夜空に流れる流星群
皆様、お久しぶりです。 初めての方、始めまして、えるだーです。
3年ほど前にダンジョンものを投稿しておりましたが、紆余曲折ありまして、復帰する事になりました。
前作もボチボチ進めていく予定なのですが、リハビリに逆行転生ものなど記してみました。
こちらも不定期更新になると思いますが、気長にお付き合い下されば幸いです。
なお、この作品は一条ゆかり先生の「有閑倶楽部」へのオマージュになっております。
「昔の少女漫画の設定に似すぎてる」という指摘はご容赦下さい。
時は現代、令和X年、処は東京都下、私立聖聖夜学園
聖ホーリーナイト学園は、東京都下にある東京ドーム77個分の記念公園跡地を、教育熱心な資産家が買い取り、幼稚園から大学までの一貫校として学園都市としたものである。
なお制服のことを聖衣と呼んではばからないぐらいには、キリスト教系ではない…
あとセイント・セイヤと読んでもいけない。あちこちから苦情が来るから…
その教育方針は「生徒の自主性を重んじ、責任感を持った国際社会人の形成を目標とする」というどこかで聞いたことのある様な無い様な代物であるが、これは教育法人の審査を通過する為の儀礼みたいなお題目なので特に意味はない。
なんなら「コギト・エルゴ・スム(我、思う故に我あり)」でも「エル・プサイ・コングルー(特に意味はない)」でも構わない。
実際は、素行や学力により学〇院や神〇女子を断られたセレブな両親が、そのコネを使ってドラ息子や我儘お嬢様を送り込むセーフティーネットであると世間には認識されていた。
ただし、熱心な教育陣と一部の優秀な生徒会役員の尽力により、エスカレーター方式でありながら、卒業時にはそれなりの学力とそこそこの礼儀作法が身につけられるという利点があった。
どんなドラ息子であれギャル嬢であれ、自らが到底敵わない(知識、美貌、格式、武闘)相手だと負けを認め、転じて憧れの対象になった先輩から、叱られ、諭され、励まされて、自分なりに努力して一応の成果をあげた結果、褒められたりでもしたなら、びっくりするほど頑張れるものらしい。
「ウリ坊もおだてりゃ木に登る」 まさに至言であった。
しかも同級生には、諸外国駐日大使の子女や有名芸能人の子弟も多数在籍している為、将来への布石としても申し分なかった。実際に、同級生のコネを使って、海外で貿易商社を起こしたり、芸能プロダクションを設立して成功した卒業生もいる。
それ故に、庶民では絶対に払いたくないような額(九桁という噂)の寄付金を上乗せしてでも(学費は別に必要らしい)、我が子を入学させたい親が、名簿を作って順番待ちをしているという噂がある。
入学や編入に際しての学力試験はなく、ただ在籍していた学校の推薦状と3者面談だけで合否が決められる為に、入学・編入希望者名簿は定員の3倍以上に膨れ上がっていた。
そしてもちろん、その名簿の順位を繰り上げる裏技もある。
光あるところに影がある。人それを「裏口」と呼ぶ…
そんなこんなで、聖ホーリーナイト学園は、潤沢な資金(主に寄付金)と広範囲な人脈(裏口で優遇した)により、都下とはいえ広大な敷地面積と最新型の警備システムを誇る、なんだか小市民には手の届かない学園都市として人々に認識されていたのである。
学園の広大な敷地は、その外周を片側2車線の国道並みの私有道路で囲まれており、その全てがスクールゾーンとして緑色に塗り分けられていた。
1周約8キロの外周道路は終日、歩行者及び自転車専用で、登下校時には送迎の高級車が列をつくるが、それ以外は恰好の(というよりかなり贅沢な)ジョギング及びサイクリングコースである。ちなみに外側2車線がサイクリング用で時計回り、内側2車線がジョギング用で反時計回りというハウスルールがある。
今、まさにそのスクールゾーンで、セレブの雛たちが登校を始めようとしていた。そんなカルガモの群れの中に、一際目立つオオハクチョウの雛達が存在していた。
平日の午前8時ジャスト
こなれたジョガーは、5分前には早朝ジョギングを終え、それぞれの休憩場所に散開し始めているところに、けたたましいブザー警告音が鳴り響いた。それとともにどこかで聞いたことのある耳に心地よい女性の声で、校内放送が外部向けスピーカーから流れてくる。
『ご町内の皆様、毎度お騒がせの聖ホーリーナイト学園です。只今より在校生の送迎車が発着いたします。ゲート周辺でお寛ぎ中の皆様は、全力で待避をお願い致します。繰り返します…』
それを聞いた俄ジョガーがわらわらと安全地帯へ逃げ出すと、彼らを追い立てるように高級車が、ゲート目掛けて続々と滑り込んでくる。
その先頭を行くのは、見慣れた黒塗りの国産最高級ハイブリッド車で、後部座席に座っている男女二人の高等部生徒もいつもの二人であった。
< 羊の皮を被った鷹と狐 >
先に送迎車から降りてきたのは、背の高い知的な雰囲気を湛えた青年である。
白を基調にし、紺色の差し色で理性と意志力をイメージさせるブレザーを着こなす姿は、どこかの参謀を彷彿とさせる。ただし軍属に見えないのは、隣の少女に向ける優しい眼差しのせいであろうか。
