが、このぶんなら問題ないと言えそうだ。


その後、アリスはわざわざカウンター奥から出てきて、シンディーと抱きしめあって、ひと時の別れを交わす。

はじめは涙ぐましいワンシーンだったが……


「アリスちゃんのいない間に、ディル様いただいちゃおうっと」

「……それはだめだと思う。というか、あたしがいない間は別の家に住んだら? それがいいと思うけど」

「い、や、だ! 帰ってきたら驚くかもしれませんよー、アリスちゃん。ディル様がすっかりわたくしの手により篭絡されていたりして!」

「シンディー、冗談はそれぐらいにして……!」


最終的には、いつものごとく、いがみ合うようなやり取りに収束していった。

これもしばらく見られなくなるのだと思うと、少し寂しい思いになった。


餞別にということでアップルパイや骨付きチキンなんかを貰って、名残惜しいながらもアリスの店を出る。

次に向かったのは、商店街の中心にあるギルド館だ。



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