毎朝俺を起こす幼馴染が実は異世界の女神だなんて信じられるか?
朝、人は目覚める瞬間に世界に戻ってくる感覚がある、と俺は思っている。太陽の光。自分の部屋の匂い。天井のしみ。それらがいつも、俺が世界に戻ってくる時にいつも最初に入ってくる情報だ。
でも、今日はそんな情報すら押しのけるような感覚があった。意識は覚醒したのに、動けないのである。
これが金縛り、という奴だろうか。さらに言えば、腰辺りに重量を感じる。これは恐らく、呪われている真っ最中なのだろう。そういえば、さっきまで見てた夢も悪夢だった。まずいな、除霊頼まないと。
「ってそんなわけあるか」
「おはよう、瑞樹」
「……おはよう。取り合えず、俺の上から降りようか」
俺はそういって、腰の上の重みの原因──俺にまたがっていた幼馴染の空音を持ち上げて横にどける。こうやって持つ分には軽いのだが、自分に乗られるとしっかりと重さを感じるのも不思議だ。女子に対してんな事を考えるのは失礼かもしれないが、まぁ、空音だしいいだろう。今更だ。このシチュエーションも、これで何度目かわからない。
「朝ごはん、作ったから。一緒に食べて」
「あぁ」
そう短く返事をして、寝室を出る。いつもの日常が始まる。いつもと、なにも変わらない日々が。
※※※※※※※※
藤崎 空音は一言で言うと、俺の「幼馴染」だ。
まぁ正直一言で表していいのかわからないが、少なくとも他人から見たら幼馴染である事には変わりないだろう。あくまでこの世界では、だが。
「あ、ねこだ。……猫を可愛がるためだけにこの世界に来たかいがあったなぁ」
「お前それ毎日のように言ってるよな」
「む。別にいいでしょ。瑞樹も前世、猫がいたら魔王になんてなって無かったかもなのに」
「その話も毎日のようにしてる。俺は前世で猫を飼ってたら間違いなく猫王になる。魔物たちなんてどうでもいいわ」
塀の上に乗る猫を撫でながら二人でいつもの会話を繰り広げる。慣れてしまったが、内容としてはこの日本ではかなり異質で、ともすれば中二病などと言われてしまう痛い会話だろう。だが、この話は全て事実である。
俺はこの世界に生まれる前は別の名前で魔王をやっていた。その時は人類を殺し、部下の魔物も気に入らなければ殺し、領地を広げる事しか考えていなかった。そんなある日、この日本から俺がいた世界に転生してきた奴のせいで俺は殺されてしまった。何度思い出しても悔しいが、敗けてしまったことには代わらない。だが、問題はここからだった。冥界で、俺に対する処罰は「異世界(日本)で普通の人間として暮らせ」という物だった。何が処罰なんだと思うかもしれないが、俺はこの罰の前に体感10万年ほど冥界でとても言えないような罰を喰らっている。そして終わってから、全ての力を取り上げられて凡人として暮らせ、
と言われたのである。正直、罰を受ける前は苦痛でしかなかったその処罰が、俺にとっては祝福に思えた。結局処罰じゃないじゃないかって? 許してくれ、俺もそう思う。
こうして俺は、日本のごく一般的な家庭で目つきが悪いのと勉強が少し苦手なこと以外ごく普通の男として生まれ、16年を生きている。10万年に比べたら16年なんてあっという間だろうと思っていたが、全くそんな事はない。本当に、普通の人間の体感時間、普通の人間の身体能力、etc……とにもかくにも俺は前世の記憶がある事以外体感時間ですらも普通の人間として生まれたのだ。
で、問題は俺がこの世界で悪さをしないように監視役がつけられたのだが、それがこの空音であるという事である。
「ん。どしたの、じっと見てきて。結婚する気になった?」
「ならない。これも何度も言ってるだろ」
俺にはもう一つ処罰が下された。それは、「監視役の女神と結婚し、幸福な人生を歩む事で魂を浄化する事」である。これをしないと俺はこの世界で死んでも生まれかわってもまたこの監視役の女神、空音と巡り合う運命にあるし、永久にこの記憶を引き継いだままらしい。女神と結婚できるなんて羨ましいって思うやつもたくさんいるんだろう。
確かにこの空音、生前と似たような姿形をしており、絶世の美少女と言われるのも頷ける。整った顔立ちの中に大きな瞳を持ち、こちらを見つめられるとこの肉体の心臓の鼓動は早まるし、白髪をセミボブにしておりいつもいい匂いがするし、胸の肉づきもかなり恵まれ、腰つきも──というように、女として完璧なのだ。
しかし、だがしかし。生前あれだけ敵対しており、更には俺自身の手で殺しかけた事も殺されかけた事もあるこの女神と結婚しろなんて俺には無理だ。