その姿を見た周囲の女子学生たちが、思わず歓声を上げた。
「見て見て!生徒会長の細川鷹義様よ!今日も凛々しくていらっしゃるわぁ」
「本当にねぇ、剣道部部長で個人全国準優勝、しかも前日にあった将棋連盟の奨励会リーグ決勝戦で優勝してプロ棋士になられたとか。まさに文武両道ですの」
彼女達の会話の中に、自らの名前があったことに気づいた生徒会長は、如才なく片手を挙げて略式礼をした。それを見た女子学生達が華やかに笑いさざめく。
父親は世界的な外科医で、母親は女流棋士2冠という知識階層のトップに生まれた鷹義は、その頭脳とコミュニケーション能力で、生徒会会長選挙を信任投票で選出されるという快挙を成し遂げた。
当然、学園の高等部生徒会長ともなれば、その行使できる権力も得られる権益も比類ないものになる。例年であれば、有象無象の対立候補が沸きあがるのだが、鷹義は、有能な者は懐柔し、無能な者は醜聞を暴いて失脚させた。
幼馴染や剣術道場の同門下生、親のツテで仲良くなった5人組を役員候補に引入れて、彼ら彼女らの親派を全て味方につけてしまったのである。
この時点で目鼻の聞く候補者は立候補を取り下げ、売名行為やただ奴が気に食わない等という理由で対立候補になろうとした数名は、投票日までに過去の不祥事が原因で立候補資格を喪失していた。
規定により信任投票は行われたが、数名の棄権票以外は全校生の信任を受け、第34代高等部生徒会会長に任命されたのであった。
その喧騒の中、奥側のシートから一人の少女が降り立った。
背丈は会長の胸辺りまでしかなく、容姿も細身で、一見したところ中学生(しかも1・2年生)にしか見えない。髪をショートボブに切り揃え、大きな瞳で周囲を睨めつけている。
眉間にシワさえなければ、はっとするような美少女なのだが、その醸し出す雰囲気が剣呑すぎた。
制服は白を基調にした、紺のラインで優雅さと一途をイメージさせるセーラーブレザーである。その白と紺のバランスから、高等部最上級生だと主張しているものの、中学2年生が背伸びしてお姉さんの制服を借りている様にしか見えなかった。
女子学生達は、彼女の発する気迫に飲み込まれて、先ほどの賑やかさは鳴りを潜めてしまった。
逆に盛り上がったのは、クールジャパンを信奉する日米仏のヲタク連中である。
「見ろ!我らが巫女の御成だぞ」
「無能者め、俺なぞ125ヤードも前から、気高きオーラを感じ取っていた!」
「So Beautiful, 左手のフィンガーレスグローブに描かれたダヴィデの星(六芒星)が美しいデス…」
つまり、生徒会副会長にしてオカルト研究会の会長である安倍晴香は、14歳になると罹患する不治の病を患っていたのである。
学園にも一定数のヲタクは存在する。それはどの学び舎にも、腐女子と筋肉賛奉者が存在するようなものである。
彼(彼女)らは、人類が滅亡したとしても生き延びると言われるほどである…
安部晴香は、中1のときから病に罹患し始めたのだが、少しだけ他の患者とは違う所があった。
彼女には稀有な才能があり、沼に嵌ったサブカルチャーを、短期間で一流といえる完成度で身につけてしまえるのであった。
後に晴香は、箱カバーの赤い表紙シリーズを読んで、主人公の姉に深く共感する事になる。
以降、彼女は虚刀流を名乗り、掛け声は「ちぇりお!」を継承している…
晴香が沼に嵌った最初のきっかけは囲碁であった。
某少年漫画を愛読していた晴香は、家の蔵に仕舞われていた古い碁盤を引っ張りだし、五目並べを始めだしたのだ。なお相手をさせられたのは幼馴染で近所に住んでいた鷹義である。
それから3ヶ月後、二人は近所の碁会所で敵無しになってしまう。
母親が女流棋士であった鷹義は、一応囲碁も嗜みとして教え込まれていたが、碁石が五目並べ以外に遊び方があるとは知らなかった晴香の成長ぶりは異質と言えた。
周囲は、すわ女流囲碁名人の誕生かと騒いだが、翌月には彼女の興味は別のものに移っていた。
たまたま訪れた文化センターが、百人一首の某漫画の聖地であったのである。
漫画の女主人公に迫る集中力を発揮した晴香は、その年末には出版社主催の全国大会に出場していた。
個人戦ベスト8、半年前から始めた初心者が、全国選抜に等しい大会で収めた好成績も、本人にとっては副賞でもらえた作者直筆のサイン原画の方が嬉しかったようだ。
だがしかし、晴香は、そこですっぱりと畳上の戦いを諦めている。
なぜなら全国で頂点を競うには、身長が足りなかったからだ…
相手は自陣の奥札まで手が伸びるが、晴香はどうやっても相手陣の手前札にしか指が届かない。絶対のリーチの差が、埋められない現実を一人の少女に突きつけたのである。
しかしそこで晴香は挫けなかった。
次に嵌ったのが、女子バレーボールであったとしても…
姉を交通事故で亡くした主人公が、そのチームメイトであった監督やOGに支えられて、高校バレーの頂点を目指す漫画である。
一癖も二癖もある部活の先輩と、問題だらけの同級生に囲まれながらも、かなり人間不信な主人公が、低身長に苦しみながら上を目指していく、今の晴香にとってまさに設定そのままの舞台であった(晴香は一人っ子だったけれど)。
