暖炉の前で
時間も場所も少し遠いある場所に、ナターシャという女性がおりました。彼女は小さな家のお気に入りのベッドで、隣の家に住むルーシーに手を握ってもらいながら、浅い息をしておりました。
ルーシーの艶々とした手とは違い、ナターシャの手は皺だらけで骨ばっておりました。けれどもその陽だまりのような温もりは、彼女の若い頃と何ら変わりないのでした。
ルーシーがナターシャの手をさすりながら彼女に言います。
「やっぱり私、お湯を沸かしてくるわ。何か温かいものを飲んだ方がいいもの」
ナターシャは静かに目を閉じたまま、優しく刻まれた皺だらけの口元を上げて、ゆっくりと首を振りました。ルーシーはすき間風で揺れる窓際の花を見つめて、不安そうに眉をひそめました。小さな暖炉で炎がぱちぱちと弾けておりましたが、窓の向こうでは、真っ暗な夜の中で音もなく雪が降っていたのです。
「ここに、いておくれ」
ナターシャがそう言うので、ルーシーも、ここにいるわ、と言って両の手で彼女の手を包みました。ルーシーの美しい金髪がふと、肩にはらりと落ちました。彼女はそれを再び耳に掛けながら、暗く寒い外に目をやりました。その瞳には底知れぬ悲しみが震えておりました。
ルーシーの瞳は、いつもそうだったのです。数か月前、ルーシーの愛する人が、戦争に行ってしまってから、ずっとそうでした。
雪なんて、人の温もりでなすすべもなく溶けていくとわかっているのに、彼を思うと、胸が苦しくなりました。せめて、雪の結晶がないかと微笑みながら手を伸ばしていてほしい、と。
悲しそうに窓の向こうを見るルーシーに、ナターシャが声をかけました。
「悲しいかい?」
弱々しいのに頼りたくなってしまうその声に、ルーシーは素直に頷きました。ナターシャはゆっくりと目を開けると、その少し曇った藍色の瞳でルーシーを愛おしそうに眺めながら言いました。
「愛する人と、一緒にいられないのは、悲しいからねえ」
「おば様も、好きな人と離れ離れになってしまったら悲しいと思う?」
ルーシーがそう尋ねると、ナターシャは静かに頷きながら窓の向こうに目をやりました。そしてぽつりと言ったのです。
「月が、綺麗でねえ」
もちろん雪の降るこんな夜に月など見えませんでしたが、ナターシャはまるで見えているようでした。ルーシーは一度座り直すと、ナターシャに尋ねました。
「ねえ、おば様。おば様が愛したのは、一体どんな人だったの?」
するとナターシャは微笑みながら、ぽつり、ぽつりと話始めたのでした。