かれこれ16年間、お隣さんでそのままずっと一緒にいるが、それでも結婚しようなんて思ったことはない。無いはずだ。
いくら可愛くて、世話も焼いてくれて、前世では全く注がれなかった愛情を俺の今の両親以上に注いでる可能性があっても、それでも結婚はしない。
好きになったら、負けだ。もしこの先何度もこいつと巡り合う事があれど、俺は屈しない。
「私も生まれ変わったら猫になりたいなぁ。あ、そしたら瑞樹も猫になれるね」
「それは嬉しいけど猫になってまでお前に付きまとわれなきゃいけないのか」
猫を抱きながらふんわりと笑う空音。こうしているだけで絵になるな、と思ったのももう何度目の事だろうか。
大体、こいつはただの監視役で、使命があるとは言えなんでこんなに俺に対しての好感度が高いんだろうか。こいつとしても俺と結婚するのは嫌じゃないのか。
いや……待てよ。この人生で俺と結婚しないと、次に生まれてきた時もまた俺と顔を合わせなきゃいけないからな。だから俺と早く結婚したいんだ。そうに決まってる。
こんな考えを常に持っているから、つい空音には冷たくしてしまう事もある。時にはこの考えを空音に吐露したこともあったが、彼女はそのたびにいつも悲し気な顔をする。そうされると胸が痛む。
前の俺なら、こんな事無かったはずなのに。
「瑞樹、学校着いたよ。ぼーっとしてどうしたの」
「いや、なんでもねえ」
俺が4月から新たに通い始めた高校についた。
二人で校門を通り、昇降口で靴を脱ぎ上履きに履き替え、同じクラスへと向かう。
「瑞樹、おはよ!!!」
「おはよう、陸斗」
席に着くなり、前の席にいる男子、陸斗が挨拶をしてきた。
陸斗は入学初日に仲良くなった……というよりは一方的に話しかけてきてたのを適当に相手していたらいつのまにやらLINE交換なども済んで友達認定されていた感じの友人?だ。金髪が地毛という日本人という種族にしては稀有な男子で、黒に染めろという教師の言葉をスルーしている。
あと、俺と違ってこの世界基準のイケメンである。
「いやぁ、お前らほんと仲良いよなぁ。また一緒に登校してきたんだろ?」
「別にあいつが勝手に俺と学校に行ってるだけだが」
「へ~。嫌なら嫌って、そういえばいいのに」
「……それは可哀想だろう」
俺がそう答えると、陸斗はにやにやとこちらを見てくる。
くそ、このやり取りも両手の指じゃ数えきれないほどしてきたはずだ。
この世界の人間は他の人間の色恋沙汰に興味がありすぎる。それとも俺が単に鈍かったり、興味が無いだけなのか?
ちらりと空音の方を見た。あいつは俺の隣の席だが、今は離れた場所でクラスの女子と会話を楽しんでいる。いかにもカースト上位って感じの女子と空音が喋っているのを見ると、なんとも言えない気持ちになる。
俺は、この「カースト上位」とやらに属する女子が苦手だからだ。前世では、ある意味カースト的には最上位の方にいたと思われるのだが。
寝たふりをしながら空音たちの会話に耳を澄ませると、たまに俺の名前が挙がる。どうせ罵倒、蔑みの類だろうと聞き流してはいるが、やはり少し気になる。
後で空音が帰ってきたら問いただそう。正直に答えてくれるとは限らないが。
と、ここでチャイムが鳴り響く。教師が入ってきて、生徒たちを席に着かせた。その教師の退屈な、前世だったら3秒くらいで吹き飛ばしているであろう話を聞いている内に空音にさっき何を話していたか聞くのを忘れてしまった。
退屈な授業を聞き流し、昼食の時間になる。
空音はカースト上位の女子に昼食に誘われる時もあるが、基本的に俺と一緒に食べる。無理はしなくていいと何度も伝えているのに、無理なんかしてないといつも言う。別に毎日顔を合わせている俺と食べたって面白い事なんか何もないのに。
「あ、そうだ。なぁ、空音って友達といつも何話してるんだ」
丁寧にお箸でお米を口に運ぶ空音にそう聞くと、彼女は頬に指を当てて、
「なんでそんな事聞くの」
と、言った。
「いや、別に」
「ふーん。まぁ、SNSの投稿でバズった奴の話とか、誰々が告白されたらしいとか、昨日見たドラマの話とか、かな。あとは私と瑞樹の関係についても良く話す」
俺と空音の関係?そんなこと聞いて、あいつらになんの得があるって言うんだろう。でも内容は少し気になる。
「俺とお前の関係って例えば何話してんだよ」
「えっと、幼馴染で毎朝私が起こしてあげるとか、朝ごはんは私が作るけどたまに瑞樹も作ってくれるとか、毎日一緒に遊んでるとか同じ部屋でたまに寝てるとか。あ、前世の事については話してないよ」