晴香は、その当時から運動部の助っ人で引っ張りだこだった運動お化けの友人を、女子バレー部に専属で引きずりこんだ。その他にもこれぞというメンバーを、秘蔵のコレクション(布教用)を放出するなどして集め、学園創設以来初めて、春高バレーのベスト16に食い込んだのである。
しかしここでも晴香の移り気な性格は、作品中のヲタク揃いの敵チームに感情移入しすぎて、2次創作に没頭し始め、結果、聖夜学園高等女子バレーボール部の快進撃も終わりを告げた。
ついでに学園の最終兵器と謳われた助っ人を独占した為に、他の運動部から嵐の様なクレームが投げ掛けられたのもバレーボール熱が冷める原因であった。
その後も、色々なサブカルチャーに影響を受けたが、今は鬼を滅する刀に憧れているらしい。
なお、全呼吸には、まだ、至っていない…
<羊の毛皮を纏った蝶と鷺>
スクールゾーンにより一般車の進入が制限されている為に、通学の送迎車と特定の配送業者以外は、車で学園に近づく事ができない。しかも近隣に在日米軍基地が存在する都合上、ドローンによる空撮も厳禁化されている。
私有道路の内側は、全周をレトロモダンな柵(赤レンガの土台にゴシック様式のブロンズ製のフェンス)で区切られ、その向こうは鬱蒼と茂る木立で、内部を伺い知ることもできない。
外周道路からは8箇所の門から学園内部に出入りできるが、事前配布されたスマホ認証によるゲートセキュリティを通過できたとしても、中で自由に動き回れるわけではない。
内部施設にたどり着く前に、AIによる画像顔認証や集音マイクによる声紋認証によって、関係者として登録されていない不審者はマーキングされて、それとなく警備班に誘導されてしまう。
もしくは、生徒会風紀委員会特別機動部隊(通称ワルキューレ騎行部隊)に補足されて、懲罰房送りになる。
午前8時15分頃、万全の警備体制が敷かれた学園内に、一台の白塗りのリムジンが静かに到着した。
そこから降りてくる二人の生徒会役員に、周囲の学生から黄色い声が沸きあがった。
「きゃああああ、ミス・バタフライと雪之丞様よ!!」
「お二人のご尊顔を拝見できるなんて、ああ、もう今日は素敵な一日になりそうですわ!!」
「蝶姫と雪姫の二人舞でござるな、拙者、これでもう思い残す事はござらん!」
背の高い、高等部最上級生の制服を、優雅に着こなしている女子学生が、生徒会会計の斉藤揚羽である。
ライトブラウンに染めたロングの髪は、ゆるくカールがかかっており、ドリルという程ではないが、クルりと毛先が丸まっている。
スタイルも抜群で、そのままモデルかグラビアアイドルが務まりそうな、女子垂涎の美ボディだ。
澄まし顔は清楚なお嬢様、笑顔は年相応の女子高生、憂い顔は大人の魅力と、千変万化するその表情に心奪われる男子学生が続出し、いつしかその名前から「ミス・バタフライ」の愛称で呼ばれるようになった。
なお原典に習って「お蝶夫人」と呼びかけると、
「私、まだ婚約もしておりませんことよ」
と優しく窘められる。
揚羽に叱られたいだけで、そう呼びかける男子生徒もいるが、下心全開の彼らは、いつの間にか現れた黒服の生徒集団に背後から羽交い絞めにされて、何処かに連れ去られてしまう。
その末路を知る者はいない…
その隣に佇むのは、これまた絶世の美少女と見間違う程に美しく顔の整った男子高校生である。
純白のブレザーの上着に純白のキュロットスカートを履いているが、男子高校生である。
大事なことなので二度言っておいた。
津田雪信は生徒会書記である。れっきとした男子でありながら、例年、高等部最上級生から選ばれる「白の乙女」に、並み居る美女・才媛を押しのけて当選していた。
唯一、差し色の入らない純白の制服を着ることが許された「白のジュリエッタ」の称号は、女子校生にとって垂涎の的であるが、それが雪信に贈られた事に意義を唱える生徒はいなかった。
なお、女子校生以外で「白の乙女」の称号を得たのは彼が初めてである。
雪信は、父親が津田流能楽師の人間国宝で、母親が歌舞伎坂東流の日舞の家元であった関係上、幼少の頃から日舞と能を英才教育されていた。
本人の才能と努力もあり、5歳で雪之丞名義で歌舞伎の初舞台を踏んだおりには、その「藤娘」に絶賛の嵐が巻き起こる。さらに翌年の能楽の初舞台でもその才能を発揮し、津田流能楽と坂東流歌舞伎で、熾烈な争奪戦が行われたという。
本来なら父親の跡を継いで能楽の道を進むのが普通であったが、雪信の女形としての才能に惚れ込んだ6代目玉三郎が、7代目を襲名させてでも歌舞伎界に欲しいと熱望したという噂も流れたほどである。
普段は、ぽやっとした癒し系でありながら、一度舞台に上がれば、「清姫」の激情も、「紅天女」の幽玄もその身に宿す事が出来た。
ちなみに「紅天女」は現代能楽の演目に実在する。監修は美内すずえ先生である。
彼(?)は男女問わず人気があり、バレンタインおよびホワイトデーには、日野の2トントラックで、プレゼントが配送されるという。
性別が「雪信」であるとか、修学旅行で専用の大浴場があったとか、アラブの石油王子に求婚されて「僕は男です」と断ったら「それでも良い」と言われて困ったなどの逸話が広まっている。
なお、王子の返事を聞いた通訳が、困った顔をして言い淀んだことから、「それでも良い」ではなく「そこが良い」だったのではないかと風聞が取り沙汰されたが、イスラム圏では同性愛は御法度なので、両国間の友好の為にも黙殺されたらしい。
<羊の皮を食い破った狼と虎>
学園設立当初は、その全貌を暴くべく各写真週刊誌や文芸誌砲がスクープを目指したが、尽く返り討ちにあった。
彼らの取材と称した違法行為は、不法侵入や盗撮、違法ドローンによる空撮と列挙に暇がないほどであるが、学園側はその殆どを、刑事罰ではなく民事訴訟に持ち込んだ。
その為に、担当記者の暴走でお茶を濁そうとしていた出版社側は、億単位の賠償金を請求されて顔を青くした。減額を要求しようにも、違法ドローンを捕獲・分析した米軍を背景にした訴訟弁護団は、「なんなら一桁増やしても問題ない」と強気で交渉してくる為に、泣き寝入りをするしかなかったのだ。
ごねにごねた強硬派の写真週刊誌の出版社が、マシマシになった賠償金未払いで倒産すると、他のマスコミは一斉に白旗を上げざる負えなかった。
正規のルートで申し込めば、多くの規制を受けるとはいえ、学園の取材は可能なのである。意地を張って出版社が潰れてしまえば元も子もない。
元々、未成年(しかも共学)が多数を占める教育施設に、望遠撮影や空撮を図れば、「盗撮」の汚名を着せられるのは当然であった。他所の女子高に同じ事を仕掛けたら、即刻、出版社に業務停止命令が出されるはずである。
ホーリーナイト学園への違法取材が、刑事罰に発展しなかったのは、大衆側の秘密を知りたいという潜在的な要求が出版社を影に後押しした為と、国家権力を私利して報道の自由を迫害していると主張されるのを嫌った学園側の思惑の産物であった。
そして内部に入られたら手がでないと理解した報道陣は、登下校の生徒を狙うことになる。
今もジョギングをしている市民を装った記者が、全身にマイクロカメラと集音装置を仕込んで走り回っている。
ロードサイクルにもドライブレコーダーが全方位に仕込んであり、徐行運転する送迎車を、それとなく並走しながら、車内の様子を伺っていた。
これが公道であったなら、ふらついた拍子に接触事故を起こし、送迎車側に責任追及をする振りをして取材ができるのだが、いかんせん私道であり、学園側の好意で一般開放されている関係上、それも難しかった。
8時29分 そろそろ送迎車の波も切れかかった頃、第7ゲートを目指して爆走するバイクが現れた。
銀色のボディーカラーが特徴的な中型2輪で、運転しているのは制服の白さから高等部の男子生徒だと判る。学園の校則ではバイク通学は禁止されていない為、それ自体は珍しくなかった。
だが、このバイクが普通と違うのは、その異常なまでの侵入速度と、タンデムシートにもう一人、女子高生を乗せていることであった。
ギョッとした偽装市民が、カメラを向けるのも忘れて叫ぶ。
「減速しろ!このままだと路肩に突っ込むぞ!」
しかし周囲の生徒達は、別の事実に気を取られている様子だ。
「この独特な排気音、ホンダのCB400!!」
「特別仕様の銀のカラーリングボディに青い一角天馬のメット!間違いない、白銀の騎士だ!!」
周囲の男子学生が騒ぎたてる合間を縫って、タンデムのバイクが急減速からの直角ターンを試みた。
ここにきて、事故でもスクープになると気づいた自称市民が、慌ててマイクロカメラのレンズを向けるが、バイクの機動が速過ぎて捕らえられない。
「無理だ、タンデムでこの速度なんて曲がりきれっこねえ!」
惨事を予想した記者の目の前で、タンデムシートから女子学生が遠心力に負けて振り落とされた。
「いわんこっちゃねーー急いで緊急搬送の‥」
だが、驚いたことに、バイクから振り落とされてアスファルトに叩きつけられたかに思えた女子学生は、曲技団のような体勢で、後部シートの縁に、両の手足で取り付いていた。
「あれは!運動部総会長の曲乗りタイガー!」
「知っているのかライ…」
「まさか、あそこから曲がり切るとでも言うのかよ!」
路面ギリギリに車体をバンクさせ、前後輪で高速ドリフトしながらも、同乗者をカウンターウェイトにしてタイヤのグリップと慣性のバランスを維持する。
少しでも均衡が崩れればクラッシュするはずの銀のバイクは、強引にそのフロントをゲートに直角に向けると、スロットルを開いた。
「ありえねえ!何故、バーストしない!なぜあの体勢で掴まってられる!なによりこの速度でゲートに突っ込む意味がわからねえぇ!!」
理由は簡単だ、遅刻寸前だったからである。
タンデム用にヘルメット内部にセットされた通信マイクから、快活な女子高生の声が響いた。
『よっしゃあ、29分52秒7、記録更新だぜい』
学園の遅刻早退は、ゲートを通過した時刻で判定される。配給されたスマホに組み込まれた個人認証で、コンマ1秒まで計測されるのだ。
ハンドルを握りながら、運転している男子高生がそれに応えた。
『あと3秒は縮められるな』
『いいねぇ、明日はもっと侵入速度を上げようぜ』
『振り落とされんなよ』
『そっちこそ、びびってスロットル緩めるんじゃないぜ』
会話だけ聞けば、息のあった走り屋コンビのようだが、二人共れっきとした生徒会役員である。
運転している男子生徒は鈴木一馬、高等部最上級生で生徒会風紀委員長である。
茶髪でオールバック、耳にはピアス、制服を着崩した風体は、まさに「走り以外に興味はねえ」タイプの人間に見える。
外部の人間には、その風体で風紀を守れるのかと眉を顰められる事も多い。しかし風紀を乱す側の元締めが、取り締まる側だというのも、ある意味効率的なのである。
なにせ五月蝿いことは言われない。けれど行き過ぎた行為には 「ダセぇな……」 と一言呟かれる。
それだけで次の日には、マシになっているのだ。
一馬の普段の物憂げな表情と、スピードの中で見せる狂気のギャップにやられて、信奉するギャルや未知の存在にアテられて熱を上げる深窓の令嬢が跡を絶たない。
けれどその全てを無視するストイックさが、さらなる親衛隊を生み出すのである。
一馬はバイクのメンテもエンジンのチューンも自力でやるほどの凄腕メカニックで、無線の国際免許も取得している。
父親が交通機動隊の総監なのだが、なぜか彼のスマホには警察無線や米軍基地の広域管制を聞き取る能力が付加されていた(違法改造の疑い有り)。
その為に、高速道路での速度違反取締り(通称ネズミ捕り)や、広域検問(主に逃走車両の確保を目的とするが、時たま予期しない獲物が掛かり銃刀法違反や麻薬取締り法違反で逮捕者がでたりする)に咎められた事がなかった。
ちなみに母親は、学園時代に組の跡目を継いで、広域指定暴力団の傘下と抗争を繰り広げ、一人だけ生き延びて手打ちにまで持ち込んだ伝説の機関銃使いである。
彼女が硝煙の中で生き延び、その後ひっそりと足を洗ったその影に、覆面白バイライダー(白バイに乗っている時点で覆面が意味をなしていない)が存在したという証言もあったが、真偽は確認されていない。
タンデムシートに座っているのは、高等部最上級生で生徒会運動部連合会長の犬飼大河である。
その人間離れした運動神経と体力から、あらゆる運動部の助っ人を一身に背負っているモンスターアスリートで、そのサバサバした性格から、「姉御」「お姉さま」「姐さん」と脳筋から百合妹まで幅広く慕われていた。
その反面、喧嘩っぱやく、周辺の反社会的勢力からは目の敵にされていた。
学園の女生徒に絡んでいた半グレや、芸能人予備軍に付きまとうストーカー、果ては未成年誘拐を図るマフィアなど、目に入り、手が届くその全てを叩き潰してきたのである。
それもそのはず、大河の父は鹿島真刀流の継承者であり、母は元ボクシング世界ランカーで後に傭兵として名を馳せた女傑であった(フィニッシュブローは1センチの爆弾)。
鹿島真刀流は、鹿島新當流の流れをくみ、戦場における組討や騎馬武者を切り落とす技などを加えた実戦古武術である。
大河は9歳で切紙、13歳で師範格、17歳で免許皆伝を得た。今では「継承者としてなんの不足もなし、ただ一つ、人に教える才も無し」と父に言わせていた。
母親からは、その天稟といえるボクシングのセンスと、CQC(近接格闘術/クローズクォーターコンバット)を伝授されていた。(決してコズミックコンバット/宇宙的何かではない)
素手の格闘なら、体格差や体重差をものともせずに、巨漢のレスラー崩れの用心棒が宙を舞い、半端な野郎が道具(釘バットやチェーン)を持ち出せば、嬉々としてタングステン鋼の心材入りの木刀(奥多摩湖の焼印有り)で打ちのめす。
マフィアが密輸した拳銃を抜いたなら、容赦なく指弾で飛ばした五円玉で両目を潰す。
ついた二つ名が「西公園乃剣歯虎」である。
ちなみに東の葛西臨海公園にはシャチ、南の野鳥公園にはトキ、北の光が丘公園にはアルパカを冠する二つ名持ちがいて、獣四天王と呼ばれているという。
けも○フレンズではない。
そんな危ない二人が、ゲートを無事に通過して何を会話しているかと言えば…
『なあ、なんで一馬は鈴木なのにホンダに乗ってるんだ?』
『…悪いか?』
『悪かないけど、なんかもやもやするんだぜ。スズキにも良いバイクあるじゃんか、カタナとか』
『あれは排気量1000ccあるから大型二輪免許が必要だ』
『なら、スズキの400に乗ればいいじゃんか』
『…無いんだよ』
『何が?』
『スズキの400…』
『はあ?』
『スズキのラインアップには275から400は、無いも同然なんだよ』
『なんだそりゃ!ホンダのCBとカワサキのZに尻尾巻い○×△■したのかよ!』
『おっと、そこから先は侵入禁止だ』
なおも後ろで喚き立てる大河の声を、直列4気筒の排気音で消し去りながら、一馬は愛車を高等部の校舎へと向けるのであった。
<運命に定められし6人の勇者が集う>
聖聖夜学園、高等部校舎の5階には、職員室、理事長室、応接室、会議室の他に生徒会室がある。
普通それらは1階にあり、階を上がるごとに教室の学年が若くなる傾向があるらしい(若いものは苦労しろということか)。