いや、それ以外にもたくさん話してはならない事を話されてる気がするが。
まぁこいつは中学からこんな感じで言うだけ無駄なので取り合えず罰として空音のお弁当に入っていたシュウマイを頂戴する。
「あ、それ、最後のいっこ……」
と悲し気な声が聞こえるが気にしない。ちなみに俺の弁当も空音のお手製である。そう考えると少し罪悪感を感じる……。
「今日も美味しかった。ご馳走様でした」
せめてもの詫びとして感謝を伝える。
「それは良かったけど……シュウマイが……」
世のどこを探してもこいつ以上にシュウマイの一個や二個を気にする女神はいないような気がする。が、あまりにもしょぼくれた顔をしていてなんだか可哀想になってきた。
「……わかった。悪かったよ。帰りになんか奢ってやるし明日の弁当は俺が作るから元気出せ」
「ほんとう? 絶対だよ」
表情はあんまり変わらないが、ぱっと顔をあげてこっちを見る空音の雰囲気が明らかにさっきより明るかった。仮にも元女神がこんなチョロくていいんだろうか。
昼食も終え、午後の授業を終えて俺と空音は駅に向かった。確か新しくできたクレープ屋のクレープを食べたいってちょっと前にSNSで空音が呟きながら俺にも呟いていたような気がする。でもちょっと高いから遠慮しちゃうとも。
「空音。好きなの食え」
「……いいの?」
「いいよ」
空音はその場でぴょこん、と跳ねた。胸が揺れたのを少し目で追ってしまうが、慌てて視線を戻す。多分バレてない。いや今更バレてもどうもこうもないけども。
数分後、空音が頼んだクレープの代金を払い、俺達はベンチに座った。4月の終わりなのでとても暖かい。思わず寝てしまいそうだ。
前世では、自分が治めていた領地はただ暑く、乾いた場所だった。それに比べたらこの日本という国のなんと気候の良い事か。
「ん。おいしい。瑞樹も一口いいよ」
「じゃあ遠慮なく」
空音の差し出す食べかけのクレープを一口貰った。
ラズベリーの甘酸っぱさと、生クリームとチョコの甘さが良い感じに口の中で溶け合う。食べ物がおいしいのもこの世界の良い所だよなと今更ながらに感じる。
「ふふ、間接キスだよ、瑞樹」
「もう今更だろ」
「そんな事言って。中3くらいから段々意識するようになったくせに」
上目づかいでからかわれ、その言葉に図星を突かれる。俺が多少なりとも空音を女として認識してしまうようになったのは中学三年生の時だ。それまでは、なんとも思っていなかったのに。何故かある日から……こいつをふと女として意識してしまうようになったんだよな。
「あ、そうそう。魔王だったあなたには、15歳で異性を意識せざるを得なくなる呪いがかかってるんだよ? だから、少しくらいドキドキしててほしいなって」
と、考えを見透かされたかのような衝撃の事実を空音から告げられた。
「まじかよ」
そう言われてしまうと、いままでの感情の変化にも納得がいってしまう。そうか、これは呪いなのか。ならば、空音に少しくらいドキドキする事も仕方ないのでは? あとは、呪いに対抗する術を考えるだけ──
「ふふ──」
空音がクスり、と笑った後──
俺の頬に、突然キスしてきた。
柔らかな感触が頬を少し濡らす。
「お、お前、お前……!?
こ、こんなこと、今までして来なかったのに急にどうしたっていうんだ、何か裏が……」
「ほっぺにクリームがついてた。それだけだよ」
悪戯っぽく、ペロリと舌を出す空音。
急激な行動とそのしぐさが可愛いせいで心臓が更に高鳴る。落ち着け、これは呪いだ。呪いなんだ。断じて俺があいつを好きだとか、そう言うわけじゃない。
「あ、あとね。──さっきの呪いの話、嘘だから」
「はっ???」
クレープを食べ終えて立ち上がった空音が、こちらを見て微笑みながらそう言った。
いや、待て。呪いじゃないって事はだ。という事は、俺は、今の俺は……
「空音に本気で惚れてるって事かよ……」
自分で呟いて、自分で赤面しそうになった。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、空音は俺に向かって手を差し出してきた。
「ね、今日は手、繋いで帰ってみない?」
「帰ってみない!! からかうのはやめろ!」
「ふふふ」
くそっ、絶対にこいつとは結婚してやらない!絶対だからな!
10年後結婚します。
短編の練習にと書きましたが、よかったら評価や感想、レビューを
心待ちにしています!評判良ければ連載版にするかもしれません! もし連載するような事があればそちらもどうぞ宜しくです!