しかし学園の校舎はエレベーターもエスカレーターも完備されているので、見晴らしの良い上階は年功序列に従って埋められていた。
教職員や学園理事用の部屋が連なる中で、唯一、生徒会室のみが生徒用に使われていた。しかも4DKである。
南向きに壁一面の大きな窓がある執務室(全面防弾仕様)に、4人用の仮眠室(二人は執務室のソファ)、更衣室(男女で区切ってあるが、雪信は両方使える)、備品保管庫(衣装以外の私物が山と積んである)の他に、シャワールームとトイレ(掃除当番はババ抜きで決めている)、さらにダイニングキッチンまでが完備されていた。
その快適空間を求めて、生徒会役員は今日も6人全員が、放課後にもかかわらず集合していた。
執務室という名のリビングには、北欧産の高級家具(ソファベッド、円卓、本棚など)が並べられ、役員の面々が思い思いに寛いでいた。
晴香と揚羽と雪信(女子力高めチーム)は、晴香のタロット占いを興味深く眺めており、鷹義、一馬、大河(男子力高めチーム)は、スズキの400問題を議題にして討論していた。
「ねえ、晴香、私の今日の運勢も占ってみて」
揚羽が晴香におねだりしている。
「…ん」
そう頷くと、晴香はテーブルの上に広げたタロットの大アルカナを、ゆっくりと両手で掻き混ぜながら、小声で呟いた。
「…斉藤揚羽…1月15日生まれ…訪れし運命…6月…23日…」
やがて、3枚のタロットが晴香の手元に引き寄せられた。それらをゆっくりと表に開くと…
「…「搭」の正位置…「戦車」の逆位置…「運命の輪」の逆位置…」
晴香の呟きを聞いて揚羽の顔が引きつった。それらが良いタロットでないことぐらいは、占い好きの彼女は知っていたからだ。
同じく横で見ていた雪信も、固唾を呑んで晴香の解説を待っていた。
「…事故…乗り物…逆境…」
「「 つまり…… 」」
「トラックに撥ねられてチートなし転生…」
「「 ちょっと!! 」」
あまりにも晴香的なタロットリーディングに、二人は脱力しながらつっ込みをいれた。
「まあ良いですわ、帰宅途中の交通事故に気をつけろというわけですわね」
揚羽は自分なりの解釈で納得しようとした。
「じゃあ、僕も占ってもらおうかな」
場の雰囲気を切り替えようと、雪信が明るく尋ねた。
「…ん」
再び晴香がタロットを掻き混ぜ始める。
「…津田雪信…3月3日生まれ…訪れし運命…」
そして引かれた三枚のタロットは、
「…「搭」の正位置、「戦車」の逆位置、「運命の輪」の逆位置!」
揚羽の結果と正逆含めって同じであった。
「ちょっと、晴香、趣味が悪くてよ」
晴香が悪戯したと思った揚羽が声を掛けるが、タロットをめくった本人が一番真剣な表情をしている事に気がついた。
「僕も同じ結果ということは、揚羽と二人で事故に巻き込まれるってこと?」
そう雪信に聞かれた晴香が、そっと呟いた。
「…送迎車にトラックが追突してTS転生…」
「「 そこから離れて!! 」」
その騒ぎを聞きつけて、男子力3人組が、女子力チームに加わってきた。
なお、討論の結果、スズキには排気量400ccの「コダチ」というシリーズを新しく造ってもらう事で決着がついたようだ。
「どだい雪信がTSしても変わりねえだろ」
「まあ、確かに外見は殆ど変化しないでしょうね」
「ところでTSってなんなんだ?」
大河はTS(性転換)を知らなかった。
「ちょっと不安なので、鷹義か一馬も占ってもらって良いかしら…」
偶然にしては有り得ないような確率のタッロトの引きに怯えた揚羽が、すまなさそうに二人に頼み込んだ。
「なんで俺には頼まないんだよ?」
仲間外れにされたような気がして、大河が拗ねた。
「だって大河だと運勢を殴り倒しそうで…」
「「「 ああ、なるほど… 」」」
オカルトと脳筋は相性が悪い。
呪いや魔術も、彼らには効かないどころか、気にもとめないのだ。
例えここで大河を占ってみても、出てくるタロットは 「 力 」「 力」「 力 」 な可能性があった。
大河以外の理解を得たあと、鷹義と一馬も占う晴香……そして…
「まったく同じですか…」
念のために、タロットのシャッフル方法を変えたり、占ってもらう側がタロットを引く方法に変えたりもしてみたが、その全てで同じタロットが出現した。
こうなると偶然の一致とは誰も思えなかった。
「晴香、基礎で良いから説明してもらえるかな」
鷹義が静かに尋ねた。
「…ん…1枚目は近未来の事象…「搭」の正位置は、事故又は災害…」
「続けて」
「…2枚目はその原因…「戦車」の逆位置は、交通事故又は旅行中の遭難…」
「そして…」
「…3枚目はそれらの結果…「運命の輪」の逆位置は不運又は逆境…」
「なるほど、そこから導き出されるのは」
「…旅客機が墜落して修学旅行生がクラス全員転生」
「「「 まじかよ… 」」」
事ここに到ると、晴香の妄言も信憑性を増してくる。
転生うんぬんは別として(晴香はそこが重要と主張したが)、学年全部を巻き込むような事故が迫っているのかも知れないと思い始めていた(クラスは別々な為)。
「雪信、直近で修学旅行や体育祭の予定があったかな?」
「僕も気になって今、調べたけど、どれもずっと先だね」
「それに私が占ってもらったのは今日の運勢ですわ、遅くとも今晩中に何か起きるのかと…」
揚羽が事の発端を思い出して言った。
「しかしこの場にいる全員が巻き込まれるとなると…」
「セスナでも墜落してくるんじゃねえの?」
一馬の疑問に大河がお気楽に答えた。もちろん冗談のつもりであった。
しかし、この学園のすぐ北西には、在日米軍の空軍管制基地が存在した。セスナどころかミサイルを積んだ軍用機が飛び交っている…
「一馬、フライトプランのチェックだ!」
「任せろ!」
専用のスマホを取り出した一馬が、複雑なパスワードを打ち込んで非公式アプリを起動した。
「6月23日17時30分、厚木から横田に輸送機のフライトプランがある!」
「タイプは?」
「C-17グローブマスターⅢ、積荷は…M1A2エイブラムスが1台…」
「米軍主力戦車…」
6人の視線が、テーブルの上の1枚のタロットに集中した。
「…「戦車」の逆位置…」
沈黙が一瞬、その場を支配した。
次の瞬間、鷹義の号令に弾かれた様に全員が動き出す。
「揚羽は念の為に非難勧告!大河は窓から輸送機が見えるか試してくれ!一馬は米軍の広域管制の傍受、晴香は理事長に緊急連絡、雪信は警備部に出動要請を出してくれ!」
「「「 了解!! 」」」
『高等部生徒会より緊急避難訓練発令、只今より屋外にいる生徒は全員、遮蔽物に退避しなさい!繰り返します、緊急避難訓練を発令、速やかに遮蔽物に退避しなさい!』
「やべえ、確かにでかいのがこっち向かって飛んでくるぜ。でも特に故障してるとか、そんな感じじゃねえけど…… いや、ちょっと待て、なんか進路上のビルの屋上にヤバイ奴がいるぞ!」
焦ったような大河の声に、鷹義もデスクの引き出しからオペラグラスを取り出して窓から眺めた。
「確かに怪しいな、横のゴルフバッグから何か取り出してる… あれは…携帯式防空ミサイルか!!」
二人の目には、ビルの屋上から発射されて、一直線に米軍輸送機に向かうミサイルの白煙が映った。
「やべえ、当たる!」
「左翼のエンジンが吹き飛んだ!」
突然のテロ攻撃に、まったく想定していなかった米軍輸送機は、がっくりと高度を下げて、左翼から黒煙を噴出しながら、降下し始めた。
同時に、狂ったように喚きたてる航空管制通信が、一馬のスマホから流れ出した。
『メーデー!メーデー!こちらアツギ所属C-17アルファ!ヨコタ直前で地対空ミサイルの攻撃を受けた。現在、高度低下中!このままだとタチカワ市街地に墜落する!!メーデー!メーデー!』
『こちらヨコタ、状況は視認できている。なんとかベースまで持ちこたえてくれ』
『無理だ、高度が下がり過ぎた。操縦もほとんど利かない』
『同盟国の市街地に墜落は許可できない』
『ジーザス! じゃあ、どうしろって言うんだ!!』
ヒステリックな通信内容が生徒会執務室に虚しく響く…
「晴香、理事長は?」
「都庁で会議中、判断は任せるって…」
「雪信、警備部は?」
「連絡はしたけど、撃墜は出来ても浮かせるのは無理だって言ってる…」
学園の手前で撃墜しても機体の破片と残存燃料の爆発で、周辺に甚大な被害がでるのは間違いなかった。
一瞬だけ目を瞑って考え込んだ鷹義は、溜め息を一つつくと再び指示を出した。
「一馬、横田管制に連絡。『即座に積荷を進路上の緑地帯に投下せよ』」
一瞬だけ一馬の手が止まる。
確かにペイロードの7割を占める戦車を放り出せば、身軽になった輸送機が横田までたどり着ける可能性がでる。胴体着陸になるだろうが、滑走路に激突するぶんには米軍がなんとするであろう……
堕ちてくる戦車を避けられるのであればだが。
「それしか方法がないのか?」
「晴香の占いに従うなら、それで輸送機墜落事故は防げるはずだ…」
「戦車」 運ぶ為の乗り物(輸送機)の 「塔」 人為的災害(テロ行為)を、
「戦車」 戦車そのものが 「塔」 空から降ってくる
に見立て変えするのだ。
ただし、その運命の改変が、なんらかの形で自分たちにのしかかる可能性があった。
それが5人の運命に予言された 「運命の輪」 の逆位置だ。
一度だけ鷹義の瞳を見つめると、一馬がスマホにメールを打ち込む。無線でこちらから割り込む事は出来ないし、悪戯に混乱させるだけであろう。
このメールは特殊コードにより横田空軍管制司令長官に直接届く。
万が一の為に、大河の母が用意しておいてくれたものだ。
「うちの娘じゃ、扱い切れないだろうからね」
そう言って笑っていた笑顔が一馬の記憶に甦る…
どんな葛藤と決断があったのかは、こちらからは伺い知れないが、米軍は、学園の提案を採用したらしい。
失速速度ギリギリで飛来するC-17が後部のカーゴハッチを開放し始めた。
気流が変化して、さらにガクリと高度が下がるが、そこからは一瞬の出来事であった。
カーゴルームにワイヤーで厳重に固定してあったM1A2エイブラムスを、爆発ボルトによって緊急解除し、さらにキャタピラを固定していたフックが、強引に引き抜かれる。
自重で床に留まろうとする巨大な鉄の塊を、最後のジェット噴射で置き去りにすると、身軽になったグローブマスターⅢは、瀕死の悲鳴と黒煙を撒き散らしながら、横田の滑走路を墓標にすべく、死のフライトへと旅立った。
それを確認した鷹義と大河が、皆の下へと走り寄る。
揚羽と晴香と雪信は、3人固まってお互いに肩を抱き合って、床にうずくまる。
鷹義と一馬と大河が、その3人を守り抱きかかえるように肩を組んで覆いかぶさった。
輸送機から放り出された戦車は、その慣性を保ったまま、高等部の校舎へと飛来する。
62tの鉄の塊が、時速200kmで窓ガラスに衝突した。
いくら厚さ20mmの防弾仕様とはいえ、耐え切れるものではない。
中心から大きく部屋側にたわんだと見えた瞬間、真っ白に全面ヒビが入り、直後に砕け散った。
今まで防音されていた外の喧騒が、頭上を通過する輸送機のエンジン音とともに部屋に雪崩込んで来る。
誰かが叫んだ気がしたが、もしかしたら自分の声だったかもしれない。
ガラスの破片が散弾の様に降り注ぎ、
そして……
大好きな仲間に囲まれながら、晴香は呟いた…
「戦車に転生を求めるのは間違っているのだろうか…」
けれど、いつもの5人のツッコミは、もう、聞くことが出来なかった……
<そして刻は遡る>
時は戦国、天文3年、処は尾張、勝幡城
尾張国にある、織田弾正忠信秀の居城、勝幡城では、正室土田御前の出産を控えて、物々しい雰囲気に包まれていた。
既に産み月より3ヶ月は過ぎ、如何になんでも母体の体力が続きはすまいと、家臣達は訃報を覚悟する日々であった。
それと共に、もしも母子ともに命を失う事態になれば、信秀の正室の座が空くことになる。水面下で目立たぬように、どの派閥が継室を送り込むかの勢力争いが繰り広げられていた。
土田御前とその御子の安否を窺い知ろうと(又はその死去をいち早く掴もうと)、幾人もの使いが出されるが、出産を控えた奥の間には鉄壁の情報封鎖がなされている。その頑なな姿勢が、より不安感を増していた。
その奥の間も、今は刑場のような張り詰めた雰囲気に包まれていた。
この時代では有り得ないほどの難産、しかもとり上げるのは尾張三奉行の中でもその財力では筆頭と噂される信秀の正室の御子である。
もしも産婆の失態で御子を失えば、命で償うはめになるやも知れぬ。
実際に、役に立たぬと信秀の勘気をうけて、産婆は今の者で3人目。
以前の二人は城から下がった気配も無いとなれば、召集を恐れて勝幡城下から産婆の姿が消え失せるのも仕方なしと噂されていた。
その時、男子禁制となっていた奥の間から、けたたましい産声が響き渡ってきた。
自室でイライラと待機していた信秀が、すわと立ち上がり奥の間へと駆け付ける。
「でかしたぞ、これで織田弾正家も安泰じゃ!」
襖を乱暴に開けると、押しとどめる侍女達を振り払いながら信秀は、床についている土田御前を見舞った。
声を掛けられた土田御前は、血の気の引いた顔を背けながら呟く。
「疲れもうしました。少し休みまする…」
側で控える乳母役の池田ノ女房が、さらしに包んだ赤子を信秀に見せるように掲げた。
「殿、元気な男子でございまする。どうぞ御名を」
「うむ、幼名は吉法師とする。織田弾正忠家の跡取りの誕生じゃな」
その声を聞いた土田御前の背中が、ぴくりと震えた。それに気づかぬ様に、池田ノ女房が信秀に応えた。
「良き御名でございます。吉法師様、お父上でございますよ」
乳母に抱えられた赤子は、生まれたてとは思えぬほど、大きな体格をしており、その瞳はしっかりと父だと言われた信秀を見つめていた。
「ほう、物怖じしない赤子だな。こやつは将来、大物になるやもしれん」
そう言われて乳母は嬉しそうに微笑んだ。
「はい、きっと立派な武士に御成りになります…きっと…」
「どれ、儂にも抱かせてくれ」
そう言って信秀は、さらしに包まれた赤子をそっと抱きかかえた。
その途端、今まで静かだった吉法師が、火が付いたように泣きだした。その口内には、小さな歯が既に生えかけている…
「あらあらあら、殿様のお顔が怖かったのかしら?」
「儂はそんなに凶相か?」
「いえいえ、ですがそこの産婆は怖がって顔も上げられないようで…」
そう言われて信秀は、部屋の隅で這いつくばっている老婆に目を向けた。
「産婆、大義であった。褒美は追ってとらせるが、この城内で見聞きしたことは、一切他言無用と知れ。もし誰かに漏らさば、そなたも、聞いた者も、そしてそれらの縁者全て墓に入ることになる…良いな!」
「へっ…へへーー、てて天地神明に誓って、なんも、だりゃにも話さないですぎゃ」
顔を上げず、板の間に突っ伏したままで、産婆は震える声でそう呟いた。
その夜、未来の英傑の誕生を祝うかのように、六筋の流れ星が降り注いだという…
一つはここ尾張の空に。
二つは少し西の空に。
もう一つは北の空に。
離れた二つのうち、一つはさらに南西の空に。
そして迷子になった最後の一つは東南東の空に…
織田信長の誕生した天文3年(西暦1534年)、同じく生を受けた幾人かの歴史上の重要人物の中に、6人の逆行転生者がいた。
これから語られるのは、その6人の戦国時代を舞台にした冒険活劇